場所は11区。時刻は12時を回ったところ。
アオギリの樹の幹部である霧嶋アヤトはとある喰種に声をかけた。
「オイ、テメェか?最近ウチの区で暴れてる喰種ってのは。」
目の前の喰種はやや緩慢な動作で振り返った。
そこには、明らかに量産品の白いマスクをつけた喰種が居た。
その肩にはアヤトと同じ羽赫を携えている。
「多分そうじゃない?最近11区で暴れている喰種なんてものはアオギリと俺しかいないと思う。そして、君はアオギリのメンバーだ。」
相手はアヤト、そしてアオギリの樹ことも知っているらしい。
もし知らなければ一から説明する必要があったため、手間が省けた。
「知っているなら単刀直入に聞く。アオギリに入らないか?」
「………なるほどね。俺をスカウトしようってわけだ。」
「俺達アオギリの樹は戦力となる喰種を集めている。テメェのさっきの動きを見る限り申し分ない。」
そう言って、アヤトは彼の足元に転がる喰種達に目をやった。
「まぁ、考えるっつーなら後日また来るが。」
「……………。いや、その必要はない。俺はアオギリに加入するよ。」
彼は一拍だけ逡巡した後、二つ返事で了承した。
「そうか。ならアジトへ案内する。付いてこい。」
☆☆☆
男はトナリと名乗った。
アヤトはアオギリからトナリが日常的に同族を襲っていると聞いていたため、さぞかし凶暴で話が通じない喰種だと思っていた。
だが、蓋を開けてみれば意外にすんなりと会話することが出来た。
ただ、「何故同族を襲うのか?」という質問には「11区でドンパチしてると、アオギリにスカウトされると思ったから。」とはぐらかされた。
アヤトも特別知りたいことでもなかったため深くは聞かなかった。
やがて二人は一棟の建物の前に立ち止まる。
「ここがアジトだ。此処から先は上の人らが居るから粗相の無いようにな。目をつけられたら面倒なことになる。」
「忠告どうも。ところで、アオギリの樹に加入するにあたってスローガンとかポリシーなんてものを言わされるってことはあるか?もしあるなら急いで暗記するけども。」
彼はおどけた調子で聞いてきた。
「人間の面接じゃないんだからねーよ、そんなモン。ただ、実力を見せろって言われて軽く揉み合うくらいのことはあるかもしれねーが。」
「成程。それなら大丈夫そうだ。じゃあ、行こうか。」
彼は自信満々にそう言った。
がらがらとさび付いたドアを開き中に足を踏み入れる。
そこは学校の体育館程の広さの部屋だった。
何かの集会中だったのだろうか、100体ほどの喰種が皆おどろおどろしいマスクをつけて座っていた。
「辛気臭い場所だなー。集まってる喰種のマスクはセンスの欠片も感じられないし。」
「………オイ、余計なこと言うな。殺されるぞ。」
アヤトはトナリの背中を軽く蹴る。
「アヤト、そいつが例の喰種か?」
「はいそうです、タタラさん。」
部屋の前方の喰種が二人に気づいて声をかける。
それと同時に集まっていた喰種が一斉に二人の方に振り返った。
それを見たトナリは「うわ………キモチワル………」とボソっと呟いた。
「行け。もう一度言うがくれぐれもさっきのような失言、するんじゃねーぞ。」
「はいはい、分かったわかった。」
彼は腕をプラプラと振りながらアヤトから離れて、タタラと呼ばれた喰種の下へと歩み寄る。
「俺はトナリ。よろしくね。」
「親切にどうも。タタラだ。」
トナリの差し伸べた手をタタラは取り、握手する。
「早速だが、お前の喰種としての強さを測りたい。と言っても、そこまで身構える必要はない。軽く揉み合うだけだ。」
「それはいいけどその前に質問いい?」
トナリは手を上げた。
「なんだ?」
「君がこの組織を動かしている喰種か?」
「………ああ、そうだ。俺がこのアオギリの樹の運営をしている。」
