【悲報】どうやらワイらは世界の敵らしい…。   作:掲示板ものが書きたい

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空洞

 かつて水が流れていた痕跡だけを残し、今は静まり返った下水道。

 ひんやりとした湿気が壁に染みつき、どこからともなくカビの匂いが漂っている。

 薄明かりすら届かぬ闇の中、時折、水滴の音だけが静寂を破る。

 

 

「やっぱ臭いねここ。当たり前なんだけど」

 

「湿気も酷いですな。雨水が溜まっているのやもしれません」

 

「…伯爵はどうして埋めないんだろう。ここ、もう使わないんだよね」

 

「恐らくはまだ手をつけられないのでしょう。老朽化した壁の強度や、いざ埋めた場合の地上への影響は十分に調査しなければなりません。粗雑な工事でもすれば地盤沈下などの恐れがございます」

 

「はぇぇ…」

 

 

 アリアの疑問にジークが答え、アインスが間抜けな声をこぼす。

 ハヅキとの邂逅を経た三人は再び下水道へとやってきていた。

 

 足音が湿気の割に乾いた地面を叩きながら、苔と錆に覆われた壁と天井を見渡す。

 かつて水路だった痕跡の縁には、相も変わらず虫が這い回っている。

 

 暫く歩いていると、段々と奥に続く亀裂やら大小に渡る破片が散見され始めた。

 

 

「この辺りかな。勇者ちゃんが倒れてたのはもうちょっと奥だけど」

 

 

 そう言ったアインスの横で、アリアは自身の朧げな記憶を辿っていた。

 

 広がるのは傷だらけの景色ばかりではなく、生々しく、未だ乾き切っていない赤い血痕も同様で、進むにつれて夥しい量へと変わってゆく。

 

 もしこれが自らのものならば、よく今、自分は此処に二の足で立っていると驚嘆するほどだ。

 

 

「此処だね。よく覚えてる」

 

 

 彼が眼下を指差す。

 その先には、一際厚みのある赤が地面に染み込んでいるのが見える。

 乾いた石畳の継ぎ目に沿って、黒ずんだ血の跡が不規則に広がっており、血の匂いだけはなお微かに残っている。

 

 不穏な記憶を呼び起こす、そんな匂い。

 

 

「……凄いね」

 

「よく生きてたよね。多分、相手の血だって混じってるだろうけど」

 

「本当に、よくぞ生きてくださいました」

 

 

 まるで他人事のように呟くアリアはふと、一つ腑に落ちない点を口にする。

 

 

「どうして、アイツはボクを殺さなかったんだろう」

 

 

 アリアは記憶が欠けている。

 メアリスと別れたあの瞬間からだ。

 

 あの後、自分があのガグ・バレッズという男と交戦したことは間違いない。

 腹に一撃、重い蹴りを見舞われたことを覚えている。

 

 けれども、彼女はその結末まではどうしても思い出せないでいる。

 

 

「アイツ、っていうのが誰かは分からないけど……敵が増える前に逃げたんじゃない? それか、それぐらい重傷だったとか」

 

 

 静かに思案する面持ちでそう答えるアインスに、アリアは難しい顔で返した。

 

 ———今ひとつ、引っかかる。

 そんな声が聞こえてくるようだった。

 

 

「ま、生きてるならいいじゃない。向こうが顔を出さない以上、犯罪者の思考なんて読めっこないよ」

 

 

 どうにも霧掛かった思考を払うように、彼がそう声をかける。

 アリアは自身の血痕を見つめながら逡巡するも、今は思い詰める時ではないと頭の隅へと追いやった。

 

 再び進み始めると、やがて傷跡は徐々に姿を消し、壁も床も静謐な苔に覆われるのみとなった。

 そこはあの男( ガグ )が影を潜めていた場所でもあった。

 

 空気は一段と重く、沈殿した魔力のような気配が肌を刺すように漂っている。

 最奥と思われる付近へと踏み入れた瞬間、そこだけ時間が止まっているかのような、圧倒的な静寂が三人を包み込んだ。

 

 そうして、その片隅にある不自然な空洞が視界に映る。

 

 

「此処に子供達が居たんだっけ?」

 

「ええ。あの少年を含む、五名でございます」

 

 

 石壁の陰にぽっかりと開いた不自然な空洞が、まるで口を開けたまま何かを待つように佇んでいる。

 

 中には錆びた鎖と砕けた木箱の残骸、中身の詰まった麻袋が散乱し、床にこびりついた小さな血痕が沈黙の中で痛ましく主張していた。

 そこに立つだけで、嗚咽や叫びが耳元に残るような錯覚が襲い、子供たちの恐怖が未だこの場所に爪を立てているかのようだった。

 

 

「……此処と周辺を少し調べてみよっか。何か、外のつながりも見つかるかも」

 

「その前にアリア様。お一つだけよろしいでしょうか」

 

 

 アリアは怒りを噛み殺すように、努めて冷静にそう提案する。

 そこで、動き出そうとしたアインスとは別に、分け入るようにジークが口を開いた。

 

 

