二周目のVTuber   作:石崎セキ

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(34)再会

 

 

この世の何ものも、〈わたし〉と言いうる力をわたしたちから奪いとることはできない。何ものも。ただし、極限の不幸は別として。*1

 


 

 プラネへのドッキリの撮影が終わった。プラネは最初、少し()ねていたが、すぐに気を取り直して、最近の配信の話を始めた。

 「あのねあのねっ」と身を乗り出して話してくる様子が、小さい頃の結乃に似ている。

 

 倉瀬はもう帰ってもよいのだが、わたしと一緒に帰ると言い、残ることにしたようだ。

 倉瀬とプラネが話している横で、わたしとコドクさんはつぎの企画について打ち合わせをしていた。

 

「改めまして、つぎの企画を説明しますね。じつは三十分ほど前から、三期生がスタジオで動画を撮っています。すでに説明した通りですが、夕立さんには、マフィンさんになりすまして、新人――∞:cLips(エイトクリップス)のメンバーと話してもらいます。その後、いちばん奥のスタジオの前まで一緒に行っていただいて、楽屋に忘れ物をしたふりをしてください。その後イヤモニをつけていただいて、OKが出たら、スタジオに入っていただけますか?」

 

 ∞:cLips(エイトクリップス)は、υProjectの八期生の総称だ。

 無限をモチーフにした久遠寺(くおんじ)(たまき)、クリップをモチーフにした切張(きりはり)(つむぎ)、唇をモチーフにした声羽(こえはね)ねねの三人で構成されたユニットで、紹介ページにはモールス信号で「永遠を切り取ろう、とその口は言った」という文字列が仕込まれている。事務所は考察系の要素を押しだすつもりらしい。

 考察系とユニットは相性が悪い。メンバーが急に引退を決意したらどうするのだろう、とわたしは余計な心配をした。

 

 その後も細かな事項を打ち合わせた。

 わたしが段取りを復唱してオーケーが出たところで、プラネが話しかけてくる。

 

「あのぉ、打ち合わせ終わりましたぁ? ねえねえ夕日ちゃん、この後ご飯どうかな?」

 

 前回ではわたしが先輩の立場だったので、かしこまった口調だったが、今回では年齢はわたしが上だがキャリアは向こうのほうが長いので、お互いにタメ口ということになった。

 わたしとしても、遠慮されるよりは、思い切りこられる方がやりやすい。

 この仕事をしていると、尊敬されることと同じくらいに、侮られることが武器になることがわかる。もちろんいちばん良いのは、尊敬されながら侮られることだ。この点はプラネが強く、後輩にいじられるという美味しいポジションについている。

 

「勿論。こっちから誘おうと思ってたくらい」

 

 事実だった。

 少しでも早く帰る口実が欲しい。

 

「コドク様と葵ちゃんはお時間、どうですか?」

「私はこの後、撮影があるので。みなさんで楽しんできてください」

「私はぜひ、一緒に行きたいです。コドクさん、何本連続ですか?」

「今日は六本ですね」

「凄い。お忙しいですね」

「そんなことないですよ。スタジオに来るのが面倒で、撮れる日に全部詰め込んでるだけです」

 

 それこそ、そんなことない。

 コドクさんは、打ち合わせのついでに食事をして、料理をしている間に配信を見て、風呂で企画を考える人だ。可処分時間のすべてを配信に注ぎ込んでいる。これだけの努力があるからこそ、みんな喜んで彼女の企画に参加するのだ。

 とは思ったものの、これはわたしが知っていてはいけない事柄だ。わたしはコドクさんの謙遜には触れずに、話題を転換した。

 

「差し支えがなかったらでいいんですけど、三期生の方々は、どんな撮影をしているんですか?」

「ええとね――」

「それが差し支えがあるんですよ。お二人なら問題ないと思うのですが、一応、企業秘密で……」

 

 口を滑らせかけたプラネを遮り、コドクさんが申し訳なさそうに言った。

 それで見当がついた。

 この時期なら、ユニットで歌う新曲だろう。新曲の動画となれば、二〇〇万円以上が動く。おいそれと部外者に明かすことはできない。

 舞浜鈴音の魂の変更に伴い、歌詞や曲は変わっていて、三期生の曲は聴き馴染みのないものばかりだ。それでもユニット曲の場合は元の雰囲気が残っているものもあるけれど、舞浜鈴音に関していえば跡形もない。それが寂しくもあり、嬉しくもある。

 

「では、発表を楽しみにしています」

「すみませんね、ぜひ。それにしても、このスタジオ、わかりづらくないですか? 迷わずに来られました?」

「あ、全然。先輩が地図も見ずに先導してくれました」

「え、凄いね。私なんて初めて来たとき、一時間半くらい迷ってたよ。Googleマップに嘘つかれた!」

「それはさすがに、Googleマップの名誉毀損にあたると思うよ」

「でも実際、迷われる方は多いんですよ。スタジオっていう響きから、大きなビルとかを想像しちゃうみたいで」

「ああ……確かに、中は立派なスタジオですけど、外装は倉庫というか……思ったより小ぢんまりしている感じですよね。まあ人間と同じで、外見より中身のほうが大事ですけど」

 