タタラは質問の意図が分からず、眉を顰めながら答える。
「成程。では、長たる君に質問をもう一つ。アオギリの樹は喰種が当たり前に生きられる世界を目指しているって聞いたんだが、これは是か?」
「………ああ、正しい。」
その返答に、何が面白かったのかトナリはクスクスと笑った。
それを見たタタラはピクリと眉間に皺を寄せた。
「何が面白い?」
「いや、なに。喰種が平穏に過ごせるように、CCGらを倒して人間を力で支配する。それは酷く短絡的で面白いと思ってね。ちなみにここでの"面白い"は"interesting"ではなく"funny"だ。」
トナリはアオギリの樹の方針をfunny―――滑稽だと評した。
それを見たアヤトは「アイツ何やってんだ………!」と頭を抱える。
あれだけ忠告したのに、何故タタラの神経を逆撫でするようなことを言うのか。
案の定、タタラは不愉快そうに顔を歪めた。
「なんだ………?お前はアオギリの樹を否定しているのか………?」
「正確には君らアオギリの方針―――"CCGらを倒して人間を力で支配する"ってのを否定しているのであって、理念―――"喰種が当たり前に生きられる世界を作る"ってのは否定していない。誰だって出来ることなら排斥されることなく平穏に過ごしたい。俺だってそうさ。」
トナリはからからと笑った。
「そうだね、分かりやすく説明しよう。もしも君達アオギリがその目標を達成して、その理念が叶ったとする。その場合、喰種に対する武を失った東京は成す術なく喰種達に支配されることになるだろう。そして首都である東京が陥落した場合、日本は喰種が支配したのも同然だ。ここまではいい。」
「しかし、だ。」彼は続けた。
「我々喰種がお山の大将を気取れるのはこの日本という小さな国だけだ。その他世界の国々は違う。日本が喰種の手に落ちたというセンセーショナルな情報はもちろん、すぐに海の外の国にも伝わるだろう。そしてそれらの国は日本を支配する喰種の駆除に乗り出す。」
「ただでさえ我々喰種は人間が下手な動きを見せないか常に目を光らせなければならない。日本に居る喰種よりも人間の方が圧倒的に数が多いため、その労力は結構に大きいだろう。その上で、襲来する黒船の対処もしなければならない。内部と外部、両方に敵を抱えた状態で万全に戦えるほど喰種という種は器用ではないし、数は多くない。」
「外国の喰種と足並みを合わせて一斉に蜂起出来るならもしかしたらがあるかもしれない。どの国も自国が大変な時に悠長に他国に手を差し伸べるなんてことはしない。日本が喰種の手に落ちても、それは対海の火事。もしそれが成功すれば黒船の襲来を防ぐことが出来るだろう。」
「だが、悲しいかな我々喰種は海の外の喰種とのパイプなんて持ちえない。それどころか、この狭い東京の外にさえ出たことがない喰種が大半だろう。これでは足並みをそろえるなんて夢のまた夢だ。」
彼が話を進めていくのに比例するようにタタラの眉間に刻まれた皺は増えて行った。
「結局………何が言いたい………?」
タタラは椅子から立ち上がり、トナリを睨んだ。
辺りに一触即発の空気が流れる。
「簡潔に言おう。君らアオギリの行っている行為をどれだけしようと決してそれは実らない。それどころか、状況の悪化にしかならないだろう。」
「部外者のお前に何が分かる………?」
「分かるさ。こんな杜撰な方針を掲げているアオギリの王は本当に愚かだということが。」
トナリは地雷を容赦なく踏み抜いた。
その瞬間、タタラの何かが決壊した。
「………もういい。」
距離を詰め、タタラがトナリの胸倉を掴んだ。
二人の瞳が交差する。
「戦力になると思って我慢していたが、アオギリに従わない屑はいらない。お前は此処で廃棄だ。」
その瞬間、タタラは尾赫を彼の胸目掛けて穿った。
