「倉瀬さんって、お姉ちゃんのこと好きなの?」
「……え゛。ど、どうしてそう思ったのかな?」
タメ口はやめなさいと言ったのだけど、倉瀬が寛大なので、結乃は相変わらずの口調だ。
倉瀬が気にしていないならいいのだが、このまま大人になったら、どうするつもりなのだろうか。もう高校生なのだから、そろそろ、敬語くらい覚えてもよい頃だ。
前もこんなに遅かっただろうかと考えて、すぐにその思考を追いだした。
「えー? だって……」
「結乃、今日は晩ごはんはどうするの?」
わたしは落ち着かない様子の倉瀬に、助け舟を出した。
「うーん……どうしようかな」
結乃が、倉瀬をちらりと見る。
「あ、どこかお外で食べますか? 結乃ちゃん、私、奢っちゃうよ」
「じゃあお寿司がいい。回らないやつ」
「え」
「インスタで見たやつ。ほら、この炙りえんがわ美味しそう」
初対面の人に高級寿司を奢らせるほど、結乃も厚かましくはない。
無茶なことを言って、追い出される口実を探しているのだろうと想像がついた。結乃はちらちらとわたしを見ている。
わたしは面白いので放置しておくことにした。
「……ワァ……い、いいね、美味しそう……」
倉瀬はちいかわのような歓声をあげたあと、値段を見たのか、魂が抜けかかった声で応じた。
だが、すぐに気を取り直して、
「……いいよ。行こう、このお寿司」
「えっ」
目が据わっている。今度は結乃が動揺する番だった。
「いや、でも……あっ、予約とか取れないかもだし……」
「あと2席だって」
「うう……お姉ちゃんは? 今日はなに食べたい?」
「今日はサイゼリヤの口かな」
「私も! えんがわ見てたら、チーズインハンバーガー食べたくなってきたし!」
「どういうマジカルバナナ?」
「認知をシャッフルしようとしてる?」
「チーズインハンバーガーはチーズバーガーじゃない?」
「チーズインハンバーグならガストだし」
倉瀬とわたしが2度ずつツッコミを入れると、結乃が頬を膨らませる。3周目に突入したら「パブロフの駄犬?」と言おうかと思っていたが、その機会は訪れなかった。
「そんなに言わなくてもいいじゃん」
「ごめんね、つい癖で」
「つい癖で?」
「さすが先輩の妹……」
結乃が問い返すと、倉瀬はなにやら感心していた。
「それにしても、部屋、きれいになったね。倉瀬さんが来るから?」
倉瀬が来るからといえば、そうなのだが。
わたしが答える前に、結乃が窓枠に指を這わせて、昔のドラマの小姑のように指についた埃を眺めた。
「でもここは掃除が甘いね」
「うう、先輩……すみません。掃除が甘かったです……」
「いや、え? ごめんなさい、私もそういうつもりじゃなくて……倉瀬さんに言ってるわけじゃないから。……お姉ちゃん? 倉瀬さんに掃除させてるの?」
「私が勝手にやったから……」
「じゃなくて! そもそも掃除してたら、倉瀬さんだって掃除する必要がないわけだし」
「そうだね。ごめんね、倉瀬」
「お姉ちゃんがごめんなさい」
結乃は自分の責任を完全にわたしになすりつけた。だが真理をついてもいたので、姉妹揃って、倉瀬に頭を下げる。
「いえ、全然。掃除、好きですし」
「お姉ちゃんに見習わせたい趣味だ。聞いてくださいよ。お姉ちゃん、掃除もしないし、料理もしないし、定職にもつかずにブラブラして……」
「う」
「倉瀬さん?」
「私もフリーター……」
倉瀬の場合は、上司が嫌になって仕事を辞めただけなので、わたしと違って定職についたことがないわけではない。
「結乃? まだ墓穴を掘り足りない?」
「うう……ごめんなさい」
「結乃がごめんね」
「ごめんなさい」
わたしと結乃は、再び揃って倉瀬に頭を下げた。
◇
【ASMR】えっ 今日は全員ASMR聞いていいのか!!
「ふ~っ……」
:念のためスピーカーで聞いてるんだけど、今日はマジのASMR?
:タイトルと概要が不穏すぎる
「今日はね、ASMRの機材を買ったから」
「お互いに、相手に読ませたい台本を書いてきました。まずは私ですね」
「うん。葵の台本はこれね」
「え。……ちょっと、これ本当に読まなきゃだめですか?」
「そういう約束でしょ」
:ASMR初見だけど、ぞわぞわするな、これ
:古城のささやき声落ちつくな
「リスナーのみんな。いつも応援してくれてありがとうね。大好き、だよ……」
:破壊力ある
:こんなの古城じゃない
:古城はね デレなんてしないし 言葉を喋らないし やること全部がめちゃくちゃでなきゃいけないの
「言葉は喋ってますよね?」
「お似合いだったよ」
「く……まあいいです。これが先輩の台本です」
「ねえ、ちょっと待って。わたし、1~2行って聞いてたんだけど」
「はい。1~2行でお願いしますって言いましたけど、お手柔らかにって意味で、行数にとくに制限はありません」
「ずるくない? これ何行ある?」
「130行くらいです」
「130行?」
:それだけでASMRできるだろ
:まじで?先輩のASMR聞けるの?
