人外Vtuber達とギリ人間スタッフさん   作:ヤミナギ

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第4話 駄犬 裏

 

 

 散歩なんていう名目で連れ出してはいるけれど、そんな事に目的は無い。

 

 犬でもあるまいし、毎日欠かさず散歩が必要なわけが無い。

 

 そもそも、こちらは人だ。人である以上、こんな風に首輪を付けられて散歩させられるなど、屈辱の極みでしか無い。

 

 それでもこんなスタイルを今日するのには訳があった。

 

 

「おい、もう少しまともな道を行けないのか?」

 

「わふ? それだと下の人に見られるかもしれないけど、それでもいいの、主様?」

 

「……それは、その、困る」

 

「あはは。だったら何も言わずついてきて欲しいな。大丈夫、見つからないように人目避けの結界は張ってあるから」

 

「ああそう。そりゃ、ありがたい。俺の言い訳をつぶして楽しいか、駄犬」

 

「散歩は楽しいよ?」

 

「ふん。そうかよ」

 

 

 嘘だ。

 

 そしてそのことに気付かれている事も分かっている。

 

 この男の感覚、そして観察能力は尋常では無い。

 

 声音に全く出してはいないが、それでも心拍数の僅かな変化で、あるいは表面体温の僅かな上昇などで、さらりと気付くのだ。その上で何も言わない当たり本当に出来た男である。

 

 だからこそ、腹立たしい。

 

 見せかけの好意にだまされてくれるような男であれば楽なのに。

 

 私の屈辱を雪げるのに。

 

 この男は、当然のように私を警戒している。

 

 こんな風に媚びて見せても、こんな風に馬鹿を装って見せても、あるいはこんな風に連れ回してみても、その警戒の網だけはまるで緩まないのだから嫌になる。

 

 

「さあ、かっ飛ばすよ」

 

「おい。これ以上速度を上げるのかよ」

 

 

 心底面倒くさそうな声を上げる勇。だけど、面倒くさそうな声音とは対照的に、私たちの間に垂らされたリードにはまるで変化が見えない。張るでも無く、緩みすぎるでも無く、一定のたわみを維持し続けている。

 

 私がビルの屋上を、あるいはビルの壁を蹴って疾駆しているというのに、まるで変化の無いこのリードに彼我の力の差が見えるようで、本当に腹立たしい。

 

 踏み込みを強める。

 

 全身に魔力をさらに込めて、全身の神力をさらに滾らせて速度をどんどんと上げていく。

 

 音は軽く、風のように。

 

 されど、その速度は既に風を置き去りにしている。

 

 音速を超えた証、ソニックブームが発生している事からもそれは明らかだ。

 

 普通の人間ではついてこれるどころか、爆散してもおかしくない領域に踏み込んでいるというのに、私の後ろに付けた男は、悠然と苦笑まで浮かべて私の後を軽々とついてきている。

 

 リードのたわみに一切の変化無く。

 

 ただ、悠然と距離を保ちながら私の後ろをついてくるその在り方は、本当に余裕があって私を苛つかせた。

 

 その強さに、ぎりりと歯がみする。

 

 田中勇という男とは完璧だ。

 

 少なくとも武人、武芸者という括りにおいてあれ以上を私は知らない。

 

 だと言うのにこの男は、社長程度の女に従っている。

 

 それは、納得のいかない事だった。

 

 信じがたい事だった。

 

 確かに楓は魔法使いとしてはそれなりの力量を備えている。

 

 いや、魔法使いとして他の術者よりも頭一つ抜けている。

 

 そのことは認めてやっても良い。

 

 だけれど、超人、あるいは人外という分類の中で語るのであれば、彼女の位階は高く見積もっても上の中。上の上には決して届かない。歯牙にもかけられない程度の存在だ。

 

 長く生きているわけでも無く、特筆できる異能があるわけでも無く適度に万能で、適度に物足りない。

 

 その程度の実力者。

 

 だけれど。

 

 私の後ろを悠々とついてくる勇を見やる。

 

 その表情に疲れの様子は無く、その表情に限界の色は無い。

 

 ただ淡々と、面倒な事に付き合わされていると行った表情で私の後ろをついてくるだけ。

 

 それが、許せない。

 

 どうしてこの男は何もしないのか。

 

 その気になれば、私の散歩なんて付き合う事もせずに一瞬で終わらせるだけの技量があるというのに、そうする事もせず淡々と私に付き合うだけ。

 

 それは雑魚のすることだ。

 

 それは勇のように選ばれた人間がするような事じゃない。

 

 超人。

 

 人を超えた存在。

 

 その称号が最も似合う男は、もっともっと傲慢であるべきだ。

 

 だってそうだろう。

 

 そうで無ければ、私たち敗れた側が報われない。

 

 だから。

 

 

「ねえ、主様」

 

「なんだ? そろそろ散歩に飽きたか?」

 

「ふふ。実は最初から散歩には興味が無かったりする」

 

