二周目のVTuber   作:石崎セキ

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Interlude

 

 

偉大な人物になるためには、自分の運を余す所なく利用する術を知らねばならない。*1

 


 

 昂揚感が虚しくしぼみ、太陽が月に替わるように、気怠(けだる)さがさざ波を立ててやってくる。配信直後の感覚は、事後のそれと似ている。

 今後の配信のこと、将来のこと、様々な不安が一気に押し寄せてきて、憂鬱になるのだ。

 

 ぼうっとした頭で配信ブースから出、楽屋へ戻る。

 中央に長机が置かれただけのシンプルな楽屋。テレビでよく見る楽屋とは違い、鏡はない。仕事柄、化粧直しが必要になる機会は少ないので。

 

 帰り支度をしていると、ドアがノックされた。

 

「失礼しまーす」

 

 と異口同音に言って、二期生の三人がぞろぞろと入ってくる。わざわざ挨拶をしにきたらしい。

 

「コドクさん、昨日はお疲れ様でした」

 

 先頭の(しるべ)さんが先に挨拶をする。黒のショートカットが、ふわりと揺れた。整った耳がのぞく。目元や口元を見て美人とわかることは多いが、耳を見て美人とわかるのは、導さんくらいのものだと思う。

 あとの二人も「お疲れ様でした」と続く。二期生のリーダーは導さんだ。他の箱のコラボや案件で、取引先とメインに話すのは彼女。

 鈴音(すずね)さんも常識はあるが、引っ込み思案なので、サブ的な立ち位置になっている。マフィンさんは頭は切れるが常識はない。前の二人は社会人をしているとよく出会う人種だが、マフィンさんのようなタイプは、あまり見なかった。

 

「ヤクザじゃないんですから、そんな丁寧に挨拶しなくてもいいですよ」

「そんな、(ねえ)さんにタメ口なんて滅相もない~」

 

 マフィンさんが大げさにかしこまった。声のイメージと違わず、おっとりとした可愛い系の顔立ち。涙袋を強調したいわゆる地雷系のメイクで、前髪にはピンクのインナーカラーが幾筋か走っている。

 

「タメ口でいいとは言ってないけどね」

 

 鈴音さんがすかさずツッコミを入れる。

 

「べつにタメ口でもいいですけど」

「そんな、他の連中に聞かれたら噂が立っちまいます~。姐さんが舎弟にタメ口許すような甘ぇ女って知れたら、他の組にも舐められちまいますよ~」

「先輩をヤクザ扱いするほうが、よっぽど舐めてると思うんですけど」

 

 そんなやり取りをしたあと、マフィンさんのお披露目配信の話題を振った。このお披露目配信があったから『まくまふ王』を企画したのだが。

 

「昨日のお披露目配信、拝見しました。いつも通り、最高のパフォーマンスでしたよ」

「ありがとうございます~」

「このあと、ご飯でもどうです?」

 

 キャリア的に、私の奢りになる。

 収入は変わらないし、マフィンさんに至っては、私より多そうだが……。案件の形でコラボを依頼すれば数百万円はかかる相手だ。無償で配信に出てもらっているのだから、この程度を惜しむのは無作法というもの。それに、有能な配信者とのコネクションを維持するための金と考えれば端金(はしたかね)だ。

 

「え、いいんですか? 私は嬉しいですけど……」

 

 導さんが二人を見やる。鈴音さんが「私もご一緒したいです」と歩調を合わせて、マフィンさんが「あたしも~」と同意した。

 

「では決まりですね。食べたいものはありますか?」

「はい! 焼肉がいいです~!」

 

 マフィンさんが真っ先に言った。

 

「他のお二人は?」

「コドクさんがよろしければ、私も焼肉で……」

 

 導さんが言い、鈴音さんも頷いた。

 幸いにも予約はすぐに取れた。

 

 私たちは連れ立って事務所を出た。

 

 

   ◇

 

 

 木張りの個室に入る。

 天井から蛇腹状の吸煙機が伸び、大げさな音を立てて動いていた。私の隣に鈴音さんが座り、正面にマフィンさんが座る。

 

 私は酒を飲まず、鈴音さんは酒を飲めない。

 導さんは苺サワーを、マフィンさんはビールをまずは注文して、あとはタブレットで各人が好きなものを注文していくことになった。まずは私から、値の張る肉を適当に注文する。

 

「自分、ハラミいいですか」

「どうぞどうぞ」

 

 マフィンさんが敬礼をし、タブレットを操作した。導さんもいくつか注文する。

 

高槻(たかつき)さんは注文しなくていいんですか?」

 

