【悲報】どうやらワイらは世界の敵らしい…。   作:掲示板ものが書きたい

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第四章「拝啓、亡霊よ」
不断という名の悪徳


 まだ明るさを残す空に鳥の羽ばたきが影を生む。

 太陽が傾く頃、一つ一つ丁寧に切り取られる小枝がパサパサと一定の間隔で落ちてゆく。

 

 手に持った鋏を澱みなく動かす下手人の姿はまるで無心だ。

 表情も無く、情緒も無く、ただ機械的に繰り返すようにしか見えない行為は他者の介入を許さない時間を作り出す。

 

 一頻り終えたところで彼は整えた景色を見渡し、そこでようやっと満たされたように表情を崩した。

 

 

「やはり落ち着くね…………ん?」

 

 

 そこへ風に乗ってやって来た一枚の紙が彼のいる庭へと舞い込む。

 風に吹かれる紙にしては狙い定めたように彼の視線の先へと落ちるそれは、よく見るといやに上質な素材であるように見えた。

 真っ直ぐと着地した紙の端には何かが記されている。

 

 その最中、すぐ側にて直立不動で待機していた若い執事は即座に移動し、彼を守るようにその間に割って入った。

 

 彼は警戒を滲ませた面持ちで紙をその視界に収めると、それが几帳面に封入された手紙であると気がつく。

 そうして、その封筒の下部に記された名を思わず声に出す。

 

 

「え———メアリス…テア……ウェリタヴェーレ……?」

 

 

 虚を突かれたような彼であったが、薄手のグローブを履いたまま拾い上げると名を注視し、背後の主へとアイコンタクトを送る。

 

 まだ太陽が見下ろす今、空から降ってきた紙一枚に慌てふためく青年を可笑しく思うのか、伯爵は鋏を置き失笑気味に手を差し出す。

 

 

「…気にしなくていいよ、私が読んでおこう」

 

「………しかし」

 

「心配しなくとも、《賢者》の御名を驕るような恐れ知らずなど…少なくともこの領内には居ないさ」

 

「……失礼いたしました」

 

 

 彼の判断は、偽物による罠の可能性を考慮してのものなのだろう。

 

 自身の命よりも主の身。

 例え身を盾にしてでも主人が傷つく事を良しとしない。

 

 従者としては最適解と言えるが、しかし事この場においては杞憂であった。

 

 ロードレッドは青年から手紙を受け取ると、彼の差し迫った雰囲気を横目にその場で封を開く。

 

 

「……」

 

 

 紙を広げる乾いた音が庭に響く。

 己の名を認められた文頭から丁寧に読み進めているのか、上から順に視線を流してゆく。

 

 青年はその様子を、彼の次の指示が飛ぶまで口を開く事なく眺めていた。

 

 そうして手紙の中程を過ぎ文末まで読み進めたであろう頃、徐々に伯爵の顔付きが険しいものへと移り変わる。

 

 何事かと、よもや己の失態かと焦りに喉を鳴らした直後、彼は手紙を折る。

 

 

「…明日、勇者様と賢者様が来られる。この手紙をハーネスに渡しておいてくれ。彼に手配させる」

 

「……畏まりました」

 

 

 一瞬、ほんの一瞬、青年は言葉に詰まった。詰まってしまった。

 従者として、主人の言葉に真面に応えることもでき無いなど恥以外の何物でも無い。

 青年は、自身の余計な思考が生んだ愚行を自覚する。

 

 

「…今、疑問に感じたかな」

 

 

 だからこそ、その問いは彼の体をその場に縛り付けるには十分な力があった。

 

 下げた頭を上げることができない。

 子供に語りかけるような優しい声であるというのに、まるで後頭部を押さえつけられているかのような幻覚が襲う。

 まるで人生の岐路に立たされているような感覚に陥る。

 

 自然と流れる一滴の冷や汗が頬を伝い、芝を濡らした。

 

 

「此処に就いてどれくらいだい?…ああいやっ、すまないっ。決して責めているわけではないんだ。ただ…君に聞きたくてね。どうか、顔を上げておくれ」

 

 

 その様子に気がついたのか、伯爵は少し慌てたように訂正する。

 

 当然、知っている。

 自分の主人は決して付き従うものに対して理不尽を強いるようなお方ではないなどということは知っている。

 

 それはただ、青年の自責の念が生んだ幻に過ぎないのだ。

 

 青年は重くなった頭を躊躇いがちに上げ、固まった体を正す。そうして未だ残る緊張を誤魔化すように両の手を背後で組んだ。

 

 

「四年と…十四日に、ございます」

 

「そうか。まだ若いだろうに、こんな私を選んでくれてありがとう」

 

 

 日々に全精力を注ぎ込んでいるのだ。

 この程度は何処かに記すまでもなく覚えている。

 

 ロードレッドは彼の返答に首肯し、従者へ向けて感謝を伝えた。

 

 

「なら尚のこと、君には教えておこう。今回の事態は、事実ならば我らの落ち度などという言葉では片付けられない」

 

 

 手紙を胸の高さ程に掲げ、賢者の名を此方に向ける。

 驕る者どころか、宛てられる者にとってさえまるで魔力を孕む魔術のように釘付けにする名だ。

 

