【悲報】どうやらワイらは世界の敵らしい…。 作:掲示板ものが書きたい
「《———
侵入者を結界で封じ、内側を死霊殺しの火で炙る。
同時に空気の震えを断ち、爆音を殺す。
結界の内側では、火だるまの影が轟々と燃え上がる。
「……っ」
しかし、膝は付かない。
次第にふらついた様子も無くなり、点火した炎も勢いを失っていく。
メアリスは結界を解除し、頭上に《
「疾く、返したまえ。時計が見えないのかい。彼女も寝る時間だ」
火が消え姿が顕になった時、その様相に変化が起きる。
黒の髪は黒と白の二色に分かれ、左目の白と黒が反転する。
再生する様子はない。
白煙を上げる赤肌を剥き出しに、血が煮立っているのが目に映る。
「(憑依か、そうでなければもっと厄介だ。霊餐でも食わせてみるか?)」
肉体を手放し怨恨や未練を楔にその世界に留まる死霊。
それに近い気配を感じたが、効果が今ひとつであったことに眉を顰める。
直後、侍女が鍵を一つ床へ放る。
「!」
キンッ、と鍵が床で跳ねると同時、そこを起点として円形の“門”が展開される。
滅紫の光を放つ黒球は瞬く間に部屋全体を飲み込み、二人を異界へと引き摺り込んだ。
メアリスは目を細め、部屋を一瞥する。
家具の配置も湿度も温度も、部屋に変わったところはない。
つい先程まで自身が向き合っていた机もそのままだ。
だが———
「誰か来てもヤだし、ちょっとだけ静かなとこ来てもらっちゃった。二人っきりだネ♡」
———気配がない。
アリアも、ジークも、この屋敷に居たはずの全ての人間の気配が無くなっている。
聞こえてくるのは夜風ばかりで、聴き心地の良い虫の音さえも静まり返っている。
メアリスは机に手を伸ばし、触れようと試みる。
「(……特有のざらついた質感もあるというのに、温度も硬さもない。ここから先に私とそれ以外を隔てる境界があるだけのような……)」
転移か、はたまた空間の構築か。
異空間の創造ならば覚えのあるメアリスからすると、その場で構築したというのは少々違和感がある。
「(人的被害の想定は不要……か)」
「(………使うか?)」
自身の指先から血を切り出し、黙して半身に構える。
何れにせよ、このタイミングで己のところにやってきたのだ。何が目的であるかなど問うまでもない。
彼女は間合いを測りつつ、宝具を手に取った。
「お、良いねぇ感心感心☆ 流石賢者様は何もかもがお見通しなのかニャ?」
「《開闢の門》とやらかな? まさかこんな常識のない時間に尋ねてくるなんて思ってもいなかったよ」
半身に構え、宝具を遠ざける様に持つ。
視線の先では彼女の警戒を嘲笑うようにニヤニヤとした笑みを浮かべる侍女がいる。
「(卑術は最終手段だね。祓魔はあまり期待出来そうにない)」
戦式魔術、不死祓、巫蠱術、黒典、赫術、神問、厭勝、霊約、方術、聖咒、回法、道術———果たして何れか。
メアリスは己の行使できる
侍女が手を差し出し、クイクイと急かすように指を引く。ニッコリとした顔が、一層あどけなく映った。
杖を取り出す。
翻す反対側の掌に術式が灯る。
「その子、君が持ってても意味ないから。予定変わったから。ほら、黙って寄越してよ」
「譲ったところで良い未来が思い描けない」
「どーせ使い方わかんないでしょ? どーせ腐らせるんでしょ? ちょっとリトちゃんに
「有難いが、結構———」
———ガコン。
まるで歯車が噛み合うような音が響いた。
直後、メアリスの肉体が液体のように潰れる。
持ち主を失った剣が宙を舞い、けたたましい音を立てて床を転がった。
まるで岩でも降ったかの様に圧壊した肉体は、部屋の端にまで血を散らし、床を砕いで陥没する。
生々しい音は破壊音にもみ消され、静まり返る頃には衣類と血肉の混じった平らな塊が残された。
