ちょっと書き方を変えました。
皆で晩ご飯を食べた後は各自の自由時間となる。
自由時間と言ってもこの時間からは、配信の時間がほとんどで、自由時間という名の仕事時間みたいなものだけど、配信という仕事を私は存外に気に入っていた。
そんな配信だが、今日はお休み。
私のチャンネルは白いのとは違いそれなりの頻度で休みを入れている。白いのが休息日以外規則正しく配信するのに対して、私は不定期に気ままに配信する。それが白いのとの対比となってよりカップル感を助長するのだと、あの魔女は言っていた。
白いのとカップルなどと言われるのは気持ち悪いが、気ままに配信できるこの環境は嫌いじゃない。
毎日配信しないからこその役得もある。
「それで、僕を見に来たのか」
「見に来たんじゃなくて遊びに来たの。何をやってるのかなーって」
「何って日課だが?」
「そう。魔拳の日課を見に来た」
「ふーん。別に、面白い物でも何でもないと思うが?」
言いながら魔拳は構えをとった。
美しい。
そう表現するしか出来ないほどに流麗にそして軽やかに。
日が沈み、人工の光が夜空を照らすビルの屋上。
その場所で彼は構えを取り、そして型を幾度となく繰り返す。
流れるように打ち、突き、払う。
その一手一手が芸術のように美しい。極まると言う事は美しいのだと私に教えてくれる。
音が響く。
コンクリートを踏んで響く音に大気を叩く拳の音、微かに聞こえる呼吸音。それらがリズムよく繰り返されて、まるでオーケストラのよう。
ただ、鍛錬の為に拳を振るっているだけなのに、どこまでも引き込まれるその美しさは、神秘的で有り、同時にどこまでも魔的で有り、されど決して人の枠組みからは外れない。
大気を裂き、大気を叩き、大気を穿つ。
それらの動き一つ一つでさえ芸術なのに、その全てが一つに纏まり一体となって調和している様は、人の枠組みより離れた私でさえ息をのむほど。
「とまあ、こんな感じだが感想は?」
「え? うん、そうだね」
「まあ、人様に見せるような物じゃないから、感想を求めるのもおかしな話なんだが」
「とても、綺麗だった」
「お? おう? ありがとう?」
私が素直に褒めた事に対して魔拳は少し戸惑った表情を見せた。私が素直に褒めるなんて思ってもいなかったんだろう。
「あれが人を殺す技だなんて信じられないくらい」
「残酷な物には美しさが宿るって誰かが言ってたけど、それかもな?」
「そうだね。魔拳の美しさは残酷さに宿る美ではあった」
「ふーん。よくわからん感覚ではあるな。ただの型稽古だぞ?」
「型をなぞる。それだけなのにどこまでも綺麗だった」
「綺麗ねぇ」
私の言葉に魔拳はしかめっ面をした。
その理由を私は推し量る事は出来ない。
だけど、そのしかめっ面でさえどこか美しい。
魔拳の容貌は別段整っているというわけじゃない。清潔感はあれど、その程度。
なのにあの型稽古を見てからだと、彼の容貌はあまりにも麗しく見えた。
「で?」
「で?」
「いや、遊びに来たんだろ? 何をするんだ?」
「うーん」
「いや、見に来ただけと言うわけでもないだろ?」
「うーん」
「……え? 何も考えてないのかお前」
「うん」
「えぇ……」
困惑した声を出す魔拳。
普段は見れない様子に笑顔がこぼれる。
魔拳の格好いいところは存分に見せて貰っているけれど、こんな風に困惑する魔拳の事は見た事がない。
まあ、でもそれは当然か。
私だって私がこんな風に普通に過ごせるなんて知らなかった。
あの魔女が私を解放してくれなければきっとずっと人の世を恨み続けながら封印されていたのだろう。
そういう意味では私はあの魔女に感謝しなければならないのかもしれない。
自分の願いの為とは言え、私を解放してくれたのだから。
まあ、封じたのもあの魔女だが。
「魔女の配信に突撃復讐劇をする」
「配信に突撃とかさせるな。燃えるだろう。主に僕が」
「そんな事を気にする魔拳じゃないでしょ?」
