『Idol's Route: Uncompleted』の実況の後半戦。
ゲームは、シーズン3に突入した。
プレイヤーの目標は『ファンを50,000人にする』。
桐山橙里の目標は『歌を上手くする!』。達成条件は『最終オーディションで450以上の歌唱アピール』だ。
「マネージャーが数字だけを見ている感じ、最初は『え?』って思ったけど、役割分担としては適切だよね。アイドルに夢を見てもらうために、数字だけを見ているところもあるんだろうな」
:言われてみればマネージャーの目標数字だけだな
:アンドルに沼る才能ありますよ
配信を続けていると、見慣れない名前とアイコンが微増した。離脱した人もいるが、数値的には微増している。
コメントをしてくれている人もいるおかげで、コメント欄の「らしさ」がなくなってきたが、あまり気にすることでもない。時間が経てばコメントの質も変わっていく。
「歌唱は75で固定で、最終オーディションだと3倍になるから、通常時だと225だよね。バフかけて、歌唱を倍にしろってこと? 歌唱のバフスキルは……あ、このオーディションの報酬か。最大値2.25倍ってある。じゃあ、このオーディションは必須だね」
視聴者が迷わないように、シーズンごとの指針を説明する。
わたしはアクションゲームやFPSのような反射神経を要求されるゲームは苦手だが、じっくり考えられるゲームは苦手ではない。
とくにアンドルは、アイドルの目標を達成するために逆算できるようになっていて、スムーズに攻略できている。ステータスで固定されている分、低ステータスでの攻略ができるようにされているのであろうことや、成長による数値の変動を考慮しなくていいことも、こちらに都合よく作用していた。
トークのトレーニングをすると、途中でイベントが挟まった。
朝の事務所が背景だ。
あなた テレビの仕事が決まったよ。
あなた 前の営業にテレビ局の方が来ていて、橙里のことを見てくれたみたい。
あなた 犬好きのタレントを集めて、それぞれがフリートークする形の番組だよ。
橙里 わあ……! ありがとうございます!
あなた うん、きっと橙里にとってはチャンスになる。
あなた ここが正念場だ! 頑張ろう……!
橙里 はいっ!
「こうやって上げられると、ちょっと警戒しちゃうな。このあと、手痛いしっぺ返しというか……失敗がありそうな気がして」
:わかる
:わかる
「みんなしてわたしにモテようとしてる?」
場面が暗転して、バラエティ番組のスタジオに切り替わった。
司会 ……つぎの方ー?
橙里 は、はいっ! よろしくお願いします!
司会 名前、名前忘れてる!
橙里 その生ぬるい感覚がまだ手に残ってて……
橙里 死ぬまでこの感触を忘れることはないな、って思いました。
司会 いや、人殺しのテンション! 柴犬触っただけでしょ?
橙里 そのとき思ったんです。権力の犬が、って。
司会 ごめんね、企画の趣旨聞いてなかった? 悪口に犬使っちゃだめなんだわ!
ひな壇1 ちょっとー! 誰がキャスティングしたんですかこの子!
ひな壇2 めちゃくちゃ狂犬じゃないですか!
「あれ、意外と好感触だね。最初、緊張してたから不安だったけど」
あなた 橙里、よかったよ!
あなた スタッフさんも凄く褒めてくれてた。
橙里 ありがとうございます……!
あなた じつは、さっき次の仕事が決まってね。同じ局の……
場面が切り替わった。帰宅途中なのだろう、桐山橙里がひとりで夜道を歩いている。
橙里 次の……仕事。
橙里 よーし……
橙里 頑張るぞ……!
「ぞい。順風満帆って感じだけど……アンドルってゲームを知っちゃったから、不穏な終わり方に見えるな。絶対シナリオで落としてくるでしょ。でも凄いね、トークを上げるのを最適解にして、こういうイベントを差し込んでくるの。ちゃんとシナリオとステータスが紐づいてて、説得力がある」
:ぞい
:ぞい助かる
:そこに気づきましたか…
シーズンも中盤。
歌唱のバフスキルを獲得するためのオーディションに挑戦する。オーディションのタイトルを見る限りでは、バラエティ系番組のオーディションらしいことがわかる。
例によって敵を倒していくのだが、ユニットメンバーはてんでバラバラの装備だ。メンバーのひとりは戦車に乗っており、到底、アイドルのゲームとは思えない。
桐山橙里にヘイトを集めてタンク役にする。ヘイトを集めるための状態異常のアイコンは怒りマークだ。タップすると『状態異常:キュートアグレッション』と表示された。
「世界初の状態異常でしょ、キュートアグレッション。……ちょっと橙里ちゃんの同人誌を読むのが怖くなっちゃったよ」
:とうりんの同人誌は闇だよw
:読みはするんだ
苦戦しながらも、オーディションの最終ステージに到達する。
桐山橙里が「いきますっ!」と決め言葉を発し、ライバルにトドメをさした。
拍手の音とともにライバルが消滅し、宝箱が現れる。
無事に目当ての報酬を確保することができた。
トークを重点的に鍛えながら、『ファンを50,000人にする』ために必要なオーディションをいくつか受け、シーズン3の最終オーディションに到達した。
場所は夕方の事務所。
マネージャーは、桐山橙里のSNS上での評判をチェックしている。
『この桐山橙里って人、面白いな 好き』
『とうりん最高 めっちゃ推してる』
『桐山橙里、最近、よくバラエティで見る』
そこに橙里がやってきた。
あなた 最近、調子がいいね。
あなた ほら、SNSの評判もいい。
橙里 わあ、ほんとですね。
あなた じつは事務所に、オーディションの要項が届いてね。
あなた 橙里に来てもらったのは、そのためなんだ。
橙里 その日って――
あなた ああ、うん。歌のレッスンは、キャンセルしておくよ。
橙里 ……っ。
橙里 歌……
あなた ……橙里?
