枯れ専マキマのヤンデレ経過レポート   作:ヤン・デ・レェ

2 / 2
レポート2 喫茶店

私と彼女が二度目に会ったのは、街の、奥まったところにある、私の行きつけの喫茶店でだった。

 

そこは、こじんまりとしていて、コーヒーと少し硬めのプリンが美味しいお店で、ジャズも流れていたりして、少し出来すぎた喫茶店だった。

 

私の体の具合の好い時には、大抵、散歩の帰り道に寄るお気に入りの場所だった。

 

待ち合わせに、その店を指定されたときは、電話越しに「えぇ!」なんて声を上げてしまったよ。

 

ともかくも、その店に決めて、私も十分にお洒落をして、マキマ君に会いに行ったさ。

 

一番いいスーツと、一番白いシャツと、一番いいスラックス。一番いい鰐皮の黒いローファーと、焦げ茶で、年季の入ったハンチング。黒い革のセカンドバッグ。

 

…全身灰色の60代が完成した。ふぅむ、若い子には多分ウケない。そんなことはわかっている。理解しているとも。でも、これが一番いい服だったんだ。だから、仕方なかろう。

 

全身スポーツブランドのジャージより、余程マシだと思った。

 

 

 

 

その日も、セミの合唱さえ聞こえない、死に物狂いの夏の猛暑から逃れるように、店に入った。

 

ニスが所々剥がれた木目のドアについた、年季の入ったやけにツルツルした、黄金色の金属のドアノブを、疲れ果てた体の支えのようにして、ゆっくりと勿体ぶるように扉を開くと、涼しい冷気が外に逃げるのと一緒に、私は、その隙間に体を滑り込ませるようにして、入店した。

 

すると、入ってすぐのカウンター席に、もう既に先客が居た。彼女だった。

 

格好は、昔の国民服みたいな色の、編まれた袖の無い徳利のやつと、白の丈の長いスカートだった。肩さげ鞄はコンパクトな、黒革製で、開閉に使う金色の金具が、店内の照明をきらりと反射していた。

 

今日は流石にスーツじゃなかった。安心したよ。熱中症にでもならないかとね、心配だったから。

 

店内はガラリとしていて。私たち以外には誰もいない。静かなマキマ君のステルスな雰囲気も相まって、まるで閑古鳥が鳴いてるような有様だ。

 

店主には悪いが、この時間帯は人がいないからと、選んだのが功を奏したらしい。まぁ、こんなに暑いのだ。わざわざ奥まった喫茶店に出かける物好きも、私たち以外にはいまい。

 

真昼間にひた歩きだ。私は酷く汗をかいていて、涼やかに私の方へ微笑を贈る彼女には、申し訳ないくらいだった。

 

私の疲労困憊が、伝わったのか否か、次の瞬間には、マキマ君は私の隣に居た。

 

介護…と言われるのは癪だったが、実際助けられて、肩をまた借りて、そうしてやっと席に着くことが出来た。

 

情けない。だが、嬉しくもあった。この親切な若い女性は、どうやら汗濡れのじじいにも、終始、物腰穏やかに接する器量があるらしい。

 

自分には勿体ないほどだったが、よく考えれば、彼女から私のことを誘い、この店も彼女の指定だった。

 

不思議となじむ足高の椅子に腰を沈めると、同じく席に着いた、マキマ君がメニュー表を差し出してくれた。

 

「奢ります。すっかり疲れさせてしまったようですし」

 

「いやいや、悪いよマキマ君。流石にね、暑かっただけだし。それに、私も楽しみにしてたから、年甲斐もなくはしゃいで勝手に疲れちゃったんだ」

 

「…言い方を替えます。奢らせてもらえないと困ります。だから、お願いします。この通りです」

 

そう言って彼女は、マスターの目の前で、私に頭を下げようとしてくる。

 

弱ったのは私だ。こりゃぁ、どうしたもんだろう。じじいに奢っても、年金通帳くらいしか出てこないぞ。…不思議な子だ、一体、私の何が好いんだか。

 

「わ、わかった。お願いするよ。寧ろこっちの台詞さ。どうもごちそうさまね。今度、じゃあ、今度は私が奢るから。そこらへんで、妥協しよう」

 

「いいでしょう…では早速、貴方の注文を伺っても?」

 

店員さんが言うみたいに、マキマ君はそう言った。小首を傾げる様が、なんとも愛らしい。子供は好きな方じゃないけど、誰も傍に居ないのは案外、寂しいものだ。

 

