蟹の恋愛シミュレーションゲームを作ろう!
「今日は蟹の恋愛シミュレーションゲームを作ります」
「どこに需要があるの?」
「うん、夕日ちゃんはどこに需要があると思う? 一緒に考えてみようか」
「子供扱いしないでくれる?」
「大人に見られたいと思ってるうちは、まだまだ子供だよ」
「何そのハメ技」
:蟹だけに静かにってかガハハ
:古城は意外と子供に懐かれそう
:無敵か?
「まずは設定ですね。伝説のイソギンチャクの下で告白をすると、必ず成功する、と言われています」
「効果があるとは思えないけど」
「一説では、呼び出された時点で、告白される側は告白されることを意識しているから、伝説のイソギンチャクの下に呼び出せた時点で勝ち確してるということです」
「蟹の世界にも捻くれた奴らはいるんだな」
「そもそも逆張りで横歩きしてる種ですからね」
「よく敵に回すね、種を」
「いいんですよ。柿投げて一撃です」
「猿の
「そんなことより、今はアマガニの話をしましょう」
「しょうもないパロディ」
:さらに逆張りして縦歩きする蟹もいるぞ
:投げるためのかきもあげますよ
:伝説の木の下で告白するなら、ときメモでは?
「ヒロインはバラエティー豊かにしたいですね。ズワイガニのズワ子、タラバガニのタラ子、サワガニのサワ子」
「イソギンチャクまでたどり着けない蟹がいるね」
「留学生のサワ子ですね。どうも水が合わないらしく、病気がちです」
「帰してあげなよ」
「クライマックスでは、サワ子に横恋慕していたサワ夫を殺してしまいます。サワ夫の死体を埋めます。そして誰もいない汽水域に逃げることを決意。熱いキスをした二人の表情は輝いていましたとさ」
「葵の死体埋めフェチって、蟹にも当てはまるんだ」
「ディープキス汽水域
「ノリがデッドデッドデーモンズデデデデデストラクションだ」
:蟹だけに横恋慕ってかガハハ
:よく噛まずに言えるな
:先輩と古城が埋める二次創作をください
「いいですね。リスナーのみんなは描いてください」
「最悪なコメントを拾って煽動するな」
「最悪って……リスナーに失礼ですよ」
「失礼って感覚って葵の中にもあったんだ。勉強になったよ」
「はい、勉強してください」
「わたしの中にも失礼って感覚はあるからね」
:公式ってことですか?
:失礼って感覚があってよく古城といられるな
「他の攻略対象に、ニイチ蟹のニィ子もいます」
「ニイチ蟹って、もしかして九九の話?」
「禁書のサンニガ録を読み解いて、ニィ子と二人でカケ山に向かいます。そこに悪役が現れて……」
「その
:2×5=10ってこと?頭の回転が速すぎる
:汽水域でもギリギリなのに山はもう無理だろ
:悪役、サングラスかけた蟹でしかイメージできない
「それでニィ子の
「葵が張り合ったせいでニィ子が死んじゃったけど?」
「デッドエンドです」
「ギャルゲーに
「それはニトロプラスへの悪口として受け取っていいですか?」
「べつにいいよ。ニトロプラスにはチャンネルとして正式に謝罪を求めよう」
「やけにならないでください。私が悪かったです」
:勝てるわけがなさすぎて
:じゃあお母さんがニトロプラスに謝ればいいんだ?
