【悲報】どうやらワイらは世界の敵らしい…。   作:掲示板ものが書きたい

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まあ…あのぉ…あれやな…






あけおめ(´・∀・`)


木漏れ日に芽吹く

「だ——…よ——ぐ——て」

 

「…———い…ど」

 

 

 輪郭の曖昧な会話が聞こえる。

 意識の浮上を感じた時、彼女は戦闘の結果や己の状態よりも先にそんな呑気な感想を抱いた。

 

 そうして窓から差し込む眩い陽に当てられて視界が瞬くと同時、最後の光景と痛みを想起する。

 

 己の胸を貫いた黒杭。

 のた打つ怨念。

 火刑にかけられるような灼苦と奥底に突き刺さる声。

 

 ———それらがほんの少しだけ癒えてゆく記憶。

 

 彼女が飛び起きたのはその直後のことであった。

 

 

「ッ…!!」

 

「あ、起きた」

 

「メアリスさん!!」

 

「アリア君、状況…は…」

 

 

 事態の成り行きを確認しようとするや否や、彼女の目に飛び込んできたのは、身を乗り出して喜色を露わにするアリアだった。

 

 余程心配していたのか、目尻には雫が溜まっていた。

 

 今朝と変わらない景色であることから、どうやらここはアルブレイズ家の別邸のようであった。

 

 そして———

 

 

「胸に穴空いたのに平気そうだね。森人ってみんなそんな頑丈なの?」

 

 

 急激に冷めた思考が即座に行動を始めるべく回転するのも束の間、場違いな人物の存在を認め、硬直する。

 

 最初に目に入ったのはその黒髪。

 王国でも暗い髪色は特段珍しく無いとはいえ、ここまで深い色はそうそう見ない。

 初めて会った時も真っ先に目に入ったことを覚えている。

 

 馬鹿みたいにヘラヘラとした顔に嵌る黒の瞳と交差した時、彼女はようやっとその口を開いた。

 

 

「《———(アス)》」

 

「いや幻じゃないからね? 頭冷やしたって俺は消えないよ」

 

「…なんで、君が…」

 

「そりゃ俺が拾ったしね。マジでびっくりしたよ。広場のベンチに寝転がって日光浴してたら急にすんごい魔力が爆発してるんだもん」

 

 

 戯けた様子で肩を竦め、彼は言う。

 

 数刻前に繰り広げられたのは街の一角が壊滅する程の激闘だ。

 背を向けることもなく物珍しさから様子を伺いに来るなど正気の沙汰とは思えない。

 

 …案外、正気ではないのかもしれないが。

 

 彼女は己の胸を撫でる。

 歪な跡は残っているものの既に傷口は塞がり、気に留めるまでもない程度には落ち着いているようであった。

 

 呪いに冒された名残くらいはあるかと思ったが、杞憂であったようだ。

 

 

「あ、そうだ。お見舞い買ってきたんだよね。よかったら食べてよ」

 

 

 そこそこの重傷を受けたつもりだった。

 胸を貫いた炭のような杭の宝具は、穿つ傷口から血を灼き、怨嗟を形に彼女の体を蝕んでいた。

 

 宝具ともなればその呪いは特級の代物。

 どれ程の影響があれども、少なからずこのように当たり前の如く呼吸をし、四肢を動かし、世界を見ることは叶わないはずだ。

 

 

「ほらこれ。友達に貰ったお肉。祈りを込めた森林の味がするんだってさ。しかも生食OK。動物性なのに植物性の味がするって何だろうね。てか森林味って何だ」

 

 

 ———はず、なのだが…

 

 

「…お兄さん、それ詐欺じゃないかな…ちょっと前に流行ってたよ、宗教勧誘で」

 

「うっそでしょ。相場の3倍くらいで買っちゃったんだけど。アイツ許せねぇ」

 

「その人ホントに友達なのかな…?」

 

 

 …なんと言うか、幻を見ていると言われた方が納得できるくらいにはふざけた世界が見えている気がする。

 

 やはり呪いは健在なのかもしれない。

 

 よもや宝具が斯くも恐ろしいものであったとは、この賢者の知見を以てしても想像しきれなかったようだ。

 

 メアリスは疲労の残る様子で二人の会話に割って入る。

 

 

「…ありがとう。機を見て頂くとするよ」

 

「え゛…もしかして賢者ちゃんって……まあ、趣味嗜好はそれぞれだもんね」

 