「僕は気にしないが、後輩は嫌がるだろうに」
「人の嫌がる事は進んでやるべきでは?」
「本気で嫌がる事はするな。……戦い以外ではな」
「ならするべきだね」
「どういうこと?」
恋とは戦争なり。
ならば、恋敵相手にいかなる嫌がらせも進んでするべきだろう。
特に相手は魔拳に最も近い人なのだから。
「貴方の事が好きだから。好きだよ魔拳。」
「……いきなり、なんだよ?」
「告白。そして宣戦布告」
「ええっと? 告白はありがとう……か?」
「ふふふ。そこは僕も愛してるが、正解かな?」
「いや、愛してはいないな」
「うん」
知っている。
分かっている。
だからこその宣戦布告だ。
魔力を収束する。
漆黒の剣を虚空より引き抜いて、無造作に構えた。
「え、告白されて剣向けられるって何?」
「受け入れて貰うまでは面倒に行こうと考えたんだ」
「面倒に」
「そう。だから、覚悟して欲しいな」
そう言うと魔拳は凄く嫌そうな顔をした。
その表情さえも愛おしい。
その顔を歪ませ、ぐちゃぐちゃにして媚びへつらわせたい。
私の願望は歪んでいる。
だがそれは仕方がない事だ。
だって私は魔人なのだから。
人ならざる、魔に属する者なんだから。
抜き放った剣を地面のコンクリートに触れさせて、火花飛び散るその瞬間に前に出る。
その一歩で音もなく音速を超えて、魔拳の背後に回り込むと同時に一閃振るう。
当然かわされた。
怪訝な目の色に苦笑を一つ。
だけど、こちらに躊躇いはなく。剣振るうが儘に相手の頸を撥ね飛ばそうと斬撃を振るう。
二度、三度、四度。
合する事さえなく、特に感慨さえなく剣をいなされて、剣だけでは埒があかない事を悟った私は翼を広げた。
その様子を認めた魔拳はため息を一つつきながら私の手首をつかみ取る。
「そこまでするか?」
「ふふ、遊びだもの、本気で行くよ?」
「そうか。ならもう何も言わないが」
ため息は魔拳の本心より漏れ出た者だろう。
本心から面倒に思っている事がよく分かる。
だけれど、私だって引く事は出来ない。
これは遊びだ。
おそらくは悪い遊び。
火遊びの類いに分けられるそれ。
だけど、遊びだからこそ本気で、全力で。
広げた翼は漆黒の魔力を宿し、舞い落ちる一枚一枚を鋭い刃に変える。
落ちた刃を魔拳に向けて放つが、しかし刃は彼にかすり傷一つ与える事さえ出来なかった。
掴んでいた腕を刃が当たる直前で放し、僅かに一歩下がる。
下がると同時に殺到した刃を容易くかわして、あいた空隙に踏み込んでくる。
そこから先は見えない。
視認出来ない速度で裏回られたわけではなく、意識の死角をつかれて認識を遅らせられた。
そう気付いた瞬間には既に目の前。剣を振るうけどかすりもしなかった。
拳が腹部に触れる感触。
全神経を集中していたお陰か、それだけは感じ取れて、全力で魔力を腹部に回す。
何かが爆発したような感触が腹部から全身に奔る。
瞬間腹部にため込んだ魔力が全力を駆け巡る。
奔った衝撃により中身がズタズタにされて、後から巡った魔力がズタズタにされた部分を癒やしていく。
「く……ふは………はは」
笑いがこみ上げてきた。
全力で防御、強化、再生に魔力を回してこの被害。
しかも今の一撃、手加減されていた。
今の一撃で私が死んでいないのが証拠で、私が死んでいないと分かった理由は蘇生魔法の遅延発動魔法陣が発動していないため。
二度目の衝撃が私の全身を破砕する。
再度防御、強化、再生。同時に全力で後ろに飛んで、魔拳の拳より離れようとする。
「あは……は」
いや、もう笑うしかない。
全力で後ろに飛んだハズなのに、距離にして数十メートル、場所は空のハズなのに当然のように魔拳はついてきている。
腹部の感触は消えない。
再度全身に衝撃。防御、強化、再生。
さらに衝撃、防御、強化、再生。幾度も幾度もそれを繰り返す。
コンマ数秒のうちに淡々と打ち込まれる衝撃。一撃一撃で意識をもっていかれそうな灼熱が全身を駆け巡る。
