二周目のVTuber   作:石崎セキ

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(35)後悔

 

 

そして、まさしく私の頭というこの醜い容器の中、私が好まないこの牢獄の中にこそ、私は姿を現し、さまよわなければならないのだろう。*1

 


 

 ずっと体が邪魔だった。

 

 体があるから、わたしたちは一歩ずつしか進めない。

 体があるから、わたしたちは食べなくてはならない。

 体があるから、わたしたちは眠らなくてはならない。

 体があるから、わたしたちは増えなくてはならない。

 

 この世界の不快はすべて、体があるために生まれる。

 

 だから、舞浜鈴音として配信ができるようになったときは嬉しかった。

 配信をしている間、わたしの体はここにない。魂だけに、なれる。舞浜鈴音になっている間は、花石朔乃であることを忘れられた。

 

 五周年記念ライブでは、影絵ではあるが、花石朔乃の姿を観客の前に晒した。

 花石朔乃のシルエットを、舞浜鈴音のものとしてファンに認知してもらう。そうすることで、花石朔乃が舞浜鈴音になれると思った。

 

 わたしが通り魔にホームから突き落とされたのは、その帰り道のことだ。

 

 そのときのことは、思い出したくない。

 

 

   ◇

 

 

 高校を卒業して。

 

 遥とは、違う大学に進んだ。

 彼女は両親が離婚したので、安定を望んで、第二志望の大学を受験したのだった。

 

 大学四年生の夏、わたしはファミリーレストランで、久しぶりに遥と会った。

 

「朔乃ちゃんは就活どうしてる?」

 

 遥はすでにいくつか内定を得ていたが、何か悩んでいるらしい。その気持ちは、わたしもわかる。前回のわたしも、そうだったからだ。

 

「してないよ」

「……嘘」

「ほんとう」

「どうして?」

 

 遥が意外そうに訊ねた。

 

「どうしてだろうね。遥はどうしてるの?」

「私は迷ってる。大学を出たら一人暮らしをするんだ。だから……何をしてもいいって、言われた。でも、やりたいこととか思いつかないし……」

「前はコンサルとか言ってなかった?」

「朔乃ちゃんこそ、前はYouTuberって言ってたよね」

 

 覚えられているとは思っていなかったので、驚いた。

 わたしはしばらく遥の相談を聞いていたが、食事が届いて、話は中断された。そのとき、テーブルに置いていたスマートフォンが光った。結乃からだった。

 遥は視線を落として、わたしのスマートフォンの画面を、じっと見つめていた。

 

 

 その帰り道。前回とは違う研究テーマにした卒業論文の資料集めのために、前期課程で通っていたキャンパスまで行くと、銀杏の木の下のベンチでノートパソコンを開いている女の子を見つけた。

 傍に背ラベルのついた本が落ちている。このままでは傷んでしまうだろう。

 

 見覚えがある気がして記憶を探ると、舞浜鈴音のファンの女の子で、ライブ会場でグッズを購入した人に抽選で当たる一対一のトークイベントで話したことがあった。〈丁寧に暮らせ〉というアカウント名は記憶していたので、書かれたコメントの内容を(そら)んじると、大袈裟に感動してくれた。

 未来のファンを見捨てるのも忍びない。わたしは声をかけた。

 

「ねえ、本が落ちてるよ」

 

 そうして、わたしたちは知り合った。

 

 連絡先を交換するのも気が引けたが、断りきれずにLINEを交換した。

 連絡はすぐに途絶えるだろうと思っていたのだが、頻繁に連絡が来て、わざわざわたしのいるキャンパスまで遊びに来ることもあった。

 

「その壁紙、おしゃれですね」

 

 倉瀬がわたしのスマートフォンの壁紙を見て、言った。υProjectのキービジュアルだった。

 

「そう? ありがとう」

「アニメの集合絵ですか?」

「ううん、VTuber」

「VTuber?」

 

 この時期はVTuber文化が花開いたばかりで、世間的な知名度はまだ低かった。

 本来の時間軸だと、倉瀬はいつVTuberを知ったのだろう。

 わたしはちょうど、この時期に知った。内定は決まっていたが、遥と同様に迷いが生じて、VTuberになろうと思ったのだ。

 

「バーチャルYouTuberの略で、演者が二次元のキャラクターになりきって配信するの。キズナアイさんとか、聞いたことない?」

「名前は聞いたことありますけど……見たことはないです。VTuber? って言うんですね。今度、見てみます」

 

 

   ◇

 

 

 オーディションには、真っ先に申し込んだ。

 

