二周目のVTuber   作:石崎セキ

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(32)セッション②_春、それは……

 

 

「自分のカラダが、奴らの言葉に置き換えられていくなんて、そんなことに我慢できる……」*1

 


春、それは別れと出会いの季節

8,200 回視聴 2023/08/19に公開済み

部活、どう?

 

・古城葵Twitter

 

◎切り抜き可

 

「萌えアニメを見てたら、高校生になって、ゆるい部活に入りたくなりました。ので、今から願書を書こうと思います」

「末期だね」

「こちとら大学出てるので、入試は楽勝です。合格間違いなしですよね」

「大学を出てるからこそ厳しいと思うな」

「え? ジャリには解けて大人は解けない問題が出るんですか?」

「先入観があるから駄目とかじゃなくて」

 

:欲望に忠実

:俺も高校生になりたくて調べたけど法的にはOKらしい

:古城のうっすらガキが嫌いなところ推せる

 

「さっきから末期とか厳しいとか駄目とか……人の学びたいっていう意欲を切り捨てて、なんなんですか?」

「聞こえてたなら改めてほしい」

「こんなのだから日本のkknsssnが停滞するんですよ」

「国内総生産を検索除けする人、初めて見た」

 

:時代は生涯学習だもんな

:政治観が浅すぎる

:GDPでいいだろ

 

「じゃあ、今から教員を目指して顧問になります」

「そっちのほうが、まだ現実的だね。動機は不純だけど」

「誰よりも純ですよ」

「なお怖いよ」

「モチベーションを高めておきたいので、就職が決まったあとの話をしましょう」

「みんな、これで葵が教員になったら、わたしが加担したことになると思う?」

「じゃあ先輩は先生役をやってください。私は生徒役をするので」

「今の流れでわたしが教師役なことあるんだ」

 

:古城は萌えアニメには向いてないと思う

:甲子園に行ったら監督の功績だからな

 

「せんせー、新しい部活を作るから顧問になってください」

「顧問? 何の部活?」

「社会学部です」

「部活じゃなくて学部だね」

「主な活動は、フィールドワーク、資料調査、討議の3点です。活動実績として、文化祭で論集を頒布します」

「そこまでちゃんとしてたら、文句はつけられないかな」

「よかったー!」

「一応だけど、それぞれ、どんな活動をするつもりか教えてもらっていい?」

「インフォーマルな形ではありますが、すでに活動実績がありますので、そっちを説明しますね。まず、日常的な対話の特徴を観察するため、小金井の喫茶店での話題の変遷や相互作用の様式をエスノグラフィー的な視点で把握しました」

「喫茶店でダベってるだけだな」

「つぎに、最新のデジタルデバイスを用い、当該店舗の情報の拡散のあり方を確認しました」

「スマホで食べログを見てるね」

「その上で、異なるクラスタ間の社会的・文化的差異に目を向けるため、各クラスタの成員に関する評判形成過程を討議しました」

「クラスタっていうか、クラスのゴシップじゃない? 顧問はやめておこうかな」

 

:ゆるいか?

:意外とちゃんとしてる

:こういうアニメありそう

:なんで全部翻訳できるんだ

 

「顧問、やめてもいいんですか? 娘さん、四歳でしたっけ? 可愛い年頃ですよねぇ……」

「なに? 脅すつもり? 萌えキャラがそんなことしていいわけないでしょ」

「新任教師は負担の大きい運動部を任されることが多いそうですよ。うちでしたら、特に活動を監督していただく必要はありません。今のうちに、うちの顧問になったほうが、娘さんのためだと思いますけどねぇ」

「ロジカルな説得だった」

「それに、旦那さんもいますよね……ショックです……」

「勝手に娘と旦那を作られて、勝手にショックを受けられてる」

「こうやって目も歯もない噂を立てますよ」

「脅し方がハンムラビ法典だ」

 

:萌えアニメの先生は基本的に未婚だろ

:教師って部活大変とか言うしね

:結局脅してる

 

「部員もちゃんと揃ってます。医学部の茉代(ましろ)さん、文学部の文月(ふづき)さん、心理学部のマリアさん、ラグビー部の(やなぎ)さんです」

「なんでみんな兼部なの?」

「医学部の茉代であります! 笑いが免疫力の向上に繋がることは知られております。であれば、萌えによる免疫力の向上の可能性もあるのではないでしょうか! その仮説を確かめたく、入部を決めたであります!