橙里 ……いえ、なんでもないです。
橙里 オーディション、頑張りますね。
あなた ……やっぱり、その日はレッスンに――
橙里 いえ、受けます。オーディション。
橙里 凄いアイドルに、なるために。
ゲームの画面がセピア色に変わり、桐山橙里の回想が始まった。
著作権のために歌詞は「らららー」とぼかされているが、幼い頃の桐山橙里が歌っていることがわかる。
周りの子 上手ー!
先生 すごく上手だから、びっくりしたよ。
橙里 ほんとう?
先生 うん、ほんとだよ。
先生 先生、とっても元気が出ちゃった。
先生 ほんとに――
先生 アイドルみたい。
「そっか、歌をやりたかったのか……。トークと滝行とバラエティしかさせてこなかった、わたしたちマネージャーにぶっ刺さる話だ……。
わたしが言った『凄いアイドル』っていうのも、呪いになっちゃってるね。あそこで違う選択肢を選んでたらどうなってたんだろう。マネージャーも違和感には気づいたけど、引き返せなくなってるな……。
これ、あと何話くらい? ……やっぱりいいや。自分の目で確かめたいし」
シーズン3の最終オーディションが始まった。バフを重ねるための条件を積み重ねて、最終ターンに達成できるように調整した。バフをいくつか重ねる必要があるため、どのみちリカバリは効かない。トドメで達成できたほうが盛り上がるだろう。
敵の攻撃はステータスを基準にしつつランダム性があるので、完全に計算通りとはいかないが、狙い通りには進んでいる。
あまり運要素がないのか、運要素が気にならないほど幸運だったのかはわからないが、今のところストレスが溜まるようなプレイにはなっていないはずだ。
バフの重ねがけで倍率が2.25倍になった『歌唱』でアピールし、審査員の心証を掌握する。
「よーし、なんとかクリアしましたね」
桐山橙里の声真似をすると、コメント欄が賑わった。
:一瞬そんなセリフあったっけ?って思った
:とうりんなら「クリア」じゃなくて「合格」っていう
「有識者がいるな……今後の参考にするね」
オーディションを終えると、例によってイベントが挿入された。
あなた 今日も、よかったよ。
あなた さすがだった。
橙里 ……ありがとうございます。
あなた 歌のレッスン……ごめんね。
あなた あれから考えたんだ。
あなた 今の橙里と、橙里が目指しているアイドル。
あなた どっちも橙里には必要なことだと思う。
あなた だから――
橙里 大丈夫です。
橙里 興味、ないですよ。
橙里 誰も……歌っている私になんか。
橙里 上手く、ならないんです。
橙里 歌詞を歌い切るのに精一杯で、
橙里 ダンスだって踊り切るのが精一杯。
橙里 周りの子が上手いのはわかるけど、
橙里 何が上手いのかさえわからないんです。
橙里 何度も何度も練習したって、
橙里 何も変わらない。
橙里 偽物なんです。
橙里 ひな壇でへらへらしてるだけの、
橙里 アイドルのなりそこない。
橙里 それが……桐山橙里です。
あなた そうだね。
橙里 ……っ!
