部屋に戻って言った夕日さんを見送ってため息を一つ。そして、今いるメンバーを振り返ると、もう一つため息が漏れる。社長はよくもまあ、ここまで個性的な……と言うよりも致命的なメンバーを集めた物だ。
勇さんをメンバーに加える事前提で集めていたのならば、計算としては割に合うのだろうが、それにしてももう少し手加減という物をして欲しいと切に願う。
なんてそんな事を考えながら私は笑みを浮かべつつ、私は術式を特殊言語化してパソコンに打ち込むという作業を続けていた。
しかしながら、相変わらず自己肯定感が無い人だと思う。
調子に乗りすぎるのは良くないが、調子に乗らなすぎるというのも考え物だ。
特に超人とも呼ばれるほどの武芸者であれば。
勿論、その価値を私は正確に理解していない。
御影心桜という女はあくまでも技術屋であって戦いを専門としていないからだ。
だからこそ見える事もあるし、だからこそ見えない事もある。
勇さんの力量に関しては凄いと言う事は理解していても、それがどの程度凄いのかは想像の範疇外にあるように。
そういう意味では私の立場は視聴者と変わらない。
彼の力量を疑っているわけじゃ無いが、それでも社長が第一期生として集めてきたメンバーは、裏側でも有名なメンバーである。触れる事を禁忌として、関係を築く事さえ禁じている組織が多い程度にはそれぞれが隔絶した実力者だ。
個々がそれぞれ国家崩壊級の厄災に数えられているのは、伊達や酔狂では無く、たとえば先ほどまで勇さんに甘えようとしていた夕日さんだって、その本性をさらせば、世界滅亡の危機に陥る。
黄昏の狼、フェンリル。
裏側において知らぬ者なき、北欧神話の終焉の始まり。それに覚醒した存在とはそういう者だ。
時代を終わらせる存在。新たな時代を開く者。
覚醒者大神夕日。
なるほど。
こんな存在に触れたくは無いだろう。
何もしていないのであれば、何もしない事を願って放置するのが一番賢いやり方だ。
少なくとも私はそうするし、国の霊的関係機関がこの会社を監視でとどめているのも、私と同じ結論に至ったからだろう。
夕日さん一人でそれだ。
そんなのが、他に三人もいるなど、悪夢に等しい。
田舎に或いは自らの領域に引きこもっていてくれ。
と言うのが、裏関係者全員の願いなのだろう。
が。
「それがこうやってVtuberやってるんですもんね」
「何がですか?」
「ただの独り言ですよ。夕日さんの今の姿をみた感想みたいなものです」
「ふーん? 今の駄犬の感想となると、配信者としてのあいつか? 正直どうなんです? 上手くやっているんですか?」
「そりゃ、元々信仰を集めるような存在ですからね。本気を出せばカリスマ的人気を出す事も容易いですが、プランディング的にはそういう方向性では無く、ワンコ系年下少女って感じで売り出して、成功してますよ」
「それで良いのか狼」
苦笑した勇さんに対して、私も苦笑を返した。
とは言っても私の苦笑と勇さんの苦笑は中身が違う。
勇さんの苦笑は、狼なのに犬扱いを受け入れた夕日さんへの苦笑で有り、私の苦笑は勇さんに対する態度を基準にプランディングしている事を勇さんだけが知らない事に対する苦笑だ。
まあ、気付けと言うのも難しい話ではあるが、同時に報われない話でもある。
いつか来るための相手に合わせて、演じる内容を決めて一年間それに準じたのに、気付いて欲しい相手にはまるで気付かれていないのだから。
いや、それとも気付いているのに気付かないふりをしているのか。
勇さんは尋常では無く鋭い。
人の心を読む異能でも持っているのでは無いかと邪推するほどに。
だと言うのに、その対象が女心となると、とたんにその精度が落ちるのだから不憫なものだ。
「とりあえずどういう風に売り出しているのかって言うおおよその計画は把握しました」
「お疲れ様。それじゃあ、それを元にして社長からの指示で動いて下さいね」
「了解です。心桜さんも何かしら僕に出来る事があれば、どしどし頼んじゃって下さい」