トナリはタタラの腕を強引に振り払い、距離を取ることでそれを回避する。
「あれ、おかしいな………。軽く揉み合う程度って聞いてたんだけどね。話が違うなぁ………」
「全員手を出すな。コイツは俺が殺す。」
タタラは赫子でトナリの息の根を止めんと襲い掛かる。
だが、トナリは羽赫の圧倒的な機動力でそれを避ける。
今度はお返しとばかりにトナリが赫子で遠距離からタタラを攻撃。
圧倒的な数の弾幕でタタラを襲う。
しかし、タタラもそれは読んでいる。
引き寄せた赫子でそれを振り払うことで防いだ。
タタラは考える。
今の一合から考えるに、トナリが予想以上に―――ともすればタタラを倒せるほどの実力を持っていることは認めざるを得ない。
しかも、タタラの持つ尾赫は相手の羽赫に相性が悪い。
そのため下手にこちらから攻撃すると、却って致命傷を負ってしまうかもしれない。
よって、タタラは待ちに徹することを選択した。
羽赫の弱点―――それは圧倒的な持久力の無さ。
待ちに徹することで戦闘を長引かせてその弱点を突く。
「………成程、ね。持久戦で俺を倒そうというのか。頭に血が上った状態でその判断が出来るのは中々に優秀だ。しかし―――」
トナリは羽赫を広げて、こちらへ飛び立つ予備動作をする。
タタラはそれを見て迎え撃つべく構えた。
「―――それは悪手だ。」
トナリが飛び立つ。
しかし、それはタタラの想定していた速度の数段は上だった。
「……………ッ!」
咄嗟に赫子で彼を叩き落そうとする。
だが彼はそれは知っていると言わんばかりに最小限の動作だけで躱す。
もうそこにはトナリを止めるものは何もなかった。
彼はそのままの勢いでタタラと衝突する。
タタラはその暴力的なエネルギーに耐え切れず、強風にあおられたビニールのように後ろに吹き飛んだ。
そのままの勢いでタタラは壁にたたきつけられる。
―――ドゴォォォン!!
まるで直下型地震が発生したかのように建物全体が揺れた。
衝撃で宙に舞う土煙。
その先の人影を見て、トナリは目を細める。
「赫子で上手く衝撃を和らげたか。随分とまあ、器用だね。」
あれだけの攻撃を受けて、しかしタタラは立ち上がった。
「だが今の君に何ができる?満身創痍の君と無傷の俺。もう格付けは済んだと思うのだけど。」
確かにこのまま戦ってもタタラはトナリに勝てないだろう。
しかし、それはこのまま戦ったらの話だ。
―赫者。
それは共食いを繰り返した喰種が稀に持つ形態
その力は絶大で、数倍数十倍の戦闘能力を手に入れることが出来る。
トナリを倒すにはこれしかないとタタラは考えた。
そこからの判断は早かった。
すぐさま赫者へと身を投げようとして―――
「タタラ、もういいよ。」
全身を包帯で巻いた少女―――エトの声を聴いて止まった。
「エト、何故止める………?俺にはまだ赫者が残っている。」
「ウン、そうだね。でもそれは彼も一緒。そうでしょ?」
エトはトナリに目を向ける。
トナリは答える気が無いらしく、「さぁ?」と肩をすくめた。
「それに、彼はアオギリにとって大きな戦力になる。」
その言葉にタタラは目を見開く。
「………正気か?コイツはアオギリを否定したんだ。加入する資格も、意志もない。」
「いや、多分加入する意志はあると思うよ。そうじゃなきゃ、わざわざアオギリにケチをつけるために此処まで来ない。」
もう一度、エトはトナリに目を向ける。
「勿論、そんなことのために此処まで来るほど俺は暇じゃない。条件次第では加入してもいいと思っている。」
「その条件は?」
「んー、話し合いをするには少し外野が多すぎないか?物騒なお兄さんも控えてるし、こんな状況で話し合いなんて儘ならない。」
そう言って、トナリはエトを指さす。
「こうしてみた感じ、君はまともに話せそうだ。おっかないお兄さんと違ってね。だから君と二人での話し合いなら飲んであげるよ。」
