狸と牛とキヴォトスと   作:聖成 家康

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ブジン、ダイスキ


別離ⅰ:黒狸、百鬼の地に立つ

 

 あの、暖かな手が、明るい声音が、鼻をくすぐる染み付いた匂いが忘れられない。

 

 

 いつ、どんな時でも側に居てくれた。

 

 心細い時、いつでも支えてくれた。

 

 どこか頼りなさそうに見えるけれど、本当は、いつだって自分のことを考えてくれていた。

 

 

 明るくて、優しくて、大好きだったあの人の温もりを忘れられない。

 

 

 抱きしめて、そして、今までの思い出が全部夢や幻だったかのように消えていったあの瞬間――。

 

 眼の前に立つあの男が、罪を認めたあの男が、この世の誰よりも憎く思えた。

 

 

 許せない。許さない。

 

 仇討ち。復讐。報復。

 

 そればかりを祈っていて、手に取った力は、今まで握ってきたどれよりも――

 

 

 

――

 

 

 

――もしもし?

 

 

――もしもし、こんなところで寝ていたら危ないですよ。

 

 

 

 どこか懐かしさを覚える声に誘われ、寝たふりを決め込もうとしていた黒服の青年――桜井景和は目を覚ましてしまった。

 

 

「……あ。起きましたね。良かった」

 

 

 視界に飛び込んでいたのはすらっとした、清楚な印象を感じさせる少女。長い髪の色は淡いピンクで巫女服と勘違いするような服で着飾っている。

 

 その少女に見惚れていると、景和はあることに気がついて、声が出そうになる。

 

 

 それは、少女の頭に浮かぶ()()()

 

 天使のリングを彷彿とさせる、桜模様の輪が、少女の頭の上でふわふわと浮かんでいたのだ。

 

「……?」

「まだ頭がぼうっとしますか? どちらから来られた方か分かりませんが……こんな昼間から、道の隅で寝ていてはいけませんよ」

 

 その少女は、ごもっともな意見を彼に突きつけながら言った。

 

 ――というより、ここは何処だ。

 

 景和は周りをぐるりと見渡す。

 

 和風な建築様式が用いられながら、どこか近代的な面も見受けられる町並み。

 その様子はどこか落ち着いていて、ジャマトの騒動の欠片も見受けられなかった。

 

「……聞こえてますか?」

「え……あ……」

 

 人と話すのが久しぶりな気がして、景和は戸惑いながら返事をする。

 

「ご、ごめんね。な、何やってんだろこんなところで……はは」

 

 一昔前の自分に戻った気分で、そう茶化してみせた。

 一言二言口にしただけなのに、何時間も話し続けたような疲労が襲う。酷い弊害が顕著に現れていた。

 

「……生徒さん……ではないようですが、ここで一体何を?」

「生徒……?」

 

 大学を卒業したばかりの自分に、”生徒“なんて言葉は似合わない。

 その少女は見たところ、自分よりも一つ以上は歳下のようだ。

 

「じ、自分でも何をしてたか、分かんなくて」

「……まぁ。それは俗に言う“記憶喪失”というものではありませんか?」

「え」

 

 少女は景和の裾を引き、少し背の高い彼の顔を上目遣いで見た。

 

「顔もやつれています……なんだか、とっても悲しそう」

 

 景和はその言葉で、ふと、我に返る。

 

 

 ――そうだ、俺はあの男を。

 

 

 少女の手を振り払い、景和は何処かへ去ろうとした。

 が、少女の声が彼を呼び止めた。

 

「待ってください。良ければ、うちで少しお休みになっていきませんか?」

 

 

 ◇

 

 

 彼女の誘いを一度は断ったものの、歩いても 歩いても知らない景色が広がるばかりで、異世界に来た気分だったために、少女の誘いに乗ることにした。

 

 移動の最中、景和は彼女から色々なことを聞いた。

 

 

 まず、自分がいま踏んでいるこの場所。

 

 ここは“学園都市キヴォトス”の“百鬼夜行連合学院自治区”なのだという。

 

 ――は? としか声が出なかった。

 

 そんな名前の街は日本中――否、世界中を探しても知らない。そこそこ過酷だった受験勉強の記憶を遡っても、自分の知識のほうが正しいと豪語できる。

 

 学院の自治区――すなわち、自分が通っていたような学校が、地域一帯を統治しているようなもの。

 そんな場所も聞いたことがない。

 

(俺は……一体どうして、こんな所に……?)