「さっさと渡せよな」
侍女の傍で幾重ものリングが連なる天球儀が浮遊する。
それぞれが互い違いの調子で回転しており、星を模した中心を周囲を囲んでいた。
パシャパシャと跳ねる血を足に浴びつつ、血溜まりを進む。
剣を目の前にすると、彼女は身を屈めてグリップに手を伸ばした。
指が触れようとした時、ピタリと手が止まる。
「……ん〜〜?」
腕に突き刺さった岩槍。
肉を破り、骨を貫く細く重い杭が動くなと唸るように縫い付ける。
そこへ真空へと流入する空気の様に、風の刃が殺到する。
圧縮された大気は爆ぜ、無人の館の一角を吹き飛ばした。
血溜まりに波紋を生みながら、
剥き出しの翡翠の眼球は酷く冷静だ。
「(———なるほど、“そこにただ何かが存在するだけ”の座標空間……空間の狭間とでも言うべきか。スダルカークの転移事故で似たようなことがあったと聞く。ならばあの鍵も本来ならば転移のように離れた空間を繋ぐようなものなのかな?)」
塵は舞わない。
支えを失い崩落した瓦礫の内側は厭に静かだ。
相手の息遣いに耳を傾けながら、メアリスが宝具を視界に収める。
そうして風の翼を展開し、飛翔と共に宝具へと手を伸ばした。
瞬間、見計らったようにメアリスの体を強烈な重圧が襲う。
「ッ———やはり…っ」
だが、今回は先ほどのように潰れることはない。
彼女は宝具を掴み取るとその場から離脱する。
「(天球儀が掌るのは大地の力か。空間を操作しているのかと思ったが、今受けて確信した。体の部位ごとに加わる力の比重が異なっている。大地の精霊たる“
岩魔術による加重操作で肉体の質量を調整し、重力による圧壊を回避するため負荷を分散する。
狙いは剣の回収と敵の宝具の破壊。
床面を抉り、残骸を散らしつつ大きく旋回。
重圧を振り落とす意図でさらに回転を重ねるが、圧力は持続した。
外力は進路に沿って追随し、間断なく身体を拘束している。
速度を上げる。
それでも負荷は減衰せず、重圧は剥離しない。
周囲の破片を押し退け、侍女が起き上がる。
その動作は緩慢だが、幽鬼のような視線はメアリスを捉え固定されたままだ。
———《
その口元がわずかに動く。
即座に崩れ落ちた壁を食い破り、巨大な
瓦礫が触れた側から砕け散り、通過した地面も壁も、全てが更地と化す。
「《
迫り来る破壊者へ、大気そのものが牙を剥いた。
唸りを上げて収束した風は、進路上の瓦礫を巻き上げ、地表を削り取りながら一直線に叩きつける。
圧縮された風塊は地表を削り取り、石畳を浮かせ、空間そのものを軋ませながら前進する。
視界は歪み、空気は裂け、衝撃波が遅れて追随した。
巨体を誇る戦車であろうと、その質量ごと呑み潰す――それがこの颱風。
風は、接触した瞬間に衝撃波を撒き散らし、残骸を霧散させる。
大気の檻が、侵入者を内部から砕く。
「っ、その類か———!」
しかし激突の瞬間、食い破られたのは颱風だった。
戦車はその質量を嘲笑うかのように爆発的な加速を得る。圧縮された風圧を推進力へと変え、砲弾そのものと化してメアリスへ飛び込んだ。
結界を展開しつつ横合いに回避する。
しかし戦車は結界を容易く消し飛ばし、メアリスの下半身を削り取るように轢き去る。
「(外力を推進力に変える戦車……嫌な並びだッ)」
巻き込まれるように弾かれたメアリスは視界の先で
片手を突き出し、絞るように握り込む。
連動するように侍女の腕に突き刺さった岩槍が回転し、剣を取った腕を落とす。
空気の塊を飛ばし自らへと剣を弾き飛ばすと、そのまま自身を撃墜せんと追尾する戦車を引き連れ、侍女の元へと一直線に突貫した。
「お返ししよう」
剣を掴み取り、侍女と衝突する直前に軌道を逸らしたメアリスが彼女の傍を抜けるように通り過ぎる。
