二周目のVTuber   作:石崎セキ

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(29)思い出③

 

 

 人間は、身体などを引きずらなくてもよかったはずだ。()の重荷だけで充分のはずだった。*1

 


 

「2期生デビュー配信、トリを飾るのは、マフィン・マクガフィンちゃんです!」

 

 怖い。コメントが見られない。ちらっと「台本見てる?w」という文字が見えた。

 初配信は散々だった。

 1時間分の用意をして臨んだが、OBSの操作ミスで、台本が映り込んでしまった。そのまま続けていればネタにもなったのかもしれないが、ヘタにアドリブに切り替えたせいで、ひどく間延びした配信になってしまった。

 消したい。今すぐに消したい。

 運営の判断は正しかった。わたしには才能がない。星占(ほしうらない)さんがトップバッターで、マフィンさんがトリ。初頭効果と親近効果。人間の頭は、最初と最後が印象に残るようにできている。だからこの順番なんだ。

 惨めだった。顔が熱くなる。涙を(こら)える。気持ち悪い。駄目だ、もう終わるんだから、明るく終わらないと。

 わたしは無理やり笑顔を作った。Live2Dでは、本物の笑顔と、無理やり作った笑顔の区別はつかない。

 赤縁の眼鏡の奥の目を細めて、舞浜鈴音は満面の笑みを浮かべる。

 

「ここまでは、舞浜(まいはま)鈴音(すずね)が、お送りしました。また見てね!」

 

 嘘だ。見てほしくない。このまま消えてしまいたい。

 こんな配信をしたわたしに、次なんてあるわけがない。

 配信終了のボタンを押す。

 

 

 

 

「めっちゃ緊張した~!」

 

 Discordのサーバーに戻ってきたマフィンさんが言う。金髪というより黄色の髪で、頭のてっぺんには、キャンディの包み紙をイメージしたリボン。淡いアメジスト色の目が、優しくこちらを見ている。

 

「マフィンちゃんって、初配信じゃなかったよね?」

 

 星占さんは、夜空を思わせる濃紺の髪を、流れ星を意識したカチューシャでまとめている。いつも携えている水晶は、アイコンでは見切れていた。

 

「関係ない関係ない。いつやっても緊張するよ~。それに、VTuberとしては初めてだし~」

「いや、さすがに貫禄あったよ。ね、鈴音ちゃん?」

「うん、凄かったよ。星占さんも」

 

 凄かった。ふたりの配信は凄かった。ふたりだって緊張していたはずだし、これからキャリアを積んでいくことを考えれば、いまが最低値なのだ。マフィンさんは配信経験があるとはいっても堂々たるものだったし、星占さんもトップバッターの大役を難なくこなしてみせた。

 初配信だから失敗したわけじゃない。単に、実力がなかったから失敗したのだ。現に、ふたりからコメントはない。褒め言葉が空々しくなることが、分かっているからだ。

 

「ね、明日ご飯行かない~?」

「いいね、行こっか。鈴音ちゃんも大丈夫?」

「あ……うん、大丈夫」

 

 大丈夫じゃなかった。どの面下げて、ふたりに会えばいいのだろう。

 すでにチャンネル登録者数の差が開いている。掲示板には早速、「二人目の新人、俺みたい。共感性羞恥を感じる」「二期のコドク枠」と書き込まれていた。←塚コドク。1期生のなかで、最もチャンネル登録者数が低い先輩の名だ。称賛のコメントも、声についてだけ。わたしにVTuberなんて向いていなかったんだ。こんなことなら内定を蹴らずに就職すればよかった。ノルマ最低限の配信だけして、徐々にフェードアウトしよう。その後は、どうとでもなる。

 

 

 

 

「さくのんは落ちついた声だし、ASMRとか向いてそ~。わかる? こしょこしょ声で、ジェルとか使って、ぐりゅぐりゅ音だすやつ~」

 

