二周目のVTuber   作:石崎セキ

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(16)先輩の個人配信

 

 

だいじなひとがインターネットで生きていてひかりのつぶで愛してくれる*1

 


 

 残ったお惣菜を社員割で買い、レジ締めを終えた。

 

「もう上がって大丈夫だよ」

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 ほかに手伝うことはありますか、と訊ねた私に、熟練パートの高野(たかの)さんが微笑む。

 

 この職場は余計な干渉がないので、助かっている。

 店長(いちおう女の人だ)に「レジは若い子のほうがいい」と言われたときには、それセクハラじゃん、と思ったけど、私が先輩にやっているセクハラよりはマシかもしれない。まあ、関係性ができている私と先輩と、できていない店長と私とでは被害のほどは違うけれど。……これ、加害者側が言うことではないな。

 

 まあ、いずれにせよ、前の職場よりは遥かにマシだ。

 いくら給料が高くたって、ハラスメントが人の姿を借りたような上司がいる職場はごめんだった。

 

 タイムカードを切ると、バックヤードで作業をしていた店長が顔を覗かせて「お疲れさま」と言った。

 

 駐輪場のいちばん端に停めてある自転車に(またが)り、リュックを背負い直す。

 15分ほどでアパートに着いた。

 先輩の部屋までの距離と、そう変わらない。先輩は文京区で、私は台東区。ほぼほぼ区境に位置しているので、文京区民を名乗ったっていいと思う。

 

 先輩のアパートはかなりボロいけど、私のアパートもそこそこボロい。

 マイクラ素人が即席で作ったような建築で、おしゃれさはなかった。学生時代より、自由に使えるお金は減っているので、仕方ない。奨学金の返済が結構しんどいのだ。これといった趣味もないから、貯金を切り崩すことなく生活できてはいるけれど。

 

 6畳の部屋。

 先輩の部屋は7畳半だが、ラックなどの収納具が多いので、どんぐりの背比べとはいえ、私の部屋のほうが広々と感じる。

 玄関を入って左側にユニットバス、右側にキッチン。先輩の部屋は風呂トイレ別なので、かなり羨ましい。

 ……先輩の隣の部屋とか、空きが出たりしないかな? 行く手間が省けるし、私の部屋が挟まれば配信中にちょっとくらい大きな声を出しても迷惑をかけないし。決して、生活音を聞こうとなんてしていない。

 

 ユニットバスの区画に背を向け、ベランダのほうを見る形で、円形のテーブルがある。

 スツールに腰を掛け、ラップトップを開く。Chromeのブックマックバーをクリックして、YouTubeに飛んだ。先輩の配信は数分前に終わっていた。アーカイブを視聴することにする。

 

 今日はマシュマロ雑談だった。

 

 

いつも配信を楽しく聞いています。

最近、東京の短大に合格して一人暮らしを始めました。

料理のレパートリーは、卵かけご飯と目玉焼きだけです。

料理を始めたいのですが、先輩の得意料理はなんですか?

 

 

「得意料理は、強いて言えばオムレツかな。妹に作ってたから。でも、それだと卵料理ばっかりになっちゃうね。いちばんよく作るのは、野菜や肉をみりんと醤油で味付けするだけの、名前のない料理だから……あんまり、得意料理って思いつかないな。大学生のときに作っていたのは、麻婆豆腐かな。こだわりとかなくて、ふつうにクックパッドでいちばん上にあるやつ。

 まあでも、結局、料理って自炊するより、コンビニとか店で買うほうが美味しいからね。わたしは最近、完全栄養食か、葵が作り置きしてくれるやつしか食べてないし。葵を部屋に置いておくことをおすすめします」

 

 冷蔵庫に酒しか入っていないのを見たときはびっくりした。先輩の部屋のシンクの横には、段ボール箱があって、完全栄養食がみっちり入っている。ぜんぶ同じやつで、飽きないんですかと訊いたら、ひと月ごとに変えているから飽きないという返事があった。私だったら2日で音を上げる。

 チャットには『いらないです』と結構な速度で流れていた。失敬な。

 

「そう? 葵は料理、上手だよ。じゃがいもとか人参とか、根菜の使い方が上手いんだよね」

 

 根菜がお気に召したらしい。私は心の中のメモ帳に書いた。

 

 

好きな人がいるんですけど、全然話すきっかけが掴めません。どうアプローチしたらいいですか?

