「あたしがあの子の身体を奪っちゃった。あの子の魂を追い出して……」*1
「先輩! コラボの連絡きてますよ!」
「いま確認するから、ちょっと待ってね。Twitterのほうでしょ?」
倉瀬が明るい声で言ったので、この前の策が功を奏したのかもしれないな、と思う。
古城葵のアカウントにログインして、DMを見る。
相互フォローでないとDMはできない設定だが、それなりの活動実績があるVTuberであればフォローバックするようにしていた。
わたしは、実績のあるVTuberにフォローされたら、さりげなくコラボの種になるような情報を撒くようにしている。
コドクさんからフォローされていたのを見て、わたしは彼女がこの時期に「まふまく王」を開催していたことを思い出した。
さすがに最近収益化したばかりの新人が呼ばれる可能性は低いと思っていたが、ゼロではないと思ってマフィンの声真似をしたのだ。その成果が、今回のDMだった。
「
倉瀬もVTuberに疎いわけではないが、企業勢はVTuber同士の交流が多いので、自然と個人勢より詳しくなる。個人勢の弱みのひとつは、関心のないVTuberについて無関心でいられることだと思う。
コドクさんの現時点での登録者数は約46万人。正確には46万3,821人で、わたしたちの登録者数は端数として切り捨てられてしまう程度のものだ。
かなり長い文章だったので、適当にスクロールして、要点だけかいつまんで読んでいく。
依頼条件を眺めて、懐かしいな、と思った。
夕立夕日用にカスタマイズされているが、もとになる文章そのものは舞浜鈴音にも送られてきている。「私信」として最後に配信の感想を入れてくるのも、コドクさんの殺し文句だ。嘘は吐かない人なので、実際に配信は見てくれているのだろうが、わたしたちに目をつけるアンテナの高さには驚いてしまう。
「受けるんですか?」
言下に、もちろん受けますよね、というニュアンスを感じる。こういうときに、断ったらどうなるんだろう、と考えてしまうのがわたしの悪い癖だ。
だが、ここで断っては、わざわざマフィンの物真似をした意味がない。
「もちろん」
「やっぱり、企業勢となると、いつぞのコラボのお誘いとは違いますね」
あの「ゲームコラボとかどうでしょう?」のDMか。
引き合いに出してくるということは、倉瀬も不満ではあったらしい。
だが、コラボの文面は個人勢も企業勢も変わらない。むしろ、企業の後ろ盾がない分、個人勢のほうが好印象な依頼がくるケースも多い。
売れているVTuberは、表ではどんなに無茶をやっていても、裏ではきちんとした依頼文を書けるものだ。
「VTuberとして成功するための条件を教えてください」というマシュマロに、コドクさんは「社会人として成功するための能力と同じです」と答えていた。
身も蓋もない回答だが、事実ではある。VTuberの仕事は、配信以外の部分のほうが大きい。配信以外の部分には企画や連絡も含まれる。上手く指示を出し、人に好かれなくてはいけない。
結局のところ、VTuberとして成功している人は、どこに行っても成功するだろうな、という人ばかりだ。
「登録者数が一気に増えたりするんですかね?」
「いや、この条件だと、最大で50人くらいじゃないかな。概要欄にリンクは貼ってくれると思うけど、出演者はいっぱいいるだろうし、出演時間も短いし」
「でも、配信の視聴回数10万とかありますよ」
「概要欄をちゃんと見て、リンクまで飛んで、さらに配信を見てくれる人ってかなり希少だよ」
「うーん……じゃあ、条件としては微妙ってことですか?」
「そんなことはないよ。恩を売れるし、企業勢とのコラボ実績を作れる。そして何より、Discordのサーバーに入れる」
「なるほど……」
Discordを晒しているVTuberはTwitterを探せばいくらでもいるが、実績のあるVTuberは基本的に晒していない。変なVTuberに絡まれることなく他のVTuberの連絡先がわかるのはありがたい。相手も「←塚さんの配信で共演した人」ということがわかれば無下にはできないだろう。
まあ、向こうからすればわたしたちこそが変なVTuberなのだろうが。
「それじゃあ返信しておくね。倉瀬は特に問題ない?」
「あ、はい。Discordは別々に作るんですか?」
「ああ……そうだね。ドッキリ企画もあるかもしれないし、べつにしようか」
「ドッキリ……解散ドッキリとかやられたら心臓が飛び跳ねると思います」
「倉瀬の心臓が欲しくなったらそうするよ」
【私たち】入れ替わってる~っ!?【私たち】
