狸と牛とキヴォトスと   作:聖成 家康

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別離ⅳ:例え虚しくても

 サオリの境遇を聞いた。

 

 彼女は『アリウス』という学校に通っていたらしい。

 しかし、彼女の通うその学校は理不尽に淘汰され、他の生徒のような華やかな青春を送ることは疎か、誰のものかも分からぬ憎しみに囚われて戦い続ける毎日を送っていた、というのだ。

 

 学生が銃を持っていたり、戦ったり。この世界の常識にまだ慣れていない道長であっても、彼女の話し方、顔つき、そして聞くだけで壮大な体験談から、どれだけ彼女の人生が過酷だったかを思い知らされる。

 

 日が少し陰ってきた。彼女によれば、キヴォトスのこのあたりはこれより雨模様だと言うのだ。

 

「私は此処(キヴォトス)より外の事をあまり知らない。あの人が言うには、ここと少し違うだけ、というが」

 

 その“少し”の内容が気になる所だ。

 

「教えてくれないか。外はどんな世界なんだ?」

 

 道長はそう聞かれて、少し――否、かなり言葉のチョイスに困った。

 しかし、彼女も混乱している自分に訳のわからぬ単語を次々ぶつけてきたのだから、少しばかりの仕返しだ、と言わんばかりに道長は口を開いた。

 

 

 

「……成る程。願いを叶えるゲームか……」

 

 数多の未知なる単語を聞いても、困惑せず真摯に受け止める彼女を見て、かなりの屈辱が彼を辱めた。

 

 キヴォトスでは流石に開催されていないだろうが――。いや、そうであったとしても、彼女は何も覚えてはいないだろう。

 

「私も、それに勝てば願いを叶えられるんだろうか」

「……お前にも叶えたい願いがあるのか?」

 

 道長は咄嗟にそう聞いた。

 以前はデザグラの参加者に尋ねては、チンケな願いや馬鹿げた望みを笑っていたが、今の彼はそんな事はしない。

 少なくとも……応援ぐらいはする。

 

「……でも結局は、全て虚しい物なんだ。この世のものは全て」

「……」

 

 何か言いかけた彼女を見据え、道長は息を呑む。

 自分より年下の少女が、こんな事を言うなんて――。

 

「休憩はこの辺りにしておこう。道は……分からないだろうから、私が動ける範囲までは案内しよう」

「助かる」

 

 サオリは追われている身だから、あまり街には出られないのだという。

 それでも付き合ってくれるのは、彼女なりの優しさなのだろう。

 

 立ち上がって即座に歩き始めたサオリの背を、道長は追う。

 

 閑散とした、もはや街と呼んで良いのか分からぬ場所を、二人は縦一列に並び、警戒しながら歩く。

 

「……そういえばお前、仲間が居たって言ってたよな」

「……あぁ。今は訳あって、別行動をしている」

 

 サオリは前を向いたまま、ぼそりと呟く。

 彼女の言葉の節々に悲哀を感じられて、道長はどうにも気に食わなかった。

 

 ――この位の歳の子供は、もう少し元気な方が良い。

 どこぞの猫を思い浮かべながら彼は歩いた。

 

「今の私は、あいつらとは――」

 

 

 彼女がそう呟いた時、二人は人の気配を察知し、臨戦態勢を整える。

 道長はバックルを、サオリは拳銃を取り出して背後を警戒した。

 

 

 

「ちょっと銃向けないでよ、リーダー」

 

 

 

 建物の陰から出てきたのは、一人の生徒。

 虚ろな目つき、顎にかけた黒マスク。薄汚れた衣服を身に纏った少女を、サオリは知っている様子であった。

 

「ミサキ……!」

 

 道長はすぐに察する。ミサキと呼ばれたこの少女こそ、“訳あって別行動している仲間”なのだと。

 

「り、リーダー……えへへ。お久しぶり、ですね」

 

 その後ろから水色髪の大荷物を抱えた少女、仮面を被ったミステリアスな少女が出てくる。

 

「ヒヨリ……アツコ」

「サッちゃん、久しぶり」

 

 面を取ったアツコと呼ばれた少女は、顕になった儚げな顔を微笑ませて、サオリにそう声をかけた。

 

「何故ここに……? ゲヘナの近くだぞ」

「私ら追われてる身なんだから、ゲヘナの近くに来ることだってあるよ。リーダー」

 

 ランチャーと思わしき武器を持ったミサキに、道長は少し退こうとしてしまった。

 それを感じが良くないと取られたのか、赤い双眸が彼を睨んだ。

 

「あんた……あの牛のロボットの中身?」

「牛の……ロボット?」

 

 暫く悩み、それが仮面ライダーに変身した自分の姿を表していることを理解し、道長は肯定の意を示す。

 

「お前ら、見ていたのか?」

「あんたが変身してから、リーダーと会うまでね。遠くから眺めてた程度だけど」

 

 ミサキはマスクに指をかけながら言う。

 

