リズムの周期的で律動的な回帰、抑揚の旋律豊かな変化は、言語とともに詩と音楽を誕生させた、というよりその幸福な時代と幸福な風土ではそれらすべてが言語そのものだった。*1
問:雑談(ざつだん)を逆から読むと……? 答:談雑(だんざつ)
「今まで秘密にしてたんですけど、リスナーのみんなは、先輩が←塚コドクさんの配信にちょっと出演したのに気づきましたか?」
「ほんのちょっとね。概要欄に貼っておいたよ」
:見てたよ〜
:俺の夕日がビッグになっちまった…
:推しと推しが共演しててビビった
「見てるってことは、私たち単推しじゃないですよ。葬りましょう」
「リスナーの浮気を炙り出すために出演したわけじゃないから」
「浮気といえば、チャンネル外コラボって、実質浮気じゃないですか。私を捨てるんですか?」
「人聞きの悪い。出張先に浮気相手のレッテルを貼るな」
「では向こうが本命ってことですか……?」
「浮気とか本命とかないよ」
「浮気する人はみんなそう言うんです」
「浮気してない人もそう言うんだよ」
:こわ
:単推しの前に私たちってつくことあるんだ
:先輩は女を誑かしているところがなぜか似合う
:親の喧嘩より見る痴話喧嘩
「もっと親の喧嘩を見てください」
「今のままでいいからね」
「リスナーの味方をするんですか?」
「敵の敵は味方ってだけだよ」
「私のことを敵って言ってます? それに、リスナーは私の味方ですし。ね、あおカス?」
:もちろんですぜおやびん!
:すまねぇ…あっしは夕立の旦那につかせていただきやす
:ゲッヘッヘ、新鮮なメスだ!
「リスナー同士で結託して、私をゴブリンキングに仕立て上げようとしてます? 途中で裏切られてますし」
「適任じゃん」
「失礼な。モデレーターは、このゴブリンどもをキックしてください」
「モデレーター、わたしと葵しかいないけど」
「今から募集します? 私たちに絶対服従を条件として。……おいオタク、今日からあーしらに絶対服従な。返事は?」
「このあとオタクの股間に注目して舌舐めずりするタイプのギャルだ」
「はっ、破廉恥だぞ!」
「剣道部か弓道部の風紀委員だ。髪は黒か紫の吊り目で、基本的には寝取られる」
「先輩、同人誌好きすぎじゃないですか?」
「その言葉、そっくりそのままお返しするよ」
:圧政を許すな
:このギャル…催眠アプリの餌食になるタイプのギャルでもあるとお見受けしますが…(メガネクイッ)
:なんで男向けばっかり読んでるんだよ
「先輩の同人誌が出たときのタイトル考えませんか?」
「余計なお世話だよ」
「落日」
「絶対に凄惨なエンドを迎えるでしょ。落日/落城で葵のとセット販売されてそう」
「夕立の日に……」
「そっちは純愛っぽいけど、バス停で雨宿りしてる最中に始まるやつだ」
「青い雨」
「やめてよ。わたしと葵がすれ違って、最終的に仲直りついでにするでしょ、それ」
:チャンネル登録者数の男性率が9割になる理由
:エロマンガ先生って先輩のことだったんだ
:これツッコミというか大喜利だろ
:公式でネタを供給してくれるの助かる
「私と先輩の繋いだ手が、ハートの形に見えるコマで終わります」
「忌み絵やめてくれない?」
「お手にとっていただきありがとうございます。今回は難産でした。入稿は締め切りを軽くオーバーしてたんですが、印刷所の方に無理を言って遅らせてもらいました。ハンターの仕事が忙しくてな。今回はいかがでしたか? 先輩をちょっと盛ってしまいましたが、先輩の胸はいくら盛ってもいいものとする。字数もきたので、そろそろ狩りに戻らなくては……。ではでは、また次の本で」
「あとがきまで仕上げるな。あと、わたしたちに愛情のなさそうな絵師だな、こいつ」
「印刷所の人もふつうに可哀想です」
:俺の古傷を抉るな
:ご購入と書くとまずいからお手にとっていただきになってるところとか再現しなくていいんだよ
:イナゴに喧嘩を売っていくスタイル