「分かった、いいよ。」
エトは二つ返事で了承した。
それに対してタタラは苦言を呈する。
「エト。ソイツは危険だ。二人になれば何をしでかすか分からない。」
「大丈夫大丈夫。もし襲われたとしても返り討ちにするから。心配しなくていい。」
エトは自信満々にそう言った。
「それじゃ、場所を移そうか。案内するよ。」
☆☆☆
「それで?」
エトは珈琲を一口飲むと、対面に座ったトナリに短く問う。
問いの内容は勿論トナリが提示した条件についてだ。
「端的に言えば、俺の願望を実現させるための協力の約束をしてほしい。」
彼はエトが用意した珈琲をちらりと一瞥だけして言った。
「その願望とやらは何かな?」
「それはね………人間と喰種との共存さ。」
彼は自信満々といった風にそう言った。
「ほう、なるほど。」
「へぇ………。俺はてっきり頭ごなしに否定されるか、鼻で笑われるかだと思っていたんだが………随分簡単に納得するんだね。」
彼は大袈裟に驚いた様子で言った。
「君がさっき散々言っていただろう。暴力で人間を支配することは不可能だってね。あんなこと言われたら君が何をしたいかは大体予想は付く。」
「そりゃそうだ。」
エトはまた珈琲を一口飲む。
一方彼はやはり口をつける気がないらしかった。
一息ついたところでエトは口を開いた。
「それで?」
「あるんだろう?その願望とやらの具体的な展望が。さっさと出しなよ。話はそこからだ。」
「それを話す前に、ひとまず現在の状況について整理しておこうか。」
彼はゆっくりと足を組んだ。
「俺は人間と喰種との共存と言っているが、それを実現する上で最も大きな問題はなんだと思う?」
「そりゃあ、もちろん喰種の食糧問題だろうね。」
エトは即答した。
「正解だ。他にも人間の悪感情やCCG、乃至はその上にいるV達の存在等の様々な問題があるが最も大きな問題を挙げるなら間違いなくそれになる。どれだけ喰種の悪印象を取り除いたところで、根本的な問題である食糧問題を解決しなければ人間と共存は不可能だ。」
彼はさも当たり前のことのようにVのことについても触れた。
Vの存在はごく一部の限られた人間しか知らない。
彼はその存在を知っているだけでなく、どういうわけかこちらがVについて知っていることも把握しているらしい。
エトは彼に対する警戒と共に、彼の展望に対する期待度を上げた。
「して、ではその一番の問題―――喰種の食糧問題を解決することは出来ると思うか?」
少し考えた後エトは答えた。
「不可能だろう。少なくとも現在ではね。」
「ほう。その理由は?」
「喰種の食料問題を解決するには人工的に肉を生産する等、科学的なアプローチが必要になるだろう。しかしこれまでそんな物は作られたことがないからさ。」
「つまり君はこれまで作られたことがない、つまり技術的な問題で不可能だと思っているわけか。」
なるほどと彼は二度三度とうなずいた。
「確かにその論理は正しそうに思える。しかし一方で、俺は現在の技術で人工的に肉を生産することは十分に可能だと考えている。」
「へぇー、そりゃなんでさ?」
「その道の専門家に直接聞いたからだ。具体的に言うと嘉納にね。まぁ、彼はさらさらその研究をするつもりがなさそうだったが。」
―――嘉納明博。
瀕死のカネキにリゼの臓器を移植し喰種へと変えた張本人である。
エト達アオギリは失踪した彼を見つけ出し、アオギリに取り込もうとしていたためその発言に驚いた。
「君は彼との交流があるってことかな?」
「そうだね。そして当然彼の居場所も知っている。」
エトは「嘉納は何処にいるのか?」なんて無駄な質問はしなかった。
トナリも馬鹿じゃない。
アオギリが彼を攫うリスクがあるのに易々とそれを口にするわけがない。
