二周目のVTuber   作:石崎セキ

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 その感覚、もどってみたいという、そのどうしようもない欲望が、過去の存在、過去の、自分の過去の影響力を一挙に彼女に知らしめた。*1

 


 

「あ、これ美味しいですね」

「確かに。でも結構指につくね」

「な……んでもないです」

「いま舐め取ってあげましょうかって言おうとした?」

「なんでわかったんですか」

「『な』の発音がキショかったから」

「面目ないです……。自然と配信モードになってて自分でもびっくりしました」

「まあ、モニターの前だからね」

 

 倉瀬が買ってきたお菓子をつまみながら、わたしたちは『まくまふ王』が始まるのを待っていた。一緒に見ようというので、配信と同じ席に座っていたのが、倉瀬のスイッチをオンにしたらしい。

 ふだん待機画面を映しているときは配信で緊張しているので、時間の流れが早いが、今日は特にリアルタイムでの出演ではないので1分が遅く感じる。

 待機画面はコミカルな2Dのアニメーションで、BGMとしてコドクさんの歌が流れている。

 

「凝ってますねえ」

「外注したって配信で言ってたよ」

「いいなぁ……あ、先輩が作ってくれた待機画面にケチをつけてるわけじゃなくて」

「いや、実際にショボいからね。儲かったら、こういう凝ったのにしたいね」

「ショボくはないと思いますよ。お世辞とかじゃなくて」

「だったらいいんだけどね」

 

 そんなことを話していると、演者紹介を兼ねたオープニングムービーが始まり、配信が始まった。

 出演者はマフィンを含む2期生3名と、外部ゲストが1人。

 

「さあ始まりました、『まくまふ王』。司会の←塚コドクです。それではさっそくですが、本日の主役にご登場いただきましょう。マクガフィンさーん」

「こんまふー! お菓子の国からやってきた、ゆるふわ女王のマフィン・マクガフィンでーす! いやー、今日はあたしが王様ってことでいいんですよね~?」

「もともと女王じゃなかったんですか?」

「あ、そうでした~。忘れてました~」

「忘れるほど自然に女王をやってるってことですね」

 

 コドクさんが手際よく配信を進行していく。わたしは、コドクさんの配信の演者が失敗するところを見たことがない。

 そもそも失敗しづらい演者しか呼ばないのも理由のひとつではあるが、失敗しない演者はいないので、結局のところコドクさんの事前準備と司会進行の技量が大きいのだろう。

 

「それでは、つぎは同期のこの方々です。同期なら当然、マフィンさんのことはわかるはず! 2期生の星占(ほしうらない)(しるべ)さーん!」

「あなたに星空の導きを。υProの星占導です。マフィンちゃんのことは興味ないけど、占いの力で満点を目指します。星空だけに」

「不仲営業やめろ~?」

 

 マフィンが口を挟むと、返す刀で導が言った。

 

「営業じゃないけど?」

「ガチ不仲はもっとやめろ~?」

 

 横を見ると倉瀬が笑っていた。

 マフィンと導の不仲営業は、わたしがいた頃にはなかったノリだ。今回で生まれたのだろうが、経緯はよくわからない。蝶の羽ばたきは、意外なところに影響をもたらしていたようだった。

 

「つぎ、鈴音ちゃんですね」

「知ってるの?」

「あ、はい。推しなので」

「そうなんだ」

 

 やっぱりそうなのか。わたしは複雑な心境になった。

 

「続いて、舞浜鈴音さーん」

「あ、はい。2期生の、マフィンちゃんと仲が悪くはないほう担当の舞浜鈴音です」

 

 久しぶりに聞く彼女の声に、思ったより罪悪感がないことに安堵する。

 

「仲が悪くはないって、なんか含みない~?」

「良いとは言えないかなって」

「そこを言うのがVTuberだろうが」

 

 甘い声から一転、マフィンがドスの利いた低い声を出す。この転調はマフィンの得意技で、時空間を跨いでも活用しているようだ。

 倉瀬がダイエットコーラを飲みながら訊ねた。

 

「鈴音ちゃんって、ちょっと先輩の雰囲気と似てません?」

「外見が?」

「いや、外見じゃなくて……なんというか、話し方?」

「そうかな」

 

 自覚はない。

 今世で、舞浜鈴音の姿を見たのは、切り抜きに偶然でてきたときだけだ。何度も見ていれば、暴露療法のようによくなっていくのかもしれないが、この寂しさや罪悪感をなくしてしまうことにも抵抗があった。

 

