生と死を量る二つの手のひらに同じ白さで雪は降りくる*1
【500コイン】緊急!娘が反抗期になったらどうする?
「今日は久しぶりに、私と先輩の
「
「愛する娘と書いて
「わたしが命名に立ち会えていたらな」
「
「目に入れても痛くない娘だからね」
「いえ、なまこみたいで可愛いからです」
「その価値観どこで拾ってきたの? ゴミ箱?」
「
「
「納得してもらえてよかったです」
:古城、生娘ってワード好きだね
:前もぬめりが可愛いとか言ってたから本気で可愛いと思ってる可能性がある
:相変わらず交渉が上手い
「もしアイコが高校生になって、反抗期になったら、どうしますか?」
「落ちつくまで待つしかなくない?」
「でも、凄い荒れ方なんですよ。兎のぬいぐるみを殴って」
「ネネちゃんの荒れ方」
「こら、クロスカウンターはやめなさい!」
「ぬいぐるみサイドが殴ってくることもあるの? だったら正当防衛でしょ」
「ねえ、知ってる? 兎って、殴ると死んじゃうのよ」
「森羅万象そうだよ。なんでちょっと豆しばチックなんだ」
:家庭環境が家庭環境だからな
:そのぬいぐるみ捨てても戻ってきそう
:しばが別の意味になるだろ
「うるせぇなババア。家燃やすぞ」
「自分も困るだろ、同じ家なんだから」
「うっ……こらアイコ! 謝りなさい! この家はリスナーからの青スパで建ってるのよ!」
「青スパ限定なの?」
「どうせドブに捨てた金でしょ。ドブが燃えたって、リスナーも構わないよ。……あっ、夕日ママ、おかえりー。ねえねえ聞いて。今日、学校でさー」
「葵との間で何があったんだ」
「ぐっ……夕日ママは、これからお仕事だからね。配信の間は、できるだけ静かにするのよ」
:スパチャ御殿
:¥100 ローンの足しにして
:¥120 ドブ浚い代
「今からわたし、配信の中で配信するの?」
「配信の中……?」
「憑依型すぎるって。……はいどうも、夕立夕日です。今日はマイクラで、メントスコーラを再現できるまで終われない耐久配信をしていきます」
「夕日ママ」
「えーと、すみません、葵に名前を呼ばれたので、いったんミュートしますね」
「こらアイコ! 先輩が家族のためにYouTubeよくばりセットを配信してるでしょ! 邪魔しないの!」
「アイコ、どうしたの?」
「この人、葵ママじゃない」
「こわ」
「葵ママは夕日ママのこと、いつもラブぴって呼ぶから」
「きっしょい関係」
「ちいっ、あんたらそういう仲かよ」
「断じてウソだよ」
:マトリョーシカだ
:アイコが高校生になっても続いてるメントスコーラのコンテンツ力が強すぎる
:古城ならママと呼びかねないからセーフ
「俺はこの女に殴られていた、兎のぬいぐるみの悪霊だ」
「悪霊って、自分で悪霊って言うものなの?」
「俺たちぬいぐるみは、今日、全員で町を占領する」
「ぬいぐるみぐるみで」
「手始めに、この女の体を乗っ取ってやったというわけさ」
「どうして町を占領するのに葵の体が必要なの?」
「この女は町の人気者。この女が下れと言えば、みな下るだろう」
「すごい自信」
「そんなことはさせない!」
「よくそのテンションでいけるね、アイコも」
:悪さを自覚できてるだけこの世の悪に比べたら善良
:青スパで家が建つくらい人気だもんな
「夕日ママ! 塩を持ってきて!」
「わかったよ。塩は浄化に効くって言うしね」
「おおっと、俺に塩なんて効かないぜ。それに、塩は事前に処分しておいた。仮に効いたとしても、もう手遅れなんだよ」
「めちゃくちゃ効きそうだ」
「なんて周到な……はっ! そうだ夕日ママ、こいつを無視して!」
「無視?」
「ぐっ……や、やめろ……」
「アイコ、どういう理屈なの?」
「やっぱりね……こいつには、塩対応が効くんだ」
「そういえば、最初の放火のくだりで
:ナメクジ並の生命力
:先輩に無視されたら心にくるもんな
:雑な伏線回収助かる
「はっ……ここは家? 先輩、アイコ、無事だった?」
「元に戻ったんだね」
「なに意識取り戻してんだババア」