 全ての者が連想する存在はたった一人。

 聖典にて主が神を示すように、違えることのない絶対的な称号。

 

 

「貴族とは、“在り方”だ」

 

 

 そこに全てが込められていたのだろう。

 全ての音を置き去りにする言霊が、まるで青年の身体を射つように耳へと届く。

 

 熱はないが熱い。

 目には見えないというのに重い。

 

 まるで鈍い光を放つ鉄のように冷たく、それでいて触れれば焦げそうなほどに燃え盛っている。

 

 

「これが嘘であってもいい」

 

 

 貴族の()は民の幸福のために。

 王、兵、民。そしてそれらが立つ大地。

 これらが揃って国は成り立ち、各々が順に“知”、“勇”、“信”を持つことで正義が生まれる。

 

 

「罠であってもいい」

 

 

 貴族の(ほね)は民の幸福のために。

 王の威を賜りし臣は誇りの遵守を以て義を通す。

 

 

「ただほんの少しでも臣民(かれら)の安寧が揺らぐ可能性があるのであれば」

 

 

 貴族の(にく)は民の幸福のために。

 血を青に染めるのは民と兵の信頼と、王への忠義に他ならない。

 

 

「時に甘んじて身を焼き」

 

 

 貴族の(はらわた)は民の幸福のために。

 民は常に断頭台を眺めている。

 

 

「時に不遜な刃を折らねばならない」

 

 

 ———そんな忠誠を叫ぶような奥底に燻る冷たい炎。

 人はそれを———覚悟と呼ぶのだろう。

 

 

「———」

 

 

 ……青年は凡人である。

 言い訳がましくはあるが、領地に住まう全ての民の命と信頼を背負う者のその覚悟が、青年にはどうしようもなく理解することができなかった。

 

 だからこそ貴族とは恐ろしい。

 この穏やかな雰囲気と優し気な表情の裏で、一体どれほどの喪失を経て、どれほどの虚構を形作っているのか。

 

 つい先日、彼は有名轟く勇者と賢者の姿を初めて目にしたが、やはりというべきかその絵たるや神話を前にしているような気分にさせられたものだ。

 

 片や魔王を討伐した伝説の一人。

 片やその一行の先陣を切った勇者の末裔。

 

 そう見えるのは必然だろう。

 

 だが、今の青年の目には、目の前の男もまたそれらに並びうるような何かを秘めているように見えてしまう。

 

 英雄達のように戦線を覆すような力があるわけではない。

 御伽に語られる怪物のような絶対的な()を齎すわけでもない。

 

 

 

「…それが貴族だ」

 

 

 

 だというのに、無性に怖気を感じる時がある。

 言葉一つで総毛立つ悪寒を覚える時がある。

 

 中には貴族を金で着飾った豚のようだと罵る者もいる。

 だが果たして、この方を見て同じことが言えるのだろうか。

 青年には、例えこの男の姿が豚であってもきっと同じように恐れ慄くとしか思えなかった。

 

 暴力無くして格を隔てる真の上位者。

 名を受け継ぎ、守り通す亡霊。

 

 それこそが本物の王侯貴族という存在であり、改めて自身は一平民でしかないと思い知らされる。

 

 

「だから覚えておきなさい。君は嘘をついても構わない。逃げたとて構わない。私を殺しても構わない。それが貴族(わたし)を守るのであればね」

 

「…そのようなことは———」

 

「———無いだろうね、知っているとも。まだまだ粗はあれど、君の勤勉さも日々の業務の的確さも良く知っている。ハーネスが褒めていたよ、珍しいことにね」

 

 

 此方へ向けてニコリと微笑みかける。

 それは心底安心したような、穏やかなものだった。

 

 その言葉を締めとするように、場に吹いた一陣の風が緊張を攫って行く。

 

 痛いほどに凍りついた氷塊が溶けるように、自然と彼の全身から力が抜ける。

 それでも膝を曲げなかったのは、単に主人の前に立つ従者としての矜持であった。

 

 ロードレッドはそんな青年の奮闘を見届けると、すれ違い様に手紙を手渡す。

 

 

「…まあ、そんな政界に揉まれた老人の愚痴もここまでにしておこうか…子供はすぐにでも保護したいところだが、経緯を考えると些か早計だね。伝達はよろしく頼むよ…さて、すぐにでも返事を書かなくては」

 

 

 青年はその背を目で追う。

 その間にもひどく大きく見える背中は遠のいて行く。

 

 打って変わって苦労人沁みた忙しない様相で自室へと向かう姿は、不敬ながら日々業務に忙殺される自分たちに重なる部分があった。

 

 

「…っ」

 

 

 だが青年は以後決して忘れることはない。

 貴族という亡霊は、あの豊かな鉄仮面の裏で焼き殺すような眼を光らせている。

 

 もし彼らが亡霊ならざる人間だと言うのであれば、きっとその人間性を繋ぎ止めるのは他でもない———御方の云う誇りとそれを護る覚悟なのだろう。

 

 自身には理解の及ばない、見えざる炎。冷たい炎。

 

 

「…ハーネス執事長は何処だったか」

 

 

 青年は今一度封へと手を伸ばすも、彼の声と己の職務を思い起こし、閉ざされた中身を手に指示を全うするのであった。

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