一人称練習作品。
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栄光、栄華。
かつて追い求めた物。
今は、もう手の内にはないもの。
だが、それでいい。
それで良いのだ。と自覚したときに、僕の青春は終わりを告げた。
後悔しているのかと、問われればもちろんと答えるだろう。
あのときに戻りたいのかと、問われればもちろんと答えるだろう。
だけれど、今この瞬間にあのときに戻ったとしても、僕はきっと同じ道を歩くのだろう。
遠い未来で後悔するのだと知ったとしても、あの瞬間の楽しさはきっと何物にも代えがたい物だから。
武術なんて物を極めた。
極めて、極めて、極め尽くした。
これを、井の中の蛙の妄言と言われても否定する事は出来ない。しようとも思わない。ただ僕は、笑みを浮かべたままに曖昧に、それでも極めたと主張するのだろう。
その程度に僕が武術を極めたというのは僕の中での事実だったし。客観的に見てもまあ、事実に近い物だったのだろうと思う。
だが、一言忠告させて欲しい。
これは、同じ道を歩もうとしている子ども達全員に言える事だ。
武術なんて物を習わせようとしている親御さん達にも声を大にして言っておきたい事だ。
だから声を大にして、言わせて貰おう。
「武術なんて物は極める物じゃない」
「極めた貴方が言うと、感慨深いモノがありますねぇ」
目をつぶっている僕の隣で浮いている少女が小さな笑い声をかみ殺しながらそう言った。
その声にはあざけりの感情が込められている事なんてお見通しだ。
そも、彼女が僕の事をあざける以外の行動を取っているのを、長い付き合いになるのに僕は見た事がない。
性格が終わっている女なのだ。この女という奴は。それ以外は割と付き合いやすい部類に入る当たり、僕は僕の人間関係に絶望感と疑問を抱かざるを得ない。
「いや、他人事のような顔をしているが、君だって武術を極める物じゃない理由に入っているからな」
「いやですね先輩。分かって言ってますよ」
「そうか。なら、さっさとここからいなくなって欲しいんだが?」
「ふふふ。それを素直にハイと聞いてあげるような性格なら、今ここにはいませんよ、私」
目を開く。
クスクスと笑う彼女の姿が目に入った。
腹立たしいほどの笑顔に、僕はため息を一つついた。
こいつが笑っているとろくな事が無い。この女と付き合っているときに学んだ事の一つだ。
疫病神のような女である。性格が終わっている以外はほぼ完璧なだけに、本当に惜しいと思う。才覚も、地位も、容姿も、あらゆる全ての物を手に入れたかのような女であるにもかかわらず、性格だけでその全てを台無しにしているのは、神様もなかなかに良い性格をしていると思う。
確かに、僕が知っている知神はわりと、良い性格をしているのが多いのは事実だが。
「それで、何のようだ魔法使い。魔法の研究に忙しい君は、ごくごく普通の無職の人間に声かけるほど暇人じゃないだろう? 何が、目的だ?」
「いやですね、先輩。私が目的なく先輩に逢いに来ただけとは考えないんですか?」
「考えない。そんなにかわいい性格をお前はしていないからな」
「事実ですが、事実は時に人を傷つける。知ってますよね無職先輩」
「うるさいよ。そういう言い方をするような奴だから、僕は君に対して辛辣なんだ」
「ふふふ。辛辣ですけど、無情ではない。そのあたりのバランス感覚は嫌いじゃないですよ」
その言葉に僕は押し黙った。
彼女の言葉が、割と的確だったからだ。僕にとっては致命傷と言えるかもしれないが、それはともかくとして、無情ではない僕はこんな風に性格の終わった彼女に対しても、ある程度の付き合いを維持している。人間関係複雑骨折の僕としては、こんな奴であっても貴重な、話の通じる友人ではある。
だから、彼女の事を半分無視するのを辞めて地面に降りた。
飛び降りたのは十五メートルほど。
それほど高くない木の一番上に突っ立って、景色を眺めていたところにふよふよと箒に乗って近づいてきたのが、この女だ。
何時ものような妙に蠱惑的な笑みを浮かべて。
「分かったよ。で? 何を打ち倒せば良いんだ?」
