裏を返せば、アクティブ、ポジティブに生きられず、気分がうだうだ鬱々と沈滞しているときの、何か堂々巡りしているような出口なしの心理状況。時間ループ現象とは、あれのメタファーなのだと捉えてもよさそうです。*1
ニモに感動して金魚を飼い始めた
「
この前の先輩との配信、すごく息があっていてよかったです。
先輩は配信の経験があるのでしょうか?
「よかったですよね。私も手応えがありました。どんな球を投げても打ち返してくれるので、ピッチャーとしては心強かったです。ん? 打ち返されてたら負けてるな? どんな球でもキャッチしてくれたので、ピッチャーとしては心強かったです。すごく貫禄があって、ベテランを相手にしているみたいでした。ベテランはおろか新人ともコラボしたことないんですけど。『俺なら1000円でコラボしてあげるよ』。私には勿体ないので、どうぞべつの人とコラボしてください。どうべつの森。『脊髄反射で喋るな』。はい、すみません。そうそう、配信の経験はないって言ってました。先輩は頭の回転が早くて、本当にできないことを探すほうが難しい感じですね。腕相撲なら私が勝てると思いますけど。つぎ……も、先輩関連の質問ですね」
先輩はどんな人ですか?
「背が低いです。私がグランデだとして、ショートって感じですね。私はすこーーーし高めで五・七尺様くらいなんですけど、先輩はかなり低めです。『なぜスタバで例えた?』。ほら、あおカスってスタバとか行かなそうじゃないですか。あんまりあおカスに先輩の個人情報教えたくないし、ちょっと隠そうかなって……あおカスを信用してないとかじゃないんですよ? ただ、一緒にお酒は飲まないし、飲んだとしてもお手洗いに行くのはグラスを空けてからってだけで。バッグは絶対に一緒に持っていきます。……本当に信用してないとかじゃないんですよ? ただ、帰りは人通りの多い道を選びますし、べつの路線を使いますけど、本当に念のためですから。他には先輩は……そうですね。ちょっと冷たく見えるんですけど、すごく情が熱くて、この前も行為のとき……ふふっ。あ、この行為は性行為じゃなくて飲酒行為ですから勘違いしないように。ハレンチですよ。『勘違いさせないように』。は? 勝手に妄想したのは誰ですか」
◇
あの配信から1週間が経ち、わたしは古城葵の配信を見ていた。
倉瀬が嫌がっていたので、最初は見ないようにしていたのだが、『一緒にVTuberをやりませんか?』と連絡が来たので、調査の名目で見ている。調査なら仕方ない。
倉瀬の――古城葵の実力は想像を越えていた。
配信において、プロと素人で最も差が出るのは雑談配信だ。
スタージョンの法則によれば、コメントの90パーセントはゴミである。ゴミというのが厳しければ、ノイズと言い換えてもいい。
その90パーセントのコメントを捨て、残りの10パーセントのコメントを拾うときに配信者のセンスが問われる。しかし、素人ではコメントが少なすぎてコメントを選べない。これは力量の問題ではなく、物量の問題だ。
企業勢であれば、コメントに恵まれているので、最初から長距離走をする必要はない。配信内容の準備を減らし、サムネイルやべつの配信に回すのが合理的だ。企業勢でも配信時間以上の配信準備をする人は多いし、わたしもそうだったが。
対して個人勢の場合、構成を企業勢以上に練らないと、ふつうは無言の時間が生まれてしまう。だから、動画投稿やゲーム配信で視聴者を充分に集めてから雑談配信を行なう場合が多い。
このように見ると、古城葵のチャンネル登録者数――55人では、雑談配信は難しいはずなのだ。本来であれば。
数字を見ると、なぜ成り立っているのかがわかる。
同時接続者数が18人もいるのだ。同時接続者数だけでは少ないように見えるが、チャンネル登録者数の約32パーセントが視聴していることになる(ひとりはわたしだが)。仮に1万人の登録者がいれば3,200人。
これは異常な数字だ。1万人の登録者であれば、100人程度の同時接続者数を保持していれば充分なのだから。経験則では、同時接続者数は登録者数の1パーセント前後に収束する。登録者が100人増えて、やっと1人、というのがふつうだ。
逆算すれば、古城葵の同時接続者数は、登録者数1,800人に相当する値なのだ。
音質も、サムネイルも、配信タイトルも、Twitterの運用も、平均以下。
ゆえに天才だ。間違いなく。
これだけの悪条件が揃っていて、リスナーを維持できるのは、天賦の才に他ならない。
生まれつきリスナーを魅きつける術を熟知していて、トップに立つために必要な存在感もある。
考えれば考えるほど、わたしにとっては良い条件に思える。
反対に、倉瀬にとっては短期的にはプラスかもしれないが、長期的にはわたしが足を引っ張ることになるだろう。
しかし――。
わたしの寿命はいつまでなのだろうか?
1周目の命日まで、1年も残っていない。
ケン・グリムウッドの『リプレイ』の昔から、時間ループした主人公は1周目と同じ日時に死ぬものと決まっているが。