悪用できないような知など、たぶんたいした知ではない。*1
禁書、全部読む
「今日の配信はお盆でお休みなので、代わりに動画を投稿しておきますね」
「うん、録画だね」
「この動画を見ているということは、すでに私は寝取られた後でしょう」
「寝取られ前にビデオレター撮ることあるんだ」
「なお、この動画は見終わったら自動的に削除される」
「YouTubeをハッキングしないとできない所業だ」
:投稿助かる
:編集ないし、普段の配信と変わらないなこれ
:動画なら言える 俺は古城が好きだ
「今回のテーマは禁書です。禁書、読みたくないですか?」
「確かに、禁止されると読みたくなるよね」
「いま処刑されたくないなら絶対に読まないでください。思想が過激すぎてほぼ100%その場で処刑されてしまいます」
「禁書のバナー広告?」
「せっかく読んだ禁書がつまらなかったら、処刑され損ですよね」
「処刑され得なことは一つとしてないでしょ」
「腹いせにAmazonレビュー☆1とかつけちゃうかもです」
「Amazonで入手できるんだ」
:わかる 読みたい
:論語でも読んどけば?
:さすがAmazonなんでもあるな
「禁書にされる理由は沢山ありますけど、廃人にしてしまうから、とかはロマンがありますよね。世界の真実を知ってしまうから的な」
「逆に、どうでもいい理由で禁書になっているのもよくない? 世界を統べる古い龍がつけていた日記なんだけど、その龍がお茶目で、威厳を保つために部下が禁書にしてるとか」
「いい……。リスナーはどっちの禁書が――そう、でした。リスナーは、もう……」
「天に召されてないからね」
「リスナー、聞こえますか? 私たちから貴方への
「しょうもない
:軽く人類の起源とか書いてあってわりと禁書扱いもやむを得ないやつだ
:そうか、俺達はもう…
:ウヴォーさんも悲しむだろ
「でも、禁書なんて読んでも、一人で抱えきれるか心配ですよね」
「確かに話したくなっちゃうかも」
「インスタに『スタバで読書中』とか投稿したいです」
「バレたら処刑なのに」
「『読み終わったら廃人になるってユミが言ってた笑 嘘すぎ笑笑』」
「そんな軽いノリで禁書は読まないだろ」
「『難しすぎてわからん笑 #読書 #本好きと繋がりたい』」
「近々廃人になるのに繋がろうとするな」
「『#読了』」
「読解力がなさすぎて廃人にならずに済んでる」
:古城のインスタの解像度が低くて解釈一致
:廃人になるんだったら処刑する必要なくない?
:ずっと三大奇書を初めて読む人なんだよな
「場所も重要じゃないですか? 本って、読んだ場所も記憶に残るじゃないですか。あのときあそこで読んだ本だ、みたいな。禁書を読む場所って、絶対に思い出になるので、家で読むのってもったいないと思うんですよ」
「禁書を見つけた古民家とか?」
「嵐の吹きすさぶなかで読むのいいですね」
「逆に、読むのに向かないところはどこだろうね」
「人がたくさんいるところは嫌ですよね。教室とか」
「確かに、教室で禁書を読むのは自意識の点から言っても嫌な気がする」
「オタク君、なに読んでんのー?」
「オタクに優しいギャルだ」
「き、禁書だけど……」
「そこは誤魔化せよ」
「え、やば。なんかエロそう」
「バレてなかった」
:それが好きで本を読むために遠くに出かけるわ
:教室で禁書を読むの恥ずい
:教室でドグラ・マグラを読んでたらギャルに表紙エロって言われたことある
「トイレの棚に禁書を置くのも嫌です」
「これから廃人になろうってときにお腹壊してる場合じゃないしね」
「友だちのトイレ借りたら、レシピ本が置いてあったことあります」
「諸行無常を感じられそうでいいじゃん」
「トイレで何の感情も湧かしたくないですよ」
:あそこって軽い本しか置かないだろ
:みんなトイレに棚あるの?