「もっと下ネタとかない同人誌がいいな」
「こんな下ネタまみれの配信をしておいてなにを言ってるんですか?」
「葵が原因だよね」
「犯人探しはやめましょうよ」
「犯人が言うことではない」
「人を犯人扱いするってことは、それなりの根拠があるんですよね? なかったら、体で償ってもらいますよ」
「今、根拠あったよね」
「面白い推理だ」
「推理ではない」
「探偵になったらどうです?」
「探偵を舐めるな」
「ペロ……こ、これは探偵!!!」
「探偵を舐めるな」
:お 前 が 言 う な
:推理を間違えた探偵が…真犯人に問い詰められて…
:探偵じゃないならお前は誰なんだよ
……
…………
………………
「明日は先輩が犯人になります」
「なんの?」
翌日の午後、サボテンに水をやっていると、倉瀬が訪ねてきた。今までは暗色のロングスカートのことが多かったが、今日はショートパンツ。それでも汗をかいていて、季節が移り変わるのを感じた。
そろそろ、倉瀬と再会してから半年が経とうとしている。わたしが活動を開始してからは、概ね3か月。
「お疲れ。シャワー貸そうか?」
「お気持ちはありがたいんですけど、着替え持ってきてなくて。つぎからお借りしてもいいですか?」
「もちろん」
倉瀬が洗面所でうがいをしている間に冷房をつけようかと思ったが、さすがに、まだその季節ではない。それに、しばらく掃除をしていなかった。
代わりに窓を大きく開けて空気を取り込む。目の前の公園で騒ぐ園児の声が大きくなった。
どこかで火災が発生したのだろう。けたたましい音を立てて、消防車が出動した。このおかげで家賃が安くなっているのだが、配信者としては致命的だ。
「そろそろ引っ越したいね」
「え、引っ越しちゃうんですか?」
「うん。だって、ほら――消防署、近いから」
火事の情報は調べればすぐにわかる。特定できるくらいの情報は、とっくに溜まっている。
チャンネルの規模が大きくなれば、特定は避けられないだろう。
「なるほど。私のアパート、空きが出てないかな……」
わたしの返事を聞く前に、倉瀬が調べはじめた。
じつは防音のマンションに引っ越したかったのだが、金の出どころを不審がられるに決まっている。
それに、倉瀬がアパート住まいなのに、わたしだけマンション住まいというのも居心地が悪い。
「うちのアパートは空きがないみたいです。でも、安心してください。私がギャンギャン騒いで、3部屋くらい空けますから」
「それで空くのは倉瀬の部屋だけじゃないかな」
「そしたら私が先輩の部屋に住みますね」
「ただの部屋の交換だ」
それからしばらくは他愛もない話をしていたが、倉瀬がスマホを差し出して言った。
「あ、そうだ。先輩、ツイッター見ました?」
「見たよ」
バズと言えるほどではないが、マフィンのファンの間で、声真似が話題になっていた。原因は切り抜きだ。
「正解はC――ではなくAです」というコドクさんの声に合わせ、わたしの立ち絵が表示されると、マフィンの立ち絵が小刻みに振動する。「さすがに自分の声はわかりますよ~」というマフィンのセリフが最初は等速で流れ、続けざまにスローモーションで流れる。直後、チーンという効果音が響き、動画は締めくくられる。
その切り抜きを、マフィンが「おい!!悪意があるだろ!!!!!」と引用リツイートして、数万人に拡散されていたのだ。本人のフォロワー数から言えば大バズとは言えないが、ツイートから、数百人がチャンネルに流れてきたようだ。数百人でも、わたしたちにとっては天の恵みのようなもの。おかげで、登録者数は先月の倍――2,000人を突破していた。
「注目が集まっていることは確かだし、インパクトのある企画ができたらいいんだけど」
「やっぱり歌じゃないですか? まだ先輩のキャラクターは知られていない状態なので、雑談はちょっとハードルが高いと思うんですよね。歌枠なら、キャラクターを知らなくても楽しめますし」
「歌枠ね」
