二周目のVTuber   作:石崎セキ

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(39)都市空間.exe

 

 

しかし、観客と演者がいて成り立つエンターテイメントを享受する際には、演者側の「焼き尽くす」覚悟に乗っかるかたちで、観客側にも何かしらの意味でそれを見て燃え尽きるぐらいの「覚悟」が必要とされているのかもしれない。*1

 


 

 土曜の昼過ぎだったが、駅は賑わっていた。

 会社の勤め人風の人々や、大学生風の人々が、わたしたちの後ろを通り過ぎてゆく。券売機とチャージ機が併せて四台あったが、使っているのは、わたしだけだった。風邪の引き始めのような悪寒が、脊髄(せきずい)の辺りから染みだしてくる。

 

「大丈夫ですか?」

「大丈夫」

 

 平静を装ってはいたが、動揺が伝わっていたようだ。

 倉瀬が労るように、わたしの背を撫でた。

 

 パネルを操作する途中で、太ももの筋肉が脱力する。

 膝が前に突き出たせいで、バランスが崩れる。咄嗟に手のひらで支えたが、思っていたよりも大きな音がして、改札前の窓口にいる駅員が、それとなくこちらに意識を向ける。

 

 取りだした切符は、小刻みに震えている。

 改札に入れるときに手間取った。後ろで待っていた人が、べつの列へと流れる気配を感じる。何度かつっかえて、やっと入ることができた。倉瀬が、お手洗いへの案内が貼られた柱に寄りかかって待っている。

 

 階段を降りると、蛍光灯が、ウランのような緑色で構内を照らしている。腰がベンチに落ちる。赤い服を着た男の子が軽やかに走ってくる。両親がゆっくりと歩いているのを見て、わたしたちの前で立ち止まる。わたしと目が合うと、男の子は怯んだように両親のほうへと駆けてゆく。男の子の母親が、奇異なものへの眼差しを、わたしに向ける。

 歩きスマホの使用を咎めるアナウンスが流れている。電車が唸り声をあげて、向こう側のホームにつく。ブレーキの音。悲鳴のような。肩が跳ねる。心臓が激しく脈打つ。呼吸が苦しい。

 

 倉瀬の手が、わたしの手を包む。

 

 

   ◇

 

 

 JR新宿駅の西口から北西へ向かう。

 都庁通りに沿って、三井ビル、住友ビル、京王プラザホテルなどの超高層ビルがそびえ立っている。新宿センターグランドホールは、その巨塔たちの足元に、静かな存在感をもって鎮座していた。

 

「わ、綺麗ですね。写真撮ってもらっていいですか?」

 

 わたしは、全面ガラス張りのピラミッドの前で、倉瀬が両手でピースをする。

 ピラミッドは入れ子型になっており、四角錐のライブホールを丸ごと飲み込んでいる。外側のピラミッドにわたしが映り込んでしまったので、撮り直そうとした。だが倉瀬がそれを止め、代わりに、わたしと並んで自撮りする。

 

 久しぶりに乗った電車のせいか、わたしの笑みは強張(こわば)っていた。

 これが遺影になっては、成仏どころではないだろう。せめてもう少しまともな写真を残しておくべきだったなと後悔する。

 

 中に入って、エスカレーターで五階へ向かう。

 ホールの外周をめぐる空中回廊からは、蜂の巣型のフレーム越しに、夕暮れ時の町並みを眺望できた。

 

 わたしたちは関係者席を譲ってもらったが、入場時間は他の客と変わらない。

 喫茶店で時間を潰そうと考えていたが、みんな同じことを考えていたようだ。鈴音のぬいぐるみを椅子に座らせている人、傍らに鈴音の缶バッジをつけたリュックを置いている人、スマホカバーの背面に鈴音のシールを貼っている人。引き返そうとしたところでカウンター席が空き、横並びに座る。

 

 客層としては二十~三十代の男性が多いように見えた。

 それでも女性の姿もちらほらと見られる。男性は一人のことが多いが、女性は何人かで来ていることが多いようで、わたしたちが悪目立ちすることはなかった。見覚えのあるライバーの姿も見かけたが、今回は面識がないので、気がつかなかったことにしておく。

 

「こんなにいるんですね、ファンの人」

「やっぱり、実際に見ると全然違うよね」

 

 小声で話す。

 わたしと鈴音の接点は少ないが、箱推しもいるので、一応の警戒は必要だろう。

 

 四周年ライブまでは、全国の小さな箱に同時配信する形で行っていたが、五周年ライブは事務所が特別に気合を入れてくれる。結局、バーチャルYouTubeと言ってもその場に演者がいたほうが、ファンとしては嬉しいのだ。そうでなくては、五〇〇〇人規模の会場を満員にすることはできない。

 

