【悲報】どうやらワイらは世界の敵らしい…。 作:掲示板ものが書きたい
「…良いだろう。」
「ホント…ッ!?」
デュークへ心中を明かしたアリアは、無視できない不安に駆られながらも己の目的を果たすべく組合支部へとやって来ていた。
そこで宣言通りハイネスへと調査の参加を申し出た。
彼女はそこで彼から返って来た言葉に驚きを隠せなかった。
「言い出したのはお前だろ…」
「そ、そうだけど…」
確かに彼女はお願いした側ではあるが、まさか一度目で許しが出るとは思っていなかった。
彼女としてはてっきり何度も頼み込んでようやく…と言った具合だったのだが…
ハイネスは彼女のその大げさな反応に呆れた様に説く。
「先日までのお前なら何度来ようが突っぱねるところだが…今ならまぁ…馬鹿みてぇな無茶はしねぇだろ。」
依頼以前の向こう見ずな彼女であれば彼とてこの様に簡単に許可など出すことはできなかった。
しかし、今の彼女であれば周りに目を向けないなどという独断的な行動はしないだろうという信用はあった。
あの依頼を通し自身の力量を正しく自覚した彼女は、ある意味で必要な挫折を味わったのだろう。
挫折無くして成功は無い、ということを彼は知っている。
「ハイネスさん…」
「…ただし、少しでも集団の和を乱すと判断した場合は外させてもらうぞ。」
「うん、任せてよ!」
そう言ってアリアはハイネスも久しぶりに見る様に感じる自然な笑みを浮かべた。
「…全く…ハメ外すなよ、本当に…」
そう面倒そうにしながらも、彼の頬も無意識のうちに緩んでいた。
ロビーに出た彼女は久方振りの笑みを浮かべ、掲示板の前で依頼を眺めていた。
周囲の者たちはいつかの彼女の姿がそこに戻って来たことに驚きつつも、胸を撫で下ろして安堵する。
彼らにとっても、いつも命を掛け現場へ赴いている身としては、彼女のように影をも照らす様な明るさを持つ子供というのはある種の癒しでもあった。
心なしか自然とロビーの喧騒も一層増したような様子さえあった。
「随分とご機嫌ですね、アリア様。」
そんな彼女へ横から声がかける者がいた。
「ヴィルックさん…ちょっとね。」
いつの間にやら己の横に立っていた青年の名を呼ぶアリア。
浮ついていたことを察せられ小っ恥ずかしくなる。
「どうやら許可を頂けたようで。」
「…あれ、知ってたの?」
彼が事情を把握していることを不思議そうにするアリア。
自身とハイネスの間のみで完結するなどとは思っていないが、まさかこれほど早く話が広まっているとは思っていなかった。
「まあ、これでも依頼資料の処理などを担当していますし、調査というのもその一環なので…」
「そうだったんだ…」
ヴィルックはこの支部において主に依頼の書類を管理する役割を担っている。
依頼処理には内容の正当性や適切な人選管理、人事なども含まれているため、彼女を含む傭兵の依頼受理の是非も当然把握している。
「ヴィルックさんはさ…ボクの考え、どう思う?」
「どう、とは?」
突然しおらしい態度でそう尋ねてくる彼女に小首を傾げるヴィルック。
「…実はね、今回の調査に参加することを…友達に言ったんだ。」
「…」
「そしたらね、危険だって凄く反対されちゃって…」
そう語る彼女は、少しだけ、ほんの少しだけこの選択を後悔している様にも見えた。
その脳裏には、遠のいて行くいつもよりも小さく見えた背中が浮かんでいた。
「ハイネスさんに許可をもらった後にこんなこと言うのも可笑しいけど…これで良かったのかな、って思って。」
明るさを取り戻したと思われた少女は、しかしその実以前よりも遥かに臆病になっていた。
短期間の内に失うものが大き過ぎた彼女は、何かを、誰かを失うことに酷く怯えている。
ヴィルックは彼女から視線を外し、答える。
「そも、その答えを他人に求めることが間違いでは?」
