編入試験最後の試験会場。その待機場所にやってきた夕哉。そこでは、大きなモニターが上部にいくつか設置されており、三次試験の内容である受験生によるライブが映し出されていた。現在は女子受験生の三次試験の様子が映されているようで、どれもレベルの高いパフォーマンスを披露していた。
(あっ。あおいだ......!)
続々と受験生がパフォーマンスを終えて、映像が切り替わっていく中、あるひとつのモニターに映し出されたのは、今朝知り合ったばかりの少女、霧矢あおいの姿だった。
(すごいなぁ、あおい。キラキラしてるよ......!)
ベージュと青の衣装を身に纏い、歌い踊るあおいの姿は、まさしくアイドルだった。夕哉の目に映るキラキラとした輝きは、ステージの演出などではなく、その人間が持つ煌めき。上映会で見たあのアイドルと比べれば、その眩さは遠く及ばないものだろうが、確かにアイドルとしての輝きをあおいは放っていた。
気がつけば、あおいのライブは終わっていたことに、夕哉はハッとする。それほど、彼女のステージに魅了されていたのだろう。未だにドクンと高鳴っている左胸の鼓動が、それを証明している。
そして、さらに切り替わるモニターの中に、もう1人の見知った顔が映り出す。
星宮いちご。ピンクを基調としたコーデでステージに立ち、パフォーマンスを披露する。
(今度はいちごの番......頑張れ......!)
心の中で声援を送る夕哉。先ほどのあおいとは違い、いちごはどこかぎこちないステップを踏んだり、歌声に震えが出ていたりと、かなりの緊張が垣間見える。
だが、決して太陽のような笑顔は絶えることはなかった。いちごの「楽しい」という感情が、歌を、ダンスを通じて夕哉の中に入り込んでくる。
そして曲の終盤に差し掛かったところで、ステージは景色を変えて、いちごは飛び上がる。いちごが両手でハートマークを形作ると、巨大なハートが出現し、それに乗ったいちごがポーズを決めた。
(っ! あれは確か、スペシャルアピール......!)
スペシャルアピール。それは観客のボルテージが上がり、演者と観客の熱意が一体になることで発動するイリュージョン演出。スペシャルアピールを決めれば、それだけ観客のテンションは盛り上がる。
しかし、スペシャルアピールを決めることは容易ではない。そもそも観客のボルテージを最高潮にまで上げることが前提であり、仮に発動できたとしても、体力が激しく消耗し、その負荷に耐えられなければステージに立ち続けることすら困難になる。故に、一度のライブでスペシャルアピールは多くても3回までが限界と言われている。
それほどまでに難易度の高いテクニックを決めながらも、パフォーマンスを最後までやり遂げ、いちごのステージは幕を閉じた。
(すごい、すごいよいちご......!)
受験生ながらスペシャルアピールを見事繰り出したいちごに、夕哉は尊敬の眼差しを向ける。やはり彼女たちならば大丈夫だと、2人のステージを見て夕哉は確信したのだった。
「それでは次のグループの方々、こちらへお願いします」
女子受験生による三次試験が終わって、男子の三次試験も始まり、いよいよ夕哉の出番になる。拳を握り、気を引き締めた夕哉は指示に従い、指定された扉へと向かう。
部屋に入ると、そこには数十枚とカードが並べられた机。その奥にはさらに扉がある。
「これって......」
部屋に入った夕哉たち受験生らは、カードが並べられた机の側へ近づく。
『これより、入学オーディションを始めます』
「うわっ!」
突如、部屋に響いたアナウンスに、夕哉は肩をビクつかせた。
『アイカツカードを3枚選んで、自らの衣装をコーディネートし、ステージに上がってください』
それだけ言い残して、部屋にはまた静けさが戻る。
「この中から、カードを3枚......」
並べられたカードに一枚ずつ目を通していく。しかしすぐには決められず、夕哉はどうしたもんかと頭を悩ませる。そうしている間に、他の受験生は各々カードを手に取り、奥の扉の先へと進んでいってしまう。
(コーディネートの基本も勉強してきたんだ。あとは自分の
この準備時間も当然有限であり、あまり長く時間をかけてはいられない。
「これと、これと......これ!」
トップス、ボトムス、シューズの3枚を、手が引き寄せられるように選び取った夕哉は、扉の先へと進む。そこには一つの、赤いフィッティングルームが設置されていた。
「これが、アイカツシステム......!」
アイドル界の技術は革新的な進歩を遂げ、今や衣装や演出プランをデータ化して、カードにまとめることができ、そういったカードをアイカツカードと呼ぶ。そして、この専用のフィッティングルームのスキャナーにカードを読み込ませれば、そのデータを再生することができる。
観客側にはインカム型の端末が配られ、それを通じてカードで再生したデータをVRとして見ることができる。また、同時に興奮度も測定され、それに応じて舞台装置が作動し、さまざまな演出が可能とされている。これらはアイカツシステムと呼ばれ、現在のアイドル活動にはなくてはならない存在となったのだ。
「ここにカードをセットするのか......よしっ」
一枚ずつ、選んだカードをスキャナーにセットしていく。3枚スキャンし終えると、フィッティングルームから輝きが放たれ、システムが起動する。
「ここを通れば、もうステージに......」
入学オーディションとはいえ、実際にアイドルとしてこれからステージに立つ。いわば、これが夕哉にとっての初ステージとなるのだ。
「っ⁉︎」
フィッティングルームへ入ろうとした夕哉。しかし、床に縫い付けられたかのように、足が動かない。
(ここまできて......!)
これまでがむしゃらにやってきたが、ここにきて極度の緊張と、失敗すれば落ちるというプレッシャーが、
ここが正念場だというのに、何もできない自分が腹立たしい。悔しい。学園長の前で啖呵を切っておきながら、ステージを前にして腰が引けている自分が情けない。
焦りが募っていく。それでも、時間は過ぎるばかりだ。
(......大丈夫。今日まで歌もダンスもたくさん練習してきたじゃないか。やれることは全部やったんだ)
目を閉じて、自分に言い聞かせる。
編入試験を受けると決めてから、夕哉は1日たりとも怠らず、特訓の日々に明け暮れた。早朝から肺が破れるほど走り込み、徹夜でアイドルの知識を叩き込んで、平坦な歌声を響かせて、慣れないステップに足を絡ませた。
疲労困憊になった身体で、何度あの夕焼け空を見たのだろうか。あれほど輝いていた太陽は沈んで、これから暗く寂しい夜になる。その様が、今の無力で哀れな自分に思えて、その度に変わりたい、と強く願う日々だった。
そして、変わるためのチャンスが今日なのだ。こんなところで、立ち止まっている場合ではない。
(あと必要なのは、ちょっとの勇気だけ......)
それが、今の自分に足りないもの。
眼鏡に手をかけ、夕哉は強くイメージする。何事にも動じないもう1人の強い自分を。
そして、記憶の中に鮮明に残る、あの笑顔を。
「頼む、力を貸してくれ......もう1人の"オレ"!」
眼鏡を外したその瞬間、彼の雰囲気が一気に変わる。
「───よし」
瞼をスッと開いて、目の前の光を見据えた。
「始めよう、