「来たわね、天海夕哉」
ライブ衣装を身に纏ってステージに現れた夕哉に、学園長、光石織姫は微笑みを浮かべる。
「彼が、学園長期待の男子ですか?」
織姫の隣に立つ、長く艶やかな紫の髪をした少女が、そう問いかける。
神崎美月。
スターライト学園の中等部2年生にして、中等部トップに君臨する"スターライトクイーン"の称号を持つアイドル。その人気は学園内に留まらず、世界にも名を轟かせるほどのものである。
「ええ。けど、面接の時となんだか雰囲気が違う......」
面接の時に見た彼は、少しオドオドとした感じの印象があった。途中、熱が入り豹変するところも見たが、ステージに立つ今の彼はそれとはまた違う。二重人格にも思えるような、とてつもない落ち着きを放っていた。
「フフッ、見せてもらおうじゃない。あなたのステージを」
その異様な変化に織姫の、夕哉への興味はますます深まるばかりであった。
「見て、あおい! ゆーやくんだよ!」
「うん。でもあの雰囲気、なんだか穏やかじゃない......!」
一方で、待機部屋でモニターを見ていたいちごとあおい。2人もモニター越しに、夕哉の異変を肌で感じ取っていた。
「がんばれ、ゆーやくん......!」
激励の言葉をそっと呟き、緊張と期待の入り混じった目でモニターを見つめるいちご。
そして、夕哉のライブが始まる。
滑り出しは順調のようで、目立ったミスもなく、観客のボルテージはみるみると上がっていく。Aメロ、Bメロとクリアしていく中、その次にはこの課題曲の難所と言われる部分が待ち構えていた。
サビ直前の、ダンスがメインとなるパート。ここはステップの移り変わりが激しく、他の受験生のライブを見ても、ここを完璧にこなせた者はいない。
難所のダンスパートに突入し、いちごとあおいはハラハラしながら、夕哉を見守る。
ミスはない。このまま上手く切り抜けられるかと思われた、その瞬間。
「!」
サビに差し掛かる場面。ステージ後方から中央に戻る流れで、足がもつれ、夕哉の体勢が前に大きく崩れる。
「ああっ、転んじゃう!」
「ゆーやくん!」
このまま倒れ伏してしまうと、誰もが思ったその時。
「っ!」
夕哉は片足を前に出し、なんとか転倒を防ぐと、真っ直ぐ前へ走り出す。
いちかばちか。その勢いのまま夕哉は上体を曲げて床に手をつくと、足を上に跳ね上げ、縦に転回して着地した。
「ハンドスプリング⁉︎」
「サンドシュークリーム? 美味しそう!」
「ハンドスプリングだってば!」
いちごの途方もない聞き間違いにあおいはつっこみつつも、モニターから目を逸らさない。
ハンドスプリング。それはアクロバットの中でも有名な技の一つであり、前方に転回する技である。
「あそこから、咄嗟にあんな技を出してくるなんて......」
同じくして、美月も呆気に取られたように目を丸くする。
これまで美月も数々のステージを目にしてきた。その中には当然、演者がミスをしてしまうというのも珍しくはない。そういった演者はたいてい、平然を装って本来のパフォーマンスを続けるものだが、それをああいった技術でカバーしようとするのは中々ない。
「学園長、彼はアクロバットの経験があるんですか?」
「いえ......面接の時はそんなこと、全然言ってなかったわ」
彼にその経験があったとしたなら、わざわざそんな特技を隠しておく必要もないだろう。
ハンドスプリングは比較的初級の技ではあるものの、アクロバット自体がそもそも難易度の高い技術であり、それなりに経験を積まなければ成し得ない技であるのだが。
経験がないのに、それを自前の運動神経だけで可能としたのならば、それはもはや一種の才能だ。
ともあれピンチから一転、見事な技を披露し、サビに入ると、観客のボルテージは一気に上昇していく。
(......っ! 今なら......!)
