ホラーに接することは、恐怖をとおした解放である。*1
初めての歌枠は好評だった。
登録者は順調に増えている。
マフィンから登録者を横流ししてもらった形になるが、向こうにとっては痛痒を感じない数。ありがたいことに、マフィンは怒りもせずに、古城葵のツイッターをフォローしてくれていた。というか、2期生全員からフォローされている。もちろん、こちらからは3人ともすでにフォローしていたが。
登録者やフォロワーが増えても、収益はほとんど変わらない。にわかに増えた登録者は、あまりお金を落としてくれないからだ。マンションに引っ越せるようになるのは、いつになることだろう。
倉瀬がスマホから顔を上げて、言った。
「白山に戸建ての賃貸がありますよ。駅からは遠くて築10年。家賃は15万円です」
築10年は構わない。どうせ、あとでマンションに引っ越すのだ。駅から遠いのも、べつに構わない。むしろ歓迎したいくらいだ。しかし、立地と防音以外に、いまのアパートに不満を感じていない。10万円の値上げは
「9万円台に収めたいかな」
「7万5,000円ならどうですか?」
「半額にする伝手があるの?」
「料理と掃除もついてきますよ」
フライパンをひっくり返すジェスチャーと、窓拭きのジェスチャーで、アピールしてくる。それで納得した。
「倉瀬って、いまの家賃いくらだっけ」
「え……っと、6万5,000円くらいです」
「高くなるけど、大丈夫なの?」
「広いところがいいので」
ルームシェアか。
選択肢にはなかったが、悪くない選択だと思う。わざわざ土日に家に来てもらうのも気が引けていた。
わたしは写真と間取りを確認した。
地図を確認すると、うちから茗荷谷まで行く途中の坂を上ったところにある戸建てだ。
「倉瀬って、幽霊とか信じないタイプ?」
「え」
「これ、たぶん事故物件だよ。この条件で、15万はさすがにないと思う」
念のため大島てるで調べてみると、ばっちり炎のマークがある。
3人家族の無理心中。無理心中が原因なら、住宅自体に欠陥はなさそうだ。もっとも、欠陥住宅かつ事故物件という可能性もある。いずれにせよ内見の必要はあるが。
倉瀬は露骨にがっかりして、新しい賃貸を探していた。
内見は必要なさそうだった。
隣が事故物件だということは、知らせないでおこう。
「もしルームシェアするなら、トイレが2つあると助かるかな。駅から遠くてもいいし、古いところでもいいから」
「トイレは確かに重要ですね」
あいにく、わたしも倉瀬もアイドルではない。トイレの時間が重なるのだけは嫌だった。
「倉瀬はルームシェアとか大丈夫なの?」
「高校時代は寮暮らしだったので」
わたしと一緒に、という意味のつもりだったのだが、そう答えるということは問題はないのだろう。
ひょっとすると、毎日の移動が大変だったのかもしれない。これから本格的に夏が来るので、自転車で往復30分の移動はつらいだろう。悪いことをしたな、と思う。
「ご家族に説明しなくて大丈夫?」
「あ。そっか、住所変更を伝えなきゃですし、説明は要りますよね」
「VTuberしてることは話してる?」
「寮のときの友達にしか話してないです。父はまだガラケーですし、にぃ……兄はVTuberとか知らないタイプの陽キャですので。同人誌のナンパ男を見てると兄を思いだします。同人誌と違って、全然モテないですけど。ダサいので」
倉瀬はお兄さんをボロクソに言っている。兄妹仲はそこまでよくないのかもしれない。いや、仲のよさの裏返しか。このあたりの感情の機微が、わたしには上手く理解できない。
「先輩は話してます?」
わたしも家族には話していない。
両親はともかく、
悪気はないが、どうも
未成年で口座を開設した都合上、両親には暗号資産のことを知られているが、結乃は何も知らない。おかげで、わたしのことを穀潰しか何かだと思っている節がある。新しい穀を生むこともなく、潰すいっぽうではあるので、まるきり間違えた理解でもないのだが。今月の収入は、結乃の小遣いと同じくらいになりそうだ。
「減価償却できたら話そうかな。それまでは趣味」
「私も……家族には大学の先輩って話します」
「倉瀬が家族バレしたら、連鎖的にわたしもバレることになるね」
「先輩が家族バレしたら、私のことも結乃ちゃんにバレますね」
わたしの芸風もふだんとは違うが、倉瀬の芸風はもっと違うので、驚かれるかもしれない。傍から見ていると、同人誌のどの字も知らなそうな美人だ。
「お互い秘密でいようか」
というと、倉瀬は笑って「ふたりだけの秘密ですね」と言った。
友達に話しているならふたりだけの秘密ではないだろうと思ったが、わたしも、そこまで無粋ではない。
そうだね、と頷くと、倉瀬は嬉しそうに微笑んだ。
◇
【怪談】両耳ゾクゾク♡最強に怖い夏のホラー祭り♡【雑談】
「そろそろ夏ですね。夏といえば怪談。怖い話で
「違う怖さがある」
「では背筋、温めますか?」
「お弁当じゃないんだよ。背筋を温められるの、冷やされるより怖いかも」
「まずは右耳から怖い話、するね……♡ ふ〜っ」
「怖い話は両耳で聞くものでしょ」
「それ耳なし坊主の前でも言えますか?」
「芳一ね。言えないけどさ」
:古城に耳を預けること自体が怪談ではある
:実際、怪談バイノーラルは需要ありそう
:耳削ぎASMRお願いします
「耳なし坊主には、芳一以外のビッグネームもいますよ」
「そんなのいたかな」
「その人はネズミに耳をかじられて……」
「ドラえもんって、坊主のくくりなの?」
「ほら、坊主頭って青いじゃないですか」
「その理屈だと、全身坊主ってことになるけど」
「まあまあ。猫に小判、豚に真珠、馬の耳に念仏、古城葵に正論ですよ」
「なにその自虐。聞く耳を持ってくれない?」
「芳一の耳に念仏」
「後悔先に立たず、の意?」
「耳なしホース」
「不幸にも念仏を書かれなかった馬だ。馬の耳に念仏って、お守り的な意味ではないけど。空中に馬耳が2つ浮いてるの、ちょっと可愛いね」
「悪霊にとっては、どこの馬の耳かもわからんやつでしょうね」
「骨みたいに」
「馬のどこの骨かもわからんやつに娘をやれるか!」
「パーツが来てるの怖」
:ドラえもんは人ではなくロボだろ
:坊主とホースでライムを刻むな
:言うほど可愛いか?
