【悲報】どうやらワイらは世界の敵らしい…。   作:掲示板ものが書きたい

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熱意は全ての美の秘訣である

 メアリスとアインスはアリアを呼びに行くべく子供のいる部屋へと向かった。

 すると用事を終えたのか、丁度彼女が部屋から出てくるところに居合わせる。

 

 

「おや、話は済んだのかな?」

 

「うん、もう大丈夫だよ」

 

 

 どうやら実りある時間だったらしい。

 メアリスはアリアの一段と落ち着いた表情に、そんな感覚を覚える。

 彼女の隣に立つアインスはアリアにコレからの予定を伝えた。

 

 

「これから外に話を聞きに行くんだってさ。あと街の修復も」

 

「…お兄さんも来るの?」

 

「おっとコレは無邪気なる暴力かな? そんな澄んだ目で切り刻まれちゃあ流石の俺も傷ついちゃうよ?」

 

「い、いやそうじゃなくて…協力してくれるんだ、って」

 

「そりゃあ暇…じゃなくて、みんながボロボロになってるのに知らないふりなんて出来ないよ」

 

「そっか…そうだよね、お兄さんのことだもんね。ありがとう、ならすぐ準備してくるね」

 

 

 厭に爽やかな笑みの上から気障ったらしい美麗辞句を並べるアインスに、メアリスは白けた視線を向ける。

 だがどうやらアリアはその綺麗事を文字通りに受け取ったようで、小さな感嘆を溢した。

 

 メアリスは信じられないものを見たような、得も言われぬ表情を浮かべ、そのまま背を向けるアリアを眺めていた。

 

 

「……あの子、君に対して物凄い幻想を抱いているように見えるんだが? 妙な薬効か魔術にでも掛かってるんじゃないだろうね」

 

「失礼だな、幻なんかじゃないよ。頼り甲斐のある善良なお兄さんそのものさ」

 

「私は君の失言を聞き逃していないからね?……本当に、遊びに来るなら置いて行くよ?」

 

「冗談だよ冗談。真剣な時ほど笑いは大切なもんさ。ずっと肩に力入れてると疲れちゃうよ?」

 

「君のは冗談が過ぎる。言い分には同意するが、君は些か力を抜きすぎだ。もっと力みたまえ」

 

 

 凍えるような、責め立てるような視線が横顔に突き刺さる。

 

 だが当のアインスは素知らぬ顔だ。

 

 この肝の座り様は、きっと余程のことでもない限り崩せないのだろう。

 

 天然物ならばとんだ化物である。

 メアリスは呆れを通り越していっそ感心してしまった。

 

 

「っと、出発前にお手洗いだけ行っておこうかな」

 

「相わかった。アリア君が戻ってきたら先に正門に向かっておくよ?」

 

「了解了解。すぐ行くよ」

 

 

 それだけ言い残し、二人はその場で別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

——————

————

——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———お待たせ…あれ、お兄さんは?」

 

 

 その後、支度を終えたアリアがジークを連れてメアリスと合流する。

 向かうのは街である為、前回同様、双方着飾らない程度の控えめな服装となっている。

 

 

「彼なら化粧室に行っているよ、すぐ戻ってくると」

 

「そうなんだ。待ってた方がいいかな」

 

「いや、正門で合流すると伝えてある。先に行こう」

 

 

 そう言いながら、彼女は正門へと向かう。

 彼女を追うように二人も歩き始める。

 

 別邸とはいえ、大名轟く勇者の屋敷となればそのだだっ広い敷地ゆえ。本館から正門までもそれなりの距離があるものだ。

 

 一歩二歩と進める度遠のいているとさえ感じる広々とした敷地であるが、千里の道も歩けば辿れるように、次第に園路の終わりが近づく。

 

 

「…あれ?」

 

 

 そうしてようやっと目先に第一の目的地が見えた頃、アリア達は妙なものを目にすることとなる。

 

 正門に立つは二つの影。

 

 一行の出立に先んじて待機していたのだろう使用人。

 その彼に相対するように何者かが立っていた。

 

 それだけならば気に留める光景ではないが、しかしどうにも様子がおかしい。

 

 声が聞こえるわけではないが、何か揉めているように見える。

 

 

「…どうかしたんだろうか」

 

 

 メアリスは事情を知っていそうな人物———ジークへと目配せをする。

 だが心当たりがないのか、彼も首を横に振るばかりであった。

 

 

「ご予定にはございませんな」

 

「…なら急な訪問、といったところかな。取り敢えず対応した方が良いんじゃないかい?」

 