 私は、鈴音さんに訊ねた。彼女は髪の毛を人さし指で弄んでいる。地毛のように自然な茶髪だが、染めているらしい。

 壁に耳あり障子に目あり。たとえ個室でも、誰がどこで聞き耳を立てているか分からないので、事務所以外では本名で呼ぶようにしている。配信では名前で呼ぶので、リアルでは苗字で。

 

「私は、みなさんが頼んだものを奪うので、いまは大丈夫です」

 

 鈴音さんはこちらを見てから言って、すぐに目を逸らした。最初の頃はまったく目を合わせてくれなかったので、見ようとしてくれる意思があるだけ、慣れてくれたのだと思う。

 

「奪取系スキルは敗北フラグだよ」

 

 と、導さん。

 

「そうだよ~。本来の力を発揮できなくて負けちゃうよ?」

「焼肉の本来の力ってなに?」

 

 言いながら、鈴音さんはカクテキとサラダを注文した。注文の手つきまで、自信がなさそうだ。

 飲み物が届いたので、私が適当に音頭を取る。

 

「色々祝して、乾杯」

「かんぱ~い!」

 

 大ジョッキを一気に半分ほど開けたマフィンさんが、「か~っ、美味いっ!」と親父臭い声をあげた。

 

「いい飲みっぷりですねぇ」

「肝臓も喜んでます~」

「茶色い悲鳴をあげてそう」

「肝硬変起こしてるじゃん、やめてよ」

 

 保健体育で習った写真を思い出したのか、マフィンさんが嫌な顔をした。かくいう導さんも、酒は結構飲むのだが。

 

「昨日はありがとうございました」

「とんでもないです。こちらこそありがとうございました」

 

 導さんに合わせて、二人が頭を下げる。

 

「やっぱり、久澤(ひさざわ)さんの進行は安心します」

「演者さんの力があってのことですから。今回の企画は、以前にもやりましたしね」

「私、コラボ処女は久澤さんに捧げたんですけど~、他の人とやるとき、久澤さんとやるときの感覚で失敗したことあるんですよね」

「言い方。でも、確かに安定感が違いますよね」

 

 褒められるのは苦手だ。気を使われているようで落ちつかない。私は「そういえば」と話を変えた。

 

「声真似のコーナー、バズってましたね」

「いやあ、おかげさまで~。ありがとうございます」

「夕立夕日さんを採用したの、びっくりしました。まだ千五百人くらいでしたよね」

「よくそんな人、見つけられましたね」

 

 導さんが感心したように言う。

 

「私の手柄じゃないですよ。高槻さんに勧められたんです」

「たかっち、お目が高いね~。たかっちだけに」

「四十万人抱えるギャグセンか? これが……」

「なんでやリスナー関係ないやろ」

「つまんねー」

 

 マフィンさんと導さんがじゃれ合っている。マフィンさんが早くも二杯目のビールを注文した。

 

「本来だったら、動画とはいえ、これだけ登録者に差がある人は呼ばないんですけどね。いつかご一緒することになると思ったので、先に手をつけちゃいました」

「久澤さんがそんな言うなら、見てみようかな~。たかっちは見たんでしょ?」

「見たよ。ふつうに、プロって感じ。いや、ふつうっていうか……失礼かもしれませんけど、久澤さんに似てるかな」

「失礼じゃないですよ。夕立夕日さんに似てるって言われたら嬉しいです。でも私は、失礼かもしれませんが、雰囲気は高槻さんに似てるって思ってるんですよ」

「それは……嬉しいです」

「え、久澤さんとたかっちに似てるんだったら強くないですか~? 司会がバンバンできて、庇護欲掻き立てる感じ?」

「庇護欲というか、しれっと面白いことを言う感じと、語彙ですね。でも、マシュマロ対応の感じは誉田(ほんだ)さんっぽいし、声の調子や間の取り方のセンスは(つじ)さんっぽいですよ」

「にわかには信じられませんけど、もし本当なら化け物ですね」

 

 星占さんが言った。

 実際、星占さんのマシュマロ対応はなかなか真似できないし、マフィンさんの間のとり方はなおさら真似できない。そして、星占さんには間の取り方のセンスが欠けているし、マフィンさんにはきめ細かなマシュマロ対応ができない。その二人の長所を――いや、ここにいる四人の長所を持っているのだから、とてつもない才能だ。

 この箱にいないのが惜しいくらいに。

 

「なんか弱点とかないんですか~?」

「アンドルの実況で泣いてましたね」

「配信で泣けるのは強みじゃないですか」

 

 星占さんが、まだあるのか、という顔をした。

 注文した品が次々と届き、マフィンさんがせっせと鉄板に置く。

 

「個人勢って、これから伸びますか?」

 

 鈴音さんが訊ねる。

 

