二周目のVTuber   作:石崎セキ

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Interlude

 

 

「よくテレビのオカルト礼賛番組で、こんなことが偶然起こる確率は何百万分の一です、だから偶然ではありません、奇跡なのです、と言うやつがいる。馬鹿を言うな。何百万分の一だろうが、何億分の一だろうが、確率がゼロではないということは、偶然起こりうるということだ」*1

 


 

「コドク様〜」

 

 スタジオの楽屋から出ると、か細い声で呼びかけられた。

 私に様付けするような知り合いは、一人しかいない。

 声の方向を見ると、眼鏡をかけた、髪の毛がボサボサの女性がいた。身長は低くないはずだが、ひどく猫背で、私を上目遣いに見つめてくる。

 四期生の天蓋(てんがい)プラネ。おどおどとした口調からは考えられないほど、エキセントリックな配信をする人だ。うちの事務所は星が好きすぎるのか、星占(ほしうらない)さんに続いて、二人目の星にまつわるキャラクターだ。アバターは黒髪ロングの「清楚なお姉さん」なのだが、彼女に清楚さを求める視聴者は、すでに全滅している。

 

「プラネさん、ご無沙汰してます」

「コッ、こちらこそっ……ハヘッ、コドク様っ、今日も麗しいですね」

「プラネさんこそ。今日はどうしたんです?」

「あのぉ、ヘヘッ、相談でぇ、今度の配信でぇ、いま時間いいですか?」

「もちろん。でも、立ち話もなんですし、入ってください」

「アッ、そうですね、ありがとうございますっ」

 

 へこへこと頭を下げながら私についてくる。

 リスナーには「卑怯の擬人化」「小悪党」「雑魚」などと呼ばれているが、性格が悪いわけではない。基本的に丁寧で、無害な人ではあるのだ。その丁寧さに常識が伴っていないだけで。

 楽屋のパイプ椅子に腰をかけて、プラネさんにも着席を勧める。座ると、プラネさんはゆっくりと話しだした。

 

「じつは、初対面の人に、アポなしで凸する企画考えててぇ……」

「箱外の人ってことですか?」

「そうです。それで、コドク様に、やっても大丈夫そうか聞きたいナァ、なんて」

「私より、マネージャーに聞いた方がいいと思いますけど」

「怒られそうでぇ……」

「分かってるじゃないですか。大前提として、怒られそうなラインの三、四歩前までで止まるべきですよ」

「でもぉ……でも、アポないほうが面白くないですか?」

「プラネさんなら、面白くできるかもしれませんね」

 

 正直、何が面白いのかは、私には分からない。

 だが、プラネさんのライバーとしての感性を疑いはしない。プラネさんは、私にはない爆発力を持った人材だ。失敗は多いが、その分、巻き起こす笑いは大きい。

 不確定要素が多ければ多いほど、爆発力を強めることができる。その起爆剤として、初対面の配信者にアポなしで凸をするというのはよいのかもしれない。問題は、起爆力が強すぎて、炎上しかねないことだ。

 

「コドク様的には反対ですか?」

「反対です」

「そっかぁ……」

「でも、プラネさんにこだわりがあるなら、サポートしますよ」

「エッ……コドク様ぁ……!」

 

 潤んだ目で、私を見つめてくる。

 配信で私の名前を出してくれればいいな、という淡い打算もないわけではなかったので、純粋な感謝に心が少し痛む。

 実社会にはあまりいない、心が綺麗な人だ。こういう人と会うたびに、会社を辞めてよかったなぁと思う。かくいう私は、会社で身についた汚い思考様式が抜けきっていないのだが。

 

「完全にアポなしだと事故があるかもしれないので、定型文を用意して、通話をかける直前に送りませんか? それでリアクションがあった人にだけかければ、事故は減ると思います」

「なるほどぉ……」

「それと配信後のフォローも必要ですし、トラブルに備えるために、最初だけミュートにするとか」

「なるほどぉ……」

「それで最後に、そうした諸々の対策を含めた企画書をマネージャーに送ってください」

「エッ」

「大丈夫ですよ、手伝いますから」

「コドク様ぁ……!」

 

 私はiPadをリュックサックから取り出し、企画書のテンプレートを呼び出した。Bluetoothのキーボードで、企画の趣旨や対策を埋めていく。

 

「ありがとうございますぅ……今度、菓子折りを持ってきますぅ……」

「本当ですか? 期待しちゃいますよ」

「エッ、アッ……あんまり期待しないでくださいぃ……」

「冗談ですよ。ちなみに、誰を呼ぶとか決めてるんですか?」

 

