何はともあれ、動画の撮影を終えたらしい二人を、後輩がさっさと上へ送っていくのを見送りながら、僕は連れてこられた部屋を眺めていた。
多人数のアクターで3D配信する時用のスタジオらしいが、詳しくも無い僕に言われてもその内容のほとんどを理解できていない。
何となく大人数で動画を撮る場所という事を理解して、その場に置いてあったいすに座る。
「しかし何であの二人は、僕を見付ける度に殴りかかってくるのか」
「そりゃ、貴方が悪いからでしょうなぁ、主殿」
いすに座ってぽつりと呟いた僕の独り言に返答があった。
そのことに別段驚く事は無い。
気配を消す術の気配を感じ取っていたし、まあ、誰か後ろに来ているんだろうなぁと言う事は、空気の流れからも理解していたからだ。
むしろ、気配を隠して背後を取ったのに攻撃されなかった事に驚く。
こういう事する奴、たいてい不意打ちで攻撃してきがちだし。
「僕が悪いか。特段あいつらの恨みを買った覚えは……まあ、世界を救う為になら仕方ないよな?」
「世界と私、どちらを取るの? と言う問いに躊躇いも無く世界と答えるような貴方でありますから、そりゃ恨みも骨髄という物。むしろ殴りかかられるだけで済んでいるのは御の字なのでは?」
「いや、殴りかかられるだけで済んでるって、防いでなきゃ僕死んでるんだが?」
「防げるという確信の元での強襲など、ほぼ意味を成しておりますまいに」
そういう物かと、半分納得。それでも殴りかかられてるのはどうなんだと半分いじけそうになりながら、僕の言葉に返答した奴の方へと向き直った。
そこには豪奢な女の姿があった。
金髪碧眼。
長い金髪と、長い金色の尾が目を引く妙齢の美女。
かつて、村一つを支配し、村一つを搾取し続け、そして最終的に僕がボコった女がそこにはいた。
「久しいな……えっと?」
「輝姫(キキ)。稲荷輝姫とお呼び下さいな主殿。これが、この地にて得た真名ですが故に」
「ほーん」
本名も同じ名前だった気がするが、Vtuberってのは本名と同じ名前を名乗る事が多いのだろうか。
僕はその疑問を後で後輩に聞く事にして、久方ぶりの再会となる狐との会話を楽しむ事にした。
「元気だった?」
「ふふ、本当に語彙の少ないお方ですね」
「いや、数年ぶりに会った、かつてボコった相手に何を言えと? これくらいしか聞く事なくない?」
「ふふ、私から貴方への呼び方とかいろいろあるのでは?」
「それを聞いたら泥沼にはまりそうな予感がするから聞かないようにしているんだ」
「まあ、相も変わらず勘だけは鋭いんですから」
そう言って彼女はクスクスと笑う。
傾国の美女が笑う姿、そこに彼女の妖力が重なって凄まじい魅了の力を放つが、此方と明鏡止水の心持ちである。まるで通じず、ただキレイだなーという感想を抱く程度だ。
そんな僕の様子を見て彼女はため息をついた。
「本当につれないお方なんですから」
「明鏡止水持ちに魅了は通じない。常識なんで」
「本物の明鏡止水の心持ちなんて、歴史上においても類を見ないはずなんですけどねぇ」
「そうなのか? あっさり習得できたからそれなりにいる物かと」
「うーん、この天才。主殿以外が言えば殺されてもおかしくない発言ですよ?」
と、言われてもあっさりと習得できたのは事実なのでそれ以外に言いようが無いのだ。
心を静め落ち着ける。
さざ波さえ立たない程に精神を落ち着かされば、精神干渉など受けるはずも……
「相変わらず寒気さえ感じそうな程の集中力。引き込まれそうなほどです」
「そうか? 自分では分からない物だな」
僕にしてみれば普通に集中しているだけである。
引き込まれるとか言われてもよく分からない。まあ、そんな事よりも、聞きたい事が僕には出来た。
「それで? 一体お前は何のようでここに来たんだ?」
「おや、主殿とお話ししたかった。それだけでは不服ですか?」
「お前みたいな現世利益追求型の奴が、僕と話したいだけでここに来ってのもおかしな話だと思ってね。なに? 何を企んでるのさ?」
「まあ、企みとは人聞きの悪い。私はただあの魔女殿に乞われた事を十全に果たしているだけだというのに」
「あいつに? あいつ何を企んでるんだ?」
「企みと言いますかなんと言いますか、貴方の紹介ですかね?」
「紹介。と言う事はつまり……」
「そういう事で、今もまだカメラ回っております」
彼女の言葉に僕は絶句した。
気配を感じる事は出来るが、機械が回っているかどうかなんて流石に感じていなかった。が、確かに周囲を観察してみれば、白黒の二人が暴れ回っていたときと、機械の音が変化していない。つまり、ずっとカメラは回っていたという事。
「……放送事故じゃ無いの?」
「最初から黒子として画面上に登場していたので、織り込み済みかと思っていたんですが」
「あの野郎……」
「魔女殿は野郎では無く、女性ですわよ」
「うるさい。んなこと分かってらい」
さて、この状況どうした物か。
いや別段何かあるわけでは無いが、スタッフと言われていたのにアクターとして、番組に出ているのは契約違反だ。