「帝流剣術———
ついでとばかりにその足を凍りつかせ、残った腕も刎ね、戦車と対面させた。
「———」
振り返る間は無い。
声も無く、抵抗もなく、ただ高速で過ぎ去る戦轟と共に、侍女は残骸の向こうへと消え去った。
やがて沈黙が訪れる。
まるで静寂が幾刻も前のことのように感じられるのはそれだけの相手と云うことだろう。
「こう、何度も再生してはキリがない。全身丸ごとなんて……無際限じゃないんだよ」
痛いものは痛いしね、と。
上半身のみで這っていたメアリスは失った下半身を再生させる。
とはいえ、最早元の体がどれ程残されているかなど定かではない。少なくとも、自分の体を治療している気分にはなれなかった。
膝を立て、身を起こす。
《識》は消さない。決して。
土埃の奥から複数の影が浮かび上がる。
「———《ジダールの番剣》」
それは幾本もの剣だった。
靄を貫き、姿を現した数十の剣が一斉にメアリスへと降り注ぐ。
メアリスは舞うように剣を振るい、多種多様な剣術と魔術を織り交ぜ捌き斬る。
「修めておくものだね」
王国の『統王剣技』、帝国の『帝流剣術』、聖国の『
一合の剣戟に最低三種を交え、こちらへの適応を遅延させる。
飛び跳ねるように襲いくる小剣の嵐を余すことなく切り落とす。
十、二十と増え続け、勢いを増す剣嵐。
空気の密度がわずかに変わり、刃と刃のあいだの余白が、静かに縮んでいく。
分裂した小剣は増え続け、やがてそれぞれの軌道を失い、ただ一つの群れとなってメアリスへ押し寄せた。
踏み込み、剣が走る。
縦。横。斜め。
そのたび、小剣の列が途中で断ち切られる。
切断された刃は一瞬だけ光り、すぐに重さを取り戻したように落ちていく。
メアリスの周囲で金属音が絶えない。
剣の軌道は次第に短くなり、その代わり回数が増えた。
閃きが重なる。切断された小剣が雨のように落ちる。
残された間合いは、ごくわずかだった。
そして次の瞬間、無数の小剣が同時に前へ傾く。
数えきれない切先が、一斉に彼女を指した。
直後、嵐のような突きが四方から放たれる。
「《
地に片手を付き、広がるのは漠砂の牙。
人体を一瞬にして解体するほどの砂嵐が鋭い鉄を一掃する。
水に溶ける雪の如く、剣先が砂粒の壁に触れた側から削り取られて行く。
———《
侍女の一声の下、砂嵐を切り裂き、無数の手が彼女へ伸びる。
爪を立て、その幼き四肢を握り潰さんと籠った力は声なき嘆きの如く。
それは死者が送る生者への怨みであり、現世への未練。生前の罪そのものであった。
メアリスは無数の手を《
そうして踠く腕を抜けたその先、それらの出どころとなっている宝具たる棺桶を認めると、指を二本立て念を込めた。
「《弔火の解法・無動一喝》」
その呪文とともに言葉と共に指を振るう。
瞬間、赤白んだ火焔が線を引き、一筋の刃となって棺桶を両断する。
未練ごと焼き尽くされ死霊どもが煙のように消えると共に、嘆く声が啾々と響き渡った。
怨嗟をも燃やし、滅紫に染まった炎に黒々と焼かれる棺桶の残骸が地に崩れ落ちる。
「心底胸糞の悪い呪物だ。呪いは得てしてそういうものが多いから好きになれない。
それを踏み超え、先へ抜けるメアリス。
裸足の白脚は、しかし黒炭となった呪物を容易に砕き、再び侍女へと対峙する。
現れた侍女は両腕を失い、両脚が凍傷に侵され、未だ全身が火傷に包まらているという、あまりに酷い有様であった。
メアリスはその惨状を目にすると、眉間に皺を寄せる。
「(意識さえ奪えれば、と思っていたが……ままならないね)」
賢しきとは合理に他ならない。
人類の救済とは、人類の幸福とは———。
受け継がれ熟した願いは、今もなお永劫の魂に刻まれている。