「メアリスさん…無理しない方がいいよ?」

 

「断っておくが断じて私はゲテモノ好きなわけではないよ」

 

 

 顔を歪めて心配の色を見せる二人を即座に切って捨てる。事実無根の侮辱であった。

 思わず魔術が飛び出しそうになったのも仕方のないことだろう。

 

 

「ふぅ…兎にも角にもだ。まずは助けてくれてありがとう。心から感謝するよ」

 

「どいたま。お腹壊さないでね」

 

 

 賢者が頭を下げる。

 その謝意は決して軽いものではない。

 

 あそこから追撃があったのかは不明だ。

 だがまるで待ち受けていたかのように現れたあの男には、冷たい殺意と強烈な敵意が宿っていた。

 

 あのまま無防備を晒して無事で要られたなどと思うほど、彼女も平穏に侵されてはいない。

 

 

「その時は君も呪うから覚悟しておいてくれ」

 

「他人を巻き込む前に食べないって選択はないの?」

 

「人様から頂いたものをゲテモノ呼ばわりした私も悪いが、コレを寄越した君にも責任があるとは思わないかい?」

 

「コレとか言い出したよこの森人。品性もぶち抜かれちゃったの?」

 

「ボク食べたことあるけど凄く不味かったよ」

 

「騙されてる上にめちゃくちゃストレートに言うじゃん。いよいよ見舞い品としての価値無くなっちゃったよ?」

 

 

 死を体感して間も無く、そんな間抜けな会話を繰り広げる。

 

 束の間の平和というべきか、無駄な時間というべきかは分からない。

 

 だが彼女は一瞬でも案外相性が良いなどと思ってしまった己が憎らしかった。

 

 

「…そういえば———」

 

 

 そこでふと、思い出したことを口にしようとしたメアリス。

 しかし、彼女はすんでのところで閉口する。

 

 

「…? どうしたの?」

 

 

 何処か居心地の悪そうにするメアリスに、アリアは首を傾げる。

 

 彼女にしては珍しく煮え切らない態度。

 隣に立つアインスも要領を得ない彼女を不思議そうに見ていた。

 

 

「いや…先に状況を———」

 

 

 そうして彼女が痞えた言葉を煙に巻こうとした時であった。

 

 静かに部屋の扉が開かれる。

 

 

「…起きたのか」

 

 

 ドアの端からおずおずと姿を現す小さな影。

 それを捉えた時、彼女は瞠目する。

 

 

「———無事、だったか…良かったよ」

 

 

 それは下水道の奥へと姿を消した少年だった。

 

 あの時、自分達に縋り助けを求めた彼が無事であったことに、心底安堵したように破顔するメアリス。

 自分は勿論、もし彼に何かあったならばきっとアリアも更なる心傷を受けていたに違いない。

 

 

「(…薄情だね…私は)」

 

 

 だが同時に、メアリスはその表情の裏でアリアを信じきれていなかった己に、その無責任さに嫌悪感を覚えた。

 

 見えざる敵を迎撃するためとはいえ、あの場を任せたのは己だというのにどの面を下げて安堵など覚えているのだろうか。

 

 どうやら自分にとって、アリアはまだ守られるべき子供でしかないらしい。

 それは、剣を取り戦士として奮起する彼女への侮辱でしかないというのに。

 

 

「さっきぶりだね。怪我はない?」

 

「……」

 

 

 部屋へと入った少年への前に、アリアが少し目線を合わせるように屈む。

 少年の安否を既に聞いているのか、驚いた様子はないものの、ひどく安心した表情から心中は穏やかでなかったことが察せられる。

 

 

「…ジークとお兄さんから聞いたよ。妹さんも(・・・・)みんな無事で本当に良かった(・・・・・・・・・・・・・)。ボクも起きたのもついさっきで…メアリスさんと別れてからどうなったのか覚えてないけど…」

 

 

 思い出すように紡ぐ言葉は、後半になるにつれて尻込みしてゆく。

 

 そう。彼女の言葉通り、アリアはメアリスが地上へと向かった直後からの記憶が途切れていたのだ。

 

 メアリスやジークに地上の様子を伺ってはいないものの、二人とも生還していることや少年たちが無事であったことから、恐らくは脅威を払うことはできたのだろう。

 

 しかし———否、故にこそ。

 

 

