たとえばヒット曲は、胸の中で何度も再生されるが、次のヒット曲によってノスタルジアに変わるものだ。本書も、次に面白い作品が出るまでの、ほんの束の間に読まれるものなのだろう。*1
「先輩、収益化です!」
倉瀬がスマホに届いたメールを、紋所のように、わたしの前に突き出した。
『YouTubeパートナープログラムへの参加が承認されました』
この未来は信じていたが、実際にそうなると、さすがに嬉しかった。
「どれくらいの人が収益化してるんですかね?」
YouTubeの収益化に必要なチャンネル登録者数は、1,000人だ。登録者数以外にも条件はあるが、視聴者に見えやすいところなので、一般的によく知られているのはこの条件だろう。
前回では初日に1,000人を優に突破したので、実感はないが、この人数を超えると動画がサジェストされやすくなるという噂もある。
だが、1,000人になることでそこまで大きな効果が見込めるものだろうか。わたしはおまじない程度の効果しかないだろうと思う。
登録者が多くなればなるほどサジェストされやすくなるのは当然の話だ。
YouTubeのアルゴリズムは各動画に視聴者を均等に振り分けるわけではなく、視聴者の関心を維持できる動画を表示するようになっている。数十万人、数百万人の登録者を擁するチャンネルが競合である以上、登録者数が1,000人以上を基準としてアルゴリズムの優遇を受けられるというのは、おそらく都市伝説の類だろう。
統計を見た覚えはないが、チャンネル登録者数1,000人未満のYouTuberの平均登録者数は、1桁ではないだろうか。どんなに高く見積もっても、300は越さないだろう。
かなり譲歩したとしても、平均的なチャンネルの3倍はあるわけだ。それなりの努力を認めてもらえるのではないかと思う。
収益化したYouTuberとしては最底辺であるが、この時点で、動画投稿者の上位15パーセント程度に位置すると言われている。企業勢のとてつもない登録者数を見ると感覚が麻痺しがちだが、1,000人の壁を超えるのは中々難しいのだ。
昨年末の時点で、VTuberは2万人を突破している。その15パーセントと考えると、VTuber全体で、わたしたちは3,000位にあたる。
「3,000位って聞くと、結構いい線いってますね」
「3,000位で1,000円くらいしか稼げない市場ってことだけどね」
以前「雑談だけで1億円」と揶揄されたこともあるが、トップが1億円の業界は、まったく大きくない。
確かに一般人が稼ぐ金額としては破格だが、一般人ではなく、彼女たちは業界のトップクリエイターなのだ。
イラストレーター、漫画家、小説家、ゲームクリエイター、タレント、歌手……その他諸々のトップが
こう言うと、彼らと比較するのが間違えているという反論があるかもしれない。
だが、実際に、比較対象はすべてのエンターテイメントだ。1日が24時間しかなく、平均寿命が85年しかない以上、クリエイターの仕事は可処分時間の奪い合いだ。面白い映画、漫画、小説、テレビ、ゲーム、動画があふれかえるなか、自分の動画に視聴者の関心を惹きつけなくてはならない。競合をYouTuberと考えていると間違える。競合は、エンタメ全体なのだ。
そう考えれば「雑談だけで1億円」は少なすぎる、というのがわたしの考えだ。
結局のところ、VTuberという職業を舐めているから「雑談だけで1億円」というセリフが出てくるのだろう。
実際には、GoogleやAppleや事務所に手数料を取られるのでスパチャだけでは1億円には満たないし、トップ層の場合はスパチャ以外の収益も大きいので合算すれば1億円を上回る。その意味で、この「雑談だけで1億円」というのは二重に間違えている。
「でも年に1億円も稼げたら……夢が広がります」
「どんな夢?」
「まずマンションに引っ越して……それからどうしましょう? 海外旅行……もそんなですし……」
「稼いでも、意外と使いどころはないよね」
前回の同僚たちも、お金の使いどころに悩んでいた。
基本的に、あまりアクティブな人が多くないので、お金の使いどころがないのだ。不安定な仕事なので、思い切って豪遊するわけにもいかない。
わたしも趣味は配信だったし、配信をしていないときも配信のネタしか考えていなかったので、貯金は貯まる一方だった。
「うーん……難しいですね。ちょっと待っててくれます?」
「ちょっとで1億いける?」
「あ、いまふつうに週5でバイトしてるんでした……」
倉瀬が我に返って、ため息を吐いた。
◇
異世界転移したらどうする?
「もし私と異世界にトリップしたらどうしますか?」
「チートとかはあるの?」
「いいえ、まったくないですし、ふだん身につけてるものしか持っていけません」
「スマホひとつで異世界トリップか……」
:石を詰めれば靴下が武器になるな!
:ペットボトルを持っていけるのは割と強い気がする
「最初は無難に、森にトリップしますよね」
「せめて虫除けスプレーとか持ってればよかったな」
「やっと2人きりになれましたね……」
「さっそく悪い虫が寄ってきた」
「先輩……見てください。太陽が8つもあります。ここは異世界です」
「気持ち悪っ。定番は月が2つなんだよ」
:単純計算で約211℃
:熱くて死んでまう
「あっ、向こうにゴブリンがいますよ」
「詰んだ」
「大丈夫です。私が銃を持ってます」
「なんで持ってるの?」
「先輩、下がってください。はい、撃ちました、と」
「リハーサル感覚で殺生したな」
「殺してしまった……魔物とはいえ、人型の生き物を……」
「よくある葛藤のターンだ」
「はい、立ち直りました、と」
「立ち直りが早すぎる。なんの葛藤もしてないより怖いよ。それで? なんで銃持ってるの?」
「こっ、これは……メキシコから密輸しただけです!」
「弁護の余地がない」
「異世界なんだから銃持ってても関係ないよねっ!」
「なにそのラノベ。異世界じゃないときに持ってたから怖いんだよ」
「まあまあ、過ぎたことですから」
「さっきから順応が早いな」
:葛藤のフェーズって異世界来てすぐではないだろ
:お兄ちゃんだけど愛さえあれば関係ないよねっ?