「あ、あんな小さなデバイスがあれ程のパワーを出せるなんて……うぅ、世界は広いですね。それに比べて、私は――」

 

 ヒヨリがネガティブモードに突入すると同時に、アツコが近づいてきた。

 あまりに妖美な雰囲気の彼女に、道長は少し肩を強ばらせてしまう。

 

「牛さん、これに見覚えはある?」

 

 彼女がそう言いながら、何かを手渡してくる。

 

 道長はそれを見て驚愕した。

 

 なんと、手渡されたのは馴染みのあるアイテム――レイズバックルであったからだ。しかも二つも。

 マグナムとモンスター。どちらも一度は使ったことがある物だったから、見間違えるはずが無い。

 

「さっき私達ね、どこかの軍事企業のロボットに襲われて戦った。そして、ロボット達が落としたこれを拾ったの」

 

 アツコは儚げな表情のまま口を動かす。

 

 軍事企業のロボット――さっき戦った仮面ライダーモドキか、と道長は考えを巡らせる。

 

「百鬼夜行とかそこらのほうでは同じような物を持った”狸“もいるらしいけど」

 

 “狸”という言葉に、道長は思考を中断して咄嗟に反応した。

 

「……!! その話、詳しくしてもらえないか」

「詳しくも何も、ニュースでやってるよ」

 

 横から割り込んでいたミサキが、バキバキに割れたスマホの画面を見せてくる。

 

 それは見慣れぬネットニュースの記事。

 

 大々的に取り上げられていたニュースの題名は『漆黒の侍狸、現る』――どうにも聞き覚えがある単語の羅列であった。

 

 それと一緒に添付された画像には案の定――闇に落ちた“タイクーン”の姿があったのだ。

 

「知り合い?」

「……あぁ」

 

 アツコに聞かれ、道長は深刻そうな顔つきで、画面から目を逸らしながら頷いた。

 

 

「……俺が今一番会わないといけない奴だ」

 

 

 ◇

 

 

 アリウスの仲間が加わっても、変わらず廃墟街を歩いていく道長。

 歩く間、道長は色々な考えを巡らせていた。

 

 

 あいつはまた、この世界でも路頭に迷うんじゃないか。

 

 また誰かを不幸にしようとするんじゃないか。

 

 

 サオリ達の境遇を聞いてからだと、尚更、それを止めなければ、という責任感がひしひしと彼を支配する。

 

「牛さん?」

「その呼び方はやめろ。俺は吾妻道長だ」

「ふふ。ごめんね、牛さん」

 

 キヴォトスの外から来た人間というのは珍しいのだろう。アツコは彼に興味津々な様子であった。他の三人はそうでもないのだが。

 

 とりあえず、この廃墟街から脱出しないことには始まらない。ここは危険が潜んでいる。何より、”彼”もこの世界に来ているというのなら、会わなくてはならない。

 

「百鬼夜行ってのは何だ」

「そういう学校。ここからだとかなり遠いけど……行くつもり?」

 

 ミサキに尋ねられ、道長は頷いた。

 

 

「俺はあいつに会わなければならない」

 

 

 あまりに真剣な声音だった為、誰もそれ以上余計な詮索をしなかった。

 

「リーダー……これが終わっても、まだ家出続けるつもり」

「……あぁ」

「あっそう」

 

 ミサキとサオリの会話に、道長は耳を傾ける。サオリは仲間と別れて行動していると聞いていたが、その肝心の仲間は、それを家出だと捉えているらしい。

 

「サッちゃん、何かやりたいこととか見つかったの?」

「……」

 

 アツコにそう聞かれ、サオリは黙秘を決め込んだ。彼女が何度か尋ねても、答えが返ってくることはない。

 

「……まだ、見つからない」

 

 ようやく開かれた口から出てきたのは、恐らくはアツコが望んだ答えとは違ったのだろう。少し、哀しむような表情を見せた。

 

「叶ったとしても……それは、結局は虚しくなるものだ。そう思うと……どうしても」

「サッちゃん……」

 

 あまりに暗すぎる、未来に希望の欠片もないような会話に、我慢なら無くなった道長が口を挟んでくる。

 

 

「お前らの叶えたい願いが何なのかは知らないけどな」

 

 

 立ち止まった道長に少女らの視線が集まる。

 

 何処か不満そうな顔をするミサキと、驚くように目を丸める他三人。

 ヘイロー無き彼を、彼女らはじっと見つめた。

 

 

「願い続ける限り、信じ続ける限り。いつか必ず願いは叶うし、それは誰にだって平等に訪れる。結局は虚しくなる? そんなもんは当たり前のことだ」

 

 

 道長がそう言い切ると、その場を不気味なまでの静寂さが支配した。

 つい感情的になって熱弁してしまったことを、道長は早くも後悔しそうになっている。

 

「……街はこっちだ」

 

 サオリはそれについて何も触れず、これまで遂行中であった目的を果たすべく、再び歩みを再開し出すのだった。

 

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