 マフィンさんは、いわゆる「量産系女子」で、大学では見なかった奇抜なファッションに面食らった。

 最初は恐る恐る話していたが、のんびりとした口調で、アドバイスも適切だ。わたしの実力をカバーする方法として、ASMRは申し分ないように思われた。

 

「ああ……うん、いいかも。いい音を出せる機材、今の給料で、買えるかな」

 

 ASMRなら、あまり話さなくてもいい。高品質な音をだすには工夫も必要だろうが、話す工夫をするよりはマシに思えた。

 

「私らみんな無給だからね、今」

 

 星占さんが言う。

 

「さくのんは、どれくらい出せそう~?」

「全然……」

 

 残念ながら、アルバイトをしている身だ。貯金と言えるようなものは、ほとんどない。

 

「だよねぇ、難しいかぁ~」

「あの……ふたりはどうやって配信してるの?」

「あたしは元々やってたからね~。でも、面白い実況者を見つけたら、どこが面白いのか考えるようにはしてる~」

「私はあんまり面白いこと言えないし、リスナーさんと会話するつもりでやってる。練習というほどではないけど、事前に、これを話すぞってトークテーマをいっぱい用意しておくようにしてるね」

 

 そうか、と思う。

 みんな、努力をしているんだ。

 わたしは、努力をしたことがない。VTuberに限った話ではなく、すべての事柄に。でも、能力が足りないのなら、努力で補うしかない。これこそ、敷かれたレールの上を歩く人生とは違う人生。わたしが求めてたはずのことだ。そんな単純なことを忘れていたなんて。

 

 

 

 

 マフィンさんはトークの間が上手い。平凡な言葉を発していても、その言葉を聞かせる力がある。

 

『今日は『(けもの)(やかた)』――略して獣館(じゅうかん)をプレイしていくよ~!』

「今日は、『獣ノ館』――略して獣館をプレイしていくよ~!」

 

 ズレた。やり直し。

 

「今日は『獣ノ館』――略して獣館をプレイしていくよ~!」

 

 マフィンさんの配信を最初から最後まで、彼女が言った通りに真似をする。

 

『おっ、見て、この館だよ、獣館。良いところに建ってるな~。固定資産税だけで破産しそ~』

「おっ、見て、この館だよ、獣館。良いところに建ってるな~。固定資産税だけで破産しそ~」

 

 口調をそっくりそのままコピーする。息継ぎまで、可能な限り正確に。

 

『この床の音に喘ぎ声足したらエチチだね~』

「この床の音に喘ぎ声足したらエチチだね~」

『〈駄目だこいつ…早く何とかしないと〉夜神(やがみ)(ライト)も見てます。〈喘ぎ声足したら何でもエロいだろ〉じゃあ、親の結婚式のムービーに喘ぎ声足して抜けるの~?』

「〈駄目だこいつ…早く何とかしないと〉夜神月も見てます。〈喘ぎ声足したら何でもエロいだろ〉じゃあ、親の結婚式のムービーに喘ぎ声足して抜けるの~?」

 

 どのタイミングでコメントを拾うのか、読み上げる間はどうか。

 

『〈強すぎ。デンプシーロールで論破するな〉〈余裕で抜ける〉コミュも抜けろ~?』

「〈強すぎ。デンプシーロールで論破すん〉……、〈強すぎ。デンプシーロールで論破するな〉〈余裕で抜ける〉コミュも抜けろ~?」

 

 

 

 

『次のマシュマロは、これ。文字、多めだね?