「ま、だろうな。お前が覚醒したのはイヌでは無くオオカミだしな」

 

「ふん。知っているのなら駄犬呼ばわりは辞めて欲しいんだけど?」

 

「やだ。お前は駄犬呼びで十分だ」

 

「むむ、ひどい男だ。私を躾けたくせに、自分は駄犬呼び」

 

「躾けてもそれが成っていないんじゃ、駄犬呼びもやむなしだろう?」

 

 

 その行って私に対して、仕方の無い女を見るような目線を向ける勇。

 

 その目線は私に対する侮辱でしか無い。

 

 そんな事は勇も当然理解しているのだろう。なのに、あえてそんな目線を送ってくるあたり、本気で面倒がっている事がよく分かる。

 

 らしからぬ挑発。

 

 それは、私の散歩などと行った下らない言い訳をはぎ取る為の物で、これ以上私の言い訳に付き合う事を良しとないと定めた彼の意思より出た物だ。

 

 つまり、私の望むべき事。

 

 ああ、そうだ。その通りだよ、勇。

 

 私は、君と再会できた最初からそう願っていた。

 

 

「お前にしても、あの白黒天使魔人にしても、狐にしても何でこう喧嘩っ早い?」

 

「ふふ。それは主様が悪いんだよ?」

 

「いや、喧嘩を売ってくるお前らの方が悪いだろ」

 

「喧嘩を売っているのは主様、貴方ですよ」

 

「僕が? いや、そんなつもりは無いんだけどな」

 

 

 その言葉に苦笑するしか無い。

 

 この男は本当に自己評価が低い。

 

 いや、自己評価が低いというのでは無く、感性があまりにも一般人よりだと言うべきか。

 

 確かに一般人にしてみれば武術をおさめ、武勇に優れているなどと言うのは全くもって意味を成さない。

 

 だけどこの業界では違う。

 

 表の世界では無く、裏側の世界。

 

 暴力こそが至高とされるこの業界において、究極に等しい暴力を身に付けている彼は、誰もが羨み、誰もが狙うだろう存在だ。

 

 だからこそ彼はもっと偉そうにするべきだ。力を持つ者は力を持つ者並の振る舞いが要求されるのだから。

 

 そんな当たり前の事を無視して彼は悠々としている。

 

 自らの力に自負はあれど、それをひけらかす事も、それを立脚点にする事もない。

 

 その有り様は私を苛つかせる。私に灼熱を抱かせる。だから。

 

 

「それじゃあ、遊んで下さいな主様」

 

 

 ふわりと着地したビルの屋上で、そう言って私は世界を区切った。

 

 いわゆる結界術。

 

 外と中とを区切るよくある魔法。

 

 ただし、その精度に関してだけは他のものとは一線を画す。

 

 それこそ、うちの社長程度では抜けられないほどに。

 

 

「遊んではやるけど、とりあえず自分に有利なフィールドを作ってそこから戦闘開始は卑怯では無いか? 特にお前の場合は」

 

「そうかな? 主様の理不尽な武力の方が卑怯だと思うけど」

 

「僕の武力はこつこつ積み上げた果ての結実だ。これを誇りに思う事はあれど、卑怯呼ばわりされる筋合いは無い」

 

「極めたる武勇。完成された武術。究極の一を確立し内包している存在なんて、その存在自体が卑怯みたいな物だよ。だから主様は卑怯。はい、証明完了」

 

「ひどくない?」

 

「ひどくないよ」

 

 

 そう言うと私は世界を区切った結界を、そのまま噛み砕いた。

 

 結界術における究極は区切った世界の確立だ。

 

 即ち、結界にて区切りその内側に異界を創造する事こそが結界術の奥義。

 

 そしてこの身は、世界を噛み砕く者の生まれ変わりでもある。

 

 だから、結界内に閉じ込めた相手をその世界ごと噛み砕く事なんて容易い。

 

 なのに。

 

「いや、やっぱり卑怯だろ。とりあえず牢獄の中スタートの戦闘とか」

 

「だとして、その牢獄を破壊したのに無傷の主様は何? と言うか、昔も思ったんだけどどうやって世界崩壊事象から無傷で脱出してるの?」

 

「え? 結界が破壊される前に結界に風穴開けて抜けただけだけど?」

 

 

 そう容易く言ったその言葉に苦笑するしか私は出来ない。

 

 容易く、簡単な事のように言っているがそれがどれほどの絶技を重ねれば可能に出来るのか、見当もつかない。

 

 魔術的、あるいは神秘的に構築された目に見えず、触れる事でさえ出来ない結界を、どういう技巧を持ってすれば一瞬のラグさえなく破壊できるというのか。

 

 私だってそれなりに武術には精通している。武術と言うよりも、体の使い方と言うべきか。そこには似通っている物が確かにある。あるはずなのに、彼の言っている事は何よりも遠く感じられる。

 

 これが武術を極めると言う事か。

 

 究極とも呼べる技巧に感心しつつも、歯を噛み合わせる。

 