:たまにある先輩の逆襲シリーズ好き
……
…………
………………
「次回は
「
◆
「おはようございます」
「あらおはよう。もうほんと、ヤんなっちゃう暑さだわぁ」
わたしが家の前について日傘を畳もうとすると、隣の家のおばあさんが、ドーベルマンを連れて散歩へ行くところだった。サンバイザーに反射した太陽光に目がくらんで下を見やると、放し飼いと変わらないくらい長いリードが、地面でとぐろを巻いている。
舌をだらりと落としたドーベルマンが、ハッハッと荒い息を立てて、こちらに近づいてくる。リードはいささかも緊張しない。地面によだれが垂れてわずかに湯気を発する。わたしはいちおう屈んだが、正直にいうと、あまり近づいてきてほしくなかった。
犬のほうでもわたしの気持ちを敏感に察したのか、回れ右して反対方向へ向かっていく。その後、わたしを睨みつけて獰猛に吠えた。
「嫌われちゃったみたいですね」
内心で安堵しながら、わたしは立ち上がった。
「倉瀬さんにはすごく懐くのよ。花石さんに嫉妬してるのかしら?」
と、
「レオくんに懐かれるなんて、わたしが倉瀬に嫉妬したいくらいですよ」
そう言うとおばあさんは嬉しそうにして、熱中症には気をつけるのよ、としわくちゃの手で塩飴を一つわたしに握らせた。
大丈夫きっといつか懐くわよ花石さん可愛いんだし、ほらこの子、可愛い子好きだから。だから倉瀬さんにも懐くのよねぇ。二人とも美人で羨ましいわぁ、旦那さんになる人は幸せねぇ。どう、今度、二人で餌をやりにこない? とおばあさんは一息で言う。
誰が自分を怒鳴ってきた人間と喜んで食事をするというのか。たとえ接待費が出たとしても、一緒に食べるのはごめんだ。
それが犬になると、どういうわけかみんな、そんな考えが浮かばないらしい。
「嫌がる子に無理にあげるのも可哀想ですし、柿並さんがあげたほうが、やっぱりレオくんも喜ぶと思います」
とわたしは精一杯の笑みを作って返事をした。
これありがとうございます、と飴玉の袋を掲げる。
「美味しくいただきますね。柿並さんも、熱中症にはお気をつけください」
リビングは閉め切られており、廊下は湿気で外よりも暑かった。
リビングを開けるとエアコンの冷気がわたしを歓待するが、期待していたよりも温度は高い。倉瀬は代謝がいいためか、エアコンの温度を二九度にしていることが多い。わたしは自室では二五度にしているので、これではレオくんさながら、舌を落としてグロッキー状態になってしまいそうだ。
「あっ、おかえりなさい」
と倉瀬がリビングで寝転がったまま、上体を起こして言う。
最近、倉瀬がリビングで横になっていることが増えた。
体調を崩したわけではない。今まではわたしが来たときに居住まいを正していたのだが、それをしなくなったのだ。少しは慣れてくれたのかな、と思う。
わたしは帰宅後のルーティーンをすませ、シャワーを浴びた。その間に倉瀬が麦茶を入れておいてくれたので、それを飲むと、生き返ったような心地がする。もう二度と生き返りたくはないが。ちらりと見ると、エアコンの温度も二七度に下がっていた。
しばらく雑談に興じたあとで、
「3Dを作ろう」
とわたしは言った。
「いいですね」
倉瀬は同意を示してから、「でも、どうして今なんですか?」と訊ねた。
「活動資金が貯まってきたから」
わたしたちは収益の四〇パーセントずつを各自の口座に振り込み、残りの二〇パーセントを積立金にする、という方針を立てていた。
収益が一〇万円の場合、四万円ずつ振り込まれ、二万円を積み立てることになる。
倉瀬がアルバイトをやめられるようになり、積立金は二人分の3Dモデルを作れる金額に達した。
「3Dモデルって、動かすのにもお金がかかりますよね」
「そうだね。だから、あんまり3Dを稼働させるつもりはないよ」
ちゃんと動かしたいなら、スタジオを借りるしかない。動かすたびにコストがかかる。それが3Dモデルだ。もちろんスタジオに行かずとも動かすことはできるが、それにしたって、なんの機材も買わずにすませるわけにはいかない。要するに、金食い虫なのだ。だから3Dモデルを持っているVTuberでも、普段の配信では3Dモデルを使わないケースが多い。
「じゃあどうして必要なんですか?」
「必要経費。3Dモデルを持っていることでメリットがあると言ってもいいけど、持っていないことで受ける機会損失を減らす、って言ったほうがわかりやすいと思う」