「人工的に人肉を生産することは技術的に可能だ。では何故それをしないか分かるか?」
「そりゃあ、嘉納以外碌に研究できる人材がいないからでしょ。」
「その通り。現在喰種の食糧の研究をするとして考えられるのはCCG、大学等の研究機関、民間企業、嘉納のように単独研究。主にこの4つのパターンになるだろう。」
彼は説明を続ける。
「まずはCCG。言わずもがな彼らの上にはVが居る。Vにとって喰種の食糧問題解決は己の立場を揺るがせかねない。そのためCCGが研究するメリットは全くと言っていいほどない。」
「次に大学等の研究機関。人間の大半が喰種に対して悪感情を持っている為、そもそも喰種のための研究をしようとは思わない人間が大半だ。それに加えて喰種は人間にとって汚らわしい、野蛮な生物だ。そのため表立って喰種を救うような研究をすることはタブーとなっていて、益々研究しづらい状況となっている。」
「民間企業もほぼ同様だ。彼らは喰種達が金のなる木であることは理解しているだろう。しかし、それについて研究してしまうとやはり世間の目が厳しいものとなる。」
「あとは消去法で個人の研究しか残っていない。個人もしくは小規模のチームでの研究になると、世間からの目をシャットアウトすることは可能だ。けれど、人数が少ないため極めて優秀な人材を必要とする。チームの外に助けを求められないからね。さらに、資金調達をすることも難しいだろう。やはりこれも難しい。」
「ふむ。なんとなくだが君がやりたいことが分かってきたよ。」
エトは言った。
「つまり君は人間からの喰種への悪感情を取り除きたいんだろう?」
「そうだ。」
CCGは兎も角残りの三つは、悪感情が大きな壁となっている。
つまり逆に言えば悪感情さえ取り除けば研究は大きく進むということ。
「しかしそうは言っても人間の喰種への悪感情なんてものは相当根深い問題だ。洗面台に付いた頑固な錆汚れのようにね。そう簡単に取り除けると思わないが。」
「確かに簡単ではない。そのため、出来るだけ大規模で尚且つ民衆に大きなインパクトを与えるような行動をする必要がある。」
ここからが本題だ。
エトは深く座り直した。
「大量の喰種を集めてデモを行う。内容はもちろん人間と喰種の共存についてだ。しかしデモと言っても暴力に頼ったら意味がない。そんなことしたら益々人間から悪感情を集めてしまう。」
「つまり…」
エトは言った。
「いかなる場合も暴力に頼らないってことかな?」
「そうだね。」
「それは、デモの情報に駆け付けたCCGが殺そうと襲ってきても?」
「勿論。」
エトはため息をついた。
彼に落胆の目を向ける。
「これ以上は議論の無駄だね。集団自殺がご希望なら他所でやればいいさ。」
「まぁ、待てよ。話は最後まで聞いた方がいい。」
それを聞いてエトは浮かした腰を再び椅子に掛けた。
「デモを起こしている喰種達がCCGに殺されること。俺の目的はここにある。」
「確かに抵抗せずに大量の喰種が殺されたら世論は喰種側に傾くかもしれないな。だが、死んだ喰種達はどうなる?名誉の死だの美談にするつもりかな?」
「美談にはならない。だって殺されても死なないからね。」
エトは彼の言っている意味が分からなかった。
そのため当惑の眉を顰める。
「エト。君は身体を真っ二つに切ったことはあるか?」
それはイマイチ要領を得ない問いだった。
「体に穴をあけられたことはあるが………真っ二つとなると経験はないね。」
「なら説明しようか。体を真っ二つに切ると片方の半身が再生を始める。やがてその半身が再生をし終わった時、そこには再生されていないもう一つの半身だけ残る。」
内容は至極真っ当なものであったが、エトはいかんせん彼が何が言いたいのか分からなかった。