 両親は就活をしなかったことに文句を言っていたが、わたしが保有している暗号通貨が巨額になっていることを知っていたので、強くは言えないようだった。

 

 一次選考は自己PR動画を含む書類選考で、問題なく通過した。

 動画はメインではなかったが、五年も経験を積めばコツは掴める。そもそも完全に素人だった前回のわたしが通過した以上、ここで求められているのはキャラクター性であり、編集力ではないのだ。

 わたしは前回同様に、登場人物が数多く出演する三分弱のコントの台本を書き、出せる声の幅広さと声真似をアピールした。当時と同じにするか迷ったが、拙さを感じて、以前と同じにはできなかった。

 

 二次選考は模擬配信。

 ゲーム配信、雑談配信、企画配信のいずれかを事前に選び、十五分間の模擬配信を行う。採用担当者からのチャットへの対応なども見られる。わたしはゲーム配信を選んだが、雑談も交えながらプレイして、どちらもできることをアピールした。

 

 最終選考は社長も含む採用担当者とのオンライン面談で、なぜ舞浜鈴音を選んでエントリーしたのかを問われた。

 わたしが用意しておいたことを言うと、採用担当者は「なるほど」と言って頷いた。最後に、「仮に他の役をすることになったら、どうしますか?」と問われた。

 前回は、「全力を尽くします」と言った後で、星占導やマフィン・マクガフィンになった場合の配信スタイルなどを話した。

 だが今回は違う。「舞浜鈴音以外には考えられません」と、わたしは言った。

 

 結論を言うと、オーディションには落ちた。

 ――舞浜鈴音としては。

 

 

υProject採用担当


宛先:花石朔乃


【υPro】選考結果のご連絡

花石朔乃 様

 

このたびは、

υProject三期生のオーディションにご応募いただき、

誠にありがとうございました。

 

厳正なる審査の結果、

花石様を星占導役の採用内定者として選出いたしましたので、

ここにご通知申し上げます。

 

舞浜鈴音役をご希望とのことでしたが、

選考過程において花石様の、

 

・動画編集

・配信者としてのキャラクター性

・模擬配信でのトーク、コメントに対するレスポンス

 

などが高く評価され、

三期生のリーダーとしてご活動いただきたく、

上記の配役での内定となりました。

 

本通知は、

別紙にてご提示する各同意書、

及び関連書面の内容をご確認の上、

これらすべてに同意していただく限りにおいて有効となるものです。

 

今後は、キャラクター設定の最終調整、

配信方針の共有、

契約条件の確認などを経て、

正式なデビュー準備へと進んでいただきます。

 

花石様、及び他のメンバーと、

υProjectを発展させて行けましたら、

これに勝る幸はありません。

 

υProject採用担当

 

 めまいがした。

 

 オーディションでは、舞浜鈴音になりたいという希望を強く伝えたが、事務所には建前だと思われたのかもしれない。

 それはそうだ。

 書いた本人やデザインした本人でないなら、デビュー前のVTuberのガワに思い入れがある人間は少ない。どのガワでデビューしても結果は同じなのだから。

 こんなに強く舞浜鈴音がよいと思う人間がいるなんて、想像できるはずがない。

 

 事務所に連絡をしよう、とわたしは考えた。

 まだ間に合うかもしれない。舞浜鈴音役に選ばれた人間だって、まだ未練を持っていないだろう。必死に頼み込めば、今なら。

 

 わたしのスマートフォンが鳴った。

 遥からだった。

 

「朔乃ちゃん。私、VTuberになることになったんだ」

「……そうなんだ。なることになったってことは、企業勢なの?」

 

 わたしは訊ねた。嫌な予感がしていた。

 よりによって、今日ということは。

 

「うん。υProjectってところでね、舞浜鈴音っていう……あのね、朔乃ちゃんのスマホの壁紙を見て――」

 

 確かに、わたしのスマートフォンの壁紙は、υProjectのキービジュアルだ。それを見て、遥はVTuberに興味を持ったらしい。

 

 だが、これは好都合かもしれない。

 事務所から話がゆけば、遥なら交換に応じてくれるだろう。

 

 おそらく事務所は、最終選考に残ったわたしたちの履歴書を見て、同じ高校の同級生であることに目をつけたのだ。

 同級生が応募してきたというのが偶然だとは考え難い。それで、わたしと遥の仲が良いことを前提に、二人の関係性で売り出そうとした。

 

 わたしに期待されているのは、マフィンの手綱を引きながら、遥を引っ張る役割。

 その役割には、リーダーとして告知されていた星占導がいい……。

 