あの女に文句を言ってやると息巻いているとそこに狐からストップがかかった。
「別にスタッフ様でもこのように出演することはそれほど珍しい事ではありませんわよ?」
「あ? そうなの?」
「そもそも、貴方みたいな個性の塊のような人、ただのスタッフとして使うのはとてももったいないですし」
「つまりそれは、アクターとしてこき使うという宣言か?」
「まさか、貴方の役割はアクターにあらず。そも、この状況を垂れ流している時点で貴方をアクターに専念させるのは不可能でしょう」
その言葉に僕は納得するしか無かった。
まあ、そうなるだろう事を織り込み済みだったわけじゃ無い。
だが、あの性根の悪い後輩が、そう容易く僕を出演させるのをあきらめるはずが無い。それを知っているだけだ。
が、黒子としてでも出演させているなら先に言って欲しい物だと憤慨する。
この点、僕はただの被害者だ。あいつに連れられて契約を結ぼうとすれば、その前にさらっと出演させられるとかどう言うつもりだ。
「ふふ、それは、あの白黒コンビをとどめる事が出来るのが、あるいは興味を移せるのが貴方しかいない。そういう事なのでしょうね」
「おいやめろ。そういう言い方をするな燃えるだろうが」
主に僕が。
女性Vtuberと男性が絡んだとき、男性が目に見えない相手なら女性の方が燃えるが、僕みたいにたたきやすい存在があるときは、僕が燃やされるらしいと言う事を後輩から聞いているのだ。
「と、言うよりも、そういう方向に話がねじ曲がるようになっているといった方が正しいのでしょうね」
「おい、それは聞いていないぞ。どういう意味だ?」
「さて、ここから先はオフレコで」
と言ってクスクスと笑う狐。
美しさよりも胡散臭さが先に立ち、警戒心がむくむくとせり上がる。
そんな僕の様子を見て、彼女はいすから立ち上がって告げた。
「さて、私も魔女殿から乞われた仕事をしないと。お給料、もらえませんから」
「あ、給料制なんだ」
「出来高払いですけどね。もっとも、これはアクター側の話。スタッフ側がどうなっているかは、魔女殿にご確認下さいな」
「ほいほい。……で? 何するの? と言うよりも、何をさせられるんだ?」
「ふふ、察しのいい人は好きですよ」
察しが良いも糞も無い。
目の前で収束していく妖気に、一つ二つと具現化していく狐火。
これらを見て、何も無いと考える方が頭お花畑という物だろう。
蒼い炎が狐の周囲に揺らめいているのを見て、僕はため息を深々とついた。そして、言ってやりたかった文句を狐に向かってぶつける。……最も、こいつにぶつけたところで仕方が無い事なんてとっくに分かっているのだが。
「俺は、武術を見世物にする気は無い。その契約でこの場にいるんだぞ」
「ふふ。それは魔女殿と主殿との約定。私に関係がありまして?」
「……無い」
だからこそ僕は頬を引きつらせているのだ。
あの狐火、軽く見積もって人一人を灰にするにあまりある威力を持っている。
そんなのが狐の周囲に既に数十。
覚悟を決めた。
「それでは、曲芸見せて下さいませね」
狐の言葉と同時に僕に向かって狐火が殺到する。
蒼い幻想的な輝きを宿すそれは、着弾すれば間違いなく僕を焼き殺すに足る死の光だ。故に。
「ふっ!」
吐息は一瞬。
放つは一閃。
迫り来る狐火の全てを、蹴りの風圧をもってかき消す。
その光景を見て狐は我が意を得たりと言わんばかりの笑みを浮かべている。
全くもって腹立たしい。
こんな、人を殺す気は有っても、僕を殺す気の無い攻撃に対して自身の技を使わされた事がどこまでも腹立たしい。
「狐」
「ふふ、怒らないで下さいませ主殿。貴方にそうも睨まれてしまいますと、恐ろしくて涙がこぼれてしまいそうになりますので」
「狐」
「……はいはい。悪ふざけはここまでにしておきますとも。主殿の仕置きは厳しい事、身をもって知っておりますので」
「……だったら、最初からこんな事をするんじゃない」
「いえ、それがそういうわけにもいかない理由があるのですよ」
「理由?」
「無論、その理由を話せるような権限は私にはありませんので、どうしてこのような事をしたかについては、魔女殿におたずねしていただければ幸いかと」
そう言ってクスクスと笑う狐。
その笑みに対して僕は彼女への追求をあきらめた。
こういうときのこいつはてこでも動かない。
力任せに聞き出す事も出来るが、後輩に聞けというのであればそれに応じた方が早いし楽だ。
僕はそう判断すると、後輩が上っていった階段へと視線を向けた。
スタジオの端に設置してある階段は、防音効果とかを考えると設置しても大丈夫なのかどうか知りたいところではあるのだが、どうせそういうのは遮音の結界なりなんなりでカバーしているのだろうと当たりを付ける。
その当たりについて魔女だ。不都合も不手際も無いだろうし。
「分かった。それじゃあ、あいつに聞くよ」
「ええ、それがよろしいかと。……ああ、そして」
「ん? まだ、何か用があるのか?」
「いえ、これからよろしくお願いしますね。スタッフ様」