伊地知家のクーデレ担当   作:長閑4774

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前回に引き続き、閲覧、評価、お気に入りしてくださった皆様ありがとうございます。
また、感想も頂けて嬉しい限りです。頑張ります。



#3

「知ってるみたいだけど、虹夏の姉の風香です。こちらこそよろしく、喜多ちゃん」

 

 礼儀正しく挨拶してくれた喜多ちゃんは、話に聞いていた通り『悪い子』には見えなかった。何故か頑なに下の名前を口にしなかったが、それは気にしないことにする。触れられたくないことくらいあるだろう。

 

「? ……はい!」

 

 軽く自己紹介を含めて返すと、一瞬考え込む素振りを見せたが、すぐに笑顔で返してくれた。

 

「えーっと、それでですね。少し先輩方とお話したくて、お借りしてもいいですか?」

 

 先ほどまでの雰囲気とは打って変わり、固い声で喜多ちゃんは言った。

 

「もちろん、ライブ前だもんね。私は離れてるからここ使いな」

 

 席を立ち場所を譲ると、喜多ちゃんは小さく礼を言い、虹夏とリョウに声を掛けた。

 随分と緊張しているようだったけど、どこかその表情には違和感を覚えた。失敗したらどうしようと恐れるような先のことに対する不安ではなく、既に罪を犯し、裁かれる時を待っているような。そんな違和感。

 ――考えても答えの出るものではないので、これ以上は深く考えないことにした。助けを乞われてもないのにでしゃばるのはお節介でしかないし。

 

 

「というわけで、何か手伝えることはある?」

「どういうわけかは知らんが、そうだな」

 

 ようやく星歌の元へ向かった私は、一枚のメモを手渡された。

 

「買い出しを頼む。必要なものはそこに書いてあるから」

「分かった。後、虹夏帰ってきたよ」

 

 そうか。相槌を打つ星歌は、そわついた様子を隠せていなかった。

 

「そんなに気になるなら自分で見に行けばいいのに」

「一つのバンドに肩入れしすぎるのは公平じゃないだろ。今の私は姉じゃなくて店長だからな」

 

 今日のライブにねじ込んでる時点で今更な気がするけど。相変わらず変なところで頑固だ。

 

「それに何時だって私が助けてやれるわけじゃない」

 

 それは、その通りだ。だからこそ今朝のやりとりなんだろうけど。納得してメモを確認していると、一番下に『チョコレート』と書かれていた。

 

「この一番下の何? プライベート用?」

 

 うちで提供はしていないし、使うドリンク類もない。それに括弧書きで(一口サイズ)とある。流石に客にサービスするものでもないだろう。バレンタインでもあるまいし。

 

「ああそれか。昔バンドの知り合いでライブ前にチョコ食ってるやつがいてな。聞いたらリラックス効果があって必ず食うようにしてるんだと。それを偶々思い出したから気まぐれで今日の出演者達にやろうかと思ってな。だから楽屋にでも置いておいてくれ」

 

 星歌は捲し立てるように言った。

 ふーん。

 

「このツンデレ」

「お前まで虹夏みたいなこと言うなよ」

 

 

 頭をガシガシ掻きながら「早く行け」と言われてしまったので、虹夏に一声掛けて買い出しに行くことにした。

 カウンターへ戻ると、どうやら話は一段落したようで、喜多ちゃんの表情は少し柔らかくなっていた。

 

「虹夏、買い出しに行ってくるけど何かいるものある」

「私は甘いものが食べたい」

「リョウには聞いてないよ」

 

 たかってくるリョウをいなしていると、虹夏は一緒に行くと言い出した。私は構わないけど、練習とかしなくて平気なのだろうか。尋ねると平気じゃないけど平気らしい。なるほど、分からない。ともかくそんなわけで、二人で買い出しに向かった。

 

 

 買い出しは特にこれといったことはなく進んでいた。強いて挙げるなら、チョコレートを買い物かごに入れた時に星歌とのやりとりを伝えたことくらいか。

 虹夏曰く『ツンツン、ツンツンツンツンツンツンツン、デレ』らしい。ツンに合わせてこちらを小突いてくる仕草が愛らしかった。

 

「お姉ちゃん、さっき喜多ちゃんがね」

 

 買い物を一通り終えて帰り道を歩いていると、虹夏が不意に切り出した。

 

「実はギターが弾けないって謝ってきたの。それも土下座付き」

 

 土下座なんて生で見たの初めてだよー、なんて軽い調子で言い放った。それに少なからず私は衝撃を受けた。喜多ちゃんにではなく、虹夏にだ。

 

「それは、かなり大問題では? 随分余裕があるように見えるけど、アテでもあるの」

「ううん。そんなものありません!」

 

 いっそのこと清々しく言い切る姿に、また開き直りかとも思ったが、どうやらそうではないらしい。

 

「確かに言われた瞬間は頭真っ白になったし、焦りもしたんだけどね。けどまだ何も終わってないでしょ? それどころか始まってすらない」

 