「皆んなのことは領主様とお話しして、安全なところに連れて行ってもらうから…だから、もう安心して良いよ」

 

 

 何が重要なことが抜け落ちてしまっている己の落ち度が、己が役に立てたのかどうかさえ曖昧であるが故の不安が。

 

 宥めるような笑みのその奥に、失望への恐れと己への失意を滲ませていた。

 

 

「………」

 

 

 閉口したまま黙り込む少年。

 やがて訪れた静寂が部屋を支配する。

 

 アインスは気まずい空気に苦笑と冷や汗を浮かべながら視線を彷徨わせた。

 

 

「そ、そういえば少年君…! 下水道の奥には誰か———」

 

「———あ、あの…!」

 

 

 そんな中、部屋に彼の声が木霊する。

 少年はアインスの問いを遮るようにして、俯いたまま暫く沈黙を貫いていた少年が顔を上げた。

 

 

「———ありがとう、ございました!」

 

 

 唐突に頭を下げた、少年は口を一文字に結び、高まる緊張感の中アリアとメアリスの目を見据えた。

 

 

「捕まってた子も、妹も、みんな無事だった…! みんな助かったんだ…!」

 

 

 万感を込めた謝意が二人へと向けられる。

 

 メアリスがアリアを見ると、虚を突かれたように固まった彼女が文字通り言葉を失い呆然としていたのが映った。

 

 だがそれは心中を支配していた汚泥のような澱みによるものではなく、むしろ自棄と瞋恚渦巻く乱心が砕かれたような感覚からであった。

 

 

「今はまだ寝てるけど…本当に、ありがとう…!俺の声を聞いてくれて、ありがとう…! あなたのお陰で、俺たち助かったんだ!」

 

 

 その言葉は取り零してばかりだった彼女にとって、あまり現実味のないものであった。

 実感がなく、今この瞬間でさえ自身へと向けられたものとも思えない。

 

 棒立ちになる彼女を少年は何かを訴えるようにじっと見つめる。

 

 

「え、と…」

 

 

 不意に、アリアの手に白剣の柄が触れる。

 妙に熱く、燃え上がった後の篝火のような、そんな残された熱を感じ取る。

 それはまるで剣自身が戦いの余韻に浸っているようにも思えた。

 

 そして同時に、アリアが正義を振るった事実を示す証左でもあった。

 

 

「…どう、いたしまして…?」

 

 

 いまいち手応えのないままそんなことを言う自分がおかしいのか、首を傾げながら困ったように笑うアリア。

 

 彼女の反応が著しくないことを訝しむ少年へメアリスが妹の側に居てあげるよう促すと、彼は釈然としない様子で部屋を後にする。

 

 少年が出て行った扉を眺めるアリアと、そんな彼女を温かい目で見るメアリス。

 

 パタンと閉まるドアの音は一幕の区切りの如く。

 終幕が降りた後なような余韻が部屋を満たす。

 

 

「……」

 

 

 アリアの視界には、少年が己を見つめる姿が影のように残っていた。

 

 彼女は再度柄に触れると、その感触を確かめるように握り込む。

 そうする度、朧げな夢と抜け落ちた記憶が形になろうとしては解れていった。

 

 

 

「———アリア(・・・)

 

 

 

 そうしてアインスの声が彼女を現実へと引き戻す。

 アリアは虚空へ向ける視線を動かし、彼を見た。

 

 腰に手を当て柔らかな笑みで語りかけるアインスは諭すように、あるいは嘆願するように胸に手を当てる。

 

 

 

「———その勇気を見失わないようにね」

 

 

 

 彼女は少なくとも目の前で苦痛に喘ぐ誰かを救うことは出来たのだと。

 彼の声を聞き届けたことの意味。

 それは今の彼女にとって何よりも理解すべきことなのだと。

 

 彼のその言葉は、彼女へ自身の正義が実を結んだことを知らせたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの子に気を使ってくれて有難う」

 

 

 “少しだけあの子とお話してくる”、そう言って彼を追うように部屋を出ていったアリア。

 

 嵐が過ぎ去った後のような静寂の中、ベッドに身を預けるメアリスは、安堵と共に椅子に腰を下ろすアインスへと告げる。

 

 

「別に気にしないでよ。嘘なんてこれっぽっちも無かったしね。本当に苦しんでいる人間に手を差し伸べられる人なんて、想像しているよりも遥かに少ないもの」

 