「ふふ、ありがとう。でもあまり頼らないようにしておくわ」
「はへ? なんでですか?」
「秘密」
社長を除く4人の第一期生達から恨みを買いたくない為であるが、そのことを勇さんに伝えるつもりは無い。
ここで、彼女たちの好意について語ればろくな死に方をさせてくれないだろうという確信があった。
「ま、まあ、秘密というならあえて聞きませんけど、それじゃあ、僕が今できる事ってあるんですか? 社長、どこかに出かけてるみたいですけど」
「んー。この部屋で出来る事は今のところ無いなぁ。とりあえずスタジオに置いてあるゲームでもいじっておく、くらい?」
「ゲームって……なぜゲーム?」
「ゲーム配信はVtuberの基本業務の一つだからね。少しくらいは触れるようになっておかないと」
「いや、僕、それなりにゲームは触ってるんですけど……大学時代社長に付き合わされて」
「おや、意外。社長に付き合わされてるなら、それなりの腕前?」
「さあ? でも、得意ではありますよ。反応速度には自信がありますし、コントローラー操作だって肉体操作の延長ですから」
「あ、そういう意味で得意なんだ」
人体操作の一環で得意と言われては苦笑するしか出来ない。
確かに、コントローラーによる操作は人体操作ではあるが。ゲームを精密動作の鍛錬か何かに置き換えて考えているのか。
「少しは武術から離れたら良いのに」
「日々これ鍛錬。日常を日常の儘に鍛錬に取り込む事で、技を或いは肉体を鍛え上げる。これは武術家として当然の気構えなんですよ」
「そこまでストイックなのは珍しいと思うけど」
「ストイックですかね? この心構えでずっとやってきましたから、あまりそのつもりは無いんですよね」
「何でも武術につなげる事は、武術家としては間違いじゃ無いんだろうけど」
「無いんだけど?」
「少しばかり寂しいよ」
それは私の本心だ。
武術ばかりに傾倒するその有様は、人のそれでは無いような気がする。
無論、魔法科学に傾倒して、それ以外の全てを一度は切り捨てた私が言うのはおかしな話ではあるのだが。
私の言葉に勇さんは頬をかいた。
珍しい反応だった。
私がこんなことを言い出すのは確かに珍しいだろう。
だが、これは私の本心だった。
世界の広さを教えてくれた本人が、自らの世界に閉じこもっているのを見るのは少し嫌だった。
「だからゲーム……ですか。それも鍛錬としてでは無く、純粋に楽しめと」
「一度楽しんでみて下さい。どうせスタッフとして働くなら避けては通れない道です」
「心桜さんがそう言うのであれば」
彼の言葉に苦笑する。
私の為にしてくれるというわけでは無いけれど、私の言葉で彼を動かせる事が出来る程度には信頼されているのだと思うと、少しうれしい。
何せこの男、本当に機械のような男なのだ。
血が通っているかすら怪しいと昔は思っていた。
かつて、この男と敵対したとき、私はあらゆる手法をもってこの男を追い詰めようとして、その悉くを力尽くで突破され、破壊された。
その時のこの男の目は今でも夢に見る。
冷静かつ冷徹、敵対者をただの障害としか思っていない目の色は、殲滅者として完璧で私の野望を粉々に砕いた。
その時から見れば、少しは信用されたのかなと思う。
最も、勇さんは全然そんな事を考えていないのだろうけど。
遺恨を一切残さない男だから。
「と、言うわけでゲームです。……何なら一つ対戦でもしてみますか?」
「ここでもゲームできるんですか?」
「勿論。PCに繋いでありますからすぐに用意できますよ。ついでに言えばPCでやるゲームもありますけど、今回はコンシューマーのでやりましょう」
「……それじゃあ、お付き合いさせていただきますよ、心桜さん」
その言葉に私は小さな笑みを浮かべた。
ふふふ。貴方は遺恨を残していないでしょうけど、私の方は遺恨たっぷりなのです。
だからぼっこぼっこにしてやる。
暗い熱を胸に抱き私はパソコンの画面をゲーム画面に切り替えて、コントローラーを渡すと、勇さんはナチュラルに隣の席に腰掛けた。
「とりあえず何します?」