「あっ、向こうで商隊が『助けてくれ』って悲鳴をあげてますよ。見殺しにして積み荷を奪いましょう」
「本当に現代日本で育った?」
「岡山は現代日本ではありませんが」
「絶対にそんなことないよ。可哀想だから助けてあげたら?」
「無理ですね。この状況で銃を撃ったら商人たちにも当たってしまいますよ」
「判断は的確だ」
「でも撃ちましょう」
「さっき人型の魔物を殺して葛藤してなかったっけ?」
「喉元過ぎれば熱さを忘れるっていうじゃないですか」
「こっちはまだ咀嚼できてないんだよ」
「ドカーン!」
「バズーカも持ってる?」
:岡山県民です あなたを訴えます
:武器商人かよこいつ
「死体がない……。案の定、幻覚でしたね。異世界なのに『助けてくれ』って日本語でいうから、おかしいと思ったんですよ。……見てください。あの木の蔓が動いてます。ああやって幻覚を見せて、人間をおびき寄せ、捕食するんでしょう」
「最悪だ。あんまり生還の見込みがないタイプのファンタジーに迷い込んでる」
「人を捕食する植物があるということは、逆にいえば、この辺りに人がいるということ……栄養源がなければ枯れてしまいますからね」
「さっきから手慣れてるね」
「……こっ、これは、たまたま進研ゼミでやったところがでてきただけです!」
「進研ゼミ夏のダークファンタジー講座?」
:かーちゃん!おれも進研ゼミやる!
:おっ 案件か?
「人里が見えてきましたよ。……あっ、こんにちは。私たち、東の国からやってきた者です」
「ふつうに日本語が通じてる。さっきの商隊が本物だった可能性がでてきたな」
「……さっきのは幻覚ですよ」
「バズーカで消し炭になっただけじゃない?」
「そんなに相方を殺人犯にしたいですか! 先輩のバカ! もう知らない! ……はい、仲直りしました、と。あっ、あそこに『
「仲直りの間に、かなり大事なイベントが起きてる」
:通報しすぎて警察に悪戯を疑われた
:水晶宮作れる技術レベルなら近代だな
「おいルドルフ、まだママのおっぱい吸ってんのか?」
「もう現地人じゃん。ドラゴンスレイヤーにそれ言う勇気、凄いな」
「久しぶりだな、アオイ。俺はハーピーの郷に帰っていたんだが、あそこじゃ平和ボケしちまう。で、慌ててこっちに戻ってきたわけだ」
「哺乳類じゃないのかよ。ママのおっぱいを吸ってるわけがない」
「失礼ですよ。ハーピーは哺乳類です」
「いまのってわたしの常識がないんだ」
「先輩……劣人種差別ですよ」
「劣人種って言葉のほうが絶対に差別的だよ」
:ハーピーにドラゴンスレイヤーのイメージはないだろ
:差別的な言葉は禁止(チャンネル説明より)
「そこの嬢ちゃんは、アオイの知り合いか?」
「『清瀧の水晶宮』にはルドルフとふたりで行ったんだ」
「こ、これは浮気じゃありません!」
「そもそも付き合ってないからね」
「えっ……。はい、付き合いました、と」
「そのキングクリムゾンやめてくれない?」
「まあねルドルフ。こっちは私の……ええと、なんて言うのかな。学校時代の上級生だよ」
「先輩って概念が異世界にはない、みたいな無駄なディティール」
「上級生……先輩のことか?」
「ただただ先輩って言葉を忘れてただけだった」
:失望しました ルドルフのファンやめます
:もっと百合営業しろ
「そうそう、その先輩。それでルドルフ。なにかいい仕事はないかな? もちろん、もう魔王退治はこりごりだけどね」
「えっ、もう魔王を討伐してるの? どれだけわたしたち喧嘩してたんだよ」
「では邪神退治はどうだ?」
「さっきから、ノリが桃太郎なんだよな。ハーピーでキジ枠が確保できてるし」
「邪神か……外敵がいなくなったら、今度は人間同士で争いを始めるからね。このままにしておいたほうがいいのかもしれない。これは私のエゴだけどね」
「絵柄はコロコロコミックなのに、世界観はずっとシビアだ」
「そうだな……魔王や邪神より恐ろしいのは、じつは人間なのかもしれない……」
「しょうもないホラーのオチみたいなこと言ってる」
「ねえルドルフ、それ人間差別?」
「確かにこいつ人間じゃなかった」
……
…………
………………
「そういうわけで、異世界転移の際には、みなさんも銃やバズーカを持っていってみてはいかがでしょうか。1度目の私のように剣で魔王を倒すのはおすすめしません」
「2度目だったから手慣れてて、魔王も討伐してたってこと? なにその無駄な伏線回収」
「あと収益化しました。お金ください」
「今さら言っても、もう遅いよ」
:もっと大々的に祝えよ
:¥5,000 間に合え!!
:¥500 a