「そうだね。行ってみよっか」

 

 

 三人は面倒ごとを予感しつつも足早に彼らの下へと向かった。

 やがて両者の姿と声がハッキリと確認できる程度にまで近づいた時、使用人も此方の存在に気が付いたのか、助けでも求めるように困った様子で振り返った。

 

 

「あぁ、アリア様、メアリス様。良かった…」

 

 

 その時の表情の晴れ具合といえば、正に光明を見出したかのようであった。

 

 声色はひどく安堵しているように聞こえ———否、事実安堵したのだろう彼は、分かりやすくホッとした雰囲気を醸し出し、同時に疲労感を滲ませた顔で息を吐く。

 

 肩から錘が下りる、というのが比喩とは思えないほどの安心ぶりである。

 

 

「どうしたの?」

 

「それが、この者が———」

 

 

 縋り付くようにアリアへと事情を話そうとする使用人。

 

 そこに一つの声が割って入る。

 

 

 

「———貴公が家主かね」

 

 

 

 声の主はまさについ先程まで使用人が応対していた人物であった。

 

 アリア達は改めてその人相を視界に収めた。

 

 キャスケットを被る銀の髪は癖っ毛が強く、その隙間で爛々と煌る|万華鏡のような虹色が切れ長の双眸に収まっている。

 

 右耳にはイヤリング、左目には単眼鏡(モノクル)を掛けており、左手の人差し指、中指、薬指にそれぞれ嵌められた三色の指輪は印象的だ。

 

 だがそんな装飾で飾る姿とは反対に、首元にループタイを携え、紳士服の上から薄手のコートを端正に着こなす姿は几帳面な心証も与える。

 

 所々が派手で、それでいて着飾り過ぎない、バランス良く整った装いだ。

 

 

「えと、初めまして。ボクはアリ———」

 

 

 その様相はとても街行く一般人には見えず、むしろアリア達に類いするような貴族のようにも映った。

 

 アリアは不思議に思いつつ、万が一にも失礼のないよう丁寧な所作とともに挨拶をすべく自身の名を告げようとした。

 

 

「———いや。この吾輩、その姿を目にして理解できぬ程無知ではない」

 

 

 その瞬間、男は単眼鏡(モノクル)をキラリと光らせ、彼女の口上を遮るように迫った。

 

 そうして形の良い口を開き———

 

 

「———自由清廉希望の純白。その凛々しさ混じる愛らしい少女然とした姿を更に飾る天使のような色合い。美しい実に美しい。太陽を象徴する色は白とされ古くより神の神体として崇められたこともあった。その大地を永遠照らす白光は主の権威と畏敬を示しその熱は慈悲と力と例えられてきたという。まさに貴族に相応しい民を導くに値する(いろ)だろう。加えてその黄金の瞳。さながら神の祝福というべき透き通った栄光の黄金。力強い意志と勇気に満ちた輝き。もし宝石というモノに感情があるならば思わず赤面してしまうであろうほどの美しさ…目を奪われて仕方がない。そして穢れなき純白に栄光の黄金! この二物を備えた人物など今や他に居ない! 答えはもう出ている。すなわち貴公こそがこの庭園の主にして《勇者》、アリア・アルブレイズその人に違いない!」

 

 

 ——相違あるかね?

 

 反射する光を弄ぶように煌めく眼光が一種の圧を孕み、アリアへと注がれる。

 余程自身の見解に自信があったのか、最早否定の言葉を言ったところで正面から打ち破ってきそうなほどの迫力である。

 

 とんでもない情報量と奇人の圧力にフリーズしつつ、なんとか首肯するアリア。

 

 

「であるならば話は早い。所有者たる貴公に頼みたいことがある。どうかこの美しい庭園をこの吾輩に描かせてくれないだろうか。雲という名の白翼が広がる青空の下に堂々と構える大館。自然には存在しない整然とした緑———」

 

「———ちょっと待ちたまえ」

 

 

 ズイッ、と両者の間に小さな身体を捩じ込むように割り入ったのは目を釣り上げたメアリスである。

 

 彼女は流石にあまりに一方的な会話に当惑するアリアを見ていられなくなったのか、礼節に欠けた押し入りに痺れを切らしたのか、一段と棘のある空気を纏い男と向かい合う。

 

 

「君、何処の誰だか知らないが頼み事があるのならばまずは名を———」

 

「———貴公、そのいっそ鋭利なほどに長い耳…よもやかの旧き人類、森人(エルフ)か?」

 

