〈他者〉を愛しているとき、〈他者〉が私の愛を受け入れ、私を愛しているようにみえる場合ですらもなお、私は〈他者〉が私を拒否する可能性、私を愛さない可能性におびえなくてはならない。*1
「先輩と同棲することになった!」
「へえ、半地下の生活は快適?」
電話口の向こうから、失礼な返答があった。
「
おお、いま先輩みたいなツッコミが出た。先輩をインストールできている感じがして、ちょっと嬉しい。でも、これを「先輩みたい」と思えるのは、いつも失礼なことを言っているからで……うーん、複雑な気分。
「で、経緯は? ついに告白した?」
「してない……」
「へたれ」
呆れたような声が返ってきた。
萌春に促されて、私は経緯を説明する。先輩が家を探していたこと、どうせならとルームシェア(ハウスシェア?)を提案したらオーケーが出たこと。
「それって、『葵は妹みたいなものだから、恋人としては見られないかな』ルートに入ってない?」
薄々気にしてたことを……。
そうなのだ。先輩は、私のことをただの後輩兼相方として見ている。配信以外で連絡が来ることもないし、雑談でもあまり自己開示してくれない。
一緒に配信をしたら会う口実ができるという思いから誘ったけど、逆に、配信以外で会う口実がないのだ。
何も言えなくなった私に、萌春は追撃を加える。
「そろそろ告白したら?」
「それでフられたら、配信で気まずいでしょ。そもそも、同棲してから告白とかしたら、下心だったことがバレちゃうし」
「真っ黒背景で『別れました』をするしかないね」
「リスナーに昔の動画掘り起こされてネタにされそう……」
正直、先輩は私をフッたとしても一緒に配信をしてくれるだろうけど……私に続ける覚悟があるのだろうか。VTuber自体、仕事を辞めてから趣味で始めたものだし、先輩がいなかったら絶対に伸び悩むことになるだろう。
確認したら、今の登録者数は五千人を超えていた。
五千。
広告の効果があるにせよ、結構な数字だ。
「あのさ、先輩って頭いいんだよね」
「うん」
「
「卒業生代表に選ばれてたし」
「……それは賢いわ。じゃあさ、その賢い人が都の好意に気づかないことってあると思う?」
そう言われると不安になってきた。
「え、バレてるってこと? うわうわうわ、どうしよう?」
「落ちつきなよ。バレてたとしたら、同棲をオーケーしてるってことは……じゃん」
「あっ、え、じゃあ両思い?」
「浮かれてるところ悪いんだけど、バレてないとしたら……」
マイナスからプラスへ、プラスからマイナスへ。私の感情は上下左右に振り回される。私の感情を弄ばないでほしい。
「バレてないとしたら……?」
「考えが及ばない程度に、まったく恋愛対象として見てないってこと。好きとか嫌いとか、考える以前に」
う。
改めて言われると、かなりショックだ。
萌春に言われるまでもなく、女性同士での恋愛とか意識していない可能性は高いと思う。もちろん知識としては知っているだろうけど……。
「まず恋愛対象として意識してもらわないと、何も始まらないんじゃない?」
「同棲までして、まだスタートラインに立ててないのってなんなの」
「こっちのセリフだよ。告白すれば、結果がどうであれ進展するじゃん。めでたく付き合うとか、新しい恋愛をするとかさ……」
「いや、新しい恋愛とかないから」
「私もそう思っていた時期があったなあ……」
電話でもわかる。萌春は遠い目をしている。新入生にマウントを取る三年生みたいな態度だ。
