陽も沈みかけ、空一面が朱に染まる夕暮れ時。
スターライト学園の編入試験を終えた夕哉は、いちご、あおいと別れた後、自宅に向かわずに病院へと足を運んでいた。
病室が並ぶ廊下を静かに進んでいき、ある部屋の前で立ち止まると、夕哉はその扉をノックする。
「どうぞ」
部屋の中から返ってきたのは、少女の声。
入室の許可が下りた夕哉は、ゆっくりとスライド式の扉を開ける。そこには室内のベッドに座り、夕日に照らされながら窓の外を眺めるひとりの少女の姿。
少女は視線を夕焼け空から、夕哉へと向ける。
「姉さん」
「あら、夕哉じゃない」
少女の名は
茜は交通事故により、立って歩くことが困難な程の怪我を負い、治療のために入院している状況であった。
明るく朗らかな人柄で、いつでも笑顔を絶やさない。それが茜という少女だった。周囲の人間からの信頼も厚く、そんな姉を夕哉は心から尊敬していた。失敗ばかりの日々でも、彼女の燦然とした笑顔が何よりの夕哉の支えであったのだ。
しかし、事故の一件から茜の笑顔に影が落ちた。明るい立ち振る舞いこそ変わらないように見えるが、日頃から茜をそばで見てきた夕哉には嫌でも感じ取れる。それまでの輝きは鳴りを潜め、虚ろで寂しげな笑みを彼女は浮かべるようになってしまった。
ずっと姉のことを気にかけていた。どうすれば、かつての輝きに満ち溢れた温かい笑顔が取り戻せるのか。
たどり着いた答えが、アイドル。
「ええっ⁉︎ スターライトの編入試験、合格したの⁉︎」
「ちょっ、姉さん驚きすぎ......!」
「そりゃ驚くに決まってるじゃない! スターライトといえばアイドル学校の名門中の名門よ? 今話題のアイドルたちも、大体がスターライト所属! アイドルファンの理想郷! そんなところに通えるなんて、羨ましいなぁ......!」
「あはは......とりあえず、落ち着いて?」
夕哉がスターライト学園の編入試験に合格したことを報告すると、茜は目を見開き、そして熱弁をふるう。
茜は超がつくほどのアイドルファンである。母親の影響で幼少期の頃からアイドルに興味を持ち、ライブ会場に行くこともままならない現在であっても、その熱意だけは絶えず、SNSやライブ配信などインターネットを通じてファンとしての活動を続けていた。
夕哉がアイドルという答えに至ったのも、茜の趣味嗜好によるものが大きな要因である。
「でも、わざわざ試験終わった後に来る必要なかったのに。入試とはいえ、人前に立つなんて慣れないことして、疲れてるでしょ?」
「そうだけど......どうしても姉さんには、1番に伝えたかったからさ」
それに対し、茜は呆れたように微笑む。
「もう。気持ちは嬉しいけど、自分の身体のこともちゃんと労りなさいよ?」
「うん、わかってるよ」
アイドルになったからには、体調を常に万全にしておくことも仕事になっていく。それは夕哉は承知の上、姉の忠告を聞き入れた。
それから茜は、郷愁の眼差しで夕哉を見つめながら、徐に口を開く。
「そっかー。夕哉がアイドルかぁ......」
「やっぱり、変かな......?」
「ううん、そんなことない。あのスターライトに入れる時点で、夕哉にはアイドルの素質アリ、ってことなんだから。もっと自信持ちなよ」
「う、うん」
「ま、それはそれとして。夕哉がちゃんと学園に馴染めるか、ちょーっと心配なところもあるけど?」
夕哉は人見知りというわけではないが、人との交流に積極的でもない。幼い頃はよく茜の後ろを離れず、小学校へ入学した当初はその環境に慣れるまでにかなり時間がかかっていたものだ。それがまた、1人で新天地へと赴くという。茜としても気が気ではない。
そんな茜の意を読み取ったか、夕哉も心配させまいとフォローを入れる。
「だ、大丈夫だよ。今日の編入試験で、知り合いもできたんだよ?」
「それって......女の子?」
「うん、そうだけど......」
「へぇ〜?」
すると茜は途端に目を細め、ニヤリと口角を上げる。
「な、なに......?」
「夕哉も随分とおモテになられるようで〜」
「へっ......⁉︎ ち、違うからっ。あの2人はそういうんじゃないし!」