 

 相変わらず、風に吹かれる花弁のような雰囲気を纏う。

 その柔らかな面持ちが猜疑心を擦り減らす。

 

 疑念はその空気に攫われて、何故だか踏み込むのを躊躇ってしまう。

 

 いっそのこと打算を全面に、胡麻でも擦ってくれればまだ楽であるというのに。

 

 

「…あの子も心の整理はつけやすくなったのかもね。あの様子なら大丈夫かな」

 

「子供の成長って早いからね。見てない内にスクスク育つんだから」

 

 

 一度目———己の弱さに憎悪すら抱き、全てを投げ打って剣を振っていた。

 二度目———誰かと並ぶことを知るも、喪失感が心を引き裂かんとした。

 そうして三度目———漸く救えた者がいると理解した。

 

 それは、彼女の正義が彼女自身を支えた瞬間に他ならなかった。

 

 アインスはやれやれと態とらしく嘆息する。

 

 

「こんな雰囲気になっちゃうと思ったから茶化したつもりだったんだけどなぁ…しんみりした感じって苦手なんだよね」

 

 

 しかし大袈裟な振る舞いでボヤく彼の顔からは言葉とは裏腹に喜色が伺える。

 

 そうして再び訪れる僅かな沈黙を破り、彼女はポツリと呟いた。

 

 

「…あの子を見ていると何処となく昔馴染みを思い出すね」

 

「え…そんな年増には見えないけど…?」

 

「頭に風穴開けてやろうかい? 水が溜まっているみたいだ」

 

 

 目敏く反応するアインスが眉を顰めると、メアリスは青筋を浮かべてこき下ろす。

 

 しかしその内裏では明るい未来を信じているかのような能天気な彼の様子も、直向きに正義を貫く少女の眩しさも全てが懐かしい。

 

 そんな思慕が浮かんでは消えて行く。

 

 

「最後までまともに感謝もさせてくれないのか、君は…」

 

 

 頭痛を抑えるように頭を抱えるメアリス。

 

 他方、そんな様を眺めるアインスは“悪いね”と口だけの謝罪に楽しげな笑みを添える。

 どうやら態度を改める気はないようである。

 

 生意気にも彼女を揶揄っているのかもしれないが、彼女は今更何を言っても無駄だと諦めた。

 

 

「…! アインス君、ちょっと手を見せてごらん」

 

 

 そんな時、彼女の視界に彼の手が映り込む。

 それを見た彼女は彼へと突然そんなことを言い出した。

 

 

「手? 良いけど…」

 

 

 メアリスの険しい顔つきに訝しむ様子を見せつつも、アインスはその手を差し出す。

 すると彼女は彼の手へと両手を添え、まるで遠くの物でも見定めるかのように掌を凝視し始めた。

 

 暫くそんな時間が過ぎた後、メアリスは顔を上げる。

 

 

「君、あの宝具はどうしたんだい?」

 

 

 そう問うた。

 

 彼女が言うそれは、即ち自身を貫いた元凶———男が《懺悔の十字杭(メィエンス=イェーラ)》と呼んだ宝具のことである。

 

 いまいち理解していないアインスを見かねたメアリスは言い聞かせるように説明する。

 

 

「君の手に…そうだね、残穢とでも言おうか。あの呪いの欠片がこびり付いていたんだ」

 

 

 考えてみれば至極当然であるが、彼女(メアリス)を救出したということは、アレ(宝具)もまた対処したということに他ならない。

 

 どうやってあの呪いを処理したのか。

 そもそもアレは一体どうなったのか。

 彼はあの男と交戦したのか。

 

 小さな疑問を皮切りに次々と溢れ出てくる抑えきれない疑念が鋭い視線となってアインスへと降り掛かる。

 

 

「あの槍…みたいなやつのこと?」

 

 

 彼の言葉に首肯する。

 

 助けてもらった手前、決して彼を疑っているわけではない。だが、無視することもできない。

 

 そんなジレンマの中、メアリスは必要であると片方を切り捨て真実を優先した。

 

 

「あー…壊しちゃった…かな」

 

「……どうやって?」

 

「えぇっと…こう、引き抜こうとしたんだけどさ…力み過ぎて粉々になっちゃったんだよね。だから…そう、もう無いんだ」

 

 

 彼女の雰囲気に当てられたのか、アインスは少しばかり縮こまりながらボソボソと答えた。

 申し訳なさ気に肩を窄ませ、挙動不審になる彼のなんと情けないことか。

 