「私の鈴音ちゃんが大きくなって……」

「わたしの鈴音だけど」

「先輩が言うと笑えないです」

 

 しばらく話していると開場時間が近づき、店内からは潮が引いたように人が減っていった。

 わたしたちも会計をすませて二階へ行く。

 いつの間にか物販のブースができて、長蛇の列を成していた。ブース前のモニターで、鈴音のSDキャラが踊っている。「並びます?」と倉瀬が言ったが、ライブの開始に間に合わない可能性があるというので、人数制限が設けられていた。オンライン販売に回すつもりで発注しているはずなので、足りなくなることはないだろう。

 

 ライブホールは、地下一階、一階、二階の三層に分かれている。

 わたしたちは最上階での観戦となっていた。指定された中央の席に辿りつく。巨大なスクリーンが、ちょうど正面から見える位置だ。いちばん良い席を用意してくれたらしい。わたしの右隣には倉瀬が、左隣には喫茶店で見かけたライバーが座った。

 

 スクリーンに、鈴音のSDキャラが映った。

 ざわざわとしていた会場が、一気に緊張に包まれる。アニメーションが流れ、携帯電話をマナーモードにすることなどの注意事項がコミカルに説明される。観客の緊張が緩み、笑い声が起きていた。

 

 その映像が何回かループして、照明が落とされる。

 

 舞浜鈴音のライブが、始まる。

 

 

   ◇

 

 

 無形のはずの静寂と期待が、スクリーンを灼くかのようだった。その感情を焦らすように無音の時間がつづき、観客の集中が逸れる数瞬の前。会場に、四方八方のスピーカーからアラーム音が鳴り響く。そして前奏が始まるが、鈴音の姿はない。そこに、

 

「遅刻遅刻~!」

 

 スクリーンの右端からパジャマ姿の鈴音が走ってきて、派手な音を立てて(つまず)いた。

 

()てて……」

 

 尻餅をついた鈴音を、会場が暖かな笑いで出迎えた。

 もちろん計算され尽くされた演出であるのだが、遥が演じる舞浜鈴音らしくはある。

 

 間髪を入れずに、第一曲目の「スキップスリープ」を歌い始める。

 寝坊した鈴音が、慌てて配信を始めるまでの物語だ。鈴音はパジャマの袖を振り回しながら、ステージの端へ端へと跳ね回る。

 定番の曲だが、振りつけに合わせて、魔法少女ものの変身シーンのように、パジャマが優雅なドレスへと変わってゆく。どこか結婚衣装を思い浮かばせるような純白のドレスが、真っ暗な会場とのコントラストで美しく映えていた。

 

 鈴音がパジャマをスクリーンの左端へと放り投げると、その落下の軌道に合わせて、空中にデスクトップ・パソコンが現れる。パソコンは片脚の丸テーブルに載っていた。鈴音がパソコンを起動すると、ぶつん、と音を立てて画面が配信画面に切り替わった。

 

「見えてますか~? 聞こえてるかな」

 

 キズナアイの自己紹介動画をオマージュしたセリフに、隣の人がくすりと笑った。

 

「聞こえてるよー!」

 

 と、女性の声がする。最前列のほうからだ。サクラかと思ったが、遥の性格からして、そんなものを用意するとは思えない。純粋なファンだろう。

 

「聞こえてる? よかったー! みんなー! 今日は来てくれて、ありがとう!」

 

 鈴音が満面の笑みで両手を振ると、会場の五〇〇〇人がいっせいにペンライトを突き上げ、地鳴りのような歓声がピラミッドの頂点へと駆け抜けていった。

 

「いやー、五周年だよ、五周年。私がデビューしたときに生まれた子どもが、もう簡単な保存課題をこなせる年齢だよ? びっくりしちゃうよね」

 

 配信でお馴染みの――というほど見ているわけではないが――心理学のジョークを交えながら、遥は如才なく進行する。

 

「一つ目のコーナー! 舞浜鈴音五周年記念クイズ〜! 電源切ってくれた人、ごめん! いま画面に映ってるQRコードを読み取って!」

 

 QRコードを読み取ると、専用のWEBページに遷移した。

 

「このコーナーは、一曲目ですでにヘトヘトの私が体力を回復するコーナー兼この五年間の振り返りをするコーナーです! 私も問題は初見だから、みんなとどっちの得点が高いか競います! 自分のことは自分が誰より知っているから、正直、みんなに勝ち目はないと思うけど……ファンとして食らいついてね? それじゃあ、さっそく第一問!」

 

 スクリーンに星占導が現れて、鈴音についてのクイズを出題した。第二問目はマフィンが、三問目はふたたび導が出題する。鈴音と同期の二人が持ち回りで作問したようだった。堅実な問題は導が、意地悪な問題はマフィンが担当したらしい。

 