:トイレで食べ物見たくない
「禁書と言っても、一撃で全部読めるわけじゃないですよね。禁書にも挟む必要があると思うんですよ、
「栞を挟むと、禁書の格が落ちる気がするな」
「本を閉じるときにたまたま蚊が止まったりすることありません?」
「ないかも」
「そうですか? 私、結構やっちゃうんですけど……そのページって、人間の血を吸ったページになるわけですよね」
「物は言いようだな」
「人間の血と、命を捧げた書物……どうしよう、凄く禁書っぽいです」
「楽しそうで何よりだよ」
:結構やっちゃう←意外と読書家だったりするんか
:図書館勢だからそれできないわ
:「人間の」が命にもかかってそうで小癪
……
…………
………………
「明日もお休みだから、来週まで首をくわえて待ってるんですね」
「リスナーをろくろ首だと思ってる? 個人配信は、普通に月曜からあるから見に来てね」
◇
「ついたよ」
「んあ……? ふぁいあとうござます……」
優しい声がした。
睡魔に口を覆われて、返事がおぼつかない。それでも、強引に意識の手綱を握る。
バスは米子についていた。いつの間にか、寝ていたみたいだ。
「よく寝てたね」
「ああ……はい、ぐっすりでした」
私はこっそりウェットティッシュを取りだして、口元をぬぐった。うわ、口紅がごっそり取れた。昨日、メイクを落としてなかったからだ。
慣れた布団ではないからか、疲れはあまり取れていない。家に帰ったら、ゆっくり昼寝したいな。
「先輩は寝られました?」
「ううん、全然。いま眠気がきたところ」
「大丈夫ですか? 家についたら、早めに寝てくださいね」
「そうさせてもらおうかな」
ちょっと責任を感じる。夜行バスにしようと言ったのは私だ。
バスを降りたのは最後だった。
並んだスーツケースを手に取り、外に出ると、バスはすぐに走り去った。運転手さんは、これから休むのだろう。大変な仕事だ。
挨拶に来るためか、先輩は普段よりきちんとした格好をしている。いつもは、だぼっとしたTシャツにジーンズだけど、今日は先輩の髪色のような茶のブラウスに、チェック柄のタイトスカート。腰には、ブラウスと同じ茶色のサッシュベルトを巻いていて、大人っぽい佇まいだった。
このセンス、さては結乃ちゃんだな……?
先輩のセンスではない。先輩には、自分の髪の色に合わせようという発想はないはずだ。結乃ちゃんはおしゃれだし、この編み上げブーツも「結乃に買わされた」と言っていた。
ドキドキしながら、さりげなく手を引く機会をうかがったけど、スーツケースが邪魔してできなかった。結局、先月もできなかったし……。
少し歩いて北口に向かう。
午前七時前なのに、眩しい陽射しが、横長の豆腐のような駅舎を照らしている。駅前のロータリーには車が数台停まっていたけれど、うちの車はない。
「ご飯、喉通ります?」
「うん、食べられるよ。コーヒーも飲みたいし」
午前七時から開いている店はなかった。すっかり都会の感覚に慣れてしまって、どこかは開いていると思ったのだが、一つとして開いていなかった。
仕方なく、セブンイレブンで朝食を買い、駅前のベンチで食べることにした。
先輩は鮭おにぎりとコーヒー、私はおにぎりを二つと綾鷹。
日曜日なのに、会社員風にスーツを着た人たちが、駅舎に吸い込まれていく。それを見ながら呑気にご飯を食べるのも落ちつかない。
私が二つ目の明太マヨを飲み込むのと同じタイミングで、先輩もおにぎりを食べ終わっていた。食べる速度が倍近く違う。なんだか、負けた気持ちになった。なにと争っているのかは分からないけど。ていうか、大食い競争なら勝ちだけど。
心のなかで誰に向けるでもない言い訳をしていると、ロータリーに白のカローラが停まった。正確には、白だったカローラだ。今は、すっかり薄汚れて灰色になっている。
「
開けた窓から身を乗り出して、太い腕をぶんぶんと振り、私の名前を大声で呼ぶ。何人かが振り返った。東京だと振り返ってもすぐに視線を外す人が多いが、こっちでは、じっくり見られる。恥ずかしくて、駆け足で近寄った。遅れてついてきたスーツケースが、踵に衝突する。先輩はゆっくり近づいてきて、お父さんに向けて、深々とお辞儀をした。
「花石と申します。都さんには、いつもお世話になっています」
名前で呼ばれた!!!
