二周目のVTuber   作:石崎セキ

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(25)バズ_脱獄

 

 

「誰――誰に言えば新しいマットレスが貰えるのかしら?」

「神さまさ」*1

 


 

「バズってますね」

 

 スマートフォンを操作していた倉瀬が、顔をあげて、こちらを見た。

 リビングの中心には、前の住人が残していった掘りごたつがある。おそらくは前にいた家族の子供だろう、こたつの脚に、針金か何かで猫の絵が刻まれていた。 

 

「プラネさんの影響かな」

 

 わたしもエゴサーチをした。二人だけのリビングで、スマートフォンを凝視する時間が生まれる。こつ、こつ、と爪の先でスクリーンを弾く音が、静かな部屋に響いていた。

 確かにバズっていた。それも、かなり。いちばん伸びていたのは切り抜き動画だったが、ファンアートも複数描かれていた。ちょっとからかうだけのつもりだったのが、勝手にカップリングが始まっていて困惑する。

 主なものは漫画だ。夕立夕日が居酒屋で「えー、リスナーさん厳しー。夕日なら、そんなに束縛しないのにな」とプラネを誑かしている漫画、学校で絵を描いているプラネの机の前で夕日が「プラネさん、なに描いてるんですか?」と訊ねている漫画、「あの……月が綺麗ですね……」というプラネに「星も綺麗ですよ」という夕日の漫画。あれだけのやり取りで、なかなか妄想たくましいなと感心する。

 配信の内容を文字に起こして、感想とイラストを付したものもあった。 

 

「私たちのファンアートより多くないですか?」

「本当だね」

 

 登録者数が多いと、やはり反響も多い。

 わたしたち二人のファンアートは少ない。ゼロではないが、数えるほどしかなく、「#おいあおいえ」「#夕景画廊」のヒット数はそれぞれ数件しかなかった。

 ライバーからのフォローも増えていた。大御所は最初からフォローしているが、活動を確認できるライバーには、原則としてフォローを返していく。中にはプラネの名前もあった。

 

「その後、プラネさんから連絡あったりしたんですか?」

「あったよ。お礼をしたいから、今度ご飯どうですかって」

「えっ」

 

 倉瀬は驚いた様子だった。確かに、急な話だ。

 だが、集合場所と時間も決めたので、社交辞令ではないだろう。というか、あの子は社交辞令ができるような子ではない。

 登録者数の差もあり、こちらから食事に誘うのは気が引けたが、向こうから誘ってくれたのは僥倖だ。

 プラネは適切な距離感をつかむのが苦手で、ときどき、とんでもない距離の詰めかたをすることがある。前回は、二回目の食事で温泉に行こうと誘ってきた。前回は舞浜鈴音のファンでもあったようだから、向こうとしては、旧知の仲という印象だったのかもしれない。今回は知らなかったようだから、さすがに、そんなことはないだろう。

 

「倉瀬も誘いたかったんだけどね。次があったら、倉瀬も同席できるように、それとなく伝えておくよ」

「あっ、それはありがとうございます。食事って、どこに行くんですか?」

「知らされてないけど、人形町駅で待ち合わせる予定」

「人形町……なんかおしゃれそうですね」

 

 いかにも無理にひねり出したコメントだ。倉瀬はあまり東京の地名に詳しくない。

 人形町まではυProのスタジオから、歩いて行ける。仕事前にわたしと食べて、限界を迎えたら「このあと仕事なので」とスタジオに行くつもりなのだろう。

 それは意地悪な見方で、単に、よく行くスタジオ近くのほうが美味しい店を知っているということかもしれないが。

 

「まあ、適当に楽しんでくるよ」

 

 プラネから通話があって、驚かなかったと言えば嘘になる。予兆もなかったので、急に亡霊と出くわしたような気分だ。

 配信中ではあったが、あえてそれを伝えずに通話を取ったのは、それで逃げられては困るなという下心からだった。プラネを利用しているようで申し訳なさもあったが、コドクさんも「お互いに利用できる時に利用し合うくらいでいいんです。それで壊れる友情ならそれまでですから」と言っていた。今回のプラネとは友情を結んではいないが、わたしもそう思う。

 それに、プラネと話したいという気持ちは嘘ではなかった。

 人間関係において、前回の記憶は障害物でしかない。前回と同じ関係性になることはできないし、関係性が違えば嫌な面も見えやすい。それで、今回は、意識して知り合いを作らなかった。