「結果はみんなが五問中四問正解で、私が三問正解! 推しのクイズに全問正解できないってマジ? この五年間、何やってたの?」

 

 会場の中ほどで、赤色のペンライトが振られた。

 

「ちょっとそこー! 抗議にペンライトを使わない! この会場は独裁とさせていただきます。……と、これでクイズは終わり! もう使わないから、スマホの電源を落としてね!」

 

 このためのQRコードかと感心する。

 おそらく確実に電源を切らせるために、あえて序盤でスマートフォンを使わせたのだろう。夕立夕日としてライブをする機会があれば参考にできるかもしれない。

 

「よし、これで会場で何かあっても、助けを呼べないねぇ……」 

 

 冗談を交えて二曲目に移る。

 二曲目は、ボーカロイド曲のカバーだった。歌詞に「神」という言葉が登場するたびに、会場の壁に一つずつ「神」の字が現れ、いつの間にか会場全体を覆い尽くすほどに増殖する。だがサビに至ると、それらの文字が地面に叩きつけたガラスのように粉々に砕け散る。わたしも知っていた曲だが、考えたことのない解釈で新鮮味を感じた。

 

 一曲ごとにMCを挟み、箱の仲間や関係者からのお祝いのメッセージを消化すると、残るは二曲。

 

「ここからはアーティストモードで、終演までノンストップで歌います!」

 

 終了を惜しむ声が会場に響いた。

 

「だから今のうちに言っておくね! また明日! そして最後まで、ライブを楽しんでください! この曲が、みんなに最初にお披露目した曲だったよね」

 

 ――「≠輪廻」。

 

 真っ黒な幕が降りてくる演出。

 

 静寂。

 

 そしてたっぷりと二十秒ほど時間を取って幕が上がる。

 幕の隙間から、鈴音のすらりとした脚が覗いた。

 

 前奏。オルガンの荘厳な低音が、ステップで駆け上がるように高音へと至る。その響きに、驟雨(しゅうう)のようなピアノの乱舞が随伴した。

 鈴音が大きく息を吸い、讃美歌のように高らかに歌い上げた。この曲は短い時間で同じメロディを繰り返しながらも、ループの終端でうねるような不協和音が半音交じるため、デジャブのような奇妙な感覚を生じさせる。

 

 祈りのポーズをする鈴音の背後に、彼女が五年間受け取ってきたコメントが流星群のように降り注ぐ。

 やがてそれらの言葉は浮かび上がり、光の粒となって鈴音の中に吸収されていった。

 

 万雷の拍手が鳴り響くなか、スクリーンに最後の曲名が表示された。

 

 「都市空間.exe」。

 

 新曲だった。

 無数の青い海月(くらげ)がゆらゆらと揺蕩(たゆた)い、快哉(かいさい)を示す。

 シンセサイザーによる重層的なビートに合わせて、鼓膜を刺すような錆びついた金属音、無機質なシステム音、都市の雑踏などのノイズが重ねられる。

 喧騒に紛れて、鈴音の独唱は、先ほどまでの力強さが嘘であったかのように弱々しかった。

 

 夜空の下で懸命に声を張り上げる鈴音。

 

 だが、声は誰にも届かない。

 都会への怨嗟が鈴音の口から漏れる。か細い鈴音の声に対して、リズムはますます加速し、今にも爆発しそうな張り詰めた空気の中。ぴたりとすべての音が消えた。鈴音の声が一気に力強さを増し、会場全体に暴力的なまでに響き渡る。

 

 語られるのは、打って変わって都市の美しさだ。

 都市にある無数の営み。ペンライトの光が一人一人の人間が放ったものであるように、都市の明かりは人々の生活によって成り立っている。鈴音もその中の一人であり、喜びがあり、苦しみがある。けれど、すべての光を満ち足りたものにしたい。たとえ些細なものであるにせよ、確かな幸福を与えたい。そのような祈りの言葉とともに、曲はいよいよクライマックスに達しようとしていた。

 

 鈴音の姿がふと掻き消えて、会場が闇に包まれる。

 

 その瞬間。

 

 会場のすべてのドアが開いた。

 わたしたちの前に、本物の新宿が現れる。

 ただの夜景が、この曲を聞いたあとでは、かけがえのないものであるかのように感じられた。

 

「わぁ……」

 

 思わずといった様子で、倉瀬が感嘆の声を上げる。

 だがその声は、歓声に紛れて掻き消えてしまった。

 

「ありがとう」

 

 鈴音の生の声がホールに響く。

 

 アンコールは、不要だった。

*1
中村香住(2022)「観客は演者の「キラめき」を生み出す存在たりうるのか:『少女☆歌劇 レヴュースタァライト』を通して「推す」ことの葛藤を考える」『アイドルについて葛藤しながら考えてみた』香月孝史ら=編, 青弓社, 196.

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