しみじみと、自分の半生を振り返りそうになって、急いで現実に戻って、口を開いた。

 

「ああ、じゃあ、何時も頼んでるものにしようかな。ウィンナーコーヒーと、抹茶プリンで」

 

「じゃぁ、私も同じものをお願いします」

 

「はいよ、ウィンナー二杯に抹茶プリン二つね!」

 

八百屋の大将みたいなノリで、マスターが何時ものように復唱した。

 

「ふふ…八百屋さんみたい」

 

マキマ君は、奥の厨房に消えたマスターの背を見送ってから、そう言った。

 

なるほど、そこの感性が一緒なら、同じものでも楽しんでもらえるかもしれない。

 

「あの、お名前、伺ってもいいですか?」

 

待っている間、マキマ君は今更ながらにそう聞いた。

 

あぁ、そういえば、前回も最後まで名乗ってなかったなぁ。

 

「清川進大です…ふふ、末広がりでしょう」

 

「ミチヒロさん…ですか。ふふっ…そうですね。確かに、末広がりですね」

 

自分で言ってから思った。なんだそりゃぁ、と。

 

あんまりにもあんまりだ。洒落も何もあったものじゃなかった。

 

それでも、笑ってくれたことがせめてもの救いか…いや、失笑かもしれん。

 

一人で切なくなりながら、ふと、公安なら名前くらい調べることが出来たんじゃないかと、そう思った。

 

そのことについて聞こうか迷っていると、マスターが帰ってきた。

 

「へいお待ち!ウィンナー二杯に抹茶プリン二つ!」

 

相変わらず、威勢が好い。なんとなく、今日はマキマ君と言う美女がいるせいか、私一人で来た時よりも勢いがある気がしてきた。接客は平等に、と思う一方で、流石に、年寄りには疲れる威勢の好さだとも思った。

 

「ありがとう。いただきます」

 

マキマ君は丁寧な子らしい。私など会釈で済ませてしまった。少し反省。

 

「では、マキマ君ごちそうさま。いただきます」

 

それから気を取り直して実食。言葉の順序が大幅に逆転してしまう現象が起きた気がするが、今は気にしない。

 

「おぉ…旨い」

 

コーヒーを「ずずっ」と一口。すると広がる香ばしさと甘み。ふっふっふ…ここのはね、結構クリームが甘いんだよ。

 

何時ものことながら、毎度毎度、感心する。美味しい。ホッとするよ。

 

一人堪能していると、隣から声が掛けられた。

 

振り向くと、目と鼻の先に、あの同心円状の瞳と、紅花を澄ましたような色の髪が見えた。

 

「甘いもの、お好きなんですか?」

 

「甘いもの全般ってわけじゃないけど、甘いものは好きな方だね。マキマ君もかい?この前は、フルーツサンドを頼んでいたっけ。」

 

近いよ、マキマ君。そう思いながら、腰を浮かせて少し距離を取った。

 

君ね綺麗だからさ、年甲斐もなくね、こう不静脈かと思うだろう?毎回そっちにもドキドキするんだよ。

 

「ふふふ、覚えていてくれたんですね。嬉しいです」

 

「まだ、物忘れは始まってないからね!」

 

アッハッハッハ!!…笑って欲しい。そこは、笑っておくれよマキマ君。

 

「物忘れなんてとんでもない…つい最近まで、務めていらっしゃったこと、私、知ってるんですよ?」

 

「いやいや、ちっさい役所の職員だからね、私なんて。君の方が凄いじゃないか」

 

「長く勤められる方が全てではありません。もっと、ご自分を誇ってください」

 

…どこまで知っているんだろう?大したもんだ、公安というのは。いや、知らんけども。

 

秘密なんてないんだもんなぁ…と、調べて貰った手前、何の面白みもない経歴で申し訳なくなった。

 

「ま、まぁ今はこうしてマキマ君みたいな美人さんとお茶できてるし!ぼかぁ、幸せだい」

 

上京する前を思い出し、訛ってしまった。失敬失敬。とはいえ、どうしてそこで頬を染めるのかなマキマ君。

 

君ね、どこに頬を染めるポイントがあったの?