 実際に倉庫を改装したスタジオなので、その感想は的を射ていた。

 スタジオは緑色の屋根の扁平な建物で、かろうじて屋根はあるものの、俗に言う「豆腐建設」に見える。わたしたちが所属した頃は事務所で撮影していたが、五期生の頃から新しくスタジオを構えた。事務所でも収録はできるが、最近は演者のプライバシーを守るため、特別な事情がなければ、住所が公開されていないこのスタジオで撮影することが多い。 

 

「葵ちゃんは面食いだと思ってたけど」

「な、なんてこと言うんですか!?」

 

 倉瀬が珍しく声を荒らげた。

 

「え、だって、夕日ちゃん可愛いし」

「プラネさん、あれはドッキリですよ」

 

 コドクさんが口を挟む。

 

「あ、そっか……」

 

 ドッキリへの意趣返しかと思っていたが、そうでもないような反応だった。

 少し気まずくなって、わたしはプラネに言った。

 

「わたしの中身は可愛くないんだ?」

「ア……イヤ! そういうわけじゃないけど!」

「そう聞こえたけどな」

「チ、違うよ! 中身も……可愛い!」

「そう? 嬉しいな」

「ア……エヘ……」

 

 

   ◇

 

 

「ご挨拶に伺いました。このたびυProject八期生としてデビューいたします、∞:cLips(エイトクリップス)久遠寺(くおんじ)(たまき)と申します」

切張(きりはり)(つむぎ)です!」

声羽(こえはね)ねねです」

「ご挨拶ありがとうございます~。三期生のマフィン・マクガフィンですー」

「わああ、マフィンさん! じつはあたし、マフィンさんのファンで!」

「あたしもつむぎんのファンだよー?」

「わ、あだ名! デビュー前なのにですか!?」

「あたしはあたしの事を好きな人が好きだから」

 

 

「星占さんと舞浜さんは今、どちらにいらっしゃるんですか?」

「直でスタジオに入るみたいだよー。つむぎんは配信を見てくれてるんだよね?」

「あ、はい!」

「いま見てどう? イメージと違ったりする?」

「いえ全然! 完全にイメージ通り……っていうか、イメージより可愛いです!」

「えー、ほんと? 照れちゃうな~」

 

 

「三人はこのあと予定あるの~?」

「あ、いえ! 全然! この収録だけなので! 環とねねは?」

「私も特にはありません」

「私もないです」

「じゃあ、みんなで焼き肉とかどう~?」

「いいんですか!? ありがとうございます!」

「あ、うららとすずゴン、スタジオ入りしたって~。行こっか」

「はい!」

 

 

「ごめん、忘れ物しちゃったから楽屋戻るねー。三人は先に入ってて」

「あ、はい! じゃあ、行こっか」

 

 

「はじめまして、∞:cLips(エイトクリップス)の久遠寺環と申します。このたびは一緒にコラボができて嬉しいです」

「切張紬です」

「声羽ねねです」

「ご挨拶ありがとうございます。三期生の星占導と」

「舞浜鈴音と」

「マフィン・マクガフィンです~」

「え!?」

「え、あ、え? マフィンさん……?」

「……? そうですよ?」

「だってさっき……え?」

「何かありました?」

「さ、さっき、別の方がマフィンさんって……どっちが本物……?」

「別の方? 何のことです?」

 

 

「みんなお待たせ~」

「こ、この人! この人、誰なんですか!?」

「え~? 酷いなつむぎん。さっき、ファンって言ってくれたのにー」

「あの……すみません。スタッフの方ですか~?」

「……? スタッフじゃないですよ~? あなたこそ、誰ですか?」

「あたしはマフィン・マクガフィンですけど……関係者でないなら、立ち入りはご遠慮いただきたいのですが」

「あたしがマフィン・マクガフィンですけど~?」

「あの、いい加減にしてください。警備員の方を呼びますよ」

「どうぞ~? ねぇつむぎん、その人危ないから、こっちおいで~?」

「ひぃっ!?」

 

 

「警備の者ですが、不審者というのは……?」

「そ、その人です!」

「酷いな、つむぎん。不審者は、あっちでしょ~……?」

「早く捕まえてください!」

「――ということで、『楽屋に偽物のマフィン・マクガフィンが現れたら、∞:cLips(エイトクリップス)は気づくことができるのか?』でした!」

「え、コドクさん……?」

「……怖かったぁ……!」

「環さん、腰抜けてませんか?」

「抜けて……おります……」

「ビビりすぎて凛世(りんぜ)になってる」

「そ、そうだ! この人は誰なんですか!?」

「マフィン・マクガフィンさんの物真似が上手い方です」

「そうです、わたしがマフィン・マクガフィンさんの物真似が上手い者です」

「変なおじさんみたいに! だ、誰なの――――!?」

 

 

   ◇

 

 

 二本目の撮影も、無事に終わった。

 わたしは、舞浜鈴音を見た。

 舞浜鈴音も、わたしを見つめ返す。

 そして、彼女は口を開いた。本当に、嬉しそうに。

 

「朔乃ちゃん! 会いたかった!」

「……久しぶりだね、遥」

*1
シモーヌ・ヴェイユ(1995)『重力と恩寵』田辺保=訳, ちくま学芸文庫, 49.

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