 うぇーい、文学部の文月だよ☆ 社会学? とかよく知らないけど、ライフヒストリーの語りを虚構理論の立場からどう解釈できるかを、葵チャンと共同研究したいなって☆

 心理学部のマリア、デス。専攻は社会心理学で、群衆の心理に関心がありマス。今は趣味で、個としての人間と、集団としての人間を統一的に考える理論を作ってマス」

「ちょっとガチすぎるメンツだな」

「あっ……柳です。ラグビー部です……ははっ。数合わせで、はい……」

「不憫だ。柳さんが普通だからね」

 

:大学すぎる

:語尾でキャラを立たせようとしてるの小癪だな

:柳さんはボクっ娘にしてください

:文系に比べて医学部の解像度が低い

:数合わせだから兼部なんだ

 

「この活動内容と部員で、なにが不満なんですか?」

「活動内容と部員だね」

「じゃあ柳さんをクビにしますか」

「柳さん以外全員クビにしたほうがいい」

「私もですか?」

「どこで自分を例外だと思えた?」

 

:4コマにしてはセリフが長過ぎる

:きららで古城の顔なんて見たくない

 

「わあ、顧問になってくれるんですね!」

「言ってないけど」

「わあ、顧問になってくれるんですね!」

「強制イベント?」

「いい加減、『はい』って言ってくれませんか?」

「断り続けるとセリフが変わる、ちょっと嬉しいやつだ」

「これ以上断っても追加のセリフはありませんからね」

「そういうメタ的なのもあるよね」

「……」

「途中で何も言わなくなるタイプね」

「いいんですか? エンドロールを流しますよ?」

 

:序盤だけ気合の入ってるフリゲーでよく見る

:ここで『はい』って答えると実際にエンドロールが流れます

 

 ……

 …………

 ………………

 

「次回は先輩がなんと……?」

「何も期待しないでね」

 

 

   ◇

 

 

「勘違いかもしれないのですが」

 と、わたしは前置きした。「同居人が、わたしに好意を抱いているかもしれません」

 

 結局ずるずると通い続けているクリニックで、わたしは言った。

 目を合わせるのが気恥ずかしく、部屋の隅を見つめながら。窓から射し込む日光で、ウォーターサーバーの水がウィスキーのような黄金色になっていた。

 

 わたしが自分のことを話すのが珍しいからだろう。医師がペンを置き、身を乗り出す。

 

「恋愛感情のことですか? どうして、そのように思われたのですか?」

 

 わたしは慎重に答えた。

 まず、勘違いの可能性を強調する。出来事としては、手を重ねられただけだ。それだけで好意を感じ取るのは、いくらなんでも、気にしすぎではないかと思う。

 けれど同時に、ただ手を重ねられた以上の何かが伝わったこと、正確には、わたしがそのように感じたことは事実だ。

 

「なるほど。それで、倉瀬さんに好意を感じられたと考えているんですね」

 

 医師はわたしの言ったことを繰り返して、続きを促した。

 窓の外には裏庭があり、小さな池がある。わたしは湖を思いだす。池に反射した太陽が眩しい。その眩しさが、あの夜の湖の穏やかさと不調和だった。

 

 いったい、いつからだったのだろう。

 勿論、いま思えば、そういうふうにも解釈できる言動はあった。けれど、倉瀬はわたしと打ち解けてからは、ずっとあんなふうだ。いったい、いつからなのだろう。もし倉瀬がわたしに恋愛感情を持った上で提案したなら、相方の意味も同居の意味も変わってくるではないか。

 

 理由も、よくわからない。

 わたしのことを好きになる理由なんて、思いつかない。告白されたこともゼロではないが、舞浜鈴音や夕立夕日宛てのものを除けば片手で数えられる程度だし、話したこともない人たちだった。話せば話すほど、わたしの性格が露呈するからだ。

 

 いずれにせよ、選択肢は三つしかない。

 付き合う、断る、保留する。

 

 今は保留中だが、最終的には付き合うか断るかの二択になる。

 

「それで、困っています。わたしは、今の関係を続けたい。でも、倉瀬は今の関係を進めたい。だから、好意を伝えたんです」

「すみません、詳しく説明していただけませんか? 一つ、倉瀬さんが好意を伝えたことは確かなんですか? もう一つ、好意を伝えることで、今の関係を進めたいのだと考えた理由はなんですか?」

