伊地知家のクーデレ担当   作:長閑4774

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#2

 星歌の可愛さに悶えてから数時間後。私は一通りの家事を済ませ、階下に併設されたライブハウス『STARRY』に来ていた。

 ここは星歌が店長を務めていて、私も人手が足りない時や、暇な時に手伝っていたりする。最近はあまり顔を出していなかったが、今日は可愛い妹の晴れ舞台、姉としては力になってやりたい。ということで準備に参加している。気持ちを汲んでか、星歌も手伝いに来てくれ。と言ってくれていたことだし。

 

「それでそんな妹思いの素敵なお姉さんは何をしてるんですか?」

「……やることがなくてジュース飲んでます」

「役立たずですねー」

 

 うぐっ。仕方ないでしょ、技術的な部分は手伝えないんだから。

 

「そう言うあなたも何もしてないでしょ。PA」

「私は今休憩時間です。それに先ほどまで働いていたのを見ていたじゃないですか」

「知らない見てない聞こえない」

「子供ですか」

 

 軽口を叩きあっているのはこの店で『Public Address』を担当している通称PAだ。聞き覚えのない言葉だったので一度訊ねたことがあるのだが、専門的なことを言われても分からず音響関係という認識になっている。本人にも「まあ、それでいいですけど」と渋々ながらお許しをいただけたのでそれで問題ないだろう。

 

「というか、いつまでPA呼びなんですか」

 

 いい加減名前で呼んでくださいよ。不満げに、というより拗ねたような声を出すPA。別に私としても意地悪でこの呼び方をしているわけではないし、仲が悪いわけでもない。むしろ数少ない同い年として、かなり気は許している。

 

「初対面からずっとPA呼びだったせいで、今更変えると違和感が凄いんだよ」

 

 嘘は言っていない。が、それだけではない。本当は名前で呼ぶことが気恥ずかしいだけだ。けれど、それを正直に言ったところで、からかわれるのが目に見えるから言わない。

 

 PAは、ふーん。と小さく唇を尖らせ、じとりとした目を向けてきた。カウンターに隣り合って座っていた彼女は、下から覗き込んだり、至近距離で見つめてみたりと、あらゆる方法でアピールしてくる。私不機嫌です、と。

 

「分かった、分かったから。次に飲みに行く時は奢るから勘弁して」

「それよりも風香さんの手料理が食べたいです。前に作ってくれたみたいに」

「そんなことでいいの? 私特別上手いわけじゃないよ」

 

 以前PAの家で宅飲みした時に、ちょっとしたつまみを作った程度なんだけど。確かに、その時もいたく感動したように食べてた気はする。とにかくそれで気が済むならいいか。

 

「じゃあ決まりです。楽しみにしてますね」

 

 さっきまでの調子が嘘だったかのようにケロッとしているPA。表情がコロコロ変わるところは面白、もとい好ましいところだ。

ではそろそろ私は戻ります。今にもスキップしだしそうに彼女は席を離れた。

 

 

 さて、私も星歌に手伝えることがあるか聞いてみよう。そう思い席を立とうとした時、ポケットに入ってるスマホが震えた。

 

『私も風香のご飯食べたい』

 

 ……? ロインに通知が入っていたので確認すると、意味の分からないメッセージが届いていた。送り主とはご飯の話はしていなかったし、そもそも『私も』とはいったい。スマホを片手に首を傾げていると、追加でメッセージが届いた。

 

『今日のお弁当、ウインナーが焦げてたのは風香のせいだって虹夏が言ってた。だからその分お弁当作って』

『話が繋がってない気がするけど、いいよ。近いうちに作ってあげるから、リクエストがあるなら早めにね』

 

 結局良く分からないまま返信してしまった。お弁当ね、最近虹夏にも作ってあげてなかったし、この機会に二人分作ろうかな。そんなことを考えていると、くいくいとシャツの裾を引っ張られる感覚がした。

 

「カレーとオムライスが食べたい」

「言いたいことは山ほどあるんだけど、ひとまず、それはお弁当のリクエストのつもり?」

「そう」

 

 振り返ってみると、そこにいたのは、あまつさえお弁当のリクエストにカレーとオムライスを提示した変人、虹夏の親友にして結束バンドのベースを担っている、山田リョウだった。今も私の『変人』という感想に照れているあたり、その奇抜さがうかがえる。

 

「カレーも食べたいしオムライスも捨てがたい。だから両方お願い」

「両方って、リョウはそんなに食べられないでしょ。その場のテンションで特盛頼んで後悔するタイプだし」

 

 それにお弁当のリクエストにカレーやオムライスって。おかしいとまでは言わないが、一般的なチョイスではない。

 

「それじゃあお弁当は任せるから、別で作って」

 

 まるで遠慮を知らないなコイツ。いや、それは今更か。

 

「ちなみに今お金はあるの」

「ん、ハイエンド一本売ったばかりだからある」

 

 であればいいか。お金がなくて草しか食べられないからって理由なら断っていた。

 

「普通逆じゃないの。食べるものがないから仕方なく作ってあげる、とか。それとも材料費出せってこと?」

 