「――あ、ちょっと、動かないの。大丈夫、お客さんだよ。
いらっしゃいませ。っと。すみません、いま、この子のお世話をしていて。
――ほら、お預け。待て。待てだよ。
え、このままでいいんですか?
でも……
すみません。では、お言葉に甘えさせていただきます。
どうぞ、お店の中を見て回ってくださいね。
この子、かなり変わった子で……耳かきされると、喜ぶんです。
いやがる子も多いんですけど、この子は耳かきが大好きで。ほら、眠そうでしょう? こうしてお昼寝するのが大好きなんですよ。お昼寝が好きなのは、この子だけじゃないですけどね。あっちも、お昼寝中の子たちです。この時間帯は、みんなまどろんでることが多くて。陽がちょうどよく入るんですよ、この窓際。あたたかくて」
:本格的だ
:古城、疲れてるのか?
:新しい扉、開いちゃった
:こっちに意識向いてない感じ、いい…
「わぅ〜ん」
:そこをどけ
:頼むから、もう犬はやめてくれ
:いくら払えば黙ってくれる?
:二度と邪魔するな
「こうして耳かきしてると、うとうとしてきて。普段は耳をパタパタさせて危ないんですが、こうしてとろんとしてるときは動かなくて。でも、よく見るとしっぽがふるえているでしょう?
――眠いねぇ。
たぶん、触られると幸せホルモンが出るんでしょうね。言葉はわからなくても、ほら、目を細めて気持ちよさそうにしています。
――かりかり、かりかり……」
「わうっ! わうわうっ! わふっ! くぅ〜ん!」
:プライドとかないのか?
:犬はやめろって言っただろ
:古城、俺恥ずかしいよ
……
…………
………………
「ありがとうございました。今日はぐっすり寝られそうです。……さて、つぎは私の番ですね。仕方ないけど、あおリスのために読み上げてやりますか。
……『ふふっ、おはよう。寝顔、可愛かったよ。写真撮っちゃった。消してほしかったら、今日はデートしようね』。
なんですか、このセリフは」
「こっちのセリフだけど?」
「あ、いまのセリフ読んでくれるってことですか?」
「そういう意味ではない」
「はい、つぎは先輩ですね。これ」
「明らかに労力が釣り合ってないんだけど?」
:古城のセリフ、先輩に言ってほしい
:先輩の台本もいいな
:配信準備にどれくらい時間かかったんだろ
「はーい、どうしたの? って、きみか。本当は先生がこんなこと言っちゃだめなんだけど……きみで、ちょっとよかったかも。ううん、いいのいいの。保健室登校でも全然。先生だって、毎日保健室通勤だもん。
あれ、目の下にクマできてるね。どうかした? ……あ、そのゲーム新作でたんだ! 面白いんだろうなぁ。きみの顔が、なによりの証拠。でも、ちゃんと寝ないとだめだぞ?
不安で寝られない? そういうこともあるよね。そっか、じゃあさ、先生が耳かきをしてあげようか。よく言うじゃん、ASMRでよく眠れたー、とか。あはは、冗談冗談。……え、やってほしい? ……きみ、そういうところあるよね。……いいよ、言っちゃったしね。それじゃあ、横になって?」
「ありがとうございます」
「こんな養護教諭、セクハラで懲戒でしょ」
「ASMRの世界では、耳かきが法律よりも上なので」
「憲法にあたるんだ」
:続き…続きくれ…
:古城が聞いてるASMRの種類がわかる
:耳かきは宗教勧誘にも尋問にも使えるからな
「つぎの私のセリフは……
『ん……ASMRってこうやるのかな。ゾクゾクするから気をつけてくださいね。DLsiteの履歴、親に知られてるよ♡』」
:ゾクゾクした
:やめてくれ
:ユウカとミユのASMRしかないワイ、高みの見物
「つぎの先輩のセリフはこちらです」
「相変わらず長いな……」
「ほらほら、順番は順番ですからね」
「ん……人間、起きた。……やっぱり人間。珍しい。急に起き上がると、体に悪い。そのまま寝てて。この森に人間が来るのは……200年、ぶり? 私はエルフ……森の番人。……悪いけど、帰すわけにはいかない。人間に、場所を知られるのは……困る。この里に住んでもらうことになる。もちろん、死ぬまで。当然でしょ? 人間はエルフを襲った。森を焼いて、子供たちを殺した。殺されないだけ、ありがたいこと。……それがどうしたの? まだ340年しか経ってない。エルフは人間の罪を忘れていない。
人間には、誓ってもらう。絶対に逃げないこと。エルフの森にとどまること。……これ? 耳かき。エルフの世界では、耳を触らせるのは服従の証。そのまま横を向くか、魔法で向かされるか選んで」
「はい」
「横向かれても耳かきしないからね」
「もっとクーデレのエルフのお姉さんっぽく」
「しないって言ってるでしょ」
:ほんといろんな声出るな
:このASMRの解像度は何?
:これを聞いたあとに無声のASMRを聞くと本当に耳かきされてるみたいになるからおすすめ
「さて、つぎの私のセリフは……。えっ、いま書いたんですか?」
「どうしたの? 早く読んでよ」
「……『もう二度と先輩を騙すような真似はしません。反省しますので、配信は終わりにします』」
:あの古城がここまで嫌がるセリフ?
:どんなセリフだったんだ…