【悲報】どうやらワイらは世界の敵らしい…。   作:掲示板ものが書きたい

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前半読みずらいと思う。
すまぬ。


雑草

 日の光すら届かぬ、路地裏の闇。古びた建物が両脇に聳え、剥がれた壁の漆喰が獣の皮のように垂れ下がっている。ぬかるんだ地面は水たまりと腐敗したゴミの臭いに満ち、かすかな風が吹けば、瓶の破片が音を立てて転がった。

 

 その静寂の中、粗布を纏う男の足音だけがかすれた呼吸と共に響く。猫の死骸すら見当たらぬこの場末の袋小路で、男は小刻みに肩を震わせていた。

 

 

「や、やれば…ホントに、く、くれんのか…」

 

 

 声は擦れていた。

 期待とも懇願ともつかぬ響きが、声帯から搾り出される。

 顔色は土気色に近く、瞳の奥には欲望と不安がごちゃ混ぜになったような濁りがある。

 

 

「ああコレだろ? 勿論だ。やってくれんならこのぐらい端金だぜ。それぐらい俺らにとっちゃ重要な事なんだよ。何なら今くれてやる」

 

 

 背後から、彼を悠に上回る体躯を持った隻腕の男が現れる。

 

 彼は微笑とも冷笑ともつかぬ歪な口元を動かしながら、片手で袋を投げ渡す。

 銀貨が鈍く鳴り、袋の口から干し肉と黒革の鞘に収まったナイフの柄が覗く。

 

 薄汚れた布から伸びる細く痩せた腕が震えながらそれを抱え込んだ。

 目が爛々と光り、濡れた唇が破れた笑みを刻む。

 

 

「や、やった、やったやった…! へ、へへ、へ…や、やるさ、何だって、よ…だ、旦那、へへ…!」

 

「満足したか? ならさっさと済ませろ」

 

「ま、任せて、くれよ…! へへへ、へ…!」

 

 

 彼は袋を抱き締めるように胸に押し当てながら、あらかじめ手渡されていた一枚の紙を手に握る。

 

 そうして、眼下に視線を落とす。

 

 

「こ、コレを持った、まま、さ、さっきのこと、を、言えば、い、良いんだよ、な、な? だ、旦那?」

 

「ああ」

 

 

 そこには、喉から血を流す人間———その遺体があった。

 

 

「へ、へへ、よ、喜んで、するぜ…!」

 

 

 しかし血走った目には何も映らない。

 欲望で潰れた視界には、何も。

 

 

「じゃ、じゃあ…え、えっと———」

 

 

 そうして、彼は震える声で呟く。

 

 

「———よ、《欲するは堕落、願うは滅び。故に人よ、無欲であれ》」

 

「れ、《掲げたる聖者の遺訓(  レ・クース・ルオ・ラ  )》…!」

 

 

 その瞬間、空気が揺らいだ。見えない波紋が闇の中に広がる。声が反響し、まるで誰か別の者が囁いているかのような錯覚を覚える。

 

 欲するたびに命は削れる。

 積まれし願いは、やがて代償を喰らい尽くす。

 ゆえに人よ、求めぬことで世界に抗え。

 

 古く遠い地にて命を絶った聖者の教え———それが重く、禍々しい余韻を残して消えて行く。

 

 僅かな間が、両者の隙間に沈黙を齎した。

 

 

「……ここ、こ、コレで良いのか…?」

 

 

 恐る恐るといった風に、背後を見遣る。

 腕を組んで見ていた大男は、口角を釣り上げた。

 

 

「完璧だ。約束通り、そりゃあくれてやるよ」

 

 

 彼は袋を再び差し出すような仕草を見せた。

 それはただの手渡しではない。

 

 革袋の中でじゃらりと硬貨がぶつかり合い、鈍く乾いた音を立てる。その重みは金の価値そのものを物語っていた。

 まるで中に詰まっているのは貨幣ではなく、受け取る者の欲望の矛先そのものだと言わんばかりだ。

 