「体中に落書きされるのって、同人誌っぽいシチュエーションですよね」
「葵には一回、出家してほしい」
「ククク、チョロい坊主だぜ。こんな適当な作り話を信じちまうんだからよぉ。うぇーい、彼氏クン見てる〜? 今から芳一ちゃんの体に落書きしちゃいまーす」
「女体化芳一だ」
「らめぇ! 耳はまだ彼氏に書いてもらったことないのぉ!」
「その彼氏とは別れたほうがいいよ」
「そうだよなぁ、俺の細い筆じゃないと、こんな細かいところには書けねぇよなぁ。おら、俺の筆のほうが細いって言え!」
「それ言わせて何が楽しいの?」
:一回じゃ足りないだろ
:らめぇ!がここまで興奮しないVTuberもいないよ
:MTR(耳取られ)
「そういえば、昔話って、わりと気軽に人体を切断しますよね。こぶとり爺さんとか、舌切り雀とか、ワンピースとか」
「ワンピースは古典であって昔話ではない」
「今のご時世だと、耳なし芳一ってアウトなタイトルですよね」
「さっきまで茶化してた人が言うことではない」
「時代に合わせるなら、耳以外全部あり芳一と言ってもいいんじゃないですか?」
「配慮の結果、史上最強の弟子ケンイチみたいになってる」
「あと、舌切り雀ってさんざんなタイトルですよね。被害者が加害者になってるし。それがありなら、耳切り芳一もありになりますよ。舌切られ雀か、舌切りババアに変えるべきです」
「舌切りババア、怖すぎるな。新手の妖怪でしょ」
「将来は地獄で、舌切りジジイの餌食になるでしょう」
「閻魔様のこと? ジジイとか言ってると、舌を抜かれるよ」
:安いもんだ 耳の二本くらい…
:耳切り芳一、バトル漫画にでてきそうで好き
:シンプルに口が悪い
「話を戻しますけど、クリスマスに部屋で物音がしたって、べつにいいじゃないですか。リスナーと付き合ってるわけでもないんだし」
「戻しすぎだね。わたしが葵と配信を始めるきっかけまで戻ってるから」
「間違えました。私と先輩の子どもが成人した話でしたね」
「今度は進みすぎだね。進んでもそうはならないけど」
「……あ、思いだした。芳一のことです。耳を取ったあとの悪霊って、耳袋か何かに入れて持ち運んだんでしょうか。耳がふわふわ浮いていたら怖いですもんね」
「耳袋って、芳一のが入ってるの?」
「耳ポシェット」
「耳専門のポシェットに需要はないよ」
:¥666 今日の保釈金
:もう18年か 婚姻矢の如しだな
:私と先輩の子どもが成人した話←エッセイ漫画じゃん
:戦国時代のおしゃれアイテム?
「耳なし芳一を現代風にしたら、どうなりますかね」
「さっきから現代パロしてたじゃん」
「芳一さん……返してもらいますよ。耳揃えて、きっちりとねぇ」
「マフィアものだ」
「クリスマスから1週間の抗争、最後のセリフは『ハッピーニューイヤー』……大売れ間違いなしですね」
「取らぬ芳一の耳算用だ」
「耳が1枚……2枚……1枚足りない……」
「犠牲者がもう一人いる」
……
…………
………………
「最後に、どうでもいい話をしてもいいですか?」
「まるで今までの話がどうでもよくなかったかのような口ぶりだね」
「探り箸ってわかります?」
「嫌い箸のひとつだよね。食事をかき混ぜるやつ」
「そうです。でも、あれは、お葬式の骨上げのときのタブーだったから、普通の食事でも嫌われるようになったんです」
「お葬式? 詳しいんだね」
「じつは、探り箸って、うちの地元が発祥なんです。正直、私はあんまり信じてないんですけど……お婆ちゃんに厳しく言われました。お葬式のときは、みんなに気づかれないように探れ、って」
「探る? タブーなんじゃないの?」
「私はまだ当たったことがないんですけど……たまに、違う人の歯が入っていることがあって」
「怖」
「誰が亡くなっても、必ず乳歯なんです。見つけて取り除けば、つぎのお葬式まで、身内に不幸はない。でも、そのままにしておいたら、次も身内なんです。だから、見つけたら、そっと隠しておかなくちゃだめだ、って。……そうしないと、村で生きていけませんからね。他所様に死んでもらうことになるので」
「怖」
「ではまた明日」
:怖い話だけして終わるな
:待って、行かないで