二周目のVTuber   作:石崎セキ

42 / 49
Interlude_お狐様の件。

 

 

充分はもはや充分ではない。「可〔satisfactory〕」という業績がもはや「可」として評価されなくなったことに気づいた多くの労働者にとって、これはお馴染みのシンドロームなのではないだろうか。*1

 


お狐様の件。

10,649 回視聴 2023/09/02に公開済み

先に、結果だけ述べましょう。

弟は死にました。

 

よくある話ではあるのです。

 

私の神社の蔵には、開けてはならぬと厳命された小箱がありました。

その箱は妙にしっかりと封がされており、

私と弟は「包帯箱」と呼んでいました。

封が、まるで包帯のようだったからです。

 

私は怖かったので近づきませんでしたが、

弟は迂闊にも蔵に立ち入るものでしたから、

よく「そんなところに入ったら、目が潰れる」と怒られたものです。

 

ある日、弟は出来心で箱を開けてしまいました。

 

そこからです。

 

我が家に怖ろしい災禍が降りかかるようになったのは――

 

 ――お狐様の件。――

 

※上記の文章は配信内容と一切関係ありません。

 

・古城葵Twitter

 

◎切り抜き可

 

:たまにホラーやるの何?

:小手先だけで怖がらせようとすな 

:初見です。岡山って怖い場所なんですね

:夏だからってみんながみんなホラーが好きだと思うなよ 俺はしっかり漏らしてるからな 

 

「神主になって、のじゃロリお狐様と夢のスローライフを送りませんか?」

「オタクのスパムメール?」

「第一話は、山奥の古びた神社に行くところからですよね。祖父が神社を残すんですけど、父親から、継ぐにしろ処分するにせよ、掃除が必要だから行ってこいって言われて。大学に入学したばかりで、暇そうな主人公が見に行くことになります」

 

:【至急】のじゃロリお狐様です。助けてください。

:鳥居に座ってるお狐様すき

:最初はお面つけてて欲しい

 

「ったく、めんどくせーな。親父も親父だ。さっさと売っぱらっちまえばいいのに……しっかし、まだつかねーのか? この辺りのはずなんだけど……にしても雑な地図だよな。これ、ホントにあってんのか?」

「住所も番地も書いてなくて、『この辺!!!』って書かれてる地図ね」

 

:存在しないアニメの絵柄が浮かんできて怖い

:熊に遭遇して走り回っていると神社につく

 

「あ、熊いいですね。私が考えたことにします」

「暴君だ」

「邪智暴虐一本で食べていくと決めたので」

「いるなよ、そんなモチベーションのやつ」

「息切れしながら前を向くと、大きな神社があって」

「大きかったら、前を向く前に気づかない?」

「しーっ」

「タブーなんだ、この質問」

「人肉食、親殺し、アニメへの野暮なツッコミ」

「そのレベルの禁忌なの?」

 

:アイディアの剽窃はいいんですか?

:アニメではなくお前の妄想だろ

:マジかよ親殺しと人肉食って駄目なんだな…

 

「へえ……これがうちの神社か。祠を壊す動画でも撮って帰るか」

「三ページ先で変死するYouTuberだ」

「なーんて、ゲッダンです」

「高速回転してる場合じゃないでしょ。下段じゃなくて冗談ね」

「普通に掃除して、帰ろうとしたとき、鳥居の上から声が――」

「お馴染みだね」

「妾は(ふる)い神じゃが、最近、信仰が足りなくてのぅ。長いこと封印されてたのじゃ。じゃが、お主が助けてくれと妾に祈ったおかげで、顕現できた。礼を言うぞ」

「熊に襲われたのが伏線だったんだ」

「本来、ここは別の神の管轄なんじゃがのぅ。お主が祠を壊してくれたおかげで力が弱まり、代わりに妾が出てこられたのじゃ。困ったときの神だなもというやつじゃな」

「神頼みね。神だなもは、たぬきちしか言わないから」

「しかし小僧、神に願うときは、お供えが必要じゃのう?」

「お供え?」

「酒と生娘じゃ」

「邪神なのかよ」

「祠を壊しておいて、出てくる神が善神なわけなかろう」

「しっかり正論だ」

 

:冗談→上段→下段→ゲッダン→高速回転ってハイコンテクストすぎる

:妾が一人称のお狐様いいよね…

:百合?百合ですか?

