【悲報】どうやらワイらは世界の敵らしい…。 作:掲示板ものが書きたい
今話を章締めとして次章より再開します。旧100話は次章の初めあたりに差し込むのであしからず。
本を読む。
窓の景色を眺める。
座り込んで不安げに虚空を眺める。
一貫しているのは、誰一人として口を開かないことだけだ。
暗闇から突如として解放された困惑か、人は移り変わりゆく環境に不安を覚えるものである。
それは右も左も教えられなかった幼子であれば言うまでもなく、人に翼を与えたとしても羽ばたき方はわからない。
少なくとも、この場に明るい未来を想像する者は居ないのだろう。
しかし頭上に屋根があれば雨を気にする必要はない。
四方に壁があれば風も無いようなもの。
改めて“当たり前”とは素晴らしいと、少年は思う。
触れたこともないような上質な素材は、自分のような人間が触れることすら厭う。
心地良いはずであるのに、その心が安らぐことなく寧ろ己の貧しさが浮き彫りにされているように感じるのは、やはりその卑しさ故か。
少年はベッドに目を遣る。
今、彼の目の前で目を閉じる少女も果たして彼と同じことを思うのだろうか。
きっと、その経験し得ない至高の体験に身を任せるのだろう。
ただ無垢に。ただ無邪気に。
碌に善悪も教示されていない白紙の少女は、不意に転がり込んだ幸せを訳もわからず享受する。
「…ニーナ」
だがそれでいい。そうあって欲しい。願うのならば、未来永劫。
この腐った世界の中、善意の繋がりから
その汚泥にどっぷりと浸かった少年は、己を卑下しつつもそう思う。
「———妹さんかな」
いつの間にか開かれていた扉から白髪の少女が現れ、隣に並ぶ。
言わずもがな、アリアである。
「そう…で、す」
ベッドに乗り出す自分の隣に立った彼女を一瞥すると、付け加えたような敬語辿々しく肯定する。
そういえば改まった言葉遣いはファーストコンタクトだけだったとアリアは思い出す。
思い返せば先ほども入り混じったような口調であった。
「…無理しないで。普通に喋っても何にも言ったりしないよ」
「…でも………いや、わかっ、た…ありがとう」
少し悩んだ末、少年は崩した喋りを選択する。
おかしな話であるが、アリアからすれば改まった態度というものは未だに違和感がある。
況してや自分よりも一回りは幼い子供に気を遣わせるなど、寧ろ申し訳なく感じてしまう。
肩の力が抜けたように見える少年の様子に、アリアは口元に小さな弧を浮かべた。
そうして、目の前の存在を愛おしそうに眺める少年の視線を追う。
「……こんな風に寝てるのは久々に見た」
そう語る少年の表情は嬉々としたモノであった。
まるで野生の魔物の如く。
睡眠とは、つまり意識を手放した無防備な時間だ。
そこに安心など、安全などあるはずも無い。
「日が当たる場所なんかは、ちょっと暖かいから…その時はこんな風に寝てた気がする」
雨も雪も降っておらず、風も吹いていない快晴であっても、満たされない飢えと劣等感が身と心を冷やす。
そんな時にはお互いが身を寄せ合い、捨てられた薄い布に包まって温め合った。
「同じ場所には居られないから、マシな食いもんだけ袋に詰めて塵塚の周りをグルグルしてた」
いつ誰に襲われるかだってわからない。
だから同じ場所には住んでいられない。
禿げ上がった犬のような風貌の男に襲われたこともあった。ヒステリックな悲鳴を上げながら爪を立てる女も居た。
あそこを場末と言わずしてなんと言うのか。
「アイツらと、同じにはなりたくなかった……そうさせたくなかった……」
呼吸を繰り返すだけの死体のように転がっているやつなど数えきれない程見た。
そんな奴らの姿はその日以降、今日この日まで二度と見ていない。
「……ホントは、出来るなら…いつも、こんな顔にしてやりたいんだ…」
脳裏に描かれる記憶の数々が、一時の幸せさえ許さないとばかりに影を刻む。
思い返せばするほど鮮烈なものとなってゆく記憶は、そのどれもが酷く生々しい。
あそこでは何かを守りたいという願望など身に余る強欲と揶揄され、最後には根刮ぎ奪われる。
持っているモノは全てが宝で、同時に枷でもあった。
それは、己の命さえ例外ではない。
だから少年はそんな
「出来るよ、きっと…ううん、絶対に」
己の不甲斐なさからか、悔しさからか。
悲痛に顔を歪ませる少年に、そんな言葉を掛けるアリア。