 数にして三度。

 

 音が鳴る度に、空間を噛みちぎり、そこにあるモノを噛み砕く。

 

 別段世界崩壊を発生させるほどの威力は必要ない。

 

 空間を超越し、瞬間的に望んだ場所にかみつき攻撃を発生させる。

 

 それだけで、十分人である勇には脅威だろう。

 

 自分で言うのは何だが、この攻撃は殺傷力が高い。

 

 掠めただけで、人体なんてズタズタであるし、骨まで砕く。

 

 そんな人の身には致命的な攻撃を勇はあっさりと捌いた。

 

 

「……相変わらず、噛みごたえがありすぎる。え? 本当にどうやってるの?」

 

「かみつき攻撃って分かってるのに、直撃させるわけ無いじゃん」

 

「空間ごと噛み砕いてるから、基本的には防御不可のはずなんだけど?」

 

 

 不可視だし、噛みついたという結果だけを狙った座標に発生させているわけで、それを避けられているわけでも無く捌かれているというのは、流石に納得がいかない。

 

 

「防御不可でも無いぞ。発生する瞬間に空間が軋むから、それを感じ取って噛みつく歯を掴んで、そのまま力の流れをこちらで制御してやれば、捌く事はそんなに難しくない」

 

「例外的だよ主様。そんな風に防げるのは主様しかいないって」

 

「まあ、僕の流派は割と防御よりだからね。このくらい出来ないと」

 

「人の隔離結界ぶち抜いといて防御よりとは」

 

「あくまで比較的というか、僕の雑感と言うべきか」

 

「主様の雑感ほど信頼できない物は無いね」

 

 

 カキン、カキン、カキン。

 

 歯を打ち鳴らす度に、間違いなく私が生みだした噛みつき攻撃は、空間を超えて勇に襲いかかっている。だと言うのに、そのことごとくが捌かれている。幾度発生させても勇に対して、かすり傷一つ与えられない。

 

 

「……昔は避けてたよね?」

 

「まあ、昔は捌く自信無かったからね」

 

「今は?」

 

「日々の鍛錬により、僕の防御技術は昔より遙かに向上している。昔の僕と同じに考えると、痛い目を見るぞ」

 

 

 いや、昔の勇相手想定でもぼこぼこにされる未来が見えるのに、あれよりさらに腕前あげてるとか何それ。

 

 

「武術極めたって言ってたじゃないですかー。何で腕前あげてるんですか、やだー」

 

「ははは。武術の道に終わり無し。かつては到達点だと思い描いていた場所も、たどり着いてみれば、まだその片鱗しかうかがい知れない未来への第一歩に過ぎなかったと言う事だね」

 

「無限に成長する超人とか、辞めて欲しいんだけど」

 

「……僕は人の内だ。武術の鍛錬程度で人を超えられるはずも無し。そもそも武術ってのは人の物だ。超人なんぞになったつもりは無い」

 

 

 訂正しろと睨まれた事息がつまりそうになる。

 

 本気ですごんでいるわけでも無いのにこの圧力。

 

 息をのむどころか呼吸さえ許してくれそうに無い。

 

 ガキン。

 

 ひときわ大きく歯を打ち鳴らす。

 

 だけど、それで生み出された空間咬断はやはり彼に一筋の傷さえ与えられずに受け流される。

 

 仕方が無い。

 

 この手段で勇を打倒する事は不可能だと言う事を理解した。

 

 なので、私もリスクを取る。

 

 ゴキリと言う音を立てながら、肉体を変化させていく。

 

 人よりも獣よりのスタイルに。

 

 或いは人と獣の混じり物の姿へと。

 

 人狼。そう呼ばれる姿。

 

 変身と言うよりも回帰と呼ぶ方が正しい変貌。

 

 その姿を見て勇はため息をついた。

 

 噛み砕こうと歯を打ち鳴らし、同時に勇の視線を切るために周囲を疾駆する。

 

 音を超えた速度を簡単にたたき出し、その速度の儘で勇に人外に伸びた爪を叩き付ける。

 

 無論、噛み砕くために歯は幾度も噛み合わせて。

 

 

「リスクを取るのは分かるが、それは悪手だって」

 

「へ?」

 

 

 しかし私の渾身の一撃はあっさりと勇の前に止められた。

 

 世界が回る。

 

 そして、音も無く気がつけば私は空を見上げていた。

 

 顎が動かない。

 

 ついでに言えば両腕も動かない。頭だって働かない。言葉さえ出せない。

 

 

「あ……え?」

 

「いいから寝てろ」

 

 

 疑問を言葉に出した。

 

 だけどその答えを得られる事は無く。

 

 私の意識は暗闇の中へと墜ちていった。

 

 ……一体、どうなったんだろうか。

 

 それさえも理解できない。

 

 ただ、唯一分かる事があるとすれば。

 

 私はまたこの男に敗北したと言う事。ただそれだけは理解できた。

 

 

 

 

 

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