 

 しかしそんな難色などお構いなく、今度はメアリスへと標的が移り変わる。

 鮮やかな虹が無遠慮に覗き、前へと出たメアリスにさらに詰め寄った。

 

 思いがけず後退るメアリスをアリアが受け止める。

 

 

「生命の緑に知性の緑。これが幼い姿を叡智が彩った賢人の色。うむ、彩りが捗る食指が疼く。実に美しい。人間と森人の交流が浅かった時代その美貌を剥製にして譲り受けようなどと酔狂なことを宣う貴族がいたという話を聞いたこともあるが成程実物を見れば納得である。過ぎた美とは往々にして人を狂わせるものだ。この小躍りでもしたくなるような絶景に麗しい美の体現たる森人…この機を見逃す吾輩ではない———!」

 

 

 男は両腕を広げ、高らかに宣言するが如く空を仰ぐ。

 

 メアリスとてその長く永い生涯にて様々な人間に出会ってきた。

 その中でも研究者や魔術師など、他の目も憚らず一つの道を極める者というのは皆一様に変人だったと言う記憶がある。当然、もう長らく魔術に没頭している己も例外ではない。

 あるいは、彼も同じ穴の狢というやつなのだろう。

 

 

 

「———嗚呼これぞ万古不変の無上の美(エル・キュリア)ァ———!」

 

 

 

 ———しかし、しかしである。

 

 果たしてコレ(・・)を変人などという浅い言葉でまとめてしまっても良いのか。

 この短い時間で、彼女はそんな疑問を感じずにはいられなかった。

 

 

「…どうしてこうも短い間に何度も変人に出会うのか」

 

「な、なんか凄い人来ちゃったね…」

 

「アインス様とはまた違った愉快な方ですな」

 

 

 戦々恐々とする二人の隣で若干一名面白いものを見るように眺める中、暫くして一人舞い上がっていた男は落ち着きを見せる。

 

 そうして高まった熱を抑え込むように一つ、咳払いをする。

 

 

「ふぅ……いや失敬失敬、これは失敬。どうやら吾輩の熱意が、探究心が先行してしまったようだ。これは美しくない。実に美しくない……吾輩反省である。まずは自己紹介が先であったな」

 

 

 最早メアリスには訪問者とは認識されていない弩級の奇人は何事もなかったのかように僅かに乱れた身嗜みを整えた。

 

 

「———お初にお目に掛かる。吾輩はグレッド・レイズドロール・エスタロッサ。稀代の芸術家にして美の探究者である。今は真なる美を求めて旅をしているところだ」

 

 

 直後、男は三人をして息を呑む程に美しい所作で一礼し、そう名乗った。

 

 ———エスタロッサ。

 

 王国内の貴族であれば家名くらいは思い当たるだろうと思っていたアリアであったが、全くの初耳であった。

 ともすれば他国の御名かと考えるも、コレほど癖の強い御仁の名が政界で噂にすらなっていないというのは違和感がある。

 

 人伝といえど、貴族間では人絡みの噂など黒から白まで流れ込んでくる。

 その早さたるや耳から耳へと突風が吹くが如く、風の噂とはよく言ったものである。

 

 

「……」

 

「あまりに目を惹く芸術があった故、つい尋ねてしまった。突然の訪問、非礼をお詫び申し上げる」

 

 

 礼儀以上に欠けた何かがあるように思えたメアリスであったが、余計だろうと何とか喉の奥に押しやる。

 

 

「“エスタロッサ”……稀代の芸術家なんていう割には、聞いたこともない名だね」

 

「芸術とは独創。探究とは孤高。理解されずとも、できずとも、諸人に知られずとも吾輩の美は揺らがない。それは人知れず咲く花があるように、叢雲の裏で月が輝くように、世界の何処かで新たな生命が誕生するように……全てはこの世界を彩る代え難い色なのである。吾輩も、吾輩の芸術もまた我が道を行く美しき色。嗚呼、唯一無二、一切皆美…実に美しい」

 

 

 というか一を言えば余計な十がくっ付いて返ってくるこの男には閑言など溢すべきではないと早々に理解したという方が正しいか。

 メアリスは暫し口を慎むことを心に決めた。

 

 

「一応確認なんだが……何処かの貴族だったりするのかい?」

 

「否、全くもって否。あまりに美しき名ゆえに勘違いさせてしまったところ申し訳ないが、吾輩は王侯貴族ではない」

 