 指を絡めて落ち着きのない様子の彼はどうにも滑稽であった。

 

 

「それはまた…随分と大胆だね。これで済んだのが不思議なくらいだ」

 

「呪いだとは知らなかったけどね。殆どは君に向かってた(・・・・・)よ。お陰で…って言って良いのかわかんないけど、俺にはあんまり寄り付かなかったんだ」

 

 

 手を合わせて謝辞を述べる彼ではあるが、しかし一方でメアリスはというと些か驚きを見せつつも然程気にしてはいなかった。

 

 寧ろ、あんな悍ましいものなどない方が良いのだ。

 

 対策ができない、と言う点では気掛かりであるが、しかしあの状況では破壊以外の対処法が無かったといえば納得はできる。

 

 何より命を救われておいて後処理について追及するなど言語道断である。

 

 

「……そうかい。まあ、あんなもの無い方が良いしね。ただし、今後はああ言ったものは無闇に触らない方が良い。何かあればアリア君が悲しむだろう」

 

「君は心配してくれないの?」

 

「あまり心配していないね。たとえ死んだとしても数日もすれば平気な顔で帰ってきそうだ」

 

 

 あっけらかんとした態度でそう言う彼女は、残穢の感触を確かめるように包み込んだ手を指で軽く擦る。

 次第に灰のような、錆のような何かが少量溢れ落ち、床に落ちる直前に溶けて消えた。

 

 それを見たアインスは顔を顰めながら“手垢みたい”などと呑気なことを曰う。

 

 

「ま、気をつけるさ…でも、あのままじゃ賢者ちゃんも危なかったからさ」

 

「なら尚更だよ。私なんかの為に…」

 

 

 ———そこまでする必要はない。

 

 ポロリと、メアリスがそう苦言を口にしようとした時、その一言が撃鉄を弾いた。

 

 

 

 

「———“なんか”、じゃないんだよ」

 

 

 

 

 ———瞬間、突風が彼女を襲う。

 

 

 

「———っ!」

 

 

 

 驚愕するよりも尚早く魔力を放ち、眼前を睨む。

 

 だが正面から現れたそれらに気圧されるのも束の間、それらが幻であると気が付くのに数秒を要した。

 

 瞬く間に萎んで行く魔力。

 

 メアリスは開いた口をそのままに彼を見る。

 

 彼は柔和な面持ちのまま、彼女の頭に手を乗せた。

 

 

「君だから助けたのさ、俺は」

 

 

 確乎不抜の信念がメアリスを射抜く。

 それが再び彼女へと緊張感を与えた。

 

 これだ、この雰囲気だ。

 

 人畜無害な人好きのする顔を見せる彼は、前触れもなく、まるで別人のように空間を退けるような空気(オーラ)を纏う。

 

 己の発言に誤りがあったと思わざるを得ない、そうせざるを得ない声は言霊の如く。彼女の頭へと静寂に響く鐘の音のように溶け込んでゆく。

 

 

「………まだ会ってそれほど経ってもいないだろうに」

 

 

 押しのけるように手を退かし、呑まれまいと目を逸らす。

 

 

「そうだね、でも縁っていうのは面倒なものなんだ。掛け替えがないっていうのかな。君もあの子も、もう俺にとっては大事な存在なんだよ」

 

 

 深黒の髪が揺れる。

 

 黒は染まらない。

 それを体現するような、何処までも曇りのない眼差し。

 全てを受け入れる、諦観に満ちた底無しの瞳が彼女の翡翠を吸い寄せる。

 

 悪意が無いことが、これ程迷いを生むことなどそうないだろう。

 

 純粋とは毒である。

 如何なるものも、例外はない。彼女も彼も。

 

 

「それに———あの子には死んでほしくないしね」

 

 

 あの子、とは聞くまでもないのだろう。

 彼女は和らいだ雰囲気に少なくない安堵を覚えつつ、先程の意趣返しのように嘯く。

 

 

「…私はついでかい?」

 

「まさか。俺は友人に優劣はつけないことで有名なんだよ?」

 

「私は君の友人だったのか? 初耳だね」

 

「賢者ともあろう人が知らないの? 挨拶は親愛の契りだ。少なくとも俺の辞書にはそう書いてある」

 

「随分と軽い契りだね。改訂することをお勧めしよう」

 

