あれから数日間、彼が言っていた実験を行った。
まずは赫子。
少量の赫子ならある程度の苦痛はあるらしいが、耐えられない程ではないとのこと。
懸念されていた破壊衝動等諸々の精神異常は見られなかった。
また、想像した以上にエトの赫子は効果が強いらしく、ほんの数十グラムで十分だった。
ただ―――
「うわっ、マズッ!」
彼が露骨に顔を歪ませて、何度も吐くようなジェスチャーをしたのはいただけない。
自分の体の一部を食べて不味いと何度も連呼されたらそりゃあ、ちょっとは複雑な気持ちにもなる。
彼にそれを伝えると、
「良薬は口に苦しって言うじゃないか。つまり、君の赫子は良薬のように素晴らしい効能を持っているってことさ。」
なんて、フォローになっているのか微妙な答えが返って来た。
彼が色々と知識は豊富で賢いのは事実だが、女性の扱い方は全然になっていないと思った。
そして半身から復活する実験だ。
エトは半身を切り落とし、再生するのを待ってから今度は再生できないぐらいに体をバラバラにした。
彼の言った通り、やはり体は再生した。
彼は半身が切り落とされる時も、身体をバラバラにするときも全く抵抗をしなかった。
エトのほんの些細な気の迷いで二度と目を覚まさないなんてこともあり得るのに。
エトには彼を殺すデメリットはあれどメリットなどまるでない。
そのため彼を殺さないのは当たり前だし、彼は分かっていたから抵抗しなかったんだろう。
しかし、エトには彼が「お前に俺を殺す事なんて出来やしない」と言っているようで少し不愉快に感じた。
しかしまぁ兎も角、こちらも成功に終わった。
結果としては範囲は1キロメートル、半身を切り落としてから1日以内なら少なくとも復活が可能だった。
少なくともというのは、これ以上実験する必要はなかったからである。
範囲と期間はデモを行う上ではこれで充分であったし、これ以上突き詰めても結局のところ個体差があるため簡単に左右されてしまう可能性があった。
実験を終えて夕日が照らす帰り道。
ふと、気になったことをエトはトナリに聞いた。
「そういえば、君は私の噂――隻眼の梟の赫子を取り込むと能力が向上するってことを聞いたと言っていた。ではもし君がそれを聞かなかったとして、その場合どうしていたのさ?何もしなかった?それとも別の方法を実行していた?」
「なんでそんなことを聞く?」
「純粋な興味だよ。勿論、どうしても言えないなら別にいいが。」
彼は少し悩んだ素振りをしてから口を開いた。
「………後者だ。別の方法を実行するつもりだったよ。」
「具体的には?」
「特に面白いような話じゃないがいいのか?」
「言っただろう、単に私の興味だって。特別面白い話なんて求めてないさ。もしかしたら、小説のネタぐらいにはなるかもしれないしね。」
エトは既に彼に自身が高槻泉であることを明かしていた。
尤も、彼はわざとらしく驚いていたので元々彼女が明かさずとも知っていたのかもしれないが。
「―――人間と喰種との共通の敵を作り出そうとしていた。具体的には喰種も人間も皆殺しにするなんていうようなイカれた宗教を立ち上げるつもりだった。」
彼は淡々と感情を見せない声で言った。
「そこからは君も簡単に想像は付くだろう。その宗教に存分に暴れてもらう。いつかの宗教みたく国家転覆でも狙わせればいい。全国で大規模なテロを起こさせるのさ。人間も喰種も等しく殺す彼らは喰種と人間とを協力させるのに都合のいい存在となる。」
彼の話は一応は筋が通っていた。
しかしそれは、その計画によって出る大量の犠牲者を考えなければだ。
もし彼がそれを行うと、彼は人間だけでなく大量の喰種も殺すことになる。
エトは別にそれを非難するつもりはなかった。
彼女自身、CCGとの戦争を計画していたから。
勿論、そんなことをしたら喰種が大量に死ぬであろうことは知っていた。
エトには覚悟があった。
母を殺したVへの復讐心。
この国をどうしようもないほどに歪めている黒幕たる彼らを叩き潰したかった。
例えどんな犠牲を払おうとも。
勿論、それを行うのはエトの考えに賛同してくれているアオギリの喰種達のためというのもあった。