 企画の出演者の欄を埋めるために訊ねた。

 

「連絡先を知ってる人で、まだ話したことない人ですから、VTuberリレーの参加者とかですかね……」

「確かに、大型企画のログを漁るのはいい手ですね。いま思いついてる人とかいます?」

「アッ、エート……」

 

 と言って、プラネさんは、スマートフォンを取りだした。視界の端に、Discordの起動画面が映る。

 

「テレジア・ブルーローズさん、数井(かずい)スチカさん、洒々猫(しゃしゃねこ)くるるさん……」

「数井スチカさんって、確か、あとちょっとで引退ですよね?」

「エッ、そうなんですか」

「やめておいたほうがいいかもしれません」

「はいぃ……」

 

 大してこだわりもないのだろう。プラネさんはあっさり、私の言うことを飲み込んだ。パワハラではなかったと思いたい。

 

「コドク様的には、おすすめとかいます?」

「プラネさんに合う人ですか……」

「アッ、そんな人いないですよね……! 調子乗ってすみません。ッスー、遺言(したた)める時間だけいいですか」

「相変わらず、命乞いのレパートリーが豊富ですねぇ」

 

 私は考える。

 この無茶苦茶な人を、初対面で乗りこなせる人。

 新人には難しいかもしれない。かといって、プラネさんも配信歴は三年。たいていのベテランとは共演している。

 となると中堅どころか、と考えて、一つの名前を思い出す。新人ではあるが……。

 

 『まくまふ王』で、マフィンさんの声真似に、二人とも誘った。お互い、連絡先は知っているはずだ。

 

「夕立夕日さんって知ってます?」

 

 

   ◇

 

 


 

【雑談】今週の振り返り雑談

2,815 回視聴 2023/07/14に公開済み

読んだ本の話や、見た映画の話。この1週間を振り返ります。マシュマロも読みます。

 

紹介した本:

・『熊の場所』

・『ここがウィネトカなら、きみはジュディ』

・『デザインされたギャンブル依存症』

 

紹介した映画:

・『怪物』

 

相方のTwitter→

@Kojo_Aoi

 

◎書籍の引用部分の切り抜きはご遠慮ください

 

「……ってことあって、さすがに反省したよね。

 あ、ごめんね。通話。ちょっとミュートするね。……もしもし」

 

:先輩も意外とポンなところあるんだ

:プレミすぎる

:誰?古城?

 

「ァ! 夕立夕日さん? アッ、ワ、私っ、υPro(イププロ)所属の天蓋(てんがい)プラネです! ッスー、エーット、アノォー、いま配信中でぇ、ガチ初対面の人に凸する企画やっててぇ……←塚(ひだりづか)コドクさんの企画でご一緒してぇ……ッスー、お時間大丈夫だったりします? ア、だめですよねすみません。最期に家族に挨拶だけさせてください」

「時間は大丈夫ですよ。急に死なれるの後味悪すぎますって。個人勢の夕立夕日です。プラネさんの声真似、勉強させていただきました」

「アッ、エッ、ありがとうございます。ヘヘ」

「ちなみに、こちらもいま配信してます。配信に声、乗せていいですか?」

「アッ、アッ、もちろん! いやぁー、奇遇ですねぇ、配信してて……なるほどね、こんなことあるんだ、イヤほんと、奇跡みたいな確率ですよね、ひょっとして運命の相手なのかも、なーんて、ヘヘッ」

 

:先輩、めっちゃ声変わりした?

:この声聞き覚えある

:二窓してたのが繋がってビビってる

:うちのプラネがご迷惑をおかけしてます

 

「あの、初対面の先輩に言うことじゃないんですけど、プラネさん。万が一の可能性があるので聞きますね。リスナーさんも、怒らないでくれると助かります。誰かに脅されていて、いままさにSOSのメッセージを発していたりします? モールス信号とか分置式暗号とか考えたんですけど、分からなくて」

「アノ……単にね、コミュのね、スキルの問題です。デ、でもね! ッスー、会話デッキ用意してきたんで! ルーレットで……でました! パンツ何色ぉ? リスナー! ヘヘ……イヤ、すみません、ほんと……墓碑銘にはカスって刻んでください」

「死のうとするときだけ流暢にならないでください。でも、そうだな、プラネさんは何色がお好きですか?」

「ェ! ェットォ……ク、黒とか……?」

「じゃあ、明日は黒です」

「ウ、ウォォォォ!」

 

:え、天蓋プラネ?なんで?