「あー格ゲー以外で」
「あれ? どうして格ゲー以外なんですか?」
「あれをやると社長に怒られたんで、あんまり好きじゃ無いんですよ」
「社長ってボコられても起こらないイメージがありますけど? と言うか格ゲーやってたんですね」
意外だ。
配信では何でもやるタイプの社長だが、言われてみると格ゲーはあんまりやっていなかった記憶がある。その社長が怒ると言う事はそれなりに強いのだろうか。
「いや、何でも一フレ見切るのは反則とか何とか。見える物は仕方ないですよね?」
「はい、格ゲーは辞めてFPSしましょうか。協力ゲーの方がフォローしやすくて良いですよねー」
起動しかけていた、俺より強い相手に会いに行く系統の格闘ゲームを辞めてストーリーモードで協力できるFPSを起動する。
一フレ見切る対戦相手とか絶対に戦いたくない。上下段投げの択全部見切られるとかやってられない。
人間性能が高すぎて、ゲームが成り立たないとかふざけないで欲しい。
「まあ、何でも良いですけど、とりあえず操作方法見せてくださいね」
「分かってますよ。協力プレイで説明も無しでやらせはしませんって」
そう言いながら私は勇さんと二人でゲームを楽しんだ。
そして、彼とゲームを楽しんだ感想だが、反射神経って大事だと思いました。
開始数分で、動きに慣れ、操作に慣れた彼は正しく無双と呼ぶにふさわしい動きをして見せた。
……この人、プロゲーマーとしても食べていけるんじゃ無いだろうか。
これでも、電子機器一式に関しては精通している。
チートだって作れるし、その自作チートをコンシューマーゲーム機に接続も出来る。勿論、遊びや息抜きでゲームをしている時はそんな物を使わないが、この男ならどういう反応するのかと思って射撃訓練所の1対1で試してみると、拮抗されるほど。
そりゃあ、私の立ち回りがプロと比べればへたくそなのは分かっているつもりだが、勇さんの動きは何というか気持ちが悪い。
コントローラー使って銃弾避けつつ、弾を当ててくるとかちょっと信じがたい。エイム力だってこちらはオートエイム使っているのに、それと遜色ないし、本当にこれチート無しなのか疑うレベルだ。
「ふぅ。いやぁ上手いですね、心桜さん」
「い、いや、貴方ほどではありませんよ」
「そんな事は無いでしょう。僕の負けですし。いきなり動きが良くなったって事はそういう事だとは思いますが、それでも負けは負けです」
しかもしっかりチート使ったのバレてるし。
引きつった笑みを張り付かせながら、私はゲームを終了する。
同時に勇さんは立ち上がって、座っていて固まった筋肉をほぐしていた。
プレイ時間は三十分程度だが、そろそろ社長も戻ってくるだろう。
そう判断して切り上げてまっていると、部屋の中心に魔方陣が現れた。
そしてその上に黒い影が現れ、その影が美女の姿を作り上げていく。
社長だ。
「おかえり。それで、人に駄犬の相手押しつけて何してきたの、社長」
「まま、そう怒らないで、夕飯、ご馳走してあげるますから」
「いや、怒ってはないけどさ……面倒な事を任せるとき、すぐにいなくなるのは良くない癖だぞ」
「今回は夕日ちゃんの願いをくみ取った結果です。次からはもうしませんよ」
「ならいいがな」
ため息をついた勇さんはその態度でまるで信用していない事を示している。
しかし、その態度にも社長は特に気にせず彼にちょっかいをかけている。
そして、ナチュラルに編集室から出て行こうとして。
「心桜さん」
「はい? 何ですか、社長」
「ありがと、先輩の面倒見てくれてて」
「……ふふ、後輩の面倒を見るのは先輩のつとめですからね」
「む、ってそうか。先輩、この会社じゃ後輩になるのか」
「何を今更」
紛らわしくなるなぁ等と呟いている社長に近づいて耳元でささやく。
「いい加減素直になって、名前呼び出来るようになれば良いだけですよ、社長」
「……それが出来れば苦労していないのです」
そう言って整った顔立ちを朱に染めた姿は、女の私から見てもとても魅力的だった。