 彼はその袋を、あからさまに見せびらかすように掲げ、視線を誘う。

 渡す気があるのか、からかっているのか――その境界は曖昧で、なおさら袋の存在感を際立たせていた。

 

 喉の奥で固唾を飲み込む音がする。

 

 

「へ、へへ、か、感謝する、ぜ、旦那…!」

 

 

 濁った目に袋の形が映ると、まるで磁石に吸い寄せられるように、腰を低くしてじわじわとにじり寄ってくる。

 汚れた爪の先が、恐る恐る、それでいて確実に袋へと向かって伸びる。

 

 その動きは慎重というより、貪欲さを覆い隠す仮面のようだった。

 

 男の目は袋しか見ていない。

 中の硬貨の重み、音、色、そのすべてを脳内で撫で回すように想像しているのが見て取れた。

 

 欲望に支配された体が、まるで膝を折って地を這う獣のように動き出す。

 汗ばんだ手のひらが空を裂くように伸びていく様は、金以外のすべてを忘れた哀れな執着そのものだった。

 

 

「お、俺の金、俺の、オレの———ッ」

 

 

 しかし、銭袋に手が届くその直後。

 彼の様子が大きく変化する。

 

 

「あ……ア……?」

 

「ん? どうかしたのか?」

 

 

 その声はきっと、まるで鼻で笑うような嘲笑でも混ざっていたのだろう。

 

 けれども、今の男の耳にはそんなものは入ってこなかった。

 

 

「ハ…ッ!…ハ…ッ!」

 

 

 脈拍が次第に速まり、胸の奥で荒々しく跳ねはじめる。

 息は浅く、喉の奥で詰まり、吸うたびにひゅうひゅうと擦れる音がした。

 意識とは裏腹に、手が勝手に動く。感情よりも早く、欲望と焦燥が筋肉を突き動かしていた。

 

 次第にナイフの柄に指がかかる。濡れたような掌がそれをぎゅっと握りしめ、震える指先がためらいがちに鞘をなぞる。

 

 そして———刃が鞘から擦れる微かな音とともに引き抜かれ、土に汚れた手が自らの喉元へと押し当てた。

 

 

「お、おい……ォ……おォい! な、何だよ! 何なんだよこりゃあ! テ、テメェ!! なな、何、何しやがったァ!!! 俺に、何したんだよォ!!!」

 

 

 刃が肉を割り、赤が皮膚を伝う。

 

 声にならない呻きと叫喚が喉から漏れる。

 目は大きく見開かれ、何が起きたのかを理解しきれずに鈍く光る鋒を見つめていた。

 

 傷口から滴る赤が衣服を濡らし、先程まで袋へ、金へと伸びていた手に更なる力が籠る。

 

 その指先にはもはや力など残っていないはずであるのに、誰かの意志が、殺意が、己を殺さんとする執念だけが骨の芯から滲み出て、なおも掴もうとする。

 

 顔は歪み、瞳の奥で恐怖と怒りがせめぎ合い、やがてそれらは何の救いもない絶望に沈んでいく。

 

 

「だ、騙したな!? 騙しやがったな!? 嗚呼ックソ!! クソクソクソォ!! こ、この、このゴミ野郎ォ!!」

 

 

 刃を止めようともがく身体は、理性を振り切り、勝手に動き続ける。

 

 痛みと混乱に引き裂かれながらも、その動きは止まらない。まるで自分自身が操られているかのように。

 

 そんな様子を、下手人はただ静かに見つめていた。

 言葉はなく、ただ薄く口元を吊り上げ、まるで面白がるかのように、冷ややかな視線を投げかけている。

 

 彼の瞳には、冷酷な遊戯の興奮だけが宿っていた。

 

 

「———な、何で、何で何で!!!」

 

 

 叫びは喉を裂き、破れた奥から血と混ざって漏れ出した。

 