「萌春は彼氏と上手くいってるの?」
「まあね……そろそろ……いや、なんでもないわ」
「なに? なんかありそうじゃん」
「いや、ここだけの話ね。プロポーズされそうなんだよね、正直。寝てるとき、指に紙あてられてさ……」
「え……おめでとう。プロポーズされたら、するの? 結婚」
高校の同級生には、結婚している子たちもいる。それでも、身近な同級生が結婚をするというのは衝撃だった。
こっちにはなにも進展がないのに、向こうはもの凄く進展している。
まあ、向こうは大学生のときから付き合ってるわけだし……社会人二年目は、生活も安定してきて、いいタイミングなのかもしれない。
「それがさあ、まだ覚悟が決まってないっていうか……いや、嫌なわけじゃないんだけどね、でも結婚して、子ども産んで……って、まだそういう覚悟ができてないっていうかさ。会社辞めたくないし、ねえ?」
「あー……気持ちはわかる。たぶん」
私の将来には結婚も子どももない。でも、結婚も子どもも、今までの生活を根本から変えてしまうものだ。私にとっては、告白もそれと似たようなもの。
ふたりとも黙り込んでしまった。
その沈黙を打ち消すように、萌春が明るい声で言う。
「まあ、それまでに考えとくわ。それより、都の話でしょ。先輩に、意識させるって話。どうするの?」
「いや……思いつかない」
「ボディタッチとかすれば?」
「嫌われそうで怖いし……」
「……そういうとこ見せればいいんじゃない?」
「え?」
「そういうとこ! 弱みを見せるとかさ!」
「なんで怒ってるの?」
「怒ってない!」
変な萌春。
でもそうか、弱みか。
確かに先輩の前だと、しっかりしないといけないという気持ちがあるから、普段通りの私を出せていなかったかもしれない。もっと積極的に、弱みを……。
「私の弱みって、何?」
「どう考えても無理だなってランクの女を好きになるところとか」
萌春はいつにも増して辛辣だ。やっぱり怒ってると思う。
「仕方ないじゃん、それは。ねえ、なんで先輩って恋人いないの?」
「知らないよ。高望みするタイプなんじゃないの?」
「ああ……理想は高そう……」
そりゃあ、自分ができる以上のことをしてくれる相手がいいに決まっている。そうなると、理想はかなり高そうだ。
「都も、
「そ、そう?」
「照れてる照れてる」
「こいつ」
いちおう、動画とか見て、セルフケアには気を使っているけど。
いや、正直、自分でも「イケてるんじゃない?」と思うときはある。でも、私の判断はあてにならない。大学入学前は「私ってじつは頭いいんじゃない?」と思って入学したけど、直後に徹底的に現実を思い知らされたからだ。
「他に弱みか……弱みね……ほら、ギャップになるもの。こう見えて私、◯◯なんです、みたいな」
「こう見えて私、萌春と友達なんです」
「誰が弱みだコラ」
そんなやり取りをしているうちに、私の心にも決意のようなものが生まれてきた。
萌春が言った通り、先輩に私の好意を伝えなくてはいけない。
とりあえず、今月中に……手をつなぐ!
そんな決意をして、私は萌春との電話を打ち切った。
◇
【サ店に】理想の喫茶店にようこそ【行くぜ】
「なんと――登録者が5,000人を超えました」
「めでたいね」
「ほらほら、目ん玉かっぽじってよーく見てください」
「死んじゃうから」
:めでたい
:見えない
:目ないなった
:ペガサスの末路?