それは、拒絶とも言える答えであった。
アリアから逸れた視線は虚空を向いている。
アリアは呆気に取られるも、言い返すわけでもなくただ黙って聞く。
「貴女は既に決断しました。行動にも移しました。そしてそれを認めてくれた方が居ました。確かに否定する方も居たのでしょうが…世はいつだって賛否両論、個人が己の運命を決める判断に是非もないでしょう。」
いつになく饒舌に彼は語る。
アリアには彼のその姿が、静かな言葉一つ一つが、まるで何かに言い訳しているように聞こえた。
「貴女は貴女の…己の正義を誇れば良いのです。」
つい先日、友人も同じ様なことを言っていた。
『己の信念を貫けば良い』
当然、他者を巻き込むのならば自己中心的とも言える考えだ。
だが、果たして己の未来を決定付けるだけならば、その
「貴女は…その行動が、正義が、確かなものであると…そう思える権利がある。それを正義足らしめる大義がある。」
その落ち着いた冷静な声音には、アリアでも圧倒されるような、徐々に燃え広がる様な熱があった。
まるで剣を振るう父のような、王族の責を語るデュークのような、そんな迫力があった。
ただ唯一違う点があるとするならば、此方を見ない谷底のような瞳に背筋も凍るような何かが見えたことだ。
そこには、覗いてはいけないと、そう思わせる闇が澱んでいる。
「…アリア様、己の選ぶ運命に間違いなど無いのです。ただ一つ、あるとするならばそれは———こう在れとされた道から外れることでしょう。」
「…」
こう在れとされた道。
運命とは違う、正しく宿命と呼べるもの。
きっと彼が言うソレは、貴族や王族のように生まれた時から与えられた役割ではなく、生まれる前から決められたある種の呪い。
己の命が運ぶ道から逸れることはできても、命が道そのものに縛り付けられれば逆らえるはずもない。
「貴女に
彼はそう言って締める。
気付けば纏う寒気も何処かへ消えていた。
今の彼は、いつもの穏やかで物静かな青年だ。
「…そっか…そう、だよね。」
「ええ、貴女は清い人間だ。きっと良い未来が待っていますよ…気休めですが。」
「ううん、何か励ましてもらっちゃってごめんね。」
「いえいえ、傭兵の皆さんのメンタルケアも人事の仕事ですよ。」
彼は軽い口調で微笑みを浮かべながら戯けるようにそう言う。
アリアは数瞬前の彼と今の彼が同一人物に見えなかった。
そう言えばほんの少し前、以前の彼はもう少し表情が豊かだったようにも思う。
もしかすると、今の自身の質問は彼の琴線に触れるような何かだったのだろうか。
「…ヴィルックさんは自分の選択を後悔したことは無いの?」
悪戯心、では無い。
単に気になったのだ。
アリアは以前から彼のことは知っている。
だが最近までほとんど会話もしたことが無く、彼自身の事は全くと言って良いほど知らない。
そんな彼が見せた今の姿や変わり様は彼女の興味を引くには十分だった。
それは、彼女がしっかりと周囲に目を向ける様になった証拠と言えるのかもしれない。
続く彼女の問いに、ヴィルックは気を悪くした様子も無く答える。
「…ありませんよ、一度たりともね。」
彼は短く、簡潔に答えた。
だがそれは彼女の質問に対し適当に答えているわけでも、はぐらかしているわけでも無い。
「己の過去を悔いたことも、未来を嘆いたことも…人生を悲観したことなどありません。」
確かな本心。
心の底に燻る想いが湧き出たかの様な感情を乗せた言葉は寒気がする程に力強い。
「…寧ろ、私は自身の最期が楽しみです。」
「…最期?死ぬ時ってこと?」
「ええ。」
アリアは理解し難いとばかりに首を捻る。
そんな彼女にヴィルックは思わずと言った風に小さく笑う。
「…貴女や勇者様のような方々とは違い、大抵の人間とは大したことも為せずに人生を終えるものです。…でもそんなの哀しいし、つまらないじゃないですか。」
