愛娘の授業参観に行こう!
「
「初見の人には意味がわからないと思うけど、愛娘はわたしと葵の架空の娘だね」
:夕日ママ…
:古参もわからないぞ
「ごめん、やっぱりわたしもわかってないや」
「そういうこともありますよね。人類の存在理由もわかっていないわけですし」
「そういう話じゃないかも」
「授業参観で『おうちのひとの尊敬するところを書いてね』という課題が出たら、当然、私と先輩のことが書かれるわけですよね」
「そうなるのかな」
「わたしの二人のお母さんは、バーチャルYouTuberをやっています。みんなを楽しくしてお金をもらう、りっぱなお仕事です」
「作文を読み上げさせるやつね」
:尊敬できるところがあればな
:さすがに特定されないか?
:「わたしのおかあさん」だ
「お母さんがよくアップロードする動画は、有名VTuberの不祥事のリークです」
「みんな、気持ちはわかるけど、いったん持ってる石を置こうか」
「大きな箱のVTuberの前世を当てられた日は、お寿司に金粉が乗ります」
「石じゃ足りないから、丸太に持ち替えて貫こう」
:下っ品な食い方
:加勢にきたぞ
:品性は金で買えないんだな
「VTuberはあまり外に出ないと思われがちな職業ですが、じつは結構外出をする必要があります。どうして出張する必要があるの? と聞いたら、お母さんは、家の近くに東京地裁がないからよ、と笑って答えました」
「出張じゃなくて出廷だな」
「これぞまさに調停ですね」
「上手いこと言われると黙っちゃうな」
「カニを獲ってるときみたいですね」
「確かに食べるときより獲るときのほうが静かになるけど」
「…………」
「確かにを上手いことカウントしないでよ」
「いえ、静かにのほうです」
「どっちでもよくない?」
「金かリスナーかという二択でも、同じことを言えますか?」
「言えるわけないでしょ」
「私は迷いなくリスナーを選びますよ」
「まるでわたしが金を選んだみたいな言い草だ」
:昼は裁判で夜は配信か…
:よゐこしかイメージができなくてうるさかった
:¥1,000 ほしがりさん♡
「私はリスナーのために真摯にVTuberのスキャンダルをリークします」
「金のためでしかないだろ」
「職業に貴賎はないですよ?」
「こんなこと言いたくないけど、ショタおねを書く絵師と同業をリークするVTuberだけは賎だよ」
「【悲報】偽二次配信手さん、職業差別をしてしまうwww【切り抜き】」
「偽二次配信手は職業差別じゃないのかよ」
「差別用語一覧に載っていないのでセーフです。これだから
「存在しない言葉で、侮辱罪が成立するレベルの悪口を言われている」
:なんでやショタおね関係ないやろ
:なぜかわかる漢字がある
:邪蒙の下猿は好きすぎて滅?
:愚って文字が入ったら存在しなくてもダメだろ
「私はそんな夕日お母さんが大好きです」
「いままでのカスってわたしだったんだ。好きになる要素あったかな」
「古城お母さんのメイン動画は、」
「娘に苗字で呼ばれてる」
「ずんだもんボイスでフェイクニュースを語る動画です」
「苗字呼びもいたしかたないね」
「最近は地球球体説について投稿していました」
「娘側がフェイクニューサーだとは思わなかったな」
「推しはやがて癌に効くようになるとも言っていました」
「これは確かにフェイクニュースかも」
「最新の動画は、会社を追放された
「ちょっとみたいかも。泥ママってみんなわかるかな、人のものを盗む泥棒のママ友のことね」
:ガリレオ以前の陰謀論だ
:個人の感想だからセーフ
:補足してもらって申し訳ないけど、俺らは悪いインターネットはすべて知ってるぞ