 わざわざ誰彼構わずに作ってあげるほど、私は優しいわけでもないし、料理が好きなわけでもない。

 

「私は君に少なからず好意を持っていて、そんな君が私の料理を食べたいというから作ってあげたいんだよ。食べるものがなくて仕方ないから、という理由で振舞うつもりはない」

 

 それと、七つも下の子からお金を巻き上げるようなことはしないから。

 

 言いたいことが伝わったか定かではないが、初めに真顔になり、次いで眉間に皺を寄せ難しい顔、一瞬嬉しそうな喜色が見えたかと思うと、眉尻を下げて、悲しいのか寂しいのか落ち込んだような様子を見せた。感情が表に出づらいリョウには珍しい百面相ぶりである。

 

 その場で黙ったままのリョウだったが、ようやく動き出したかと思うと、座ったままだった私のおなかに手を回すと頭を擦りつけ始めた。

 傍から見るとものすごく奇妙な光景だったろう。周りから向けられる目線が痛いが、そんなこと知ったものかとグリグリし続ける。声を掛けても反応しないので、諦めてなすがままにされることにした。

 

 どれくらいそうしていただろうか。することもなくぼんやりとしていると、ふと疑問が湧いてきた。

 

「もしかしてさっきPAと話してた時、近くにいたの」

 

 それまで動いてた頭がぴたりと止まった。どうやらその通りらしい。別に隠れたりせず出てくれば良かったのに。……わざわざ隠れてた? 見つかるとまずいことがあった?

 

「ねぇ、リョウ。あなた学校はどうしたの」

「今日は休みだった。創立記念日」

「虹夏は普通に登校していたけど。それにお弁当もらったんでしょ」

「間違えた、半休。お昼で終わりだった」

「じゃあ虹夏は? 何で一緒じゃないの」

 

 ゆっくりと離れていこうとするリョウ。それを両頬に手を添えて止める。そのまま持ち上げるように顔を上げさせる。

 

「目が泳いでるけど」

 

 こねこねとリョウの頬を弄る。くすぐったそうに身を捩るが、逃がすつもりはない。

 

「別に学校を抜け出したとしても、怒ったりしないよ」

「ホントに?」

 

 瞳の奥に、ちらりと怯えた色が見える。

 

「私はいい大人ではないからね。と言ってもここにいる中じゃまともだろうけど」

 

 ふふふ、と笑みを見合わせる。

 

「今日のライブが不安だった?」

「……うん」

「失敗するのが怖い?」

「ライブが失敗するのも虹夏が落ち込むのも。……なにより風香に失望されるのが怖い」

「そっか」

 

 頬に添えていた手を離し、リョウの手を握る。全体的に柔らかいけど、指先だけが固くなっている。努力が形を成した立派な手だ。

 

「私はリョウが努力しているのを知っている。過程に価値がないという人もいるけど、どんなことであれ続け積み上げた時間は尊いものだと私は思う」

 

 そして最も大事なこと。

 

「それにね、私はリョウがベースを弾いてる姿。好きだよ」

 

 

 本人の名誉のため詳細は省くが、リョウはいつもの調子に戻った。ボサボサになってしまった髪を指摘すれば、どこからか櫛を調達してきては梳かせとせがんでくるし、ライブが終わったら夕飯を作ってくれとも言ってきた。おまけに先ほどまで私の膝の上に座って占領していた始末だ。さすがにそろそろ虹夏も帰ってくるし膝の上からは降ろしたけど。君こんなに甘えただっけ。

 

「ともあれ何とかなりそうでお姉さんは安心したよ」

 

 リョウのメンタルは少なからず持ち直した筈だし、虹夏は力入りすぎてた気もしたけど、リョウがいればいい具合に調節してくれるだろう。唯一の懸念点はギターボーカルだが「悪い子ではなかったし、少なくとも歌唱面は問題なかった」とのことだ。

 

「後はバックレたりしなければ――」

 

 言いかけたところで勢いよくスターリーの入り口が開いた。入ってきたのは虹夏だ。私とリョウの姿を認めると、勢いそのままに階段を降りてくる。危ないから落ち着いて欲しい。

 

「お姉ちゃん! リョウ!」

 

 叫び声に近い声量で私達を呼んだ虹夏の表情は、悲壮感や焦燥感に駆られた――なんてことはなく歓喜と興奮が入り混じったものだった。

 

「待ちに待った本番だよっ! 絶対成功させようね」

 

 当然。と答えるリョウに「そういえばリョウは学校抜け出してたでしょ!」と問い詰める虹夏。そうしてある意味いつも通りのやり取りをしているところに、もう一人ひょっこりと入り口から顔を覗かせる赤髪の子がいた。

 

「あ、そんなところにいないで入ってきなよ」

 

 それに気づいた虹夏は手招きをしてその子を呼んだ。

 

「紹介するね、お姉ちゃん。こちら結束バンドのギターボーカル、喜多ちゃんです」

 

「初めまして、伊地知先輩のお姉さん。喜多です、よろしくお願いします!」

 

 

 どうやら心配は杞憂だったらしい。

 

 

 

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