 

「そんな、美人だなんて…ミチヒロさんの初恋のスミさんには負けますよ」

 

「…君ね!なんでそんなこと知ってるの?」

 

さては、同窓生に聞き込みでもしたんだろうか。

 

「ふ、ふぅ、い、いったん落ち着こう」

 

そうして、コーヒーを一口。

 

うーん!甘い。苦い。香ばしい。

 

思えば、落ち着くべきなのは私だけだ。

 

「…」

 

隣を見ると、マキマ君もカップを口元に運んでいた。

 

いやぁ、それにしても別嬪さんである。大変だろうなぁ…スミちゃんも、大変そうだった。男も大変だがな。いつの時代も、別嬪さんの前には死屍累々ぞ。

 

「プリンもいただきますね」

 

「どうぞ、召し上がって」

 

私が作った訳じゃないけど。お金払うのもマキマ君だけど…。

 

ま、まぁ、私もいただこう。数日ぶりだ。味が変わるわけもなし。

 

「抹茶の風味が強くて…美味しいです」

 

「毎度!」

 

マキマ君の言葉に、大将ではなくマスターは小躍りしそうだ。

 

しかし、美味しいのは本当だ。

 

私もマキマ君も、スプーンでパクパクと、あっという間に平らげてしまった。

 

味が変わらないというのは嘘だった。

 

なんだかいつもより美味しく感じた。不思議だ。これが別嬪さんの力なんだろうか…。

 

 

 

 

来店してから、マスターの背後の棚の上に置いてある、丸時計の針が二周する頃、マキマ君は三杯目のコーヒーをマスターに頼んでから、私に言った。

 

「次は、いつ会えますか?」

 

私はまだ二杯目を飲み干していなかった。気が早いな、とか。そんなに飲んだら花摘みの頻度が、とか。そういう余計なことは、この時は私も考えなかった。

 

「あっという間だったね。随分、時間が経つのが早く感じたよ。ずっと、お喋りしてしまったね。コーヒーじゃ喉が渇くよ」

 

何と答えるべきか、私にはわからなかった。

 

なんだか、年寄りの道楽に、マキマ君を付き合わせてしまっているようで、背徳的だと思ったから。だから、正直に「また、一か月後」とは言い出せなかった。

 

私の不安とも、自分可愛さ故の卑怯な逃避ともとれる返答に、しかし、マキマ君は柔らかく微笑んで言った。

 

「ふふふ…安心して下さい。私も、楽しかったです。日時については、またお電話します。ですから、その時にでも…」

 

懇願するような目で、彼女は言った。

 

あぁ、懇願したいのも、懇願するべきなのも…そもそも、救われたのは私の方だというのに!

 

「一か月後、また会いたい。出来るかな?」

 

「はい。勿論…ふふっ…ミチヒロさんの方から、約束しちゃいましたね。」

 

勇気を振り絞る機会なんて、もう無いと思っていた。けど、振り絞って好かった。

 

彼女は本当に喜ばしそうに頷いてくれて、私が気恥ずかしいくらいだった。

 

「じ、じじいは、暇だからね。老骨に鞭打って、是非行くよ。」

 

「…迎えを寄越します」

 

そう言って、鞄からメモ用紙とペンを取り出したマキマ君。

 

「えぇ!悪いよ」

 

「公用車です。ご心配なく」

 

「いや、法的に不味いよ!」

 

「フフ…フフフ…冗談、です」

 

「ふふふ、そうかい、冗談かい」

 

「でも、送迎は任せてください。倒れられでもしたら、私が気にします」

 

そう言って、今度は私用車のナンバーをメモに手早く書くと、私にちぎって渡してくれた。

 

「気にしてくれるのは嬉しいけど…」

 

「是非、任せてください」

 

「は、はい。よろしくお願いします」

 

有無を言わさぬ迫力に、私は力なく頷いたのだった。

 

「…次も、楽しみにしてます」

 

「私も、だよ」

 

「では、また」

 

そう言って、彼女は店を出た。

 

お会計はどうするんだろう?とマスターについ聞いてしまった。

 

「お会計、好いかな?」

 

すると、「もう済んでますよ。追加分も。店に着くなり毎回貸し切りにしてくれって。だから、お客さんも来なかったでしょう?」とのこと。

 

あれまぁ、またスマートに…一本取られた。いや、取られっぱなしだ。

 

その内、名誉挽回でも出来ればいいのだが…その機会は早々訪れることは無さそうだ。

 

私は少し傾いた、まだまだ暑い日差しに焼かれつつ、行きよりも軽い足取りで、帰路についた。

 

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。