 そう言っている虹夏の顔からは、強がりでも何でもなく、本心からそう思っていることが見て取れた。受け入れることを拒否して逃避するのではなく、受け止めてその上で乗り越えている。今朝の様子とはえらい違いだ。

 

「ということで今回のライブは、ボーカル、ベース、ドラムの編成でギターなし。若干物足りないかもだけど、そこは私とリョウでカバーして見せるよ」

「ボーカルは喜多ちゃんが?」

「うん。今後のことはまだ分からないけど、ひとまず今回はね。本人が『迷惑を掛けた上にわがままで申し訳ないですが、ボーカルは全力で努めますのでやらせてください』って」

 

 もちろん、喜多ちゃんがしたことは褒められたことではない。けれど、責任の取り方は好感が持てる。謝るだけなら誰でも出来るけど、その先を出来る人は多くない。

 

「それでね、ここからが本題なんだけど」

「今のが本題じゃないの」

「うん、もーっと大事なこと」

 

 今の内容も十分大事だと思うんだけど、それより大事って何事なの。え、私もリョウも許してるから大したことないって? そうですか、本人がそう言うなら良いですけど。

 せめて本題とやらが、リョウのおばあさまが今年の峠攻め記録を更新したとか、それくらいの軽さであってほしいところである。

 

「喜多ちゃんが謝ってくれた時に聞いてみたんだ。普通逃げだしたりするものじゃない? って」

「それは確かに。制服も虹夏と違ったから、下高ではないみたいだし」

「そう、喜多ちゃんは秀華高なんだよ。だから連絡先を消して、しばらくこの辺に近寄らなければそれで済むの。私たちが秀華高に乗り込んだりしない限りはね」

 

 最後は冗談めかして言った虹夏だが、言われてみればその通りだ。付き合いも短くて、便りも携帯の連絡先程度。同じ状況になったら、少なくない人が逃げることを選ぶのではないだろうか。

 まあ、今回は逃げられなくて助かったわけだけど。

 

「そしたら喜多ちゃんが言ったの」

 

『小さい頃にとってもカッコイイ人に会ったことがあったんです。その人に、悪いことをしたらまずは謝る。そして次に自分が出来ることを考えるように。そう言われたんです。その言葉のおかげで私は謝りに来れました』

 

「それを聞いたらなんだかお姉ちゃんみたいなこと言う人だなーって思って。……ねぇ、お姉ちゃんどこ見てるの?」

 

 ジト目でこちらを窺う虹夏をよそに、私は思わず空を見上げていた。虹夏の、いや正確に言うと喜多ちゃんの話で、疑問だったことが確信に変わった。

 私は喜多ちゃんに会ったことがある。かなり前、それこそ十年近く前に。挨拶してくれた時にどこかで見たことがある気はしたが、昔は髪もストレートだったし、苗字は知らなかったから気づけなかった。

 しかしあの時の子が喜多ちゃんだったとは。それに、私の言葉が少なからず影響を与えてしまっている。あの頃は私も大人ぶっていたとはいえ、なんて偉そうなことを。

 

「ちなみに、喜多ちゃんはその人のこと他になんか言ってた?」

「それがあんまり覚えてないんだって! 私も気になって聞いてみたんだけど、まだ小さい頃のことで記憶がはっきりしないみたい」

「そ、そっか。それは残念だね」

「まあしょうがないよねー。あ、でもでもその人私に似てた気がするんだって。いやー私もそんな風にカッコよく見えちゃうのかー。というか、もしかして喜多ちゃんが言う人ってお姉ちゃんだったりして」

 

 私に似てるってことはお姉ちゃんにも似てるってことだし、言ってたこともそれっぽいし。と、からかい半分でこちらを見る虹夏。私は否定も肯定もせず、ただおもしろい冗談。という風に笑みだけを返す。

 すると虹夏も「そんなわけないかー。ドラマじゃあるまいしねー」と勝手に納得してくれた。

 咄嗟に隠してしまったが、別にバレようがバレまいがどちらでもよかった。ただ私が恥ずかしい思いをするだけなので、喜多ちゃんに直接聞かれたら答えるくらいの気持ちだ。

 

 

 そうして話している間に、公園の前を通った。小さな児童公園らしく、遊具が数個に、サラリーマン然とした男性と、ギターを背負って溶けかかっている少女がいるだけ。

 ん? 思わず虹夏の方を向くと、同じく虹夏もこちらを見ていた。なるほど、幻覚ではないらしい。私たちが揃って顔を見合わせていると、男性の元に家族と思しき女性と子供が駆け寄っていき、そのまま仲睦まじく公園を去って行った。まるでホームドラマのワンシーンだ。

 その様子を同じく見ていたギター少女は、最後に残っていた人の形をどろりと消した。

 

「と、溶けたギター!!」

 

 遂に私たちは揃えて声を上げた。

 

 

 

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