「うーん、この蛮族脳。文明人、日本人としての在り方はどこに置いてきたんですか先輩」
「ん? 違うのか? お前が僕に期待している物なんて、腕っ節以外に何もないと思っていたけど」
「自己分析完璧。その通りではありますけど、こーんな美女からのお誘いなんですから? もう少し期待したりときめいたりどぎまぎしたりしてくれても良いんですよ?」
そう言って彼女は僕の横にふわりと着地する。
箒から降り立ち、柔らかな笑みを浮かべる彼女のつま先から頭頂部までをざっと眺める。
なるほど美女だ。
切れ長の瞳。カラスの濡れ羽色した長い髪。鮮やかな唇、通った鼻筋、色白の肌。あらゆる全てが、美女である特徴を兼ね備えている。
全身黒尽くめで有りながら、その立ち姿に華さえ感じさせるその在り方は、まごう事なき美女であった。が……
「生憎、明鏡止水の境地に至ってるんで」
「うーん、この。心身を完璧にコントロールできるが故の色欲完全制御術。まあ、心身を完全に掌握している人間に、色仕掛けやマガンによる魅了が効くはずもなし……ですか?」
「分かっているなら、いちいち魅了の魔法なんて使わなくても良いだろうに。僕に惚れているのかと勘違いするぞ?」
「惚れてますよ? 先輩」
「どうせ、僕の武力にとかってオチだろう?」
「ふふふ、さて、どうでしょうかねぇ」
そう言うと彼女はクスクスと笑った。
まさしくあざけりの冷笑。
だが、そんな風に笑われてなお、彼女に対して腹立たしいという感情を抱けない程度に、彼女は妖艶で美しく、何より、僕の数少ない友人だった。
だから彼女に返す事出来る返答は一つだけ。
ため息をこれ見よがしについて続きを促す事しか出来ない。
そんな僕の様子を見て満足できたのか、彼女は本題を切り出した。
「先輩、Vtuberって知ってますか?」
「知らない。Ytuberなら知ってるけど」
「ふむ、Ytuber知ってるなら話が早いですよ。要は、それにガワを付けて声をアテレコする事で、2.5次元の存在としてネット上の動画サイトとかで活躍してる存在です」
「ほむ」
「んで、私、そのVtuberの箱の社長やってるんですけど」
「お、おう? 初耳だな」
「まあ、言ってませんでしたから。それはさておき、先輩への依頼ってのはですね」
「え、何、Vtuberって僕の武力が必要な相手がいる業界なの?」
「所によればですねぇ。うちの場合はまあ、そこそこの力は欲しいと言いますかなんと言いますか」
「言いよどむなよ。まあ、お前が作るような会社だ。まともじゃないのは分かっているけどさ」
「ご理解いただき、ありがたい事ですけどー。何というかいやな信頼感ですねぇ」
「お前が僕に今までしてきた所行を数えろ」
「百から先は数える必要性を感じなくなった物で」
「お前、自分が美女だからって嘗めてない?」
「嘗めてないですよ。これでも先輩を相手にしているときは細心の注意を払って会話してるんですから」
その言葉に僕はがりがりと頭をかいた。
こいつの言葉のだいたい七割が嘘だったりするような女ではあるが、何故か僕に対しての言葉に嘘は少ない。いや、だからこそ友人関係を続けているわけだが。
「まあ、いいや。それで? 結局依頼ってのは?」
「ああ、うちでアクター。つまりVtuberやりませんかって話です。うちの箱、女の子Vtuberばっかりで、この辺りで劇薬をひとつまみすることで、無駄な男アクター応募減らせるんじゃないかと思いまして」
「人を劇薬扱いするな」
「? ああ、劇薬の方がかわいいですもんね」
「いい加減にしないと、暴力に訴えるぞ僕は」
「やめてください、負けてしまいます。……なんて、下らない事はさておき、ご返答は?」
「断る。僕の武術は術であって芸じゃない。見世物にされるのは真っ平だ」
「まあ、この返答は予想通り。昔から先輩、武術に対する神聖視が強いから、断られるのくらいはお見通しです」
「はぁ。だったら何でまた、そんな話を僕に」
「まあ、会話テクニックの一つです。この後の提案が本命なので」
「テクニックってばらしたら、意味ないんじゃないのかそのテク」
「まあ、ばれても先輩なら断らないかなーって」
そう言っててへへと笑う彼女。
その笑みは無邪気そうに見えて、尊く見える。