:そういや封印されてたって言ってたな

 

「生娘は持ってねぇけど、酒なら持ってるぜ」

「大学一年生だよね?」

「しーっ」

「それ万能すぎるな。小学生のバリア?」

「む、ストゼロか。だが、贅沢は言ってられまい。頼まれてやる」

「意外とチョロい神様だ」

「うむ、炭酸の刺激が喉に効くのぅ。ガツンと来るが、レモンの風味がよくて、ゴクゴクいけてしまいそうじゃ。妊娠中の方や授乳中の方、二十歳未満の方以外に(あまね)くおすすめじゃな」

「もしかして、サントリーをスポンサーにつけるつもり?」

「さすがサントリー、美酒じゃ。水と生きるだけではなく、水を活かす会社でもあるのぅ」

「封印されていてもキャッチコピーは知ってるんだ」

「お主も飲め。ほーれ、イッキ、イッキ」

「もうスポンサーがオジャンになった」

 

:生娘を持ってる持ってないで表す主人公イヤだな

:20歳越えて大学に行っていてもおかしくないぞ

:未成年飲酒+イッキの強要でツーアウト

:旧いってコンプラ意識のことかよ

:案件ないなった

 

「はあ……こういうクレーマーがいるから、エロゲーに登場人物はみんな十八歳以上ですって注意書きが必要なんですよ。安心してください。主人公は、ちゃんと去年に成人してますから」

「じゃあアウトだよ。もっと令和に相応しい話にしてね。お酒はハタチになってから」

「お酒はタチになってから……? ネコは飲んじゃ駄目なんですか?」

(はなし)にしてねって、(たぬき)のシステムで言ってないんだよ」

「たたたたたうるさいですよたたたたた」

「反抗を隠せてない」

 

:十九歳じゃねーか!

:狸システムを適用するなら「お酒タチ」になるのでは?ボ訝

:「お酒は」の「は」は音にすると「わ」だからな

:バカの川柳?

 

「妾が封印された理由が気になるか?」

「特には」

「そんなに言うなら仕方ない」

「は以外も聞こえないんだね」

「囲碁にハマったり、俳句にハマったりして、神の業務をサボったのじゃ」

「理由が碁と句だ。ばかみたい」

「……?」

「龍が如くは知らないんだ。ずっと封印されてたから」

「のぅ、この付け髪を見てくれ」

「付け髪? エクステのこと?」

「妾とともに――封印されしエクステじゃ」

「聞いて損した」

 

:もう殺すしかなくなっちゃったよ

:もう殺すしかなくなっちゃったよ

:ばかみたい(ストレートな悪口)

:今日調子いいね

:しょうもなすぎる

:こいつを殴っても罪になるの法律のバグだろ

 

「まあ、そんなこんながあって、一話もそろそろ終盤ですが、お狐様に献上したお弁当を、ふっと後ろから取られて――振り返るとさっきの熊が!」

「ピンチだ」

「く、熊の分際でよくも妾の弁当を! 今夜は熊鍋じゃ! ってお狐様が倒そうとするんですけど、側に小熊がいることに気がついて、『もう襲うなよ』って森に返してあげる……みたいなオチになりそうです」

「お狐様の善良さを最後に出すのはいいかも」

「つぎは油揚げを持ってくるのじゃぞー!」

「良い話みたいに締めたけど、熊以外の内容は神社に来て、飲酒を強要されて、ダジャレを言われただけだな」

 

 

   ◇

 

 

安原(やすはら)くん、このミス何回目?」

「すみません」

 