死ぬ。
殺される。
だけど、それがあまりにも気持ち良い。
幾度目か、数える事さえ億劫になるほど繰り返された一撃が、私の全身を駆け抜けていく。
秒に満たない空中でのやりとり。だけど。
「あはははは」
笑い声は止まらない。
痛みは全身を駆け巡って、なのに死ぬ事はないと確信できる。
全身は鉛のように重くなってきていて、ダメージは確実に蓄積されている事も理解している。
なのに。
「楽しいね、魔拳」
目と目が合った。
血を吐いていないのが不思議なくらいのダメージを受けながら、私は魔拳に問いかける。
痛い。痛い。痛い。痛い。
どうして自分が意識を保っていられるのか理解できないほどに全身が痛い。
だけど、その痛みは悦楽でもある。
だってこの痛みは、魔拳が私に刻む愛なのだから。
剣を振るう。
真っ直ぐに振り下ろした一撃は、どうやったのか理解できない技巧を持って受け流された。
受け流されると同時に、腹部の感触が消えて、熱が薄まる感触が私を不機嫌にさせた。
だけど、そんな私の感情を理解していたかのように魔拳は再び私に熱を与えてくれた。
衝撃だ。
次は腰を起点に衝撃が全身を奔る。
空中で絡み合うように私たちは攻防を続けていた。
いや、攻防というのは嘘か。
実際には私の防戦一方だし、防御だって私は防げるとは言い難い。
ただ、魔拳の一撃を自分の身で受け止めながら、何とか耐えていると言った方が正しい。
魔拳は拳を振るい続ける。
その才気の儘に、或いは鍛え上げた武練の儘に。
私に一切の反撃を許さずに。
その魔拳の振る舞いを私は許そう。
だって、我が儘に振る舞う男の人を許すのが、女の器量なのでしょう?
地面に、ビルの屋上に崩れるように着地する。
その瞬間最大級の衝撃が全身を蹂躙した。全身が爆散していないのが不思議なくらいの威力。
その一撃を受けても私の笑みは消えていない。
それを見て取った魔拳は小さく首を振った。
呆れているのか、それとも処置無しとあきらめたのか。
構え直すその姿まで美しい。呆れた様子を見せるその姿まで愛おしい。
踏み込む。
剣を抜いて、翼をはためかせて、私は一筋の黒閃となる。
亜音速を超えた速度をもって、一直線に魔拳に向かって剣を振り抜く。
しかして、その音速を超えた一撃すら彼には決して届かない。
すれ違い様に三度衝撃が叩き付けられた。
顎、胸、腹部。
三箇所に受けた衝撃は、一撃でさえ死を覚悟するに足る。それを三つもうけて私が立ち上がれる道理もなく、その場所で崩れ落ちた。
「満足したか?」
「魔拳、強すぎ」
「まあ、伊達や酔狂で最強を名乗っちゃいないって事で」
そう言いながら魔拳は私に手を差し出してくれた。
問答無用で襲いかかったのにも関わらずこの態度である。
全く脅威と見なされていない事がありありと分かる態度に、私はため息をつきながらそれでもその手を取って立ち上がった。
全身に痛みが走る。
なのに、致命的な傷はおろか骨に罅さえ入っていないのだろう。治癒魔法を使うまでもなく、魔力を全身に循環させて新陳代謝を早める程度で十分に治る程度の極限まで手加減されたというわけだ。
「嫌になるくらいに力の差があったね」
「そりゃ、準備もしてないお前に真っ向正面から負けるわけがないだろうに」
「それでも、手こずるくらいの事はしてくれるかと思ったのに」
「手加減の具合を確かめるのには手こずったが?」
「手こずって一分満たないんだ、私」
「策略、計略、地の利、バフ、デバフもりもりでも僕が勝つ。なのにそれらを一切使わなければそれはそうなる」
「納得いかないなぁ」
「結果が全てだ。受け入れろ」
苦笑する魔拳に私はふくれっ面を向けた。
だけど魔拳はそれに頓着するでも無く、立たせた私を置いて再び自身の型を確認する作業に戻る。
一つ一つの動作を確認するように、緩やかに軽やかに雄々しくされどしなやかに。
どれだけ、眺め続けても飽きないその姿は、武術における一つの到達点だった。