観客のボルテージが最高潮に達し、夕哉の気持ちも昂る。ステージ全体が一体となった時に、その現象は発現する。
夕哉はスピンしながら大きく飛び上がると、螺旋を描いた細やかな光の軌跡が輝く。ジャンプの頂点に達したところで、大きな光とともに夕哉はポーズを決めた。
「今度はスペシャルアピール......!」
「星宮に続いて2人目ね......」
予想外の連続に、いつの間にか手に汗を握る美月。そして入試でスペシャルアピールを決めたのが2人目という事実に、織姫の目には驚愕の色が混ざる。
アイドルにかける想いだけで、ここまでのパフォーマンス。ならば、アイドルとしての経験を積んだ彼のステージは一体どれほどのものなのか、期待が膨らむばかりだ。
思わず、組んだ腕を掴む両手に力がこもる。
そして、夕哉のライブは終わりを迎える。全てを出し切った夕哉の耳に残ったのは、ひときわ大きな歓声と無数の拍手の音であった。
「ゆーやくん!」
「いちご! あおい!」
全ての試験が終了し、合格発表がされるエントランスで夕哉といちご、あおいの3人は再会を果たす。
「お疲れ様! ライブすごかったよ!」
「いちごにも驚いたけど、夕哉くんもなかなかやるじゃない!」
「あ、ありがとう」
2人の賞賛を受け、はにかみながら感謝の言葉を返す夕哉。
「いよいよ、合格発表ね......!」
緊張した面持ちで、いちごとあおいは合格者発表のモニターを見上げる。夕哉もまた、2人の合格を祈りながら、画面に食い入るような目で見つめる。
そして、表示される数字の中には。
「「あ......あったー‼︎」」
いちごとあおいに該当する受験番号が表示されると、2人はお互いの体をぎゅっと抱き締めた。
「2人とも、おめでとう!」
自分のことように夕哉も嬉しく思いながら、2人を祝った。
しかし、その喜びも束の間。
『続いて、編入試験、男子の合格者の発表となります』
「!」
次のアナウンスが一瞬にして夕哉の身を強張らせる。
ベストは尽くしたつもりだ。あとは、信じるしかない。視界はモニターの画面だけに狭まり、番号が表示されるまでの時間がスローモーションのように感じる。周囲の雑音はおろか、自分の呼吸すらも聞こえなくなるほど、夕哉の意識は極限にまで集中する。
そして、番号が画面に表示された。
「ひ、1人だけ......」
無慈悲にも表示された受験番号は、たったひとつ。スターライト学園の編入試験に合格するということが、そう簡単ではないことは承知であったものの、いざこうしてその厳しさを目の当たりにしたあおいは愕然とする。
「......」
「ゆーやくん......」
わなわなと全身を震え上がらせる夕哉の顔を、心配そうに覗き込むいちご。もしかして落ちてしまったのだろうか、そんな不安がいちごとあおいの頭に
「お......」
「「お?」」
何かを言いかける夕哉の、次の言葉を待つ。
「俺の番号だ......!」
男子ただ1人の合格者。その番号は紛れもなく夕哉のものであるが、夕哉はこれは夢なんじゃないかと、ぱちくりと何度も瞬きする。
「やったぁ!」
「うわっ!」
放心状態の夕哉。その両手をいちごはがっしりと握りしめ、満面の笑みを彼に浮かべた。
「やったね! ゆーやくん!」
「う、うん。ありがと......はっ⁉︎」
ここでようやく状況が飲み込めた夕哉だったが、新たに問題が発生する。
夕哉の目の前には、自分に輝かしい笑顔を向ける少女。今まで試験に集中しすぎるあまり考えたことはなかったが、よくよく見てみれば、いちごは顔立ちがかなり整っていて、美少女と言っても差し支えないほど。そんな彼女から、俗にいう恋人繋ぎで手を取り合っているこの状況は、今の夕哉には刺激が強かったようで、頬を真っ赤に染め上げていた。
それを見兼ねたあおいが、すぐに助け舟を出す。
「こらこら。夕哉くん困ってるじゃない。手、離してあげな?」
「えっ⁉︎ ご、ごめん!」
「いや、大丈夫......だよ」
あおいに指摘されたいちごは両手をパッと解放させると、暴れる心臓を抑えるように夕哉は胸に手を当てて、紅潮する顔を横に向ける。
そこで、
「ん......?」
視線を横に向けた先、曲がり角でこちらを見つめているような少女と、夕哉は目が合う。その少女も夕哉の視線に気づいた瞬間、振り返り、曲がり角の奥へと姿を消した。
(あの子は......?)
「夕哉くん? どうかしたの?」
謎の少女の存在に首を傾げているところ、あおいに声をかけられた夕哉は視線を二人の方へ戻す。
「あっ......なんでもないよ」
目があったのは偶然。夕哉はそう思い、それ以上あの少女について考えるのは止めることにした。
「そっか。ま、何はともあれ、私たちは編入試験に合格した! これからアイドルになれるんだよ!」
「あははっ。あおい、すっごく嬉しそう!」
「そう言ういちごもじゃない?」
「そう言ってる夕哉くんもね?」
テンションが上がっているあおいに対して、いちごがそう言うと、夕哉がつっこみ、それにまたあおいがつっこんだ。
今朝知り合ったばかりだというのに、今まで共に時間を過ごしてきたかのようなその様相に、3人は。
「「「......あはははっ!」」」
なんともいえない面白おかしさに、笑いが込み上げるのだった。
こうして、3人のアイドル活動は今まさに、幕を切って落とされたのだ。
「穏やかじゃない」というあおいのセリフは、初期の段階では定番のセリフというわけではなかったようですが、本作ではバリバリ言わせていきますので悪しからず。