彼女は身を屈め、少年と同じようにベッドに横たわる少女を覗き込むようにもたれ掛かると、そこには無い何処かを見通すようにシーツの白をじっと見た。
「ボクにもね、大切な人が居たんだ…ああいや、今も沢山いるんだけどね」
遠い目をした彼女は、哀愁を滲ませた声でそう吐露する。
「その人はボクよりもずっと強い人で、ボクの憧れだった」
下品な純金とは比べモノにもならない、濁りのない
その人は絶対に負けない。
その人は未来永劫、己の憧れのままでいる。
そう信じて止まなかった過去が、少年に彼女の憧憬たる幻を見せる。
「けど、その人も悪い奴に負けて……殺されちゃったんだ……ボクの、目の前で」
「……」
だが懐古し綻んだ声は次第に固く、暗がりへと沈んでゆく。
今彼女が浮かべている微笑は、侮蔑は、悲哀は憎悪は、後悔は瞋恚は、果たして誰へ向けたものなのか、少年には察するに余りある。
ただどうにも、そこに燻る感情には覚えがあった。
「今までずっとその子を守り通してきたんだよね」
「……うん」
今日この日までずっと守ってきた。
別にそれを誇示するつもりはないし、すべきことでもないと思っている。
だって、妹には力が無いし、何も知らない。
自分が持っているものを、この子は持っていない。
全部、当たり前のことだ。
「凄いね」
「………そうか」
「うん、凄いよ。きっと、ボクよりも」
愛らしいものを眺める、包み込むような眼差しで妹を見遣る彼女に、少年は何と返事すべきか分からなくなり、ただ一言そう返す。
たったそれだけだが、アリアは何故だか嬉しそうに反芻した。
「ねぇ、君の名前はなんて言うの?」
「………クレイ」
「そう。じゃあクレイ君———」
彼女は少女から目を離し、彼へと向き直る。
そうして、確と目を合わせながら穏やかに笑った。
「———ボクに、もう一度勇気をくれてありがとう」
「———手を差し伸べる勇気をくれて、ありがとう」
先程と入れ替わったような絵。
違いがあるとするならば、そこに積み上げられてきた感傷か。
少年に視線を合わせ、彼女は言う。
「君たちが笑顔で居られるように、ボクが何とかする」
「………本当か」
「その為の心と剣なんだよ」
その混じりっ気の無い純白を見る。
陽光に当てられ、キラキラと細かなクリスタルのような煌めきを放つそれは、まるで彼女の語る未来を祝福しているかのようだ。
「……アンタが、変えてくれるのか……?」
この世界を。この不条理を。
空っぽな嘘を。残酷な真実を。
「…変えるよ、必ず」
「………」
この人はどれだけ守ってくれるのか。
この人はどれだけ信じれるのか。
殴られ、蹴られ、刻まれた疵が戯言だと憤る。
だが己が抱く大切な物への想いに重なった瞳に、拒絶の言葉が痞える。
この人なら或いは、もしかしたら———ほんの少し、そう思えた自分が疑わしくて仕方がない。
けれど、けれども———目の前に垂れる糸は、何よりも固く、強く見えてしまった。
「———信じて…良いんだな」
曇り空。差し込む光。
女神の瞼が開かれるように、極夜の裏路地を照らし出す。
「———勿論」
それは新たな世界の開闢の如く。
それは大きな物語の序章の如く。
想いは遠く、遥か永劫を征く。
それはいつか、涙で濡れた大地を乾かす。
決して止まらず、止まってはならず。
英雄譚の片隅にさえ記されない小さな契りが、希望の花を咲かせる雫となる。
「はぁ〜良いねぇ〜…悲しい過去を持った
真実は往々にして残酷である。
況してやそれが歪な願望に冒されていれば、その凄惨さたるや言うに及ばず。
「でもなぁ……
世界は創られ、人は語られ、時の流れが全てを洗う。
虚構の本流の中で、数多の人形が踊り狂う。
「
光は影に届かず、影もまた光には届かない。
伸ばした手は、互いにすれ違うように交わらない。
「
平穏を祈る英雄を天運が誘う。
地上を厭うた鼠を真実が誘う。
それが正しいとするように。
そうあるべきだと誰かが囁く。
「だって
正義は讃えられ、悪は裁かれる。
待っているのは然るべき未来だけ。
正義は願う、遍く幸福を。
弱者は望む、英雄の誕生を。
運命は選ぶ、揺るぎない永遠を。
されど全ては混沌に堕ちる。
誰かが望んだ世界へ向かって。
「——ちゃんと楽しめよ? 英雄ちゃん♪」
だから悪は貪る———悦楽の限りを。
この章こんな長く書くつもしなかったのに…相変わらず冗長的な内容が多くて困る(自己嫌悪)