「で、だ。手元にその半身が残った状態で、再生された半身―――本体が死んだ場合どうなるだろうか?」
「―――――っ!なるほどー、そういうことか。」
「気づいたみたいだね。そう、今度は残された半身が再生してそれが本体になるのさ。」
それは言われてみれば確かにと言ったものだった。
「半身を生み出せば生み出す程、残機は増えていくってわけだ。それを使えば―――」
「そう。死のリスクがゼロでデモを行うことが出来る。しかも死なないから何度も繰り返すことが出来るのさ。」
彼は大きく頷いた。
「なんというか………」
「うん、確かに非常に優れた発想だ。が、それ以上に倫理観の欠片もない、まさしく悪魔的といえる発想だね。ファラリスの雄牛のような。」
エトは感心と呆れが入り混じったような表情で言った。
「倫理観が無かろうが、悪魔的だろうが死ぬよりはずっとマシだ。」
彼はさも当たり前のように言った。
「けれどそれをするにも問題があるんじゃないか。君がさっき言ったようにデモはできるだけ大人数で行うんだろ?じゃあ、そもそも半身から再生できるほどの再生力がない喰種が大部分を占めると思うけど?」
「うん。だから再生力を強化する。」
喰種の再生力は普通一朝一夕で上昇するものではない。
何度も戦闘して傷つくことにより少しずつ強化されていく。
にも関わらず、彼は簡単そうに強化すると言った。
「風の噂で聞いたんだけど、なんでも隻眼の梟の赫子を喰種が取り込むと再生能力が飛躍的に上昇するらしい。」
「へぇー、そんな夢のようなものがあるんだなー。私にも少し分けて欲しいよ。」
「うん、凄いよね。というわけで俺にくれない?赫子。デモを行う喰種達に与えるからさ。」
エトはこてんと首を傾げた。
「はて、何故私に言うのさ?私がそんな物持ってる筈が無かろうに。」
「いやいや、持ってるでしょ。だって君、隻眼の梟じゃん。」
エトは彼が鎌を掛けていると考え一度はぐらかしたが、無駄だった。
どういうわけか彼はエトが隻眼の梟であることを確信しているらしかった。
「一応、何でそう思ったのか聞いておこうか。」
「匂いかな。喰種と人間が混じり合ったような匂いがする。半喰種の確か………金木君だっけ?あの子も君と似たような匂いをしていた。」
「………そうだね、認めよう。私は隻眼の梟だ。」
これ以上隠すのは無駄だ。
そう感じたエトは諦めて隻眼を出した。
「しかし見破られたのは君が初めてだよ。稀に私が独特の匂いがすることに気付く鼻の利く喰種はいるが、彼らは私を隻眼であるとまでは分からない。」
「まぁ、他とは違うって分かってもそれが何を示すのかが分からないんだろうね。ほら、半喰種自体少ないし。音楽に明るくない者が世界的に有名な楽団の演奏と一般の楽団のそれとを聴き比べても、違いは何となく分かるがその違いによりどちらが優れているかまでは分からないのと近い。」
彼は例えを交えて説明した。
「して、もう一度聞こう。赫子を提供してくれないか?」
「うーん………提供するのはいい。しかし、如何せん私の赫子はちと副作用が強くてね。思考判断能力の大幅な低下、幻覚の発生、破壊衝動の肥大化………ま、簡単に言うとキマっちゃうんだよね。」
「それは大量に摂取してるからじゃないか?今回の場合は半身から再生できるだけの能力でいいため、そこまでの能力上昇は求めていない。これまで少量で試したことは?」
「ないね。」
彼は少し考えた後、口を開いた。
「では、俺が実験台になるか。」
「君って普通に強いから暴れられると困るんだけど。」
「その時はかの有名な隻眼の梟サマに介錯を頼むとするか。」
彼は軽い調子で言った。
自分が暴走すると欠片も考えていないのか、はたまた殺されるのに恐怖を感じていないのか。
「別に君がしなくてもいいんだよ?アオギリには相当な数の喰種が居る。」