「先輩、ちょっと具合が悪かったりしますか?」

「いや……雰囲気が似てるなら、物真似とかできるかなって考えていたところ」

 

 わたしが舞浜鈴音の物真似をしている光景を想像して、なんてグロテスクなんだろうと微笑した。わたしの笑みに安心したのか、倉瀬は「今度聞かせてください」と言って、配信に目を戻す。

 

「2期生は不仲だったんですね? これはキャスティングミスだったかな……現場に来たの一緒だったので、仲がいいのかと――」

「ちょっとコドクさん?」

 

 コドクさんの話を、導が遮る。

 

「おそろいのドリンクを飲んでいたから、まさか仲が悪いとは――」

「ほら、次いきましょ次! 待たせちゃ悪いですし!」

 

 導が急かすと、コドクさんが最後のゲストを呼ぶ。

 

「それもそうですね。失礼しました。カシリアさーん?」

「シュガードリーム所属、お菓子の妖精カシリアりあ! 今日はお菓子の知識を競う大会と聞きつけて馳せ参じたりあ! 唯一の外部ゲストで、完全にアウェーりあ! 2期生はみんなでスタバ行ってるし」

「おいこら企業秘密バラすなスタジオ出禁にすんぞ」

「企画趣旨が誤って伝わっているようですので、ここで企画説明をしましょう。今回はお菓子の知識を競うのではなく――」

 

 マフィンのツッコミでオチがつき、企画説明が始まった。

 最初のコーナーは無難なクイズだった。本気のクイズではなく、楽しめればよいだけなので、平気で悪問も出題されている。最初のコーナーはマフィンへの事前アンケートの回答をあてるもので、マフィンが気まぐれで答えていたため、導が2問、残り2人がいずれも不正解で、導が首位だった。

 ちなみに、わたしは5問中1問正解で、倉瀬はゼロ点だった。倉瀬が「これセンターより難しいですね」とぼやく。

 

「ここからはマフィンさん本人にも参加していただきましょう」

「それってズルじゃない?」

 

 鈴音が声をあげる。

 

「そうりあ! ズルいりあー!」

「まあトリ頭だからなぁ」

 

 カシリアさんが加勢すると、導はまた喧嘩を売るようなことを言った。

 

「そうだよね、あたしはトリ。今まで前座ごくろうさま」

「参加意欲が失せたりあ」

 

 このコーナーは、マフィンが配信で言ったことをあてる企画だった。これは切り抜きにもなっているところが多かったので、正解率は高い。

 

『お金を払ってでもガチャ引くことは確定してるから、ログインはもう労働なんだよなあ。金を生んでる。――うおおおお! とうりんの新規SSRきてる! 右手の脇を隠してるの、いいねぇ……』

 

 VTRが静止した。

 導、鈴音、カシリアさんの3名は嫌そうな顔をして、マフィンは嬉しそうに回答する。

 

『とうりんの左手になって蒸気を感じたい』

『とうりんの左手になって脇の熱気を感じたい』

『自分のカラダの恥ずかしいところ、教えちゃってるねえ』

『とうりんの左手になって脇の熱気を感じたい』

 

「酷い絵面ですが、導さん、鈴音さん、マフィンさんは同じような回答ですね」

「あー……熱気だったか。キモいことしか覚えてなかったな」

「カシリアちゃんだけ自分の感想書いてるね」

「違うりあ! 知らなかったから、こいつが言いそうなキモ回答をしただけりあ!」

 

 鈴音に言われたカシリアさんが抗議する。

 

「マフィンさんは自信がありますか?」

「はい。自分が心の底から思ったことを書いたので~」

「私が心の底から思ったことを書くとしたら『思ったよりキツいな』ですね」

 

 コドクさんが言って正解を発表した。

 笑っていた倉瀬がこちらを向いた。

 

「今のちょっと先輩に似てますね」

「マフィンさんの発言は倉瀬に似てたね」

 

 もちろんコドクさんの配信で勉強したこともあるので、わたしのリアクションには彼女と似ているところもある。鈴音のほうは知らない。

 しかし、ビジュアルや立場によってある程度キャラクターが決まってくることは当然だ。故にこそわたしも舞浜鈴音に執着していた。

 今のわたしも、舞浜鈴音のときとは違う喋り方をしている。当時はむしろ、マフィンに似ていたはずだ。

 

「私がこれくらいぶっこむと生々しい感じがしますよね」

「そうだね。マフィンさんだから許されてるところがあるね」

 

 それと、時期だ。

 今でもぎりぎりだが、2~3年もしたらアウトになるだろう。

 

 クイズは続いていき、わたしの音声が使われるコーナーに移った。

 