「(彼女を救い、宝具も守る。どうやらそれは難しいらしい)」
目を閉じ、今一度侍女と目を合わせる。
この存在を目にした時から、メアリスは一つの確信を抱いていた。
「(悪霊ではないらしいが……まあ、似たようなものか。どこにでも居るね、こういうのは)」
それはこの襲撃が、侍女の意思ではないということ。
そこに宿る存在が彼女自身ではないということ。
「(さて)」
肉体は生身の少女。
殺すだけならば首でも消し飛ばせば良い。そうでなくともこの負傷では放っておいても死ぬだろう。
そうすれば、少なくともこの場においては勝利する。
あとは宝具を破壊するなり保管するなり、いくらでも処理はできるだろう。
そうすれば良い。
多くを救うなら、きっとそれが最善だ。
悠々とした歩みは、澱みなく笑いかける侍女へと向く。
「聖クルータが問うた。“我が友は
メアリスの口から紡がれたのはある聖典の一節であった。
「奇蹟は答えた。“意思と共に”、と」
一歩一歩と侍女へと歩み寄り、数歩先で彼女は足を止める。
そうして、表情の窺えない侍女を真っ直ぐと見据える。
「……聖命教———聖国の国教では、意思の尊重を説く際にこんな話をするらしい。正直、最初聴いた時はよく分からなかったが、どうやらその聖人は片腕を失ったある兵と知古の仲だったそうだ」
侍女は応えない。
顔に影を落とし、褪せ朽ちた古人形のようにゆらりと佇んでいる。
「なあ、私の知らない何処かの誰かよ。私はある少女の意思を尊重したい」
「一つ取引をし———」
真に多くを救うかもしれない少女の。白き未来の英雄、その心を守る為に。
眼前へと剣を携え口を開いた———その時だった。
「———」
———ノイズが走る。
臨戦態勢を整え神経を張り巡らせる。
その場から背後へと飛び退き、前へと突いた《秩序の大樹》へと魔力を流し込んだ。
描くのは
放つは
髪が煽られる間も無く、集結する風は一瞬の真空を作り出す。
射殺すような視線の先、もはや更地と化した屋敷跡の中心、同じ位置にポツンと突っ立つ侍女。
身じろぐ気配すら無く、だらりと垂らした綺麗な腕が揺れる。
———
「———は」
そこで初めて、メアリスはその瞳が動揺に揺れる。
翡翠を見開き、奪い取ったはずの腕を視線で追った。その手には一つの懐中時計が握られている。
直後、視界の端から何かが迫り、暗闇に染まった。
「———いいよ」
無意識の域にまで達する再生は、たった今攻撃されたことを示唆していた。
視界を取り戻した時、メアリスは知らぬ間に部屋の真ん中に置かれた椅子に座らされていることに気づく。
目の前には丸いテーブルと、向かうように置かれたもう一つの椅子がある。
「お話し、お話しだ」
落ち着いた口調で口遊む。
その手には血の滴る顔面の肉皮と、メアリスが手にしていたはずの剣が下げられていた。
辛うじて視界の端に映ったのは侍女の手だろう。
抉り取られた己の顔面がそれを物語っている。
ブツブツと、譫言を刻み、侍女はゆっくりと此方へ近づく。
「お話しするなら、コレは邪魔だよネ」
ノイズが走る。
侍女は剣を虚空へと放った。
それは突如空間に現れた穴へと落ちていく。
隙を伺い、奪い返そうとする頃には既に元の景色だけが残される。
「だから」
ノイズが走る。
その刹那に、血みどろの侍女の姿が映った。
カツン、と一層強い一歩が踏まれる。
一瞬、宝具へと向けられていた意識が無理やり引きつけられた。
「だから」
ノイズが走る。
再び、侍女の血が映る。
秒針を刻む音が騒がしい。
「だ
か
ら」
傷一つ無い侍女が、穏やかに、向かいの椅子に手を掛ける。
ミシ、と椅子が悲鳴を上げた。
「席に着いて———」
メ
ア
リ
ス
ち
ゃ
ん
本調子じゃないのでいつものように書き直すかもしれません