 

 医師は戸惑ったようだった。

 身長はわたしより高いが、前かがみの姿勢なので、上目遣いで。わたしにとっては自明だったので、かえってわたしが戸惑った。

 

「倉瀬が好意を伝えたというのは、わたしの考えです。厳密には、本人に聞いたわけではないので、わかりません。けれど、今までの振る舞いとは違いましたので、何かしらの意図があるように感じました。

 たとえ好意でなかったとしても、現状を維持したいのであれば、関係性を変化させるような行為はしないはずです。ですから、今の関係を変化させたいのではないかと考えました」

「なるほど。花石さんの考えが、よくわかりました。それで、今の関係性を望まれるということですが、関係が進んだ場合と、今の関係の違いはなんですか?」

 

 池では薄汚い鯉が泳いでいる。みすぼらしい(ひれ)が、水面から突き出ていた。

 

「セックスです」

 わたしは答えた。「わたしには、できません」

 

「それは大切なことですね。一般的な恋愛関係において、大事な要素の一つでしょうから。今の問いかけには、あとでもう一度戻ってきたいと思います。その前に、話せたらで構わないのですが、どうしてセックスができないのか教えていただくことはできますか?」

「特別な理由があるわけではありません。ただ、幼い頃から嫌悪感がありました。それ自体は成長するにつれて減って、動画などで他人のものを見ることはできます。ですが、自分がすることは考えられません」

 

 動物の交尾を見る感覚と変わらず、興奮することはない。観察はできるが、自分がそれをしたいとは思えない。

 

「失礼ですが、倉瀬さんは女性ですよね」

 

 医師は気遣わしげに問うた。

 

「そうですね。倉瀬に聞いたことはありませんが、少なくとも身体的には」

「同性であることは、性行為の忌避感や、恋愛関係の発展に抵抗を生じさせる原因になっていますか?」

 

 要するに、同性愛に抵抗感があるかという質問だ。

 これは、わたしも考えていたことだった。

 

「そうですね、特には。デートは男女とも抵抗がありません。キスやセックスは、どちらであっても嫌です。ですから、それがなければ、男女の別なく、恋愛的なことはできると思います」

 

 倉瀬だからできないのではなかった。倉瀬でも嫌なのだ。

 

「性行為を抜いたら、倉瀬さんと恋愛したいと思いますか?」

「いいえ。積極的に恋愛をしたいかと言われたら、そうではないです。ですが、拒否する理由もないかな、とは思っています。人間としては好きだし、相方としても心強く感じているので」

 

 セックスさえなければ、すべて解決するのに。

 だが、それを伝えたとして、倉瀬は「セックスできないんですか。じゃあ、この話はなかったことにしてください」と言えるような人間ではない。

 結局、わたしが正直に伝えれば、わたしたちは建前上は付き合い、わたしからも倉瀬からも言い出せないまま、ずるずると気まずい関係が続くことになるだろう。そんな予想ができてしまう。

 

「先ほど、あとで戻ると言った話を覚えていらっしゃいますか? 今の関係と、進んだ関係の違いです。性行為を抜いた恋愛は、今の関係と、どう違うものだと考えていますか?」

 

 その質問に、わたしは不意をつかれた。

 わたしの中には、恋愛というと性行為か、せいぜいデートしか思い浮かばない。それと、同棲か。

 それは、いまの関係とどう違うのだろうか?

 

 

   ◇

 

 

 家に帰り、わたしはコドクさんからメッセージが来ていることに気がついた。

 

 連絡の内容は、ドッキリについて。

 ドッキリは二つあり、前者のマフィンになり切って新人を騙すドッキリは問題ないが、後者は古城葵と夕立夕日がじつは付き合っているドッキリだった。

 

 わたしは溜め息を吐いた。

 まったく、コドクさんも、厄介な企画を持ち込んでくれたものだ。

 マフィンの身代わりドッキリとは違い、これはわたしと倉瀬に来た依頼。わたしの一存で断るわけにもいかない。

 

 下の階に降りると、倉瀬が掃除をしていた。掃除機を止めて「お疲れ様です」と言ってくる。

 

「こういう企画が送られてきたんだけど、どうする?」

 

 わたしはできるだけ平静を装って、スマートフォンの画面を見せた。

 

「やっ……やりましょう!」

*1
伊藤計劃(2010)『ハーモニー』ハヤカワ文庫, 20.

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