「でも、困りました。これだけ人数が多いと、価値観をアップデートしていかないと炎上もあり得ますね」
「そうだね。今どき、セクハラは一発アウトだから」
「ははは」
「おもしろいことおっしゃる、じゃなくて」
:めでたい
:なんでまだ炎上してないんだ
:先輩を解放しろ
「炎上したら引退することになりますけど……引退したら、喫茶店をやりたいんですよね」
「まずはセクハラをやめたら?」
「今日は理想の喫茶店について語りましょう」
「新しい価値観的に無視ってオーケーなんだ」
:先輩を解放しろ
:理想の喫茶店回か
:路地裏にある
「みんな適応早くない? 理想の喫茶店回っていうほど定着してるの? この話題」
「小学生の将来なりたい職業の1位はYouTuberで、2位が喫茶店のマスターですよ」
「たぶん違うけど、角が立つから否定しにくいな」
「コメントにもありましたけど、場所は路地裏とか、隠れ家的なところがいいですよね」
「利益はどうするの?」
「利益……? 採算とか考えてたら、理想の喫茶店は作れませんよ。だからみんな、S級冒険者を引退してから喫茶店を開くんじゃないですか」
「みんな? まあいいや、採算は考えなくていいのね」
「当たり前です。利益を考えたら、有名店のフランチャイズになるのが正解じゃないですか」
:随分おれたちみたいな小学生だな
:脱サラしてなりたい職業の間違いだろ
:珍しく古城が先輩を論破してる
「じゃあ、廃車になった電車とかどう? 苔とか生やして、ポストアポカリプス喫茶。これならバズりそうじゃない?」
「バズったら人が来ちゃうじゃないですか。本当に理想すぎたら駄目なんです。いい温度感の理想じゃないと」
「ちょっと難しいな」
「理想の喫茶店は、看板娘で決まります」
「人材に寄りかかった経営は問題だと思うけど」
「だから、経営は考えちゃだめなんですって」
:ポストアポカリプス喫茶行きたい
:実際に廃車を使ったカフェはあるみたいだね
:客足が少ない喫茶店が理想なのわかる
:看板娘うおおおお!
「看板娘は、高校生の女の子がいいと思うんですよ。食い逃げしたところを捕まえて……」
「同人誌の導入じゃん」
「違いますから! 食い逃げしたところを捕まえて、事情を聞くと、家族と上手くいかずに家出してたんですね。話を聞いて、今日はここに居ていいから、明日は帰りなさいって言うと……しばらくして『ここ、バイト募集してる?』って聞いてきて、そこから強引に働き始めるわけです」
「理想って、運命も自由に操れるの?」
「それはそうですよ、理想なんですから。先輩はどういう看板娘がいいですか?」
「わたしも選べるんだ」
「人には人の看板娘ですから」
「乳酸菌のノリだ」
:普段の言動が悪い
:神にでもなったつもりかよ
:古城と趣味が合うと自分の感性がヤバいことが分かるから助かってる
「ちょっと、ロジハラやめてください」
「反面教師として、ひとり社会復帰させるのに成功したね」
「ただの人間には興味ありません。この中にオタク、ナード、ユニコーン、ツイ廃がいたら、私のところに来てください」
「涼宮ハルヒの掃き溜め?」
「視聴者に向かって、なんてこと言うんですか」
:その攻撃は俺に効く
:先輩の罵倒助かる
:推しに言うことじゃなかった ごめん 冗談のつもりだった
「謝れて偉い。冗談ってことは分かってるし、嫌だったら拾わないので大丈夫ですよ。正論ではありますし」
「いつもコメントしてくれてるしね。それで、わたしの看板娘ね……わたしは、やる気のなさそうな女子大生がいいな。カウンターに肘をついて、『マスター、お客さん来ないですし、課題やっていいっすか?』って聞いてくる子。大学でマーケティングを勉強してて、卒論の事例としてうちの店を取り上げようとする」
「わかってきたじゃないですか、めちゃくちゃいいです」
「それで、その子、
「よすぎます。真昼ちゃんをうちにください」
「人には人の看板娘でしょ」
:看板娘の年齢が、あなたの精神年齢です 古城=高校生、先輩=大学生
:デカい犬がいる喫茶店いいな
:ヤバい 真昼のユニコーンになりそう
「真昼は友達も連れてきてくれるんだけど、その子は『昔、あたしも喫茶店で働いてたんですよね』とか言って、家出したときに喫茶店のマスターに救われて、アルバイトをした話をしてくれるのね。あのお店、思いだすなあ……とか言って、常連になってくれるの」
「待ってください。私の店、潰れてません?」
「葵の看板娘もいいなあって思って」
「潰すことないじゃないですか」
「だって潰さないと、真昼をそっちの店に取られるかもしれないし」
「お互いに不干渉でいきましょう。それで、次はメニューですけど……」
……
…………
………………
「次回は、理想のカフェを作ります」
「同じだろ」