凡人が果たして一つの人生の中で何を成すことができるのか。
とある世界の偉人は言う。
重要なのは人生の最期ではなくその過程であると。
人生にゴールなど求めず、限られた時間の中でやりたいことをやればそれで良い。
そこに結果は付いて来るだけだと。
「だからこそ、
「…俺にとって、
だが彼はその過程は、人生は、最期の最期にやって来るほんの一瞬を輝かせるためだけの飾り付けだと言う。
そう語る彼は、まるでクリスマスイブの夜や自分の誕生日を楽しみに、待ち遠しく思う子供の様にも見えた。
「…じゃあ、ヴィルックさんにとっては…今は大切じゃないの…?」
彼にとっては、今自身と言葉を交わすこの瞬間さえオマケのようなものだと思っているのだろうか。
少し寂しそうにアリアが尋ねれば、彼は目を伏せて首を横に振る。
「勘違いなされている様ですが、私は今の時間も全力で生きていますし楽しんでいますよ。」
「じゃないと、『やり遂げた』なんて思えないじゃないですか。」
適当にやったことなど明日には忘れている。
全力で生きたからこそ、やり遂げたからこそ意味を見出せる。
彼はそんなごく当たり前のことを困らせてしまったと謝意を込めて言う。
「それなら良かったよ。」
「ええ。きっと私が死ぬ時、私が出会って来た方々が、何より生きて来た自分が思い出の中で私を讃えてくれることでしょう。…私は、それが楽しみでならないのです。」
そこまで言って彼は口を閉じた。
彼の語る生き方は以前までの自分とは真逆だった。
迎える最期の為に今を全力で生きる彼と、目的ばかり見てそれまでを蔑ろにしていた自分。
何処か人間離れした様な雰囲気を醸し出しながらも確かな輝きを見せる彼を眺めていると、やはり自身が少しでも変われたことを改めて良かったと思う。
それを手助けしてくれた友人や知人には感謝しなくてはならないだろう。
「…少しばかり話し込んでしまいましたね。それでは私は仕事に戻ります。どうかご武運を。」
「うん、ボクも貴方と話せて良かったよ。ありがとう。」
彼はそう言って足早に受付の裏へと消えていった。
アリアもそれを見送ると、彼の言葉を反芻しながら目の前の依頼掲示板に視線を移すのだった。
アルブレイズ家の屋敷へ帰りその日の疲れを洗い流す様に身を清めたアリアは、自室へと入り抱きつく様にベッドへとダイブする。
そうして訪れる静寂と共に思考に耽る。
「…迷う必要なんてない。」
『己の正義を誇れば良い』
『自身の信念を貫けば良い』
昼間に話した彼や、前日の友人の言葉が頭を過ぎる。
ヴィルックは何があったところで過去の己の選択を後悔する必要など無いと言う。
それさえも、己の最期を飾る思い出になるから。
「ボクの最期って…どうなるんだろう。」
想像もできない己の最期。
もし納得できる形があるとするならば、それは父を殺したあの男を自身の手で葬るという目的を成すことだろう。
ほんの数日前の自分であれば、きっとそれだけだった。
だが今ならどうだろうか。
友人、知人との交流。
剣や魔法の研磨。
やってみたかったことややりたい事を探したりなども良いかもしれない。
真摯に向き合い全力で生きるのならば、失うものも得るものも、それら全てに意味を見出せる。
そう、思える。
「…」
あの男を殺さねば幸せにはなれない。
それはあの日確かに確信し、決意した事だ。
曲げてはいけない事のはずだ。
だが本当にそれだけなのだろうか。
それだけが己の生きる意味となり得るのだろうか。
「…僕の…成すべきこと…」
月が傾く夜空を窓の側、差し込む月明かりに照らされながら、彼女は自身の心へと問い続けた。
———彼が、デュークが姿を消したと伝えられたのは、そんな夜のことだった。
最期の瞬間に生命の輝きを爆発させる隊長
最期の瞬間までを磨き死の輝きを彩るヴィルック