「そうかい…いや、だからといって何か変わるわけではないんだが、貴族同士は下手に絡むと面倒ごとしか起きないから、一応、と思ってね」

 

 

 やはりと言うべきか、どうやら貴族ではないらしい。

 それを聞いたアリアはほんの少しホッとする。

 

 決して庶民である為に気を使う必要がないなどと言うつもりはないが、一挙手一投足が政界に潜む魔物の餌になるような貴族社会において、大した間柄でもない同族と関係を持つのは中々に気が休まらない。

 

 アリアは薄々感じていた自身の緊張が解けるのを覚り、リラックスして相対する。

 

 

「それで、グレッドさん…で、いいかな? うちの庭を描きたいんだっけ?」

 

「うむ、まさしく。今にも吾輩の指が、手が、筆を取って暴れ出してしまいそうな程に。どうかお願いできないだろうか。勿論無償で、などとは言わんよ」

 

「別に描いてもらえるならボクも嬉しいし、見返りなんてなくていいんだけど…」

 

「否、そういうわけにもいかん。平等、公平、均一に。実に合理的で美しい。自慢ではないが…いや自慢であるが吾輩、頼まれればそれなりのものは用意できると自負している」

 

「そう言われてもなぁ…」

 

 

 そうは言っても振って舞い降りた権利というものは持て余してしまうものだ。

 急時たる今、欲しいものは無いわけではないものの、今ここで要求すべきかは思い悩む。

 

 

「何、今すぐ決める必要はない。と言うか吾輩は早く描きたい」

 

「うぅん…でもボク今から町の方に行かないといけないし…」

 

 

 流石に丸一日、などということはないだろうが、いつ帰宅するかも分からないまま保留にするのも気が引ける。

 

 恐らく彼は気にしないのだろうが、正直に言えばそう言った事に時間を使っていられないというアリア側の都合もあった。

 しかし伝えようにも何となく彼は引かないのだろうという予感がする。

 

 アリアは顎に手をやり、うんうんと思案する。

 

 

「それなら彼の相手は私がしておこう。こういう癖の強い人間の相手は慣れているしね」

 

 

 すると横にいたメアリスが手を挙げた。

 

 アリアは情報収集の件もあり一瞬の迷いを見せるも、渡りに船と頷く。

 

 

「……なら、お願いしようかな。報酬もメアリスさんに任せても良いかな?」

 

「ああ、じっくりと考えておくよ。それに彼については気になることもある。報酬の提示は後にはなってしまうが、君はそれでも構わないかい?」

 

「勿論だとも。このグレッド・レイズドロール・エスタロッサに二言は無い。自愛と虚飾に塗れた妄言は美しくない」

 

 

 彼女に任せれば問題無いだろう、と安堵するアリア。

 グレッドも両者の提案に首を縦に振り、力強く肯定する。

 

 

「分かった、じゃあお願い!」

 

「任された。それじゃあ———」

 

「———よし決まりだなさあ行こう今すぐ行こう芸術が吾輩達を待っている!!」

 

「勝手に巻き込まな———ああこらっ、待ちなさい!」

 

 

 アリアからの返事も束の間、雄叫びにも似た興奮高らかに邸へと猛進するグレッド。

 それを逃げ出した牛でも追いかけるように慌てて追従するメアリス。

 

 アリアは最近よく見るようになったメアリスの姿に困ったように笑った。

 

 そこへ入れ替わるようにアインスがやって来る。

 

 

「———やっほー。遅くなってごめーん———あれ、何かあった?」

 

「ちょっとお客さんが来てね。でもメアリスさんに任せたから大丈夫だよ」

 

「そうなんだ。じゃあ出るのは俺達だけって感じ?」

 

「うん。もう出発するけど、お兄さんは大丈夫? 良かったら馬車も出せるよ?」

 

「勇者ちゃんは徒歩?」

 

「? うん」

 

「俺一人馬車に乗せるつもりだったの? もうそれは訳も分からず運ばれる家畜と変わんないよ、出荷だよそれ。嫌だよ一緒に行かせてよ」

 

「…よく分からないけど、一緒に来てくれるなら嬉しいよ!」

 

「無敵かよ」

 

 

 顔を綻ばせるアリア。戦慄するアインス。静観するジーク。

 つい先程台風は過ぎ去った筈であったが、そこには絶妙な噛み合わなさから奇妙な空間が出来上がっていた。

 

 とはいえ準備は整ったようだ。

 

 ニコニコとした二人に微妙な顔を浮かべる一人が並びながら、三者は早々に正門を潜った。

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