 安原和之(かずゆき)は頭を下げた。

 工場長は鬼ダルマというアダ名で呼ばれていて、和之もそう呼んでいたが、迂闊(うかつ)にそのアダ名を呼んだところを本人に聞かれて以来、ますます風当たりが強くなったような気がする。

 

「すみませんじゃなくて、何回目か聞いてんの」

「はあ……」

 

 和之が生産に関わっているのは、ブラケットと呼ばれる金具だ。物を固定したり、支持したりするのに使う。

 この工場で生産しているのはL字のもので、製品に傷がないかを目視で確認したあと、箱詰めをして次のラインに流すのが和之の仕事だった。

 

 一年目に左右を取り違えて生産ラインを止めてしまったことを、鬼ダルマから、ずっとネチネチ言われていた。今回は大西(おおにし)という同僚が休み、代理で和之が勤めたが、大西のラインは和之とは左右が逆で、Lの箱にRの製品を混入させてしまったのだ。

 

 怒声を予期したが、鬼ダルマの声音は予想に反して穏やかだった。

 

「もういいよ。明日から、来なくても」

「クビってことですか」

「来なくてもいいですって言ってるの」

「それは、困るっていうか」

 

 和之は口座残高を思い浮かべた。今月の家賃と光熱費を引いたら、(ほと)んど残らない。

 

「わかんないかなぁ……困ってるのはこっちなの。もう組み立てまで行っちゃって、無理に取りつけたから、基板が歪んじゃった。これね、損失は君の月収より高いです。わかってないみたいだけど、重大事故になってもおかしくなかったんだよ? はっきり言って、損害賠償を求めたいくらい。でも、君から辞めるっていうなら、こっちも鬼じゃないからね。しっかり給料を払って、辞めてもらうことになります。自分から辞める? それとも、クビになりますか?」

「……自分で辞めます。すみません。お世話になりました」

「じゃあ、そういうことで。ま、君もまだ若いから、ここを辞めても何とかなりますよ。他所(よそ)に君に合う職場もあるかもしれないしね。それじゃ、この書類にサインして――」

 

 大西に連絡を取ると、翌日、工場の近くのマクドナルドに呼ばれた。

 チーズバーガーを二つ注文して、席に座る。コーラも頼みたかったが、奢ってもらう身分では言い出せず、水を頼んだ。

 

「そらお前、そんなんでクビにできるわけないやろ。鬼ダルマにハメられとるわ」

「え?」

 

 あっけらかんと言う大西に、和之は驚いた。

 

「ええか、俺らは労働者や。鬼ダルマかて、好き勝手できへん。損害賠償とか解雇とか、口に出した時点でアウトや。労基飛んでくるで」

 

 大卒の大西は、和之よりも世事に詳しかった。

 それを聞いて、和之の心は少し軽くなる。あの発言が違法なら、まだ、戻れるかもしれない。

 

「じゃあ、俺も復帰できるのか?」

「俺も一応、調べたるけどな。正直、厳しいと思うで。辞める前と辞めた後とじゃ、大違いや」

 

 調べたる、と言われたのが引っかかった。

 

「そもそも、お前が休まなければ、こんなことには――」

「あのな、そんな単純な話やない。切りたい思うてたところに、たまたまミスが重なっただけや。遅かれ早かれ、切られてたと思うで」

「何だよ、それ。俺は、お前が……お前は……もう、いい」

 

 和之は机に二百円を置いた。

 

「おい、なんやこれは」

「もうお前とは会わない。金は、返す」

「手切れ金のつもりか、あ?」

 

 後ろから罵る大西の声に、和之は振り向かなかった。

 

 

   ◇

 

 

 アパートに帰ると、和之は床に大の字になった。

 

 俺は、友人さえ失ってしまった。

 

 そんな感傷も、現実的な切迫感の前では無力だ。

 住所は必要だ。住所がなくては、次の職場も探せない。家賃の振り込みは、大家に頼んで、待ってもらおう。だが、電気とガスは止められても問題ない。水道も、公園で飲めば……。