「夕日お母さんは、古城お母さんと喧嘩をすると、よく裁判を起こします」
「わたし原告側だったんだ。簡易裁判所ですませろよ」
「夕日お母さんは、訴えられたことがありません。理由を聞くと、大きなネタ以外は、個人勢を狙うのだそうです。名前を出して訴えづらいから、個人勢は示談ですませたがると言っていました」
「わたしにわたしへ殺意を抱かせないでくれ」
:学びになる配信だな
「私が『法廷に行くのに忙しくて、ほうほうのていなんだね』と言うと、夕日お母さんは愛想笑いをしました」
「子供に愛想笑いって気づかせるなよ可哀想に」
「古城お母さんは無言でした」
「ちょっと上手いこと言われて黙ってる」
「私が『まるでお葬式と逮捕が一緒に来たみたいな空気だね』と言うと」
「愛娘もめげないね」
「夕日お母さんに、『盆と正月をもじるセンスは悪くないけど、今は単に悪いことを並べているだけで、語呂も元からかけ離れているから笑えない』と言われました」
「批判が鋭利すぎるよ」
「古城お母さんは『逮捕が一緒に来た、ではなく逮捕日が一緒に来た、がより正確な表現。不正確な表現は面白さのノイズになるから、面白いことを言おうとする前に学校の勉強を頑張りなさい。ノーモア、ユーモア』と言いました」
「人を批判できる腕前ではないだろ」
「私はそんなお母さんが大好きです」
「ストックホルム症候群じゃない?」
◇
「もしかして、お姉ちゃんと付き合ってる?」
「えっ……ど、どうしてそう思うのかな」
リビング。
結乃ちゃんに突然質問され、私は思わず居住まいを正して、正座になっていた。このキツい姿勢を
「えー、意外。お姉ちゃんそういうの興味ないと思ってた。それにしても私と倉瀬さんの仲なのに水臭いじゃん」
結乃ちゃんはにやにやとこちらを見てくる。
しまった、鎌をかけられていたのか。
「い、いや! じつは付き合ってるって言っていいのか微妙な状態で」
一緒にいたいとは言われているけど、付き合ってるって言っていいんだろうか? 正直あの流れで付き合ってないとか言われたら泣いちゃうけど、なんら確かなことは言われていないわけで、私の勘違いという可能性も十パーセント……いや、二十パーセントくらいはあるのかもしれない。
かといって先輩に「私たち付き合ってますよね?」とか聞くのも怖い。そういうつもりじゃなかったけど、とか言われてしまったら二度と立ち上がれない。正座のまま立ち上がれなくなるのは地獄だから二重にやめてほしい。
ところで、元女子高生として断言させてもらうが、女子高生の恋バナにかける熱量には凄まじいものがある。
きっと、ヘラが最強だった時代の男子高生がパズドラにかける熱量と同程度にはあるだろう。特に女子校だと出会いがない分、一度誰かと付き合っているという噂が流れると、それはもうお祭りである。
「それにしても倉瀬さんが本当にそういう関係だったなんて……もしかして遺産目当てだったり」
「え、いや、全然! 全然違うから!」
た、確かに通帳を見れば結婚詐欺師は目の色を変えて先輩を籠絡しようとするだろう。
でも、私はそんな不純な目的で近づいたわけではない。
「知ってる知ってる。お姉ちゃんお金持ってないし」
「あ、あはは……」
そうか、結乃ちゃんは先輩がお金持ちなことを知らないんだった。
ん、あれ?
考えたくもないことだけど、これってもし先輩が先に死んじゃったら、先輩の遺産って私にも分配されるのか?
いや、法律的には結婚できないし、カップル状態での遺産相続なんて認めていたら悪用し放題だから勝手に相続されることはないだろうけど……もし遺言状に書かれていたら私は先輩のご両親や結乃ちゃんと横溝正史ばりに血みどろの相続争いをすることになるのか?