 けれど、配役は逆でもいいのではないか。

 自由奔放なマフィンとわたしを、遥が演じる星占導が精一杯なだめる。悪くない配役だ。

 

 事務所としても一度決めた配役を覆すのは難しいだろうが、わたしと遥が知り合いだということを知りながら通したのだろうから、二人で交換したいと申し出れば無下にはできないだろう。その上で説得すればいい。

 大丈夫、今なら間に合う……。

 

 でも、とわたしは思った。

 

 わたしか遥が星占導になる限り、彼女(・・)が星占導になることはできない。

 彼女に星占導であった記憶はないだろうが、それでも、わたしにとっては彼女が星占導だ。

 

 どうして、こんなことになったのだろう?

 

 アピールが足りなかった?

 配信が達者すぎた?

 ああ、遥を助けたからか?

 

 ……わたしはいま、なにを考えた?

 

 自分勝手に遥を助けた挙句、助けなければよかった?

 馬鹿を言うな。

 

 助からなければよかったのは、わたしのほうだ。

 舞浜鈴音のまま死んで、戻らなければよかった。

 死ぬ?

 仮にわたしが死んだら、また巻き戻るのか?

 それで、わたしは、つぎは遥を助けられるのだろうか。こうなるとわかっていて?

 違うだろう。

 悩むまでもない、考えるまでもない問題なんだ、本来は。

 

 わたしは、最低だ。

 

 

   ◇

 

 

 雨が降っていた。

 ひどく滑る階段を駆け降りて、雨ざらしになりながら街を歩く。

 寒さで震えるわたしに、二人組の男が傘を差し出してくる。

 

「どうしたの、一人? 泣いてる? 俺らでよかったら、話聞くよ?」「うんうん、もしかして彼氏に振られた?」「お姉さん大学生? モデルとかやってる?」「無視されるのは寂しいな」「お高く止まってるんじゃねえよブス」「お前なんかが受かるとか本気で思ってたわけ?」「向いてないよ向いてない。自分でもわかるでしょ。だから落ちたの、わかる?」「バーチャルYouTuberが電車に轢かれたのを踏み絵って言ったやつ表に出ろ笑」「返事もできないしセックスもできない。励まされる価値ないよ、お前」「お姉さん、本当に大丈夫?」「花石さんがだめだったのはね、そんな性格だからです。性格の悪い人は、舞浜鈴音になれません」「働くなり結婚するなり、まともな生き方をしなさい」「大丈夫?」「死んだほうがいいのは朔乃ちゃんじゃない?」「結乃はお姉ちゃんみたいになったらだめだからね」「わかってるよ。なるわけないじゃん、気持ち悪い」「行こう」「がっかりしました」「傘、ここに置いておくから、よかったら使って」「誰がお前のこと愛すん?」「君みたいな真面目に勉強してきただけって子は、こっちも飽きてるんだよね。もっとクリエイティブなことをしてくれないと」「俺みたい。共感性羞恥を感じる」「ぐだぐだぐだぐだ長いこと言ってるんじゃねぇよ、そんなんじゃ飽きられるってわからない?」「鈴音ちゃんが苦しむところなんてみたくない。ずっと笑っていてほしい」「笑顔で苦しめ」「お気持ち表明つまらない。チャンネル登録解除しました」「死んだほうがいい」「死んだほうがいい」「死んだほうがいい」「苦しんで死ね」

 

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

 無視し続けていると、男たちはいつのまにかいなくなっていた。雨が冷たく皮膚を射る。

 コンビニのガラスに、自分の姿が映った。唇が青かった。わたしはコンビニに入った。

 煙草を買う。帰り際「あの」と呼ばれた。

 

「傘、よければ貸します」

 

 拙い日本語だった。

 わたしは「いいです」とだけ言って、外に出た。

 

 わたしは煙草に火をつけようとした。喉を壊してしまいたかった。

 ライターを近づけても、くすぶるばかりで、火はつかなかった。

 酸素が足りていないのかもしれない。

 息を吸うと、火がついた。

 強く吸いすぎて、思い切り咽せた。煙が目を炙り、視界が滲んだ。

 

 通話があった。

 遥からだった。

 

 鳴り止んだ。

 

 わたしはスマートフォンを出荷状態に戻し、排水溝に投げ込んだ。

*1
ミシェル・フーコー(2013)「ユートピア的身体」『ユートピア的身体/ヘテロトピア』佐藤嘉幸=訳, 水声社, 16.

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