 

 少女には記憶喪失、という体でまかり通っているが、景和からしてみればそんな生温い現状ではなかった。

 

「ケイワさん……でいいですかね――本当に、キヴォトスのことも、百鬼夜行のことも何も知らないんですか?」

「知らないと言うか……分からない」

 

 言ってから思ったが、どっちも同義の言葉だ。それを瞬時に理解できないほどには、混乱していた。

 

「……困りましたね。うぅ……ツバキちゃん達がこういう事に詳しい訳ないですし」

 

 少女は独り言を言いながら歩く。

 

「そういえば……君の名前は?」

 

 唯一の奇跡は言葉が通じること。

 コミュケーションをとって気を紛らわせようと、名前を尋ねた。

 

「あ、失礼しました。私は修行部の水羽ミモリ。百鬼夜行連合学院の二年生です」

 

 少女――ミモリは、にこやかな微笑みを彼に見せながら、清らかな声音で名を名乗った。

 

 景和は口を開けたまま、彼女の顔をじぃっと凝視してしまう。

 ミモリは少し怖くなったのか、笑顔を崩して彼を警戒し始める。

 

 すぐに謝って、何とか一命を取り留めた(?)。

 

 

 ミモリに案内されて訪れたのは、広大な敷地を有する学校――百鬼夜行連合学院。和風な雰囲気が漂い、建築は全て古風な物で構成されてあり、桜の並木が立ち並ぶ心安らぐ場所だった。

 

 景和は、川のせせらぎとそよ風が並木を薙ぐ音で、全てが浄化される気がした。

 

 こんなきれいな場所に来るのは、いつぶりだろう。

 

 

 ――姉ちゃんと行きたかったな。

 

 

「さぁ、着きましたよ。ケイワさん、どうですか? 何か思い出せそうですかね?」

 

 ミモリの問いかけに、景和は首を振る。

 感傷に浸りきった彼の耳には、いかなる声も小鳥のさえずりにしか聞こえなかった。

 

「修行部の部室に行きましょう。そこで少し休んで……それから、どうするか考えましょうか」

「……俺が勝手に入ってもいいの? その……先生に許可とか」

 

 景和が尋ねると、ミモリはくすっ、と笑いながら言う。

 

「百鬼夜行はそれぞれの部活や委員会が、それぞれの意志で活動してますから。変なことをしなければ、問題ありませんよ」

「……変なこと?」

「少なくとも、困った人を助けることは、変なことではないですよね」

 

 ミモリは手を胸に当てながら言う。

 清楚でおしとやかで、誠実さまで兼ね備えた少女だということは、これまでの会話で理解できた。

 

「ケイワさん、今度はこっちですよ」

 

 彼女に手を引かれ、景和はされるがままに歩き回された。

 

 ――なんだか、悪いことをしている気分だ。

 

 

 ミモリは”修行部“という部活で、毎日修行しているらしい。何の修行なのかは、あえて聞きはしなかったが。

 

 部員は彼女含め三人。普通の木造の一軒家にしか見えない建物を部室とし、日々修行をしているようだ。

 

 修行部の部室に入り、玄関で靴を脱いでから居間らしき場所へ足を踏み入れる。

 如何にも和風、といった感じの内装で、居間と縁側を仕切る障子が全開になっており、そよ風が絶え間なく吹き込んでいた。

 

「……」

 

 立ち尽くす景和に、ミモリが問いかける。

 

「みんなパトロールの途中のようです。お腹は空いていませんか? 良かったら、何かお作りしますけど」

「……少し、座って休んでもいいかな」

「? はい。構いませんよ」

 