 

「な、何でお前みたいな奴がい、生きて!! お、俺が死ななきゃならねぇんだ!! お、おか、おかしいだろ!! おかしい!! 死ね、死ね!! お前が死ね!!」

 

 

 その声は断続的に途切れ、震える空気の中でひびきわたる。

 苦痛と恐怖が渾然一体となったその音は、まるで絶望の叫びがひとつひとつ剥がれ落ちていくかのようだった。

 

 喉からは空気と血が混ざった泡が溢れ出し、気管に差し掛かっているのか、震える唇の間から無数の小さな泡が零れ落ちた。

 

 

「い゛、いい゛嫌だ、じ、死に゛だぐな゛い!! ま、ま゛だじに゛だぐない゛!! あ゛、あ゛あ゛ア゛ア゛ァァ!! い゛や゛だあ゛あ゛ァァァ———」

 

 

 目は狂気じみて見開かれ、世界の輪郭が歪み始める。

 

 男は喉から絞り出すように叫ぶ。

 その声はまるで、死の濁流に呑まれながらも、必死に生という細い藁にしがみつくかのようだった。

 抗い、もがき、絶望の淵で何かを掴もうとする、その必死さが震える叫びに込められていた。

 

 

「———ならよ、俺の駒になるか?」

 

 

 その言葉が空気を切り裂くと同時に、傍観していた男がぬるりとナイフを握る手を掴んだ。

 

 指先は冷たく、鋭く、まるで氷の塊のように静寂をまといながら、その凶刃の動きを確実に止める。

 

 

「こ、こま゛っで……あ、゛い゛、い゛や゛なる゛! な゛りまず!! な゛ん゛でも!!」

 

「奴隷になる覚悟、あんのか?」

 

「あ゛り゛ます!!」

 

「何でもやんのか?」

 

 

 真っ青になった顔は、涙と血、そして唾が入り混じり、泥のように汚れていた。

 それでも男は必死に震える唇を動かし、懇願するように小刻みに頷いた。

 

 

「や゛る゛、や゛りま゛す!! 何でもじます゛!! だから、だか———」

 

「———要らねェよ、バァァカ」

 

 

 刹那、ナイフが鋭く一閃し、喉元を突き刺した。

鈍い音とともに、男は苦悶の呻きを漏らし、無力に地面へと崩れ落ちる。

 

 口からは血と嗚咽が混じって漏れ出し、泥まみれの両手が必死に地面を掻きむしった。

 

 

「ゴミ臭ぇ口で唾飛ばすなよ。下水より臭ぇ。歯に糞でもつまってんじゃねェか?」

 

 

 大男は痙攣する頭部に片足を乗せると、その足の裏で軽くぐりぐりと転がすように押しつける。

 

 震える肉体の苦痛も、その無慈悲な視線の前ではただの無意味な動きに過ぎない。

 

 やがて、地に臥したソレは動きを止め、呼吸すらも止んだ。

 

 

「……何でお前が死ぬか、だったか? いいぜ、教えてやるよ。そりゃあな———」

 

 

 彼は取り返した干し肉を口に咥え、靴の裏で死体となった者の頭蓋を軋ませる。

 

 そして———

 

 

「———偶々だ」

 

 

 ———無造作に、踏み潰す。

 

 血がにじみ、脳漿がはじけ、眼球がぼとりと地面を転がる。

 濡れたそれが、信じがたいものを見るように彼を見上げた。

 

 男は、血走ったその意思のない目に向かって微かな嘲りの混じる声を投げた。

 

 

「ぜェんぶ偶然なんだよ。お前が死んだのも、俺らが来たのも。俺らが選ばれたのも。お前が這い上がろうとしなかったのも、生きる為に他の奴を蹴落としたのも、俺らが死ぬ気で死にまくったのも。誰の意思も介入してねェ偶然で……そんで、そういう運命(きまり)なんだよ」

 

 