「もし1日だけ私と先輩が入れ替わったらどうしますか?」
「まずは、葵が入ったわたしの体をガムテープで縛りつけるかな。何をされるかわからないから」
「じゃあ、私は先輩を縛りつけます。妨害されるので」
「残念だけど、この勝負はわたしのほうが有利だよ。葵のほうがパワーがあるし」
「先輩、腕立て伏せ0回ですもんね。地面に手をついた瞬間、ぺたんって体が床についててびっくりしました」
「あれはたまたまバランス崩しただけだから。葵を縛りつけたあとは……そうだね、葵の配信で変なことでも言おうかな」
:変なこと言われても気づく自信がない
:さすがに先輩と古城は見分けがつく アホそうなほうが古城
「誰がアホそうですか」
「同じ学歴なんだけどね」
:裏口入学とはな…失望したよ
:学歴フィルターが無意味である理由
「散々言ってくれますね」
「葵はどうするの? 縛られてるけど」
「とりあえず拘束を緩めてもらっていいですか?」
「何もしないって約束できる?」
「もちろんです。胸を揉むくらいはいいですよね」
「いいわけないでしょ。わたしの貞操観念と同じ重みのパンチをお見舞いするよ」
「ぺちっ」
「わたし、ド淫乱かよ」
:そのパンチ受けたい
:先輩のユニコーンワイ、無事死亡
「唇って2枚ありますけど、これって実質キスじゃないですか? 先輩と入れ替わった時点で、先輩のファーストキスはいただきですね」
「ずっと口を開けてると思われてる? 口を閉じたことくらいあるよ」
「先輩に縛られた後……そうですね。わかりました。何もしません」
「諦めて、大人しくすることにしたんだ」
「はい。ただ、1日経ったら体は戻ります。縛られた先輩と、縛られていない私。……薄い本が厚くなりますねぇ?」
「もう悪役じゃん」
:恵まれた声帯からのクソみたいな発言
:先輩くらい、いつでも縛り上げられない?
「それなら、24時間が経つ前に体を縛って葵に返すことにするね。ふたりとも部屋から出られなくなるけど」
「大声で大家さんを呼びましょう」
「縛られた2人が大声で助けを呼んでいたら、強盗に入られたのかと思われて通報されるでしょ」
「恥を忍んで、自分で縛ったって説明すればいいですよ」
「忍べる恥の閾値を超えてるだろ。プレイと思われるよ」
「私は構わないですが」
「わたしが構うんだよ」
「では、ふたりで果てますか?」
「言い方に含みがあるんだよな……」
:プレイに巻き込まれる大家さんの気持ちを考えろ
:恥の概念はあるんだ
「冗談はさておき、お互いに変なことをしない場合はどうしますか?」
「わたしは変なことをしようとしていないでしょ」
「配信で変なことを言うって言ってたじゃないですか。何を言おうとしてたんですか?」
「……あおカスには感謝しています。ふだんは素直になれないけど、その気持ちだけ伝えたくて、配信をつけました。いつもありがとね」
「待ってください。内容より気になるんですけど、今の、私の声真似ですか?」
「そうだけど」
「先輩ってオレオレ詐欺師の才能ありますよね。声真似をすれば騙せる率が上がりますよ」
「物真似できるほど相手を知っていたら、オレオレっていう必要はなくない?」
:古城、先輩に体を譲ってくれ
:こいついつもザルな詐欺の話してるな
「私は民族衣装とか着たいです」
「わたしの体で?」
「先輩がふだん着ない服を見たいです。チャイナドレスとか、ベトナムの民族衣装のアオザイとか、日本の民族衣装のミニスカポリスもいいですね」
「ミニスカポリスは民族衣装じゃない」
「日本人しか着てるのを見ないですけど」
「それは民族じゃなくて凡俗の問題だよ」
「先輩がそういう服装しないのがいけないんですよ? ふだんからミニスカポリス穿いてください」
「ポリスは穿けないだろ」
「ミニスカは穿けるんですね?」
「なんだその誘導テクニック」
:シャミ子が悪いんだよ
:話術SSS 倫理F
「膝上20cmくらいのミニスカを穿いて街を練り歩きます」
「冗談はさておく約束じゃなかった?」
「冗談ではありませんが」
「冗談であってほしかった。せめて膝は隠そうよ」
「そんなのミニスカポリスじゃないです」
「ミニスカポリス警察だ」
「開けろ、ミニスカポリスだ! 強盗との通報を受けて駆けつけてきた!」
「最悪だ、大家さんが勘違いして通報してる。ミニスカポリスがデトロイト警察のノリで来ても迫力はないし」
……
…………
………………
「次回は私の名字が先輩の名字と入れ替わります」
:未来から来ました 二人は結婚しています
:夕立葵&夕立夕日ちゃんねる