 

 

 私も気になる。

 先輩はマシュマロに丁寧に答えるので、私にくるものとは違い、ピュアな相談が結構くるようだ。私も『Akimator「菊花の薫りゆかしいこの時季、お健やかにお過ごしですか?」』とか、『排泄物を貴金属に変える能力があったら、砂金が出た』とかといったクソマロより、こういう等身大のマシュマロに回答したい。

 

「恋愛相談は専門外なんだけど、話すきっかけっていうところに絞って答えるね。繰り返しになるけど、これはわたしの個人的な見解です。実行するかどうかは、自分で考えてね。

 話すきっかけが掴めないってことは、同じグループではないってことだよね。きっかけは掴むものじゃなくて、作るものです。相手と二人きりになったら、話しかけざるを得ないでしょ? 相手と話せる状況を待つんじゃなくて、相手が話したくなる状況を作る。掃除当番や、班で一緒になることは? そのときに、ちょっと勇気をだして二人きりになる機会を作ってみるとか」

 

:陰キャにはハードルが高いんよ

:はえ~ 蜘蛛みたい

:違うクラスの場合はどうすればいいですか?

 

「相談を持ちかける。大事なのは理由。なぜ相手を選んだのか、明確になるように話題を振ってみて。

 たとえば、相手が映画が好きなら『◯◯くんって映画に詳しいよね。小さいときに見た映画で、男の子が暗い部屋に閉じ込められる場面があったんだけど……心当たりない?』みたいな感じで。相談の内容が事実かどうかは良心にお任せするけど、相談なら解決したときに連絡することもできるからね。会話の終わり際に、つぎに話す約束や理由を作っておくのがポイント。映画だったら、それかもしれないから、見たら連絡するね、とか言って」

 

:社会人だけど普通に参考になる

:先輩に言い寄られたら断れる自信がない

 

 お前が先輩に言い寄られることはないので安心してほしい。

 先輩は、『相手に趣味がない場合はどうしたらいいですか?』というコメントを拾った。

 さっき『違うクラスの場合はどうすればいいですか?』とコメントしたのと同じ人だ。ひょっとしたら送り主なのかもしれない。

 

「相手に趣味があるかどうかは関係ないよ。きみが、◯◯くんについてそう思っている、ってことを◯◯くんに納得させられれば大丈夫。

 たとえば『そのキーホルダー、ナントカって映画の限定品だよね』とか『いつもイヤホンをしてるけど、音楽に詳しいの?』とか。観察と事実は切り分けて大丈夫。きみがそう観察した、ってことが相手に伝われば、相談の理由が生まれるから。試してみたら、また結果をマシュマロで教えてね。

 ――これが、つぎに話す約束を作るってこと」

 

 自然だったので、先輩が最後のセリフを言うまで、実演とは気がつかなかった。

 私の場合は、定期的に会う約束があるので、今回の話はあまり関係がなかったけど、先輩がそういう考え方をしていること自体は勉強になる。

 

 

初めてマシュマロ送ります。

相談なんですけど、僕にはずっと好きな人がいて、その子には彼氏がいます。諦めるべきだと分かってるんですけど、なかなか踏ん切りがつきません。マフィンちゃんならどうしますか?

 

 

「ちょっとー? マフィン・マクガフィンさんのリスナーが紛れ込んでるな……宛先、間違えてるよ。まあ、単推しはNGだから、全然構わないけどね」

 

 マフィン・マクガフィンちゃんは、イプシロン・プロジェクトの2期生だ。推しではないけど、鈴音ちゃんと同期で、彼女と絡む切り抜きが回ってくるので知ってはいる。

 甘ったるい声が特徴的だが、頭がよくて、歌も上手い。確かに先輩と視聴者層が被っていてもおかしくないなと思う。

 

:BSSだ

:ノンデリのリスナーもいます

:声の感じ似てるからな…声フェチか?

 

「似てる? そう? ……こんまふー! お菓子の国からやってきた、ゆるふわ女王のマフィン・マクガフィンでーす!」

 

 先輩が喉の調子を整えて声真似をした。

 上手い。

 声質も勿論だけど、何度も練習したかのように特徴を捉えていた。

 

:似てる

:とうりんのときも思ったけど、先輩って物真似上手いよね

:マフィンちゃんの裏垢はこちらですか?