 肉の最後の一切れを咀嚼する。

 死体を前に、添えるものすら何もないと、そう唾棄するように。

 

 

「だからさっさと諦めとけ。生まれ変わっても、テメェは多分ゴミのまんまだ」

 

 

 眼球はぴくりとも動かず、そのまま泥の中で光を失う。

 

 周囲には再び静寂が戻る。

 夜風が冷たく吹き抜け、遠くのどこかで鉄が軋むような音がした。

 

 誰にも見られず、誰にも知られず、その男は死んだ。

 

 薄暗いだけの日陰が、まるですべてを覆い隠すように。

 

 

「……ったく、使い勝手が悪ィんだよな。聖女様の魔術ならノーリスクっつう話なんだからズリぃぜ」

 

 

 その場に、一瞬だけ奇妙な静謐が訪れる。

 

 男———ガグ・バレッズは足を退かしながら、わずかに眉をひそめ、心底うんざりしたようなため息を吐いた。

 

 吐き出されたその息には怒りも憐れみもなく、ただ純粋な倦みと、一仕事を終えたような小さな小さな感慨があった。

 

 

「で……気分はどうだ?」

 

 

 一人になった湿った路地で、彼はここに居る誰かへと声を投げ掛ける。

 

 

「………最悪だ」

 

 

 返答一つ。

 それは、先程まで冷えていた筈の死体からの物だった。

 

 浅黒い肌が生気を取り戻し、その瞼をゆっくりと持ち上げる。

 

 

「どうやら、これはセーフらしいな」

 

「そうみたいだな。基準はよく分からんが、お気に召したようだ」

 

 

 新しく生まれた生暖かくも凄惨な死体を横目に、起き上がった男は傍に転がる戦輪を拾い上げる。

 そうして、その視線を自然とガグの片腕へと移した。

 

 ガグもその視線に気がついたのか、後頭部をボリボリと掻きながら気まずそうに口を開く。

 

 

「……治りが悪ィ。引きニキでも痛覚ぶり返すっつゥんだから当たり前なんだが……気が乱れるっつーか、キくっつーかよ。時間が経てば問題ねェが、あと一晩はいるな。それでも薬じゃ無理だ」

 

「勇者か」

 

「そうだな。しかも覚醒イベント付きだ」

 

 

 そう語る彼の口調には、どこか自慢げな響きがあった。

 わずかに顎を上げ、目を細めるその様子は、自身の立場と記憶、体験に確かな優越を感じているかのようだ。

 

 その場にはいなかったはずの男も、まるで事情をすべて理解しているかのように、静かに頷いていた。

 まるで最初からその全容を知っていたとでも言わんばかりに。

 

 

「つまり、そういうことか?」

 

「……まあ、もう答えは出てんだろ。ありャあ、剣でも血でも魔力でもねェ———《魔法》だぜ。属性獲得だ。やったな」

 

 

 ガグは口元を歪め、ニヤリと笑みを浮かべた。

 自信と余裕に満ちたその笑みは、理を得たと言わんばかりだ。

 

 だが、対する男の顔には曇りが残っていた。

 眉間には僅かに皺がより、唇は小さく引き結ばれている。

 ガグの言葉に何か引っかかるものを感じているのか、その表情には納得しきれない違和感が滲んでいた。

 

 

「引きニキは見えてなかったぞ」

 

「見えるもんじゃねぇんだろ。あの人にだって概念は見えねぇ……はずだ、多分な。あとは……魔法で打ち消されたかってとこだな。やられた感じ、その類だ」

 

 

 なるほどな、と、男はぽつりと呟いた。

 

 腑に落ちた様子で顎に手を添え、視線を宙に彷徨わせる。

 思考の断片がひとつに繋がったのか、目の奥にわずかな納得の色が宿っていた。

 

 

「だが、アレだな……地味だな」

 

「そうだな、地味だ。だが———」

 

「ああ———」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「———主人公っぽいな」」

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