『それがアイドルだ』
『それもアイドルだ』
『だからアイドルだ』
「……うーん……。繊細な選択肢だね。全部弱さの肯定なんだけど、肯定の仕方が違う。『それがアイドルだ』は、マネージャーのなかでアイドルが弱いものだって前提があるよね。裏で練習して、上手くいかなくても、みんなの前に出るしかない――そういうものとしてアイドルを見ている。
『それもアイドルだ』は、それもアイドルの一面なんだ、ってことだよね。実情はそうなんだと思うけど――わたしの心情としては、最後の選択肢を選びたい。
『だからアイドルだ』は、弱くてもみんなの前に立とうとする意思そのものに目を向けている感じがするよね。『それもアイドルだ』は、弱さもアイドルの一部ってことだけど、『だからアイドルだ』は、意思の流れ全体をそのまま肯定する感じで、わたしはこれが好きだな」
:とうりん…(;_;)
:言語化うまいな
:考えて選んでくれるの嬉しい
わたしは、最後の選択肢を押した。
泣きそうだった顔が、びっくりしたような顔に変化する。
あなた それでも舞台に立とうとする。
あなた だから、桐山橙里は凄いアイドルだ。
橙里 ……そんな詭弁っ……!
あなた 詭弁かどうか、試してみよう。
あなた 舞台を用意した。
あなた 桐山橙里の単独ライブだ。
橙里 ……っ!
あなた 誰も歌っている橙里に興味がないと言うなら、
あなた 私にそのことを証明してほしい。
あなた 私は橙里の最初のファンだけど――
あなた 桐山橙里のことを、誰よりも信じていないからね。
橙里 ……ふふっ、なんですか、それ。
橙里 担当を信じないなんて、ファンもマネージャーも失格です。
橙里 でも。
橙里 アイドル失格の私とはお似合い……ですね。
橙里 やります、単独ライブ。
橙里 それで――諦めさせてください。
橙里 凄いアイドルのこと。
「橙里ちゃんにとっては諦めるためのライブかもしれないけど、マネージャーにとっては諦めさせないためのライブになってる。いや、もちろん橙里ちゃんにとっては前を向くための諦めなんだけど、それでも断ち切れない思いみたいなのが行間から伝わってきて……熱い展開だね。初マネジメントがこの子でよかったかも」
いよいよ最後のシーズンだ。
プレイヤーの目標は『ファンを150,000人にする』。
桐山橙里の目標は『???』。達成条件は『単独ライブで「大成功」する』。
「15万……凄い数字だね。ええっと……あ、このオーディションで5万人増える。今は5万人だから、2回受ければクリアだよね。……このオーディションの条件、『歌唱を5回以上トレーニング』ってあるけど……5回? 実質、これ以上育てられないってことだよね? ……ああ、2万のオーディションを5回受ければ2回は滝行できるのか。夢を取るか、安定を取るかだね」
作業をしながら見ている人でもわかりやすいように、説明を交えつつクリア条件を確認していく。
「初心者は絶対に2万のオーディションを受けたほうがいいんだろうけど……わたしは橙里ちゃんの夢を取るよ」
:初プレイで2万のオーディションの選択肢に気づいた人はじめて見たかも
:燃えてきた!
「アンドルには覚醒イベントとかなさそうだけど、セリフ変わるとかはありそうだし、橙里ちゃんの夢だからね」
言って、わたしは『歌唱』のトレーニングを押した。
「やっぱり0かー……」
3回めも4回めも、やはり0。
ところが、5回めのトレーニングで、歌唱のステータスが1上昇した。
「おお……凄い。頑張ったんだね」
上昇値は雀の涙程度しかないが、0よりは遥かにマシだ。
トレーニングのノルマを消費したので、オーディションに挑む。初期のユニットなので苦戦したが、かろうじて、2回とも勝利を収めることができた。
「いよいよ単独ライブだね」
会場のシルエットは、日本武道館に見える。
15万人のファンで武道館ライブはできるのだろうか、という疑問が頭をよぎった。ただのファンと、会場に来るレベルのファンでは質が違う。
だが、細かなことを気にしても仕方ない。
『ライブ開始』を押す。
ライブ会場の控え室。
桐山橙里が目をつむって、深呼吸をしている。
橙里 ……夕立さん。
あなた ごめんね、邪魔しちゃったかな。
橙里 いえ、ちょうど……誰かとお話ししたかったところです。
橙里 歌……結局、だめでした。
あなた やってみないと、わからない。
橙里 いえ……わかります。上達したとしても、ほんの少しだけ。
橙里 でも……
橙里 これで諦めがつきました。
橙里 これだけ一生懸命やってだめだったんですから、悔いはないです。
橙里 最後のライブ……頑張ってきますね。
あなた 最後にはならないよ。
あなた 私の首を賭けて保証する。
橙里 ……その首、もらっちゃいますよ?
あなた あげないよ――絶対に。
スタッフ 失礼します。
スタッフ 桐山さん、スタンバイお願いします!