 景和はのそのそと歩き、縁側にどしんと腰を下ろした。

 

 桜の花びらの混じった気持ちの良いそよ風が、景和の肌に何かを染み込ませる。

 

 仄かな桜の匂いと、心地の良い風の音と水のせせらぎ。

 荒んだ景和の心には、少々刺激が強すぎる安らぎであった。

 

「……私で良ければ、覚えていることを、何か話していただけませんか? ……私にはあなたが、辛いことがあったようにしか見えません」

 

 隣に座るミモリが、彼のことを気にかける。

 景和は俯いて、耳に刺したリングを揺らす。

 

 

「君に。大切な人はいる?」

「……はい。修行部のみんなや百鬼夜行の皆さんは、私にとって大切な人です」

 

 景和は言おうとした言葉を一度呑み、僅かな間の後に言う。

 

「その人たちが、ある日突然、誰かのせいで死んでしまったら、君はどう思う?」

 

 何かを察したのか、それとも彼のあまりの悲哀面に驚いているのか定かではないが、ミモリは目を丸くしてから言った。

 

「辛いです。きっと……私では、耐えられないと思います」

 

 ――ある程度予想できた答えだった。

 

 誰だってそうだ。大切な人が、ある日突然いなくなったら、誰だって辛く悲しいに決まっている。

 ましてや、それが誰かの手によるものだったら、その誰かが憎くなるに違いない。

 

 

「――ですが」

 

 景和の意表をつく形で、ミモリが口を開く。

 

「私は、その誰かを憎むことは、しないと思います」

 

 彼女の言葉に、今度は景和が目を丸くさせられた。

 

 

 突然、彼女のものと思われる携帯電話が鳴る。

 

「……カエデちゃん? どうしましたか?」

『ミ、ミモリ先輩大変だよ! パトロールしてたら、チンピラが現れてもう無茶苦茶なんだよ!』

 

 後輩か同級生かからの電話だろう。銃声や爆発音が聞こえるのは、きっと気の所為だと景和は自分に言い聞かせる。

 

「わ、私もすぐ向かいます!」

 

 ミモリは電話を切り、あたふたした様子で立ち上がった。

 

「ケイワさんはここで待っていてくださいね! 多分……すぐ戻りますので! ここを好きに使っていてください!」

 

 腰から拳銃を提げた彼女は、大慌てて部室を飛び出していった。

 

 先程の物騒な音と、彼女が持つ拳銃。

 

 ――ここは日本ではないのか?

 

 頭を過った疑問。いても立ってもいられなくなった景和は、彼女のあとをこっそりつけることにした。

 

 

 ◇

 

 

 百鬼夜行自治区の、和風な建物が立ち並ぶ町並み。

 石畳の外道を、雰囲気に全く似合わぬものが通過していた。

 

 キュラキュラと、大地を駆るクルセイダー。細身な砲身を揺らし、その圧倒的な迫力を持ってして、古風な町並みをひたすらに前進し続けている。

 

 その周りには、武装した複数の不良生徒と、黒い装甲に包まれた、どこかの軍事企業製のオートマタが闊歩している。

 さながらその様は、軍隊そのものだった。

 

 

 ミモリは、二人の少女と合流する。

 盾を構えた少女と、獣の耳が生えた少女。二人共種類は違えど、銃を手にしている。

 

「あれは……」

 

 ミモリが尋ねた。

 不良生徒達にはまだ気づかれていないようだ。

 

「つい最近、百鬼夜行を退学になった不良生徒達だよ。……学校への報復、らしい」

「気持ちよく寝てたのに……」

 

 獣耳少女 カエデが深刻そうな表情で言う隣で、盾を構えたツバキは大きなあくびをする。

 

「とにかく……制圧しましょう。これ以上街を壊させてはいけません」

 

 三人は互いに頷き合ってから銃を取り出し、リロードやコッキングを行い戦闘準備を整えた。

 

 

 そして刹那、銃撃戦が勃発した。

 