 だがプラネは、こう言ってよければ、あまり「深い」知人ではなかった。もちろん同じ箱だし、共演経験は何度もあるが、食事などの機会は年に数回程度。よく知らない分、イメージの乖離に悩まされることはない。

 

「そういえば、私あんまり詳しくないんですけど、プラネさんの配信ってどれくらい見てます?」

「そんなに。80本くらいかな」

「それだけ見たら、十分ファンの部類じゃないですか?」

「そうかな。にわか知識ですり寄ったって叩かれないように、これから全部見るつもり」

「うわ……リアルにありそうな叩かれ方ですね」

 

 プラネは配信日にムラッ気があり、1日に4回配信する日もあれば、1週間に1回も配信しないこともある。動画の総数は164本で、80本はほぼ半数を見ている計算だ。4倍速であれば、1日で見終えることができる。無理することもないから、2日で、すべてを見る予定だった。

 どれだけ勉強をしたところで、アンチは叩く隙を見つけるだろうが、アンチに理があると思われたら損だ。できるだけ、叩かれる余地は潰しておきたい。

 

「倉瀬も見る? プラネさんの配信」

 

 プラネの配信は、主にリスナーとのプロレスで成り立っている。その点では古城葵の配信と似ている。参考になるところは多いだろう。 

 彼女が本当に凄いのは、何事にも本気であるということだ。リスナーから馬鹿にされれば本気で怒るし、リスナーに褒められれば本気で喜ぶ。そして、怒ったことはすぐに忘れて、褒められたことだけ覚えておく特殊な記憶力を持っている。これは貶しているのではなく、皮肉なしに褒めているのだ。その姿勢が伝わるからこそ、あんな無茶苦茶なプロレスをしても許されている。何十万人といるリスナー全員と同じ土俵で戦う。ふつうは、そんなことはできない。

 わたしがプラネを尊敬しているのは事実だが、到底、真似はできないと思う。

 

「あ、見ます。同時視聴って感じで、いいですね」

 

 倉瀬は嬉しそうに言った。

 わたしたちは昼食をすませると、プラネの配信を一緒に見た。

 

 

   ◇

 

 


脱 獄

5,412 回視聴 2023/07/15に公開済み

したい

 

◎古城葵Twitter

@Kojo_Aoi

 

◎切り抜き可

 

「……」

「……」

 

:待機

:音聞こえない

:ミュートになってるかも

 

「どうしたの、挨拶しなよ」

「なんですか。他の女とおしゃべりしたくせに」

「めんどくさい彼女やめてくれる?」

「仕方ないですね、わかりました。めんどくさくない彼女になります」

「そういうことではない」

「いやー、バズってましたね。コンビニの冷蔵ケースに入ったかのようにバズってました」

「いやな例え」

 

:俺は先輩の個人配信でもいいよ

:百合営業ノルマ達成

:バズっていうか炎上だろ

 

「ツイッターにも、プラネさんとの仲睦まじいファンアートが来たりしてましたし。どうして他の女と映ってるんですか?」

「描いてくれた人に言ってよ」

「わかりました。どうして先輩と私以外の女のファンアートを描いたんですか? @mi――」

「リスナーを晒しあげろとは言ってないよ。たぶん、うちじゃなくて、プラネさんのリスナーだし」

「他にも、色んなツイートがありましたね。プラネさんとの共演をもっと見たいとか、古城さんとキスするのを見たいとか」

「何を見たらそんな感想になるんだ」

「失礼ですよ。お二人の掛け合いが面白かったから、もっと共演を見たいって言ってくれたんじゃないですか」

「そっちじゃないよ」

「それから、食品をだめにしただけではなく、店の信用をも毀損する行為であり、商品の弁償ではすまないというお叱りもいただきました」

「コンビニの冷蔵ケースに入ったかのようにバズってる」

「謹んでお詫び申し上げると同時に、今後このようなことがないよう、細心の注意を払って活動して参ります」

「申し訳ありませんでした」

 

:先輩が止めなかったら全部言ってる勢い

:キスするのを見たい→間接的な3D化の要望では?