「それに、VTuberメドレーにしたら、マフィンさんの歌もさりげなく盛り込めるんじゃないかなって」
「なるほど、いいかも」
悪くない。それどころか、いいアイディアだと思う。
広告用に歌ってみた動画は投稿したが、今まで歌枠は立ててこなかった。単純に、プレミア感を出したかったからだ。受けるからといって連発していたら、ライブなどのいざというときに注意を引けなくなるのではないかと考えていた。
だが、今回は確かに特別だろう。土曜日、日曜日は古城葵とのコラボ配信が通常なので、単なる歌枠ではなく、葵を巻き込む形が望ましい。
「私、歌はちょっと……」
倉瀬は明らかに渋っている。
「無理なら強制はしないけど」
「マラカスで盛り上げるのは得意ですよ」
倉瀬がマラカスを振るジェスチャーをした。マラカスで盛り上げる手腕はともかく、マラカスが上手いとは思えない手振りだ。
「3D配信なら面白いけどね」
「うーん……歌を使った2人でやる企画ですか。歌の間に茶々を入れるのも、軸がぶれますし……先輩がちゃんと歌えて、かつ私がいる意味がないといけないですよね」
「そうだね」
これがコラボ配信の面倒なところで、活躍の機会を公平に分配しなくてはいけない。
同じチャンネルの仲間でも、いや、同じチャンネルの仲間だからこそ、そのあたりには気を使う必要がある。
「私がいかにも音楽番組って感じの司会をするのはどうでしょう。前口上を読み上げたり、先輩が歌ったあとにインタビューをしたり」
「なるほどね、いいと思う」
倉瀬の負担が大きいが、能力としては問題ないだろう。倉瀬がいると楽が出来てしまうので、自分の配信スキルが向上する気がしない。
「そうと決まれば、口上を考えたいので、事前にセトリをお願いできますか?」
「わかった。じゃあ……」
「え、もうですか?」
新しく考えるのは面倒だったので、以前にやったことのある歌枠のセトリをそのまま使うことにした。
倉瀬はうんうん唸りながら、前口上を考えている。
配信画面の構成を考えて、フリー素材で必要な部分を埋めていく。十数分でその作業を終えると、わたしは立ち上がって深呼吸した。
「ちょっとカラオケに行かない? 練習したいから」
「あ、行きます! それなら私も練習できますし」
わたしたちは茗荷谷まで歩いていき、ビルのエレベーターを昇ってカラオケ店に入った。祝日だからか、昼間にも関わらず、フロントには人が並んでいる。
「学生証のご提示で、割引がございますが」
「あ、結構です」
倉瀬が断った。倉瀬はともかく、わたしまで大学生に見えるのだろうか。卒業して、もう4年になるが。そろそろ、アラサーと呼ばれる年齢だ。それは実年齢の話で、生まれてから過ごしてきた年月はそれよりも長い。
倉瀬は学生と勘違いされたことで、機嫌をよくしていた。まだ卒業して1年も経っていないのだから、間違えられてもおかしくはないだろうに。
3時間パックを選んで個室に入ると、倉瀬は入口側の席に陣取り、ドリンクバーを取りに行った。わたしはモニターの見える奥側で、デンモクに1曲目を入力する。
倉瀬がコーヒーを持ってきたので、お礼を言って受け取る。倉瀬は烏龍茶を飲んでいた。
「DAMチャンネルをご覧のみなさん、こんにちは!」と話題のアーティストが呼びかけるのを見て、倉瀬が「カラオケの利用って、だいたい夕方か夜じゃないですか?」と、もっともなことを言った。料金表を見ても、夜のほうが値段が高い。
「DAMチャンネルをご覧のみなさん――みなさん?」
「なにか良からぬことが起こっている」
「DAMチャンネル関連のボケは配信でも使えそうですね。DAMチャンネルをご覧になっているということは、私はカラオケにいるのでしょう」
「棺桶のテンションだ」
そんなやり取りを交わしながら、わたしは歌を、倉瀬は前口上をそれぞれ練習した。練習なので同じ曲を繰り返したが、倉瀬は退屈した様子もなく、わたしの歌う姿を眺めていた。