:配信歴3年の企業勢が配信歴半年の個人勢に初対面で凸かますのパワハラでしかないだろ

:先輩ってセクハラしてくる相手としか縁ないんか

:セクハラのあしらい方が強すぎる

 

「あ、立ち絵ありがとうございます。うちのリスナーに状況説明をしてもいいですか?」

「アッ、ハイ、お願い……どうぞ」

「ありがとうございます。υProの天蓋プラネさんが、ガチ初対面の人に凸って企画やってて、わたしにかけてくれたんですよね」

「アッ、ソウデス」

「尊敬してる方なので、こうしてお会いできて嬉しいです」

「ア、アノー、私のこと知ってくれてますぅ?」

「もちろんですよ。わたしの人生の羅針盤ですから」

「アッ、アッ、知ってくれてるぅ……ワ、私も! 夕立さんのこと、知ってるぅ……」

 

:これ系で本当に事前連絡ないことあるんだ

:はい、時間です。次の方~

:←配信歴3年 配信歴半年→

:唐突なコラボに戸惑いを禁じ得ない

 

「どうしてわたしを選んでくれたんですか?」

「イ、イヤ、ソノ、コドク様に、いい人って言われてぇ……」

「本当ですか? 嬉しいな。それで興味を持ってくれたんですか?」

「ハッ、はいぃ……エット……まだデッキあってぇ……」

「デッキなんか捨てて、わたしと楽しくおしゃべりしません?」

「エッ、エッ、エッ……でもぉ……」

「そのデッキ、リスナーさんと作ったんですよね? プラネさんに無理やりセクハラさせて、酷いな。わたしなら、プラネさんにそんな思いさせないのに」

「ッスー、捨てる、捨てます。バイバイ、リスナー。私、夕立さんのところの子になる、なります。お前らがぁ、酷いデッキしか用意しないから私は夕立さんのところのリスナーになりますぅー。人に言っていいことと悪いことがあってお前らが言うことは全部後者。馬鹿! 最低! バーカ、バーカ! ……ッスー、なんの話しましょう、夕立さん。ヘヘ」

 

:騙されないでください夕立さん こいつデッキ決めるときノリノリでした

:リスナーに話すときだけ流暢になるな

:じゃあ俺らもこっち来るね

:堕ちたな

 

「いまは何人目の凸なんですか?」

「アッ、エト、初めてです」

「わたしが初めてでいいんですか?」

「ヒュッ! モ、もちろん!」

「嬉しいな。この気持ち、伝わるといいんですけどね」

「アッ、アノッ! エーット! ユ、夕立さんは何してましたか!」

 

:配信って言ってたよ

:配信

:配信だろ

 

「ふふ、何の配信してたと思います?」

「アッ、配信……エーット、ウーン、スプラトゥーン!」

「プラネさん配信でやってましたもんね。結構強いですよね、スプラトゥーン」

「ワ、ワ、ありがとうございますぅ……」

「今日の配信はマシュマロを読んだりしてました。プラネさんは、マシュマロとのプロレスが上手くて勉強になりますね」

「エッ、エヒュッ」

 

:配信の内容として解釈してあげるの優しい

:ゆうプラ始まりましたか?

:プラネから凄い音出てて草 やっぱ面白い楽器だなこいつ

 

「アッ、アノッ、そろそろ時間……」

「そうでしたか、お引き止めしてすみません」

「イッ、イヤッ、アノ、デッキに入れるカード考えてほしくてぇ……」

「つぎの人にですか? そうだなあ……本名とかどうですか?」

「エッ……」

「ありがとうございましたー」

 

:いいわけないだろ

:ルーレットじゃなかったの?

:うちのプラネがすみませんでした

:いま通話切った?w

 

「急に大先輩から凸されてびっくりしたな。これ、コラボってことだよね、いちおう。

 通話急に切っちゃって、プラネさんのファンの方に怒られないといいけど……プラネタリアンさんたち優しいから、大丈夫だよね? 私たちって日替わりで配信してるけど、もし今日炎上したら、明日、葵が謝ることになるのかな。炎上した場合の分担とか決めておかないとね」

 

:俺だったら急に通話かかってきたらビビって何も言えなくなっちゃう

:面白かったからいいよ

:俺が守ってやるよ、夕日

*1
殊能将之(2002)『ハサミ男』講談社文庫, 431. ただし会話文中、前後のセリフは省略した。

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