「どうかしたの?」

 

 

 珍しく自身の言葉に割って入った彼に少し驚きを見せながら、彼女は彼を見た。

 

 そんな視線を受け入れつつ、彼はまずは謝罪を、と頭を下げた後、こう言った。

 

 

「———そこに居られる方。そろそろ、お出でなさっては?」

 

「…………え」

 

 

 ジークが肩越しに背後を覗き、その視線を追うようにアリアも彼の向こう側を見やる。

 

 自身が隠れているわけでもないのに、無意識に息を潜め、耳が拾う音を咀嚼する。

 

 次第に闇の奥、石を踏む微かな足音が規則もなく近づいて来た。

 鼓動が耳に響く中、その足音だけが確かな現実として、湿った空気をかすかに震わせる。

 

 自分一人だけが息を呑む。

 

 そうして、その音が鍵となったように影から一人の男が姿を現した。

 

 

 

 

「………………ライルさん……?」

 

 

 

 

 そこに居たのは、あの惨劇の一夜に友を救うべく馬車に同乗していた男だった。

 

——————

————

——

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 両手を挙げるライルは、恐る恐る、一歩ずつ確かめるように影から身を晒す。

 

 

「怖ぇ……爺さん、アンタなんかやってた……?」

 

「敵意はなかったので、泳がせておりましたが……ここまで来ても一切動かないままでしたので真意が読めず。そろそろ、と」

 

 

 穏やかさを隠れ蓑にした射殺すような視線が彼を貫く。

 

 ライルは口元を引きつらせ、踏み出した足を一歩退ける。

 額にはじんわりと汗がにじみ、視線を逸らそうとするも、すぐにまた正面を見据え直した。

 

 

「こ、怖い物見たさってヤツだよ。ホントだぜ? 傭兵ならそう言うのあんだろ? な?」

 

 

 男は両手をわずかに上げ、首をすくめながら捲し立てるように言い訳を並べる。

 

 視線を泳がせる彼を見つめるジークの目は、常にその喉仏に向かっている。

 

 

「んー嘘は言ってないんじゃないかな」

 

「お兄さん…」

 

「俺もジークさんも気づいてたし、組織絡みとかじゃあないと思うなぁ……それにしてはおざなりだし」

 

 

 アインスの言葉に悩む様子を見せるアリア。

 

 その間もジークの目はライルを捉えて離さない。

 まるで殺意が先行するように、既に臨戦態勢へと移行している。

 

 

「……わかった。なら、尾行してたことは不問にするよ」

 

「た、助かるぜ……」

 

 

 ライルはホッとした様子で両手を下ろす。

 

 

「……」

 

「……」

 

 

 三人と一人の間で、奇妙な沈黙が訪れる。

 

 

「……なぁ。詳しくは知らねぇが、アンタら此処に調査できたんだよな」

 

「……そうだよ」

 

 

 昼間の戦闘は周知の事実であり、そこに調査が派遣されることは何ら不思議なことではない。

 

 彼の問いに一瞬躊躇いを見せるも、アリアは頷いた。

 

 

「あー…ならよ、俺も手伝おうか?」

 

 

 尾行の後ろめたさからか、彼は少し控えめにそう言った。

 アリアは眉を顰めつつ、小首を傾げる。

 

 

「これでも傭兵歴じゃ先輩だぜ。それに、探索(こういう)のはあんまり慣れてねぇだろ? 俺は戦闘はあんまりだからよ、結構依頼は熟してんだ」

 

「…………じゃあ、お願いするよ。けど、ジークと一緒に行動することは約束して欲しい」

 

「任せとけ。変に警戒させた詫びだ」

 

 

 彼の提案に、間を置いて承諾するアリア。

 

 

「良いの?」

 

「うん、いざという時は二人がいるし」

 

 

 彼女としては、あの夜デュークを助け出すために有志として乗り出してくれたことに感謝している。

 

 怪しくはあるものの、そんな彼が同じように助力してくれるのだというのであれば、その言葉を信じたかった。

 

 

「うーん、アレだね……やっぱ勇者ちゃんは貴族に向いてないね」

 

「グラム様も、そこを気にしてはおられましたな」

 

 

 苦笑いするアインスに、ジークもまた密かに唸る。

 アリアもまた自らの行為に浅はかな部分があることを承知している。

 

 だが、それでも他者の善性を信じたいと言う心にこそ、彼女を勇者足らしめる何かが宿っているのかもしれない。

 

 

「———で、アンタらは別に目的のモンがあるわけでもないんだよな?」

 

 

 そうして新たに加わったライルと共に捜索を開始しようとした矢先、彼はアリアに問う。

 

 

「そうだね。ただ、一つ心当たりはあるんだ」

 

 

 彼女は子供たちが囚われていた空間へ指を差す。

 

 

「アイツは子供を誘拐してたんだ、それも五人。だから、もしかすると取り引きでもしようとしてたんじゃないかと思って」

 

「人の寄り付かない廃区の、況してや下水道なら、あわよくば何かしらブツでも隠してんじゃねぇか、ってことか?」

 

「うん」

 