「仲悪くはあるんだ」
……
…………
………………
「次回は、アイコが彼氏を連れてきます」
「アイコのほうが、わたしたちより真っ当な人生を送ってる気がする」
◇
「そのまま持つと、崩れちまうぞ」
と
「すみません、結び直します」
「いいよ、一緒にやろう」
箱は、想像よりも重かった。箱の底が、みしりと
◇
夕方の高速道路は、少し渋滞をしていた。
「ありがとな、
「そんなこと、ないです。こちらこそ、鈴木さんの指示のおかげで、なんとかやれてます」
鈴木は、左手をハンドルから離し、手をひらひらとさせる。
「いや、お前さんの努力だよ。慣れてきただろ」
鈴木は四十七歳のオッサンで、
がっちりとした体格のスキンヘッドで、サングラスをつけている。おまけに熊のような髭。そのあまりにヤクザっぽい風貌に和之は萎縮したが、見てくれにそぐわず、いい匂いがする。最近、娘に「臭い」と言われたのを気にして、香水を買ったらしい。
工場を解雇されてから――自己都合ということになっているが――和之は、引っ越し会社に転職した。工場の仕事は何度も落とされたので、思い切ってべつの業界に応募したら、どういうわけか三社目で通ったのだ。
「確かに、慣れてきたのかもしれません」
引っ越しの仕事は、力仕事だ。
初仕事の翌日は、体中が痛んで動けなくなるほどだったが、コツを掴んでからは重い荷物も無理なく持ち上げられるようになった。筋肉もついたのかもしれないが、腰の落とし方や順番などの工夫で負担が激減するのだ。
とはいっても、運転まで務める鈴木を見ると、素の体力も重要だと思わされるのだが。
二人は高速道路でサービスエリアに向かっていた。
本来なら新宿の営業所で和之を降ろして鈴木が一人で行く手筈だが、今は和之が研修期間のため、鈴木についている。
栃木県のサービスエリアで降りると、和之は車の状態をチェックをした。
ここで外装に傷があったり、タイヤの空気が萎んでいたりしたら、申し送り事項を書く必要がある。
だが、今回は何事もない。
確認がすむと、鈴木は
鈴木はスマートフォンで、運行管理者を呼びだす。その場でチェッカーを吹いて、数値をカメラに見せた。
「忘れ物はないな?」
和之はポケットも確認したが、問題なさそうだった。
関係者以外立ち入り禁止と書かれたドアをくぐり、古びた鉄製の階段を登ると、高速道路を
「ここ、来られるんですね」
「あ?」
騒音のせいで、和之の声は聞こえなかったようだった。空は暗くなり、過ぎゆく車の群れはライトをつけている。
「関係者しか入れないと思ってました」
「俺たちゃお得意さんだからな。関係者だよ、関係者」
反対側のサービスエリアに辿りつく。福岡ナンバーのトラックの前で屈んでいる男に、鈴木が「お疲れ」と言う。鈴木と同年輩だろう。こちらもやはり、ガラの悪い男だった。
「おうお疲れ」
「チェックは?」
「もう終わる。そこのは?」
と、男は和之を顎でしゃくった。
「新人だよ。研修中だ」
「おうそうか、よろしくな」
「よろしくお願いします」
男が怪訝な表情を浮かべて、鈴木を見る。
「ソープ帰りか?」
「馬鹿言うな。俺は嫁さん一筋だ」
「いや、女みてぇな匂いがすると思ってな」
「煙草よりはマシだろ?」
男の終了点呼が終わると、キーを交換する。男が和之たちが停めたサービスエリアに向かう。
男が乗ってきたトラックのエンジンをかける前に、アルコールチェックをする。
「またですか?」
まだ十分も経っていなかった。
「そういう決まりなんだよ」
近頃は運送業界の人手不足が騒がれているが、和之の会社も、業務改善に乗り出した。
その一つが、車両の交換だ。各営業所の中間地点で車両を交換することで、移動時間を半減できる。だが、車両を交換する際に開始の点呼を取る必要があり、この短時間でのアルコールチェックが生じているのだ。
今朝の運転開始から五度目のチェックも、当然シロ。
トラックのドライバーは、こんなに徹底しているのかと、和之は驚かされた。