「いや、やっぱり俺がやるのが最善だね。仲間にヤバい実験をしていましたなんて漏れたら面倒なことになる。」
「ま、君がいいならそれでいいや。」
彼は譲らなそうだ。
そう感じたエトは素直に引き下がった。
「あとは、身体を真っ二つに切るってのももう少し実験したい。具体的には半身とどれぐらいの距離なら復活できるのかとか、切り落としてからどれぐらいの期間までなら復活できるのかとか。それに君も本当に復活できるか見ておきたいと思うしね。」
「それも君が実験台になるの?」
「勿論。」
「それは自分で考案した雄牛に入れられたペラリウスのように?」
「ははっ、そうだね!」
彼は楽しそうに頷いた。
「後はもう一つだけ。」
「何かな?」
「この後デモに参加する喰種を集めることになるが、俺が呼びかけるよりも人望がある者に呼びかけさせた方が効率がいい。」
「分かった、アオギリの喰種には私が呼びかけるよ。」
「助かる。そして、あんていくの店長にもこの話を持ち掛けるつもりだ。」
彼のその言葉にエトは冷や水を浴びせられたような気持ちになった。
エトは眉を顰める。
「なんで奴にそんな話を持ち掛けるのさ?」
「言っただろ、人望がある者に呼びかけるって。彼は20区の中心人物であり、彼が呼びかければ協力する喰種なんてものは大勢いる。アオギリの喰種は血気盛んな者が多いが、彼の周りには比較的気質が穏やかな者が多い。どちらか片方の喰種だけでデモをしても、後々の対立の火種となるだけだ。」
「それに、」
彼は続けて言った。
「あんていくには半喰種の金木君が居る。彼は元人間である数少ない喰種だ。人間と喰種の両方を経験している彼だからこそ、両方の視点から見た世界を人間に伝えることが出来る。彼はこの計画には必要不可欠なピースだ。」
「確かにあんていくを取り込む有用性は理解できる。だが、芳村功善とは個人的に色々あってね。私は彼とは協力したくない。」
エトははっきりと拒絶した。
「俺は君が彼と親子関係にあることは知っている。まあ、彼との間に何があったのか具体的な事は知らないが。」
「………それもお得意の嗅覚かな?」
「それと、梟と隻眼の梟の関係から推測したところもある。彼が梟ってことは元々知ってたし、梟が隻眼の梟を庇う様に行動していたことから梟と隻眼の梟には何らかの大きな関係があるのは明白だ。それを彼と君に当てはめると親子関係というのが妥当だ。」
「しかし別に彼と仲直りしろだの有難い道徳の授業みたいなことを言うつもりはない。彼と話をつけるのは俺が全て行う。君が主だって動く必要はない。」
「………。」
エトは言わずもがな母を殺して自身を育てることから逃げた芳村功善のことが嫌いだ。
そのため、自身が直接彼と関わらないにしても協力するなんて真平御免である。
しかし、彼の意見が正しいことも理解できた。
エトは一人ではない。
彼女の下にはアオギリの樹に属する喰種達がいる。
彼らはエトの志のもと集まった同士達であり、エトにとっても彼らは仲間だ。
エトは冷静に、自分の個人的感情とアオギリの喰種達を天秤にかけた。
結果は言うまでもなかった。
「しょうがないなー。奴と協力するのは非常に癪だが、奴のせいでこの計画がおじゃんになる方がもっと癪だからね。いいよ。但し、しっかり奴と話をつけるのは君でやってね。」
「了解ー。」
彼はエトの入れた珈琲を一口で飲んだ。
「さてと、話はこれぐらいかな。確認するけど、俺が言った話は全部乗ってくれるってことでいいな?」
「赫子の提供とアオギリの樹へのデモの参加の呼びかけだね。勿論、協力させてもらおう。」
「じゃあ、取引成立ってことで。」
エトは彼と取引成立の握手を交わした。
新しい時代の到来はもうそこまで来ている。
エトはそう確信した。