 散らばった遮蔽物や車に身を隠しながら、ミモリは拳銃で生徒達を的確に撃つ。

 

 心臓や腹に撃たれているのに、生徒達は痛がるだけで血の一滴も流さない。

 

 

 建物の陰から見ていた景和は、あり得ないようなその光景に圧巻されていた。

 

 同時に、景和はある確信を得る。

 

 

 ここは自分の知る世界ではない――と。

 

 

 未来か、とも考えたが、明確な答えは見いだせなかった。

 

 

 大人しく部室で待っていようとし踵を返した時、少女達が必死に銃を撃ち、戦う様子を横目に見る。

 

 まだ年端も行かぬ少女達が、鉛玉の雨が降り注ぐ地に身を投じている。

 

 銃弾が当たって、苦悶の表情を浮かべている。

 

 景和の心のなかに微かに残る善の心が、返した踵を再び元の位置に戻す。

 

「何やってるんだ……俺は……」

 

 景和は一歩一歩、躊躇せず踏み込んだ。

 

 

 

「うわぁぁ数が多すぎるぅぅ!!」

 

 カエデが銃を撃ちながら泣き喚く。

 ツバキは黙り込んで、盾に上手く身を隠しながら、サブマシンガン撃ち込んでゆく。

 

 クルセイダーとオートマタが、とにかく厄介だった。普段あまり戦闘をしない修行部にとって、なかなかの強敵だ。

 

「ツバキちゃん! あまり前に出ないで!」

「私が惹きつけるから、皆下がって」

 

 ミモリは車の影からツバキにそう訴える。

 ツバキの防御は生半可な攻撃では崩せないが、流石にクルセイダーの射撃を受ければ防御体勢が危うくなる。

 

 ジリ貧の戦い。陰陽部やそのあたりが、早急に援護に来てくれることを願って銃を撃ち続けていると、ミモリは背後に人の気配を感じ取る。

 

 騒ぎを聞きつけた陰陽部か、と思い振り向くと、そこに居たのは予想外の人物。

 

 

「ケイワさん……?」

 

 

 ミモリは思わず、撃つ手を止める。

 なぜここにいるのか、ミモリには検討もつかなかった。

 

「ミモリ先輩知ってるの!? 早く避難させてあげて!!」

「うぅ……私もう限界……」

 

 カエデの願いを聞き入れ、彼の元に歩み寄ろうとした。

 しかし銃弾の雨がそれを許さず、ミモリは足を止められる。

 

 

 ヘイローの無い人間を見つけ、不良生徒は最高のチャンスだと思い込む。

 

「あいつを人質に取るぞ!! 殺すなよ!!」

 

 一人の不良生徒の指示で、オートマタの銃口が一斉に景和へと向けられる。

 

 カエデもツバキもミモリも、銃弾の雨が止んだことによる動揺で、一手遅れてしまう。

 

「!! 危ない!! ケイワさん!!」

 

 機銃掃射が彼を穿とうとした、その時だった。

 

 

 

『SET AVENGE』

 

 

 

 彼が取り出した黒きバックル。

 それは分断され、巻き付けたバックル――デザイアドライバーに装填される。

 

 どこからともなく漏れ出る黒き靄が、その場に居た誰もの心胆を凍らせた。

 

 

 ポキ、と鳴る彼の指。

 冷酷な眼が討つべき敵を見定める。

 

 

「変身」

 

 

 抜刀を思わせるバックルの動作の後、黒い靄はその勢力を増す。

 

 漆黒の両手が彼を掌握し、その身体へ具現化された装甲を纏わせる。

 

 

『BLACK GENERAL』

 

『BUJIN SWORD』

 

 

 黒き靄が作り出した、漆黒の将軍。

 

 靡く黒き外衣。鈍い光を宿す赤い複眼に、甲冑を身に纏ったかのような、緑の入り混じる黒光りする装甲。

 

 

 形成された刀――武刃の刃が抜かれる。

 

 

 『READY FIGHT』

 

 

 

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