:謝罪をネタにしてると炎上したときに自分の首を絞めるぞ

 

「何もしてないのに謝罪するのも変ですし、これから入ります? 冷蔵ケース」

「謝罪は免罪符じゃないよ」

「よっ、出ました名言!」

「自分の家で帰りたくなったのは初めてだ」

「帰しませんよ」

「自分の家で帰れなくなったのも初めてだ」

 

:誤=名言 正=常識

:帰っても古城がいるのか…

 

「ところで先輩、脱獄って興味ありませんか?」

「まず、入獄に興味がないからね」

「冤罪で牢屋に入れられた主人公が、仲間と力を合わせて脱獄する――友情・努力・勝利が詰まった熱い展開じゃないですか」

「ジャンプっぽいけど、高跳びなんだよな」

「そういうわけで、今日はプリズンブレイク回です。君のハートも、ブレイクしちゃうぞ♡」

「キャラもブレイクしてるよ」

 

:脱獄もの結構好き

:脱獄を勝利って言っていいのかよ

:不覚にも可愛いと思った

 

「刑務所に入ったら、ニックネームをもらえますよね」

「囚人番号で浮かれる人、初めて見た」

「先輩というのかい? 贅沢な名だねぇ……」

「湯婆婆のシステムなんだ。わたしの名前、先輩ではないけど」

「今からお前の名前は千だ。いいかい、千だよ。わかったら返事をするんだ! 千!」

「奇跡的にすべてが噛み合っている」

「お前と同室は……おっと、01番か」

「当初は99人までしか想定してなかったんだ。見込みが甘いな、この刑務所」

 

:言うほど贅沢か?

¥1,000

:あれ謎なんだよね 同じタイミングで入所しても最初の番号が違ったりして、番号が若いほうが後輩とかザラにある

 

「監獄に入ると、その部屋の住人が、鋭い目で見てくるんですよね。……あんたが新入りかい?」

「はい。勉強不足で、色々と至らないところがあるかもしれませんが、よろしくご教示のほどお願いします」

「はんっ、上品なお嬢様かい。なにをやって捕まった?」

「殺人ですが――冤罪です。濡れ衣を着せられて」

「そうかい。あたしはデスノートのコラ画像をアップロードして、このザマさ」

「思ってたのと違うな。それで後に999人も入るまで檻に入れられてるの?」

「世の中、計算通りにはいかないもんだよ」

「あんまり反省してなさそうだ」

 

:デスノコラで推定殺人犯と一緒の部屋に入れられるの嫌すぎる

:ちゃんと違法だからね

 

「それでなんやかんやあって、知り合いからの手紙で、私の寿命がわずかだと知って……せめて一目だけでもと脱獄を決意するわけです」

「今更だけど、葵じゃなくてわたしが捕まってるの納得いかないな」

「残念だが、このムショの警備は万全だよ。穴を掘ったって、何十メートルも先まで塀が続いてる。おまけに、塀の有刺鉄線にはイノシシさえ一撃で死ぬほどの電気が流れていて、機関銃を持った見回りが5人体制で見張ってやがる。アリンコの1匹だって逃さないさ」

「デスノコラ犯に過剰じゃない?」

「軽い罪なんてないからねぇ」

「正論ではあるけど」

 

:愛じゃん

:穴を掘ったやつがいたんだ

:有刺鉄線にそのレベルの電気を流すのって何らかの法に反してない?

 

「あんたが冤罪で捕まったってのは信じるさ。だが、運が悪かったと思って諦めるんだな。せっかく馴染んできたってのに、また同室のやつが変わるのは面倒だからねぇ」

「でも……どうしても、葵に会いたいんです。一目でいいから……」

「勝手にしな。あんたの身の〝上〟話には愛想が尽きたよ。どうしてもって言うなら、〝風船〟のようにふわふわした考えを、せいぜい必死にまとめるんだね。その〝空〟っぽの頭じゃあ、どうせ何も〝浮かんで〟こないだろうけどねぇ」

「めちゃくちゃヒントくれるじゃん」

「ぼんやりして、縫製班の連中のようになっちゃあいけないよ。うっかり部屋に〝布切れ〟を持ち込んで、大目玉さ。あたしが顔を〝繋いで〟やったゴミ処理班のやつがいただろう? そいつがその布切れを〝燃やす〟羽目になったと言ってたよ。〝換気扇に隠しておけばバレない〟のに、馬鹿なことをしたもんだ」

「もう教唆でしょ」

 

:気球で!?

:ツンデレ姉御すこ

:撃ち落とされて終わりだろ

 

 ……

 …………

 ………………

 

「次回は先輩と他の女のデートを根掘り葉掘り聞きます」

「言い方」

*1
シドニィ・シェルダン(1990)『明日があるなら』(上), 天馬龍行ら=訳, アカデミー出版サービス, 110.

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