「うお、やっぱ煙草臭えな」
これじゃあ香水の意味がねぇ、とボヤきながら鈴木はシートベルトを閉める。「ハンドルもベタついてやがる」
香水と煙草の匂いが交じって、車内には奇妙な匂いが充満していた。
許可をもらって、窓を開ける。
対向車線のハイビームに目を細めていると、鈴木が訊ねた。
「ラジオ聞くか?」
「いや、あんまり」
「そうか。やっぱり、テレビか?」
鈴木の質問に「テレビも見ないですね」と答えながら、さっきの質問は、今ラジオを流すかという意味だったのだろうか、と思う。
「じゃあ、YouTubeか?」
「はい、まあ」
「俺も釣りとか見るぞ」
「釣りしてるんですか?」
「最近は行けてないけどな。安原は?」
「釣り、したことなくて」
「釣りはいいぞ、ワカサギとかな」
「あの、穴とか開けるやつですよね」
何か気の利いたことを言わなくてはと思うのだが、何も思い浮かばない。先輩や古城は、どうしてあんなにすぐに出てくるのだろう。
「氷の上で釣るならな。安原は、どういう動画を見てるんだ?」
「まあ、あの。VTuberってわかります?」
「おお、娘が好きらしくてな。ろふまおって知ってるか?」
「聞いたことはあります」
「そうかそうか、どんなVTuberなんだ?」
娘は話してくれなくてな、と鈴木は言う。反抗期なのだろうか。
「俺も詳しくは知らないんですけど、ユニットの名前だと思います」
「ああ、AKBみたいなもんなのか」
「そうです」
「じゃあ、安原はどんなのを見るんだ?」
「俺は、その、夕立夕日ってVTuber見てます」
「女か?」
「まあ、はい」
和之は口ごもる。
女性VTuberを見ていると言うのが、何となく嫌だった。そういう目で見ていると思われてしまうのではないか。俺は、可愛いから好きなのではない。そうではなくて。
「どういうVTuberなんだ?」
「その、面白くて」
だが、面白いと言ってから、これも違うなと思った。
「その、俺、クビになって、上司とか同僚とか、殺してやろうかって思って、でも腹減ったから、それやめて、動画でも見るかって、配信見たんです。それで、その人にコメント送って、話聞いてもらって、正直それ分からなかったんですけど、すごくよくて。それで、普段はその人そんなこと言わないんですけど、その日が木曜で、また次の日に配信あったから、また明日って言われて、あ、俺、明日があるんだって。上手く言えないんですけど、でもなんていうか、救われたっていうか、そう、救われた……救われたんです」
気がつけば、言葉が止まらなくなっていた。顔が熱い。自分でも空回りしていると思ったが、喉元から言葉が、吐き気にも似てせり上がってくる。
「じゃなかったら、もしかしたら、もしも、もしもの話ですよ? 俺、人を殺してたかもしれない。駅のホームとかで、思うじゃないですか、思うんです、これ押したら死んじゃうなって。ふつうに働いているやつとか、なんで俺はふつうに働けないんだろって、思うじゃないですか。そいつは上司じゃないんですけど、だから違うんですけど、なんていうか、みんな死んじまえっていうか、みんな、背中を押したら終わるんです。キモいですよね、こんなこと考えるの。でも、クビになってから、こういうことばっか考えて、でも、俺には明日がある、明日があるんだって、そう思って、すみません、意味わかんないと思うんですけど、そんな感じです」
鈴木は無言で頷いた。
引かれただろうか、と思ったが、サングラスの陰で涙が光っていた。
「だ、大丈夫ですか?」
「悪ぃ、ティッシュ取ってくれねえかな」
「はい。でも、止まったほうが」
「俺は大丈夫だよ。安原、大変だったんだなぁ」
「すみません、変な話して」
「いいんだよ。なあ、その子の配信、聞かせてくれねぇかな」
和之はスマートフォンを操作した。エンジンの駆動音と風切音などの騒音にまぎれて、小さな声が聞こえてくる。
和之は、耳をすませる。
前にはテールランプの赤い列が、脈打つように、遠くまで続いている。