無論、見えるだけだという事を僕はよく知っているため全く引っかからない。良いから、先を続けろと、視線だけで促すと、少しふくれた様子を見せながら彼女は続けた。
「んじゃ、スタッフとしてで良いんで手伝ってください」
「スタッフ?」
「そう、アクターのお手伝いをするスタッフサンです。それを先輩にはお願いしたいのです」
「ふむ……」
その言葉に僕は押し黙った。そして思考を巡らせる。
その提案は僕にとって決して悪い物だとは思えなかったからだ。
恥ずかしながら僕は無職……アルバイトをしているから実情としては無職ではないが、手に職を付けていないという意味では、それに等しい立場にある。
そんな僕にバイトであれ正社員であれ、仕事を持ちかけてくるのは交渉ごととして正しい選択だった。
武術を見世物にしないのであれば、彼女の言葉に耳を傾ける事を選ぶ程度には、僕は彼女と長い付き合いだから。
「条件は?」
「一応正社員扱いで入社して貰いますけど、給与はこのくらいですかねぇ」
そう言いながら、彼女は僕に対して一枚の紙を手渡した。
給料の明細と、ボーナス支給の仕組み、次いで昇給や契約事項などについて事細かに書かれた書類だ。ご丁寧に、僕がサインすればもう即座に正社員として働けるように整えてある。そして何より、読む限り普通の契約書だった。
魔法的な仕組みも、詐欺的な仕組みも契約書からは読み取れない至極真っ当な契約書で、そんな真っ当な物を最初から出してくるとはあまり考えていなかったから、僕は驚かされた。
最初の1枚目はボケに走るかネタに走るか、むちゃくちゃな物を想像していたからだが、彼女も社会人として、成長しているんだなぁと、妙な感想を抱く。
「それでどうですかね? 気に入りましたか?」
「まあ、別段お前の下で働くのは構わない。主従契約こそしていなかったが、大学の頃の僕はお前にこき使われていたし、慣れているからだ。だけど、この業務内容なんだけど」
「業務内容に、何か不備がありましたか? 一応、推敲も含めて結構丁寧に作ってあるし、魔法使いとして、契約書は専門分野。不備なんて無いと思いますけど」
「いや、そうじゃなくて、何このアクターの制圧って」
「制圧は制圧です。暴れているアクターを、先輩自慢の暴力で押しとどめて欲しい。ただそれだけの事ですけど?」
「不思議そうに言うなよ。え? なに? 僕の武力を欲するほどに暴れ回るようなのがアクターやってるの?」
「それはまあ、見てのお楽しみと言いますか、見てくれれば分かると言いますか……これ」
言いながら彼女はスマホを僕に渡してきた。
その画面に映っているのは、かわいらしい少女の姿。
天使を模した姿の少女が、美しい声音でゲームの実況をしている動画だった。
その声を聞いて何となく理解する。
そして、この女がやった事に対して正気かどうか確かめたくなってきた。
「言いたい事はまあ、分かりますけどー、これも半分は先輩のせいなんですからね?」
「いや、だからといってこいつ……」
「そう、本物の天使ちゃんです。その声に聞き覚え有りますよね? 先輩」
彼女の言葉に僕は無言を答えとして返すしか出来なかった。
この声に聞き覚えがあるかないかで答えれば、確かに聞き覚えはある。
大学時代、目の前の彼女と一緒に向かった数々のフィールドワーク。そのうちの一つで遭遇した、地上に墜ちてきた天使。荘厳で有りながら清廉、神聖さを感じさせながらどこまでもやさしく、どこまでも透き通った声音は、まさしくもって人ならざる者のそれ。
とはいえ、どうして彼女がこんな風に動画配信。しかも、態々天使の絵を動かして、それに声を当てるような形を取ってやっているのか。それが、僕にはまるで理解できなかった。
だから。
「とりあえず、お前の会社に案内しろ後輩。どういうことかの説明を求めるぜ、俺は」
「りょーかいですよ、先輩」
軽く言う彼女に向かって僕は深々とため息をついて見せた。
今の現状を理解していない彼女に対する呆れを多分に含んだその態度に、だけど彼女はにこやかな笑みを浮かべて、僕にこう返した。
「先輩が助けてくれるから、私はこんなにも飄々としてられるんですよ?」
「その信頼に応えられるように努力しますよ、社長」