「難しいとは思います。でも、大局的な視線を持っています。DMやDiscordでの対応も抜群によかった。今日の配信は歌枠です。きっと、辻さんの歌も歌うでしょう」

「あ、そうなんですか~? 見てみようかな」

「ずいぶん高評価なんですね」

 

 カクテキをつまんでいた鈴音さんが言う。口の端がキムチで赤くなっていた。

 

「私は好きですよ、チャンスを逃さない人は」

 

 と言って、マフィンさんを見る。

 昨日のお披露目配信はベストなタイミングだったと思う。二十五日では露骨すぎるので、二十六日のお披露目。月初めは固定費が引き落とされるので、視聴者の懐が温まっているのは、二十五日から三十一日までだ。

 

「たまたまですよ~」

 

 とマフィンさんが言うが、本当にたまたまだったら、いまの投げかけに「たまたまですよ」なんて言葉が返ってくるはずがない。油断ならない人だ――本当に。

 

「でも、久澤さんの誕生日も十六ですよね~?」

「それこそ、たまたまです。私の誕生日は事務所が決めただけですし」

 

 誕生日が給料日に集中しているというデマが出回ったことがある。みんな陰謀論が大好きだ。だが、そのような事実はない。ライバー側から特別な要望がない限り、誕生日は事務所が決めることになっている。仮に自分で決めたとしても、後続のライバーは、先輩と誕生日が重ならないように配慮するものだ。誕生日は分散し、実際の誕生日と同程度の偏りになる。

 もちろん二十五日付近が誕生日のライバーもいるが、二十五日に一度もイベントが重ならないことこそ不自然だろう。キリストが生まれたのも、給料日に合わせてのことだと言うのだろうか。後世の人間がクリスマス商戦で稼げるように? なんとも慈悲深いことだ。

 

 さっきからマフィンさんが会話に入ってきていないなと思っていたら、少し目を離した隙に、ハラミがほとんどなくなっていた。私はタブレットでもう一皿注文する。

 

 スマホを操作していた導さんが、「あ、コンビだったんですね」と言った。

 

「言ってませんでしたね。コンビですよ」

「古城葵&夕立夕日ちゃんねる……この古城って子は、どういう子なんですか?」

「面白いです。演者としての魅力があります。才能だけで言えば、夕立さんより上でしょう」

 

 鉄砲玉のように見えて、場の空気を読み、手堅い配信をする。そのバランス感覚には感心した。

 

「だけで言えば? なんか含みがありますね~」

「彼女はコンビを組んでこそ活きる人材です。でも、彼女とコンビを組んで御せる人はそう多くない。夕立さんがいなければ、十中八九、埋もれていたでしょう」

「過去形なんですね」

 

 導さんが言う。過去形ではなく、仮定法のつもりだったが、そのことを講義する気にはならない。過去形であれ、仮定法であれ、趣旨は変わらない。

 夕立さんは、自分の立ち位置をわかっている。やれと言われれば、古城さんのようなスタンスだって取れるだろう。古城さんが言うことを読めていなければ、あの速度で処理できるはずがない。そして読めるということは、本物そっくりであるとは言えないまでも、ある程度は再現可能であるということ。似たような立ち回りができる、ということだ。

 彼女が夕立夕日でなかったら――隣に古城さんがいなかったら。どういう配信をしたのだろうか。意外と、古城さんのような配信をするのかもしれない。

 

「あの二人を企画に置いておけば、安定するでしょう」

 

 だからマークしておいた。

 少しでも恩に感じてくれたら嬉しいのだが、果たしてここまで来るかどうか。案外、伸び悩んで途中でやめてしまうかもしれない。黎明期ならともかく、いま、個人勢で伸びることは難しい。

 

「あたしが卒業するのと、どっちが先ですかね~」

「え、つーちゃん引退するの?」

 

 鈴音さんが訊ねる。

 

「そりゃあ、いずれね~。いまじゃないけどさ」

 

 その通り。私たちはいずれ引退する。十年先、自分がVTuberを続けている未来は見えない。色々な戦略を考えた挙げ句、すべてが実る前に引退、なんてこともありそうだ。

 ただ、デビューしたとき、五年後に自分がVTuberを続けている未来も見えていなかった。もしかすると普通に続けているのかもしれないなと思う。

 

「将来ねえ……」

 

 導さんが物憂げな表情をする。

 

「ま、将来のことはいいでしょ~。焼肉、美味しいし」

 

 マフィンさんは大物だな、と思う。

 未来がどうなろうと焼肉は美味しい。それは確かに真実だ。今はとりあえず、それでよいのではないかと思った。

*1
ラ・ロシュフコー(1989)『箴言集』二宮フサ=訳, 岩波文庫, 102.

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