「辛辣だなぁ…なら握手は? 手を繋げば世界も一つになるって、俺の故郷では言われてたよ。それとも、森人はこう言うの嫌い?」

 

 

 そう言って差し出される手。

 男性特有の厳つさはあれども、とても戦いを経ているとは思えない綺麗な手だ。

 

 視線を吸い寄せられつつも、チラリと彼を盗み見る。

 ニコニコとした顔で此方を見下ろす姿はどうにも癪に触る。

 

 メアリスは一瞬躊躇うも、その手にそっと触れた。

 にわかに昏睡する間際に感じた温もりを思い出し、貫かれた胸が疼く。

 

 そのままゆっくりとベットから降りると、満足そうにする彼は口を開く。

 

 

「認めてもらえて何よりだよ」

 

「…今は、君には何も聞かないことにしよう。数日過ごしたって、こんがらがってばかりだしね」

 

「俺には、ね…。友達に隠し事なんて無いんだけどなぁ」

 

「まだ言うか。やはり人間は嘘つきだね」

 

「主語を大きくすると後悔するよ? 該当する不特定多数にリンチにされるなんてこともあるんだから」

 

「…何だか身に覚えがありそうだね」

 

 

 相変わらず頓珍漢なことを曰う彼に呆れつつ、メアリスは手を離す。

 

 そうして立て掛けた宝具を手に取ると、ドアの方へと向かって行った。

 

 

「どっか行くの? 病み上がりでしょ?」

 

「荒らしに荒らした区画を直しに行こうと、ね。あと伯爵には外法組織について聞くことがある。あの子達の扱いについてもだ。勿論伝達はするが、本格的な話は明日あたりになるだろう。可能な限り情報は集めておきたい」

 

「扱いって…安全なところに連れてくってやつ?」

 

「そうだね。とは言っても、一度伯爵に預けることになるだろう。彼らは此処の領民だしね。すぐに此処を離れる私達が保護するのは少し都合が悪い」

 

「…なるほどねぇ」

 

 

 メアリス達は襲われた以上決して部外者ではない。

 そのため希望すればこの問題の解決に着手することもできるだろう。

 

 しかし、考えるまでもなく領主であるロードレットはそれを望まないだろう。

 領地の問題は領主、延いては領民が解決することが理想である。

 

 とは言え、アリアの性格であれば彼に丸投げするなどということはあり得ない。無理矢理にでも介入する未来がメアリスにはよく見えていた。

 

 そのため、自分達が動くであろう時に備えて情報を集めておきたいのである。

 万が一そのような状況にならずとも、提供できる情報を持っておくに越したことはない。

 

 すると、メアリスの話を聞いたアインスは神妙な顔つきになり、思い悩むように顎に手をやった。

 

 

「…どうかしたのかい? 何か心当たりでも?」

 

「…いや、何でもないよ。物騒だな、って」

 

 

 訝しむメアリスに、彼は手を振って何もないとアピールする。

 

 

「……そうかい」

 

 

 その返答に“そういうのが怪しさに繋がるんだろう”と内心不満を抱きつつ、最早言っても無駄だと諦め嘆息する。

 

 そうして再びその足を動かそうとした時、ピタリと足を止め、再度彼へと振り返った。

 

 

「ところで…君も来るかい? 巻き込まれたわけだし、当事者ではあるだろう?」

 

「いいの? じゃあ折角だしついて行っちゃおっかな」

 

「…こんなことを言うのは憚られるが、軽い気持ちで来るなら置いていくよ?」

 

 

 遊びに誘われた子供のような高揚感を醸し出す彼に冷たい視線を浴びせる。

 平謝りする彼を前に、彼女は早くも誘ったことに対する後悔と以後の不安を感じ始めていた。

 

 軽くはない義理がそれを抑え込み、漏れそうになる苦言をすんでのところで飲み込む。

 

 

「事件、解決するといいね」

 

「するさ。させるとも」

 

 

 館の廊下を少女と男が並んで歩く。

 

 やることは山積みだ。警戒も解けない。

 だが———少しぐらい、信じてもいいのかもしれない。

 

 この日、この時、メアリスの奥底にそんな想いが芽生える。

 

 それはまるで、閉ざされた森に一条の細い光が差し、小さな芽を吹かせた瞬間のようであった。




数ヶ月かけて書いた文章という事実に震える
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