「マフィンはどこだ? ドキドキ声真似クイズ!」

 

 おー! とタイトルコールに合わせて出演者たちが歓声をあげる。

 コドクさんがA~Eまでの5択のいずれかが本物で、それ以外が偽物だという説明をする。アンケートでリスナーの回答も集計するらしい。

 説明が終わると、さっそく「こんまふー! お菓子の国からやってきた、ゆるふわ女王のマフィン・マクガフィンでーす!」という例の挨拶が流れた。明らかにふざけたものもひとつだけあったが、他はまじめに声真似をしたらしい。

 

「え、どれが先輩の声ですか?」

「どれだと思う?」

 

 言ってから年齢を聞かれた面倒くさいやつみたいな返答をしてしまったと思うが、倉瀬は真剣に悩んでいる。

 

「A……?」

「Cだね。Aは本人じゃないかな」

「逆に先輩は自分の声真似が聞き分けられるんですか? 自分の声と録音って違うと思うんですけど」

「さすがにわかるよ」

 

 そんなことを話していると、演者たちの回答も出揃った。

 

『A』

『E』

『C』

『C』

 

 と票が割れている。

 

「AとCで迷ったけど、Cはちょっとマフィンすぎるなって」

「……私はAとEで迷った」

「え、ふつうにCりあでしょ」

「さすがに自分の声はわかりますよ~」

 

 同期はあまり上手く騙せなかったようだが、カシリアさんと本人は上手く騙すことができたようだ。少なくとも、4人中3人の候補に上がってはいたので安心する。

 チャット欄へのアンケートでも、Aが41パーセント、Cが43パーセントとわずかに勝っていた。

 

「正解はC――ではなくAです」

「えええっ!」

 

 マフィンが叫ぶ。誇張も入っているだろうが、いい驚きっぷりだった。

 

「自分の声もわからないの?」

「逆になんでお前は正解してんの? ストーカーかよ」

「は?」

 

 導とマフィンが煽り合う。

 

「Cは個人勢の夕立夕日さんにご提供いただきました」

「ほへ~」

「Eは架橋(かけはし)ルーマさんのご提供です」

 

 コドクさんのチャット欄の教育は行き届いているが、「誰?」「知らん人や」といったコメントも紛れていた。初期ならともかく、今、すべてのVTuberを把握している人などいないのではないだろうか。わたしだって、企業勢に限っても全員把握しているわけではない。

 アナリティクスを見ていた倉瀬が「2人増えました」と言うが、それだけの情報では、この配信によるものなのか、広告やアルゴリズムの効果で増えているのかはわからない。

 

「結構騙せましたね」

「そうだね。でも、特徴を似せているから、星占さんが言うように、マフィンさんすぎたかな。本物にはもっとブレがある」

 

 残念ながらそこを再現するまでにはいかなかった。というより、再現は特徴を捉えることなので、再現をした時点で「マフィンすぎる」という導の感想から抜け出せないのだ。

 だが、わたしは完璧主義者ではない。そんなものを練習するくらいなら配信や歌の練習をしたほうがよほど有意義だ。どうせこの配信が終われば、することのない物真似なのだから。

 

 その後もクイズが続いた。

 結果としては導が全問正解で単独トップ、次いで鈴音、カシリアさんという順番だった。マフィンは最初の問題には参加できていなかったが、仮に参加していたとしても、せいぜい3位だっただろう。

 

「まくまふ王は導さんです! 優勝者の導さんにはトロフィーを進呈します」

 

 トロフィーのイラストが表示され、導のアバターのところへドラッグされていく。

 

「よしっ」

 

 と導が嬉しそうに言う。鈴音が「おめでとう」という隣で、カシリアさんが「くそりあ!」と、マフィンが「この野郎!」とそれぞれ罵倒していた。

 

「ありがとうございます。これでマフィンを王座から追い出せます」

「クーデターだった!?」

「コドクさん、次は星占導王でいいんですよね?」

「いや、カシリア王をやるりあ! 革命りあ!」

「鈴音王……」

「王座争いで死者が出るわけですねぇ」

 

 どこか諦観したようなコドクさんのコメントで本編が締めくくられる。

 それぞれが告知をして、1時間きっかりで配信が終わった。

 

「やっぱりプロは違いますねぇ」

 

 とタイムキープが苦手な倉瀬が言って、配信開始ボタンを押した。

 わたしは姿勢を正し、マイクの角度を調整する。

 

 そして、わたしたちの配信が始まる。

*1
ミラン・クンデラ(2001)『無知』西永良成訳, 集英社, 87.

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