凄い、苗字呼びよりインパクトが大きい。
確かにお父さんも倉瀬姓なので、倉瀬さんと呼ぶと混乱が生じるけど、こんなことになるとは思ってなかったので浮かれてしまう。
帰って来てよかった……。
「おお、花石さん。都からよう話を聞いとります。こちらこそ、都が世話かけとりますでしょ」
「とんでもないです。家のことも、都さんに任せっぱなしで……」
「バスで疲れてるし、家についてからにしない? 先輩、乗ってください」
「おおそうじゃ、乗りんください。なんじゃお前、東京に
「いいでしょ、べつに」
自分も変な岡山弁を使っているくせに。岡山弁に、乗りんくださいなんて表現はない。先輩に合わせているせいか、変な口調になっている。「乗りんせえ」と言おうとして、伝わらないと思った結果、そんな言葉遣いになったのだろう。
幸いにも、先輩は岡山弁に詳しくないようで、何も言わずにカローラに乗り込んだ。
私が助手席に座り、先輩は後部座席に座った。
道中では、先輩が如才なく話を回している。さすがVTuberだけあって、司会が上手い。……私もVTuberか。VTuberになっても、司会が上手くなるわけではなかった。
先輩の司会の甲斐あってか、口下手なお父さんも、すっかり打ち解けたようだ。珍しく冗談まで飛ばしている。お父さんが他人と話しているのをあまり見ないので、ひょっとすると、他所の人に対する態度はこうなのかもしれないけど。
高速道路を高速で走り抜けると、ただでさえ少ない建物が更に減っていき、山道に入る。
ここからが長い。
整備されていない道路で、頭やお尻を打つくらい揺れるし、道も恐ろしく狭い。実際、タクシーが立ち往生したこともあったので、この道は危険だ。私たちの命は、お父さんに握られている。うっかりハンドルが数センチずれようものなら、一巻の終わり。
私が運転免許を取らないのは、取ったら最後、ここを運転させられるからだ。それだというのに、お父さんは鼻息交じりに、まったく速度を落とさずに運転している。
「先輩、怖くないです?」
「後部座席でよかった」
「落ちるなら、前からでしょうしね」
「そういう意味ではないよ」
危険な地帯を抜けてしばらくすると、視界が拓けて、茄子畑が見えてくる。この辺りでは、みんな茄子を栽培しているので、この茄子畑もどこの家のものかはっきりわかる。
車窓はひたすらに茄子畑を映していたが、やがて、家が四つ並んでいる場所につく。そのうちの一つが、久しぶりの我が家だ。
鎌を持った男が畑仕事を中断して、こちらに近づいてくる。兄だ。茶髪だし、これはお父さん譲りだが、体格も無駄にがっちりしている。相変わらず、同人誌のチャラ男みたいだ。
兄は私を見るとニヤニヤとして近づいてきたが、先輩を見るといやな笑みを引っ込めた。それから、なぜか黙り込んでいる。
「
トランクを開けたお父さんが、先輩のスーツケースを指して言う。それで兄は、ようやく「おう」と返事をした。
「ああいえ、お構いなく」
先輩が自分のスーツケースを取ろうとしたが、お父さんが兄に手渡した。確かに砂利が敷かれているので、引いていくには難儀するだろう。
「京はこのごろ太ってきよるけぇの。ちぃと動かすぐれぇが、ちょうどええんじゃ」
「太ってはおられないと思いますけど、では、お言葉に甘えさせていただきます。京さんですよね。都さんから、お話は伺っています。わたし、花石と申します」
頭を下げた先輩に、兄は無愛想に「よろしゅう」とだけ言ってスーツケースを持ち上げ、飛び石を渡って家の引き戸をガラガラと開けた。前までは建てつけが悪く、なかなか一発で開けられなかったものだが、直したらしい。私もついて行って、自分のスーツケースを玄関に降ろす。
家の外では、お父さんが畑について案内をしているらしく、先輩はそれに感心したように頷いていた。
「のぉ都」
先輩のほうへ行こうとした私に、兄がいつになく神妙な面持ちで呼びかけてきた。
何度か咳払いをして、兄が訊ねる。
「あん人、花石さん
「うん」
なんだろう。
もの凄く、いやな予感がする。
「あー、彼氏おるん?」
「……おるよ」
「おるか……おるよなぁ」
兄はこちらに背を向けて、とぼとぼと廊下を歩いていく。
保険も兼ねて危うく「ぎょうさんおる」と追撃しそうになったが、それでは先輩が何股もかけている悪女だ。それに、だったら自分にもチャンスがあるかもなんて思われてはかなわない。
先輩が兄と二人きりにならないように注意しよう。
私は兄の背中を睨みつけた。