「なるほどなぁ……」

 

 

 ライルは口を閉ざすと、肩で浅く息をつきながら視線をゆっくりと巡らせた。

 足元の瓦礫や壁際の影に目をやりつつ、頭をわずかに傾けて周囲を確かめていく。

 やがて立ち位置を整えるように一歩踏み直した。

 

 すると突然目を閉じ、鼻をひくつかせるように小さくスンスンと音を立て始めた。

 顔をしかめるでもなく、ほんのわずかに首を伸ばして、空気の流れを嗅ぎ取るように鼻先を動かす。

 

 何か臭うのだろうか、と同じようにその場で臭いを嗅いでみるが、これといって異臭がするわけではない。

 

 数度繰り返した後、彼はジークへと目配せをすると、そのまま臭いを辿るように移動し始めた。

 

 ジークは意図を察し、彼を追従する。

 

 

「……コレだ。コイツだ」

 

 

 三人の間を抜けた彼はゴミの散乱する空洞の前に立ち、身を屈ませる。

 そうして指し示したのは、乱雑に積まれた麻袋だった。

 

 

「……袋のこと? 気になってはいたけど」

 

「ああ」

 

 

 彼はジークに一言断りを入れると、その中身を開封する。

 そして、中身を見るなり見当通りとばかりに摘み上げ、三人へと見せる。

 

 

「それって…」

 

「おう、魔物避けの香だな。魔物の生息地と隣接するような小さな集落、農村の周辺とか畑に撒かれるようなやつだ。爺さん、アンタ気づいてたんじゃねぇのか?」

 

「催眠や毒素なら嗅ぎ慣れていたのですが……恥ずかしながら、環境特有のものと勘違いしておりました」

 

「不穏だなぁ、おい……けどまぁ、此処を長期的に拠点にしてたようではあるな」

 

 

 “ただそんなことはどうでもいい”と彼は枝葉を放り捨てると、その香材の詰まった袋や埃と塵に覆われた布やを退かし始めた。

 潜んでいた小さな虫が大量に這い出で、散り散りとなる。

 

 その光景に小さな悪寒を感じるアリアを無視し、彼は身を屈め、床を手の甲で叩き始めた。

 

 

「よし、此処だな」

 

 

 端から順に叩いていた彼は、四、五回ほどで叩く位置を絞り込んだ。

 そうしてとある一点に指先で数度、小さく小突きを繰り返す。

 

 鈍い音と手応えの下、彼はふと動きを止め、背を低くしたまま三人の方へと視線を向ける。

 

 

「此処、ぶっ壊せるか?」

 

「……天井落ちてきたりしないよね?」

 

「そんな脆くねぇだろ。流石に」

 

 

 彼の視線を受け、頷いたのはアインスだった。

 ゆるやかに歩み寄ると、ライルの隣に静かに屈み、その示した位置へと掌を添える。

 

 冷えた石の感触を確かめるように、指先で撫でながら表面をなぞる。

 

 

「それっ———!」

 

 

 ———。

 

 直後、小さな揺れと共に地面に穴が開く。

 

 虫は一斉に壁や地面の隙間へと逃げ込み、天井からはパラパラと破片が舞い落ちる。

 

 一筋の冷や汗を流すアインスを、同じく肝を冷やした様子のライルが睨みつけた。

 

 

「……おい」

 

「む、難しいんだよ調整が。人とかなら楽なんだけど…」

 

「物騒だろそれはそれで」

 

 

 嘆息と安息の入り混じる一息を吐いたライル。

 彼は視線を今し方開いた穴に戻すと、縁に散らばった破片を静かに払った。

 

 すると、そこには抉られたものとも違う、意図的に削られたような小さな空間が顔を覗かせていた。

 彼はためらうことなく手を差し入れ、指先で慎重に底を探ると、一枚の紙片をつまみ上げる。

 

 埃と湿気を帯びたその紙をアリアに手渡すと、彼女は言葉もなく受け取り、その場で隅々まで目を通す。

 

 

「契約書、だね」

 

「ええ、そのようですな。しかし———」

 

「———ああ、どうやらそれだけじゃないらしい」

 

 

 ジークに代わって受け応えるライルの手には、いつの間にかもう一枚の紙があった。

 淡く汚れた角を指先で支えながら、それを無造作に掲げる。その傍には取り外されたのであろう底蓋が置かれていた。

 

 アリアの手元にあるものと同程度の大きさ——その紙片の内容を察することはあまりに容易だった。

 

 

「よく見るやり方だろ? 使い古されて擦り潰れるくらいな。時間がありゃあ誰だって見つけただろうさ」

 

 

 再度渡されたそれを、睨みつけるように目を通す。

 

 同じ表記、同じ内容。

 彼女は丁寧に読み込み、底縁に記載されたその名を確認する。

 

 そこには、かすれたインクで、しかし確かに記されていた。

 一同の沈黙を裂くように、闇が僅かに揺れる。

 

 そこに記されし契約者の名は———

 

 

 

 

「———“ロードレッド・ロングレア”」




行間ってムズいよね
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