……事前に遺産はいらないってそれとなく伝えておかないと。
「でも倉瀬さんならもうちょっと上も狙えたんじゃないかなー。お姉ちゃん顔と学歴はいいけど、ファッションセンスが壊滅的だし煙草臭いし大酒飲みだし部屋汚いしデリカシー死んでるし怠けものだしお説教ばっかりしてくるしで一緒に暮らすと大変だよ?」
先輩のフレネミー、いや、シスネミーと化した結乃ちゃんが先輩の悪口を言い連ねる。結乃ちゃんにはそういうところも見せるのか、と新鮮な思いだ。
先輩のそういうところを私は見たことがない。そしてタチの悪いことに、きっとそういう側面を見せてくれたら見せてくれたで、気を許してくれたと嬉しくなってしまうのだ。
「大丈夫。それが一緒に暮らすってことだから」
と私が言うと、結乃ちゃんは毒気を抜かれたような顔をした。
「じゃあ私は恋人と一緒に暮らしたくはないなー」
「結乃ちゃん、付き合ってる人がいるんだ?」
「女の子にそれ聞くのセクハラだよ」
「私は女の子の枠に入ってない感じ?」
「なんかその感じ、お姉ちゃんっぽいね」
こちとらお姉ちゃんのツッコミをいちばん受けている身だ。
ちなみに先輩にツッコミのコツとかあるんですか、と聞いたら「反復練習あるのみだね。でも、咄嗟にツッコミが思いつかないときは「もしかして」から始めるようにしてるよ。ほら、「もしかして」って五文字あるでしょ? これだけ時間稼ぎすればだいたい思いつくし、思いつかなかったら「ふざけてる?」とか強い言葉で締めると、なんとなくそれっぽくなるよ」と実用的な答えが返ってきた。それで私も試してみたのだけど、ふざけているのかと思った。五文字分の時間稼ぎでどうにかなる状況だったら、とっくにツッコミを思いついている。
先輩のナチュラルな才能煽りを思い出していると、ちょうど玄関で鍵が開く音がした。結乃ちゃんが「しーっ」とカーテンに隠れる。
「おかえりなさい」
「ただいま……結乃どうしたの、そんなところで」
秒で見つかった結乃ちゃんがカーテンから顔を覗かせる。
「なんで!?」
「玄関に靴があったから」
ちゃんとサリーの気持ちがわかるのかな、とよくわからないことを呟きながら、先輩は洗面所にいく。
戻ってきた先輩に、結乃ちゃんが尋ねた。
「倉瀬さんとお姉ちゃんって付き合ってるの?」
なんてことを。
私が怖くて訊けなかった問いがあっけなく発される。
そしてその答えは躊躇いなく返ってきた。
「うん、付き合ってるよ」
◇
「……ん? 先輩いうと、あのえらいべっぴんさんか。ええ花の匂いしよった……花石さんいうたっけ?」
「思い出し方がキモいんじゃけど!」
「じつの兄にキモいちゅうのはどういう了見じゃ」
「義理の兄にキモいって言うわけなかろ?」
浮かれた私は、兄との電話のついでに、先輩と付き合うことになったことを伝えた。
「え、でも確か花石さん……その、ええんか?」
兄は珍しく私に遠慮がちに尋ねてくる。
「ええって何がよ。そりゃあええに決まっとるじゃろ」
「まあ都と花石さんがええっちゅうならええんじゃけどな……」
「何? 何か煮え切らんね?」
「いやだってお前……略奪愛じゃろ?」
略奪愛? 何を言ってるんだろう、この兄は。
「略奪?」
「あ、それとも彼氏とは円満に別れたんか?」
彼氏……先輩に彼氏がいたなんて話、初めて聞いたけど。もしかして先輩、彼氏がいたとか……?
「そ、その彼氏がおるいう話、先輩が言うとったの?」
「お前が言いよったんじゃろが」
……?
あ! そうだった。
私は先輩に彼氏がいるかと聞かれて、嘘を吐いたことを思い出した。
「ああ、それ勘違いじゃった」
少し後ろめたい気持ちもありながらも、私はしれっと答える。
「……都、お前なんか隠しとるじゃろ」
「隠しとらんけど? 隠しとる言うならなんかじゃのうて具体的に言えばええじゃろ」
「お前それ犯人の言い草じゃぞ。逆転裁判の犯人ならカツラ投げとるところじゃ」
「急に山野星雄の
「そんな名前じゃったか? よう覚えとるな。記憶力に免じて、
私は素直に口を割った。
咄嗟のことだったとはいえ、いま思い返すと、ひどいことをしている。
なんてことだ。シスネミーは私だったのか。
「お前、えぐいことしよるな。まあ兄ぃは他にええ子を見つけたからええわ」
「え、彼女できよるの?」
「まだ付き合っとらんけど、ハナちゃん言うて町のカラオケ喫茶で働いとる子が愛嬌あってな」
「ほうか、応援しとるよ。迷惑客にはならんようにね」
嘘を吐いた負い目もあって、深くはつっこめなかった。
「都も振られないように気をつけるんじゃぞ」
「……余計なお世話じゃ」