橙里 はーい、ありがとうございます。
橙里 じゃあ夕立さん……首、洗って待っていてください。
橙里 汚い首、欲しくないので。
「スタッフさんと話すときの声の切り替え、めちゃくちゃよくなかった? マネージャーと話す桐山橙里じゃなくて、アイドル・桐山橙里がでてきた感じで……。でも、これがライブ直前の会話って……すでに『大失敗』したあとの会話って感じだけど、メンタル強者だからパフォーマンスには響かないのかな」
単独ライブ――の前に、チュートリアルが流れた。
「ここでチュートリアルか……ありがたいけどね」
:システムをよく知っていたほうが、ライブに失敗したときの言い訳がきかなくなるからね
:もっと他にチュートリアルすべきところあっただろ
ルールはオーディションと変わらないが、敵がライバルではなく、毎ターン上昇していく『疲労』になっている。
オーディションではアピール先は審査員だったが、ライブでは当然ファンだ。
難易度が跳ね上がる分、担当アイドルのステータスが3倍ではなく10倍になるのも大きな特徴だ。
「単独だから、橙里ちゃんの重要性が上がるってことね。ユニットもいるけど……応援なのかな」
言いながら、桐山橙里にバフをかけていく。
ステータスが10倍になるのだったら、いくらステータスが低くても、桐山橙里にバフをかけたほうが得だ。
すべてのバフが桐山橙里に乗っていく様子は、まさにライブの主役といった感じだった。
そして、いよいよラストターンが訪れた。
最後の桐山橙里のアピール。『大成功』の基準となる満足度120パーセントまでは、残り1,700のアピールポイントを獲得しなくてはいけない。
ここで、わたしは『歌唱』トレーニングの意味を理解した。
75で固定なら2.25倍になったところで、168.75。小数点以下は切り捨てなので、10倍しても1,680にしかならない。
だが、76の2.25倍は171。1,710ポイントに達するのだ。
「鳥肌立ったな……あの努力は無駄じゃなかったんだね」
:うおおおお!
:そんな設計になってたの!?
:いっけーーーー!!!
最後のアピールを決めると、ファンの満足度を表すバーが満杯になり、桐山橙里が歌って踊るアニメーションが流れる。
そして、『大成功』の文字が表示された。
「勝ったッ! 第3部完!」
:フラグを立てるな
:終わらせないでw
:鼓膜、逝く
:先輩そんな声出せたんだ
舞台の袖まで聞こえてきた拍手が、徐々に静かになっていく。
あなた お疲れ――私の首は、助かったみたいだね。
橙里 ふふっ……ありがとうございます。
橙里 はじめての感覚でした。
橙里 自分の体が、自分じゃないみたいで……
橙里 歌は、みんなより上手くないし。
橙里 ダンスだって、上手くなかった。
橙里 それでも……ファンの人たちが、私を見てくれた。
橙里 ファンの人たちの声が、自分の体に響いてきて……
橙里 自分が、ひとりじゃないみたいでした。
橙里 夕立さん。
橙里 賭けには負けちゃいましたけど……
橙里 私……また、ライブがしたいです。
橙里 そのときも、袖で見ていてくれますか?
達成条件の『単独ライブで「大成功」する』を満たしたことで、桐山橙里の目標の『???』が明らかになった。
『凄いアイドルになる』。
「……やっぱり、諦めてなかったんだな……」
:ここ好き
:こういう細かい演出いいよね…
最後に、後日談が始まった。
昼時の事務所で、マネージャーが作業をしているところに、小箱を持った桐山橙里が近づいてくる。
橙里 夕立さん、これ……私につけてくれませんか?
あなた なにこれ……開けていいの?
橙里 だめです。つけてくれますか?
あなた ……見ないことには。
橙里 じゃあ、見たらつけてくれますか?
あなた ものによるね。
橙里 ……。いいですよ、開けてください。
あなた うん……首輪?
橙里 いえ、チョーカーです。
あなた 首輪だよね。
橙里 思ったんです。
橙里 単独のとき……夕立さんにだけ、首を賭けさせたのは不公平だったなって。
橙里 賭けごとなら、同じものを賭けないとだめですよね。
あなた いや、さすがにアイドルにこれは――
橙里 ……そうですか。
橙里 私の首、いつでもあげますから。
橙里 それまでは、引き続きよろしくお願いしますね。
「終わった……! 最後、ちょっとヤンデレ化してる?
後味もよかったし、いや、充実したゲームだったね、『Idol's Route: Uncompleted』。Uncompleted――未完成っていうのがよくわかった。これからまだアイドルを続けていくわけだもんね。他の子も気になるし――他の選択肢も気になるな」
シリーズ化を匂わせながら、ゲームの感想を喋っていく。
わたし自身も楽しめたし、視聴者の反応は良好だったので、上手くいけば長期のシリーズ化もできるかもしれない。
ゲーム後の雑談は短く終え、次回以降の配信に誘導する。
「木曜日はお休みで、それ以外の日は21時から配信してます。明日は、わたしの相方の古城葵の雑談配信。なにやるかは聞いてないけど――チャンネル登録して待っててくれると嬉しいな」