 

「裏扱いは微妙に失礼じゃない? チャンネルの規模的には、確かにこちらが表ではないけどね。あ、ここの切り抜きは禁止。向こうの目につくところで、わたしの名前を口にするのもNGです。

 それで……わたしが答えるのも筋違いだけど、いちおう答えておこうか。厳しいことを言えば、迷えるならやるな、これに尽きると思う。迷えているってことは、きみは社会規範と彼女を天秤にかけている状態ってことだよね。つまり、彼女より大事なものもあるかもしれないって思っている」

 

 本当に厳しい答えだった。口調も真剣味を帯びている。

 もし先輩に恋人がいるなら――土日は私と会っているからいないと思うけど――諦めなくてはいけないということか。いや、先輩が言っているのは、迷うくらいならやるなってことだ。私は迷わないのでやっても大丈夫。

 

「もしそうなら、きみとその子が結ばれたとして、加害者として厳しく非難されるのは、彼女さんだってことを考えてみて。いまの風潮として、男性の浮気より、女性の浮気のほうが強く咎められるのはわかるよね。きみの辛さもわかるけど、彼女さんの辛さも考えてあげてほしいな。きみが僕っ娘なら痛み分けだけど。

 ……あ、名前を間違えられたから厳しいことを言ってるわけじゃないからね。それでも諦めきれない気持ちがあるなら、自分のなかで折り合いがつくまで考えてみて。それじゃあ、なんのアドバイスにもならないと思うけどさ」

 

 最後に声音を和らげ、冗談で緩和する。

 先輩は、トーンの調整が抜群だと思う。その話題に適したトーンで、何気ない話題にも緩急をつける。

 最初は厳しすぎるんじゃないかと思っていたが、チャット欄を見る限り、真剣に向き合ってくれていると感じている人が多いようだ。確かに「辛いだろうけど頑張れ」と無責任に言うよりは優しいのかもしれない。……私なんかは、無条件に肯定してくれたほうが嬉しいけれど。

 

「ええと……つぎも、宛先を間違えてるね」

 

 

走りすぎて、足に乳酸菌が溜まった

 

 

「ヤクルトに人体実験された? こういうクソマロは、葵に宛ててください」

 

 私に送られても困ります、と打ち込もうと思ったが、アーカイブだった。

 

 

いつも楽しい時間をありがとうございます。先輩や葵ちゃんの配信を見ていると、友達と話しているような感覚になれて本当に幸せです。でも、ふと「これは一方的な関係なんだな」って現実に引き戻される瞬間があって、すごく寂しくなります。VTuberさんとリスナーって、本当はどんな関係性なんでしょうか? 先輩は、リスナーのことを、どういう存在だと思っていますか?

 

 

「一緒に『夕立夕日』を作り上げている仲間だと思っている。

 物体って、光を反射したり、吸収したりして初めて色や形が見えるよね。『夕立夕日』も同じで、きみたちの存在を反射したり、吸収したりして、初めて形が見えるようになる。きみたちがいなかったら、『夕立夕日』は透明になってしまうんじゃないかな。一方的な光でも、それが複数あれば、『夕立夕日』はより立体的になっていく。確かに、わたしはきみの顔を思い浮かべて話をしていない。でも、きみたちが複数の存在だからこそ、わたしは『夕立夕日』でいられるんだと思う。だから、いつも感謝してるよ」

 

:これは推せる

:夕日ママ…しゅき…

:おで、光なんて呼ばれたの、初めてだ…

 

「この配信って、悲しい化け物も聞いてるんだ。あと、わたしのことをママと呼ぶやつはBANします。こいつは光じゃなくて闇だから」

 

 私たちのチャンネルでは『ガチ恋のスパチャは禁止』を掲げていて、これも内容だけ見ればガチ恋を突き放す回答ではある。

 でも、この態度でガチ恋をするなは無理があると思う。先輩は、もっと自分の魅力を自覚したほうがいい。

 先輩が、すうっと息を吸った。

 

 

ねえ、どこ行くの? ……駄目、だよ? お姉ちゃんは、ずっと夕日と一緒……でしょ? トイレ……夕日もついていく。扉の前まで。大丈夫。開けたりしない。……駄目。お姉ちゃんは目を離すと、すぐ怪我しちゃう。夕日を助けてくれた……あの日と一緒。……トイレ、終わった? 早く、ベッドに戻って。耳かきの続きしてあげる……から。

 

 

「ねえ葵。マシュマロを読み上げてもらえることを利用して、台本を送らないでくれる? これ、前に読まなかった台本だよね」

 

:急にASMRが始まってビビった

:こいつもBANしろ

:古城、よくやった

*1
初谷むい(2022)『わたしの嫌いな桃源郷』書肆侃侃房, 125.

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