同じVTuber同士でも、2Dと3Dで共演することはあまりない。とりわけテレビでは、3Dモデルがないなど論外だ。企画を立てるとき、2Dしかないからといって出演者の候補から外されるのは避けたかった。
コドクさんがよく言うように、たとえば天蓋プラネなどのレベルのライバーとのコラボには、一〇〇万円以上の価値がある。案件の相場がその程度である以上、一度の配信で、一〇〇万円以上の価値を生み出せなくては話にならないからだ。
その話を鵜呑みにするなら、一回コラボに呼ばれさえすれば元が取れることになる。
事実、わたしたちがVTuberとして自立できるようになったのは、直接的にはプラネのおかげだ。あのコラボがなければ、わたしは今でも貯金を切り崩しながら生活していただろう。
そのように説明すると、倉瀬は、なるほどと頷いた。
「コラボならυProのスタジオを使うことになるでしょうし、スタジオ代は浮きますね」
妙なところが現実的だ。
「相手が大手の企業勢ならね。ライブを開くにしても3Dモデルは必要だし、動画の幅も広がる。2Dだけだと表現できることに限界があるから」
ふふ、と倉瀬が笑った。どうしたの、と訊ねる。
「いえ、なんか、親におもちゃをねだる子供みたいだなって」
言われてみればそうだったので、わたしも笑ってしまった。
結乃がマイクラを買ってもらいたくて、マイクラを活用したプログラミング教室の事例を力説していたことを思いだす。結局わたしが誕生日にこっそりプレゼントしたのだが、夜通し遊んでいたせいでSwitchを没収され、泣きべそをかいていた。わたしもハメを外したら、3Dモデルを没収されるのだろうか。
「デメリットはないんですか?」
「ない……と思う。お金がかかること以外にはね」
「つまり二〇〇万円以上損することはないってことですね」
「そうだね、最悪の場合で二〇〇万」
「じゃあやりましょう」
「いいの?」
「べつに私の生活資金がなくなるわけではないですし」
「それはそうだね」
本当に最悪の事態が起こった場合でも、倉瀬の生活くらいなら、わたしが保障できる。もちろん、最悪の事態に資本主義の終わりが組み込まれていれば、その限りではないが。
「えっと……じゃあ、まずはSatiさんに連絡ですか?」
Satiさんというのは、わたしたちのLive2Dのモデラーだ。
3Dのモデリングもできる多才な人で、VTuber、イラストレーター、ボカロP、ゲーム制作など様々な分野で活躍している。どの分野でもそれなりの実績を残しているが、本人としては器用貧乏だと気にしているようだ。
「そうだね。その前に、どういうイメージにするかを決めようか。仕様書と契約書も草案だけど書いておいた。これは叩き台で、これが絶対ってわけじゃないから、モデルのイメージを考えるのと並行して固めていこう」
「……話がスムーズすぎません? 私がやだって言ったらどうするつもりだったんですか?」
「もちろんやめるつもりだったよ。でも、数ヶ月に一回くらいのペースで提案しようかなとは思ってた」
「全然やめるつもりなくないですか?」
「だって倉瀬も過去に戻ったら、過去の自分にいちからの株を買えって言うでしょ?」
「う……それはそうかもしれないです。ていうか先輩、未来ってもうわからないんですよね?」
「そうだね」
「じゃあどうして株で荒稼ぎしてるんですか?」
「だって、お金はあればあるほどいいでしょ?」
倉瀬の求める答えではないことを承知で、わたしはそう答えた。
「それはそうですけど……絶対に取り返しましょうね、二〇〇万」
「続けていれば回収できるよ。必ずね」
倉瀬は何か勘違いをしているようだが、わたしは株が得意なわけではない。もちろん未来を知っていたときには百発百中であてることができたが、それは過去問を暗記していただけで、自分で考えてなどいなかった。
ギャンブルの必勝法は単純で、要するに勝つまでやることだ。
払い戻し額を今までの損金以上になるよう賭ける。一〇万円損したなら一〇万一円に、一〇〇万円損したなら一〇〇万一円に、そして一億円損したなら一億一円になるよう賭ければいい。
わたしはそれをするだけだ。
新作『クソ女大戦』を投稿しました。タイトルをクリックするとご覧いただけます。
顔と頭はいいけどガチで性格が終わっている二人の聖女が、お互いを破滅させて自分の奴隷にしようともくろむ話です。倫理観を捨て去った方には面白い作品に仕上がっていると思いますので、本作と併せてお楽しみいただけますと幸いです。