「2人も⁉︎ 弟がプレイボーイになっちゃって、お姉ちゃん悲しい〜......」
「姉さん‼︎」
揶揄する茜に思わず声を荒げる夕哉。
「あははっ、ごめんってば〜!」
「ホントにもう......」
こういうところは昔から相変わらずだ。いや、むしろ変わっていなくて安心するべきなのか、複雑なところではあるが。
「......ねぇ、その眼鏡はもう要らないんじゃない?」
「え?」
夕哉の火照りが落ち着いたところで、話題の矛先は夕哉が身につけている眼鏡に変わる。
眼鏡はもともと茜が持っていた物で、ある経緯を経て、夕哉の手に渡った。しかし、その眼鏡が夕哉に似合っているかといえば、微妙なところだ。
夕哉は顔立ち自体整っていて、茜の目から見ても、家族の贔屓目なしに、美少年の部類に入ると断言できる。それが、大人しい性格と見栄えがしない眼鏡のおかげで、周囲からはかなり地味な印象を持たれる結果となっていた。
これからアイドルとして華々しく活躍するであろう弟にとって、枷になってしまうのでは、そう茜は考えたのだ。
だが、迷うそぶりもなく夕哉は首を横に振る。
「ううん。これは俺にとって大事なものだから」
眼鏡を手に持ち、一心に見つめる。
「このおまじないがあったから、俺はステージに立てたんだ」
「おまじない......懐かしいね」
今でも昨日のことのように思い出せる数年前のあの日。
夕哉がまだ小学校に入学したての1年の頃だった。今よりも人見知りで内気な性格だった夕哉は、幼稚園の頃からあまり友人がおらず、クラスの中で友人同士のグループが出来始めても尚、溶け込めないままだった。
自分からクラスメイトに声をかけよう試みたこともあったが、なかなか勇気が出せないまま、また1人。その度に寂寥感に苛まれる夕哉を、よく茜が励ましていたのだ。
そんな日が続くなか、茜が夕哉におまじないと称して手渡したのが、
『この眼鏡を取ると、夕哉は生まれ変わるの』
『うまれかわる?』
『ええ。どうしても勇気が欲しい時、強くイメージしてみるの。夕哉の中にいる、もう一人の夕哉を』
茜はふわりとした手つきで夕哉に眼鏡をかけてあげながら、優しく教え諭すようにそう言った。
『おねえちゃん......さすがにそんなのにはひっかからないよ?』
夕哉から返ってきたあまりにも冷静なツッコミに、茜は苦笑する。いくら小学1年生といえども、自己暗示ともいえるそれを真に受けるほど、夕哉はもう子供でもないということだ。
夕哉の精神的な成長に内心、嘆きながらも茜は続ける。
『ま、信じるも信じないも夕哉次第だけどさ』
茜が真に伝えたいことはそういうことではなく。
真剣な表情に茜は切り替えると、夕哉の目を真っ直ぐに見つめる。
『だけど、夕哉にもきっとそういう時がくる。それだけは覚えといてほしいな』
そう語った彼女の、吸い込まれるような茜色の瞳を今でも忘れることはない。
そして、茜の言うその時とは、今日この日だったんだろう。夕哉は入試オーディションの出来事を思い出しながら、しみじみと実感していた。
「あれが夕哉の力になったのなら、よかった」
安堵の表情を浮かべて茜は言った。
事故にあってからというもの、夕哉と一緒にいる時間がほとんどなくなってしまった。このままじゃ、夕哉が辛い時に何もしてあげられない。そう思う度に、歯痒さと虚しさばかりを痛感する日々だった。
しかしそうではない。茜が思うよりこんなにも、夕哉は強くなっていた。
「よし。お姉ちゃん、夕哉のファン第一号として、応援頑張っちゃうから! 夕哉も、精一杯頑張ってきなさい!」
もう、守られるような存在じゃない。
弟の姉離れには少し寂しく感じてしまうが、夕哉が自分で選んだ道ならば、全力で応援するのが姉のあるべき姿だろう。
余計な言葉はいらない。ただシンプルな激励を、夕哉に贈る。
「姉さん......! うん、頑張るよ!」
それに応えるように、夕哉も拳を強く握ってみせた。
【次回予告】
ついにスターライト学園へ入学! これからどんなアイカツが待ってるんだろう? 頑張らなくちゃ!
次回、アイカツ! マジックタイム☆ステージ!!
『始まるスクールデイズ☆』
始めよう、オレのステージ......!