〈動画や配信以外の時間にどう応援すればいいかわかりません。SNSで話題にするのもやり過ぎかなって思うし、逆に何もしないのも冷たいのかなって悩んでます。どんな応援のされ方が一番負担にならないですか?〉

 これね、似たような質問が結構あった。まず、どんな形でも応援してもらえるのは嬉しいです。その上で、こうして悩んでくれていることも嬉しい。私のことを考えてくれているってことだからね。

 で、回答なんだけど――わからん! ぶっちゃけ、私も悩んでる! や、ほら、私って刀辺(かたなべ)刹那(せつな)先輩推しでしょ? 動画にコメントしたこともあるけど、距離感に迷うんだよね。特に推しって、こっちは知ってるけど、向こうは私のことを知らないじゃん? そういう距離感の違いみたいなのを考えると、コメントしたらしゃしゃってるって嫌われるんじゃないかとか、そういう被害妄想みたいなのもしちゃってね。

 結論、これは答えが出ません。だから、距離感を考えることは前提として、送るときには推しを信じろ! 私を信じろ! あなたの推しは、あなたのワンミスにとやかく言う人ですか?』

 

 星占さんはマシュマロ裁きが上手い。まず、相手を受け入れる。その上で、感情を織り交ぜながら、自分の意見も話す。この「も」が大事で、これがあると、コメントの雰囲気が柔らかくなる。「ほら」という言葉も大事。暗黙のうちに、「私とあなたにはすでに関係ができていますよね」という確認を込めている。

 

「次のマシュマロは、これ。文字、多めだね? ……」

 

 

 

『ああ、刹那さん燃えてましたね。配信に男の声が入ったとか言って。あれ、本人も言ってましたけど、完全にスタッフの声です。うちの事務所、壁が紙でできているので。薄いんですよ、本当に。〈スタッフと付き合ってるってこと?〉その発想はありませんでしたね、素質ありますよ、ゴシップ記者の。

 でも、事務所の壁が薄いのも悪いことばかりじゃないんですよ。鈴音さんの声が聞こえてきて、配信をしてるのかなって覗いたら、配信の練習をしてて。VTuberの配信を、片っ端から見て、片っ端から真似してるんです。〈ずっと見てたのか〉ああ、いえ、私が事務所に行って、帰るまで、ずっとずっとやってたんです。私が帰るときとか、喉枯れてて、見かねて休憩しないか誘ったんですけど……』

 

 反復。←塚さんには、言葉を反復する癖がある。「片っ端から見て、片っ端から真似してるんです」「ずっとずっと」それが独特のリズムを生んでいる。

 

「ああ、刹那さん燃えてましたね。……」

 

 

 

 

「〈舞浜さん、こんにちは。失礼ながら、デビュー当初は初々しい感じで、その『素人』臭さに惹かれたところがありました。でも、最近の活動を見ていると、一回の配信ごとに成長している感じがします。事務所でシャドーイングしていた話はコドク様から聞きましたが、他にどのような練習をしていますか?〉

 これね、本当に初配信が悔しくて、ずっと練習してるの。だから成長してるって言ってもらえて、すごく嬉しい。シャドーイングの前には、まず、自分でそのゲームの実況をするようにしている。マシュマロもそう。人に来たマシュマロに、自分ならどう答えるかを考えて、上手い人とどう違うのか比較してるよ。

 あと、自分の配信を見て、良かったところと悪かったところを全部書き出してる。それで、良かったところは残して、悪かったところについて対策を考えて、絶対に次回で試す。〈PDCAか〉そう、PDCAをぶん回してる。計画、実行、評価、改善ね。

 例えば前回は早口になりすぎちゃったから、今回は、要所要所で間をとって話すようにしたりね。ほら、ずっとハイペースだと、聞いていて疲れない? 緩急を持たせたほうが聞きやすいでしょ?

 今回は他にも課題があって、カメラの位置もそのひとつ。カメラの位置で表情も変わるし、イメージも変わるんだよね。これが正面、これがちょっと右。〈ほんとだちょっと違う〉ね、同じ表情だけど、ちょっと怒ってるみたいでしょ? 能みたいだよね」

 

 できた。

 つぎはぎだらけだけど、これが、舞浜鈴音の配信。

 

 わたしの、宝物だ。

*1
E・M・シオラン(1976)『生誕の災厄』出口裕弘=訳, 紀伊国屋書店, 125.

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