 

 死、の文字が頭をよぎる。

 一人で死ぬ気は起こらなかった。死ぬなら、鬼ダルマも、大西も、みんな巻き込んで死んでやる。

 

 だが腹が減り、その気も萎んでしまった。

 

 しばらく工場のアルバイトを探したが、嫌になってやめた。

 

 ぼんやりと、YouTubeでお笑い番組を見る。和之には趣味がない。大西に教わって、無料で漫画を読めるサイトも使っていたが、変なファイルがダウンロードされてからは、怖くてアクセスしていなかった。

 登録チャンネルを見ると、「古城葵&夕立夕日ちゃんねる」がライブ配信をしていた。

 

 登録したきっかけは、覚えていない。

 

 和之はネットミームにも詳しくないし、下ネタもあまり面白いとは思わなかった。徐々に慣れて面白く感じるようになったが、和之が惹かれたのは、二人が時々行う人生相談だ。

 

 先輩の配信で一度マシュマロが採用されたのをきっかけに、和之はますますのめり込んだ。

 大抵は古城が茶化して真面目なムードになることはないのだが、先輩一人のときは、視聴者に向き合ってくれる。

 

 和之は、久しぶりに、先輩にマシュマロを送った。

 

 

仕事をクビになりました。工場長にはムカつくし、助けてくれなかった同僚にもムカつきます。でも世界には外人とかお婆ちゃんとか俺より大変そうな人がいると思うから俺がしんどいって言って良いのか分からない。先輩と古城の配信を見るのが毎日の楽しみで、しんどいけどなんとかやれてます。変なこと書いてすみません。でも本当です。いつもありがとうございます。無理しすぎないでください。俺も頑張ります。

 

 

「配信中に新しいマシュマロが来たから、これを読んで終わりにするね。とりあえず、お仕事お疲れさま。クビになってつらいし、苛立ちもあるけど、自分より大変な人もいるから、つらいって言っちゃいけないんじゃないかってマシュマロだね。確かにきみが言うように、外国人の方やお年寄りの方にも、それぞれのつらさがあるんだと思う。でも、きみがつらいかどうかは、きみが決めていいんだよ。きみがつらいというの権を他人に握らせるな。その人たちを労るみたいに、どうか自分を愛してあげて」

 

:ママぁ…

:いうの権、気持ち悪

:ママはちゃんと自分を愛せてる?

 

「ママじゃないって言ってるでしょ。自分のことは、ちゃんと愛せてるよ。わたしくらい他人に厳しくて自分に甘い人はいないから。みんなに自己肯定感わけてあげたいくらい。そんなわたしでも自分のこと愛してるんだから、きみも愛そう。ナルシストになろう」

 

:育児放棄するってこと?

:先輩が他人にきびしいイメージはないけど

:何って、自分を愛しただけだが?

 

「最悪のなろう系やめてくれる? ナルシストになろうって、そういうことじゃないんだよ。なろうって言ったらその構文出てくるの、言葉狩りすぎるからね。でも、自分を愛する能力って、じつはチートなのかも。『勇者パーティーを追放された俺、外れスキル《他責》で異世界を無双する』」

 

:外れすぎるて

:追放もやむなし

:エクストラスキル《他責》がユニークスキル《自愛》に進化しました

:どんな罪も他人に押しつける程度の能力

:誰が共感できるんだ、その主人公

 

 言っていることは半分以上わからなかったが、声が可愛らしいので聞いていられる。

 何より、自分の言葉をしっかり理解して、それを踏まえて話が展開していくのが嬉しかった。

 

「それじゃあ、また明日」

 

 と、先輩が言う。

 

 明日……。

 和之は、「また明日」という言葉を、何度も頭の中で繰り返した。

*1
マーク・フィッシャー(2018)「形あるものみな広報へと消えゆく――市場型スターリニズムとお役所型生産」『資本主義リアリズム』セバスチャン・ブロイ, 河南瑠莉=訳, 堀之内出版, 104.

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。