Vを倒すと、今までよりは喰種が自由に生きられる社会になるだろうから。
しかし、エトがアオギリの樹を設立した理由の原点はやはりVへの復讐心だった。
自由に生きれるようにする云々はあくまでその副産物に過ぎなかった。
彼はエトと同じように目標の為なら犠牲を問わないと考えていた。
つまり、そう考えるだけの何らかの並々ならぬ思いがあるということだ。
エトのVへの復讐心のような。
「何故、君は人間と喰種の共存にそこまで拘るのさ?」
彼は人好きのする笑みを浮かべたまま言った。
「そんなの決まっているだろう?俺がやりたいからだ。所詮、全部自分の為さ。」
★★★
「ったく………急に何なんだよ。」
その日、アヤト達アオギリの樹のメンバー達は皆一堂に会していた。
タタラが前日にメンバー全員に招集をかけたからだ。
そのせいで町へ出かける予定が台無しになったこともあり、アヤトは不機嫌にそう呟いた。
普段ならこのような大掛かりな集会は数日前と余裕をもって告知される。
しかし今回は告知が前日と、いささか急すぎるものだった。
しかも、アヤトは今回の集会で何を行うのかまるで聞いていなかった。
それはアヤト以外の幹部も同じだったようで、瓶兄弟やヤモリに尋ねても彼らは一様に首を振った。
普段ならアヤト達幹部には前もってある程度何をするか伝えられていただけに、今回の集会はやはり異例だった。
もしかしたら、CCGが本格的にアオギリの樹を落とそうと動き出したのかもしれない。
アヤトはそう考える。
そうすればこの急な招集の辻褄が付いた。
そんなことを考えながらも待つこと数分。
アヤト達の前にエトとタタラが現れた。
エトは小走りで壇上に上がり、その後ろにタタラが控える。
彼女はアヤト達を見渡した後、口を開いた。
「まずは急な招集に関わらず、こうして集まってくれたことに感謝する。」
アヤトは驚いた。
普段のエトの姿とは違い、今の彼女のそれには抑えきれないカリスマ性を感じたから。
アヤトよりも小さい彼女だが、今の彼女の存在はとても大きく見えた。
「今日は私達アオギリの樹の今後の行く先に関わる重要な発表をするために皆には集まってもらった。」
アヤトはやはりと思った。
重要な発表とは彼の予想通り、CCGとの戦争関連の話だろう。
「結論から言おう。私達アオギリの樹は―――人間との共存を目指すことになった。」
…………………は?
エトから伝えられたそれはアヤトの予想の遥か斜め上だった。
だってそうだろう?戦争なんて血生臭いことを想像していたら、共存なんてクリーンな答えが返って来たのだから。
それはまるっきり180度逆なんてものじゃない。
そもそもとして、だ。
アオギリの樹はこれまでCCG達を打ち倒すために活動してきたはずだ。
それが喰種達が自由に生きられるために必要だったから。
しかし、ここに来てその方針を大きく変えた。
アヤトにはその理由が全くと言っていいほど分からなかった。
集まった喰種達も騒めき始めた。
やはり彼らもアヤトと同じように状況が呑み込めないでいた。
「混乱するのも無理はない。なぜ急にそのような方針転換を行ったかだが………まぁ、当人が説明した方がいいだろう。おいで。」
彼女がそう言うと、ステージ上に人影が現れた。
安っぽい量産品のマスクをした男、それは―――
「や、こんにちは。」
「……………トナリ!?」
そう、彼だった。
アヤトはエトと彼が話し合うと部屋を出て行った後、終ぞ彼をアオギリで見かけることは無かった。
そのため、彼はアオギリに加入せずに去ったのだとばかり思っていた。
しかしそれは間違いだったようだ。
アヤトはちらりとタタラの方を見る。
前回、主にトナリが原因でタタラとトナリが戦闘になったためだ。
またトナリを見るとタタラは激高してしまうかもしれないと思ったのだ。
しかし、タタラは予想に反して無反応だった。
そこでアヤトは思い出す。
そういえば、今回の招集は彼が行ったものだったと。
タタラはトナリがこうして現れることも、そしてこれから何をするのかも把握しているのだろう。
エトに代わって前に出たトナリは、喰種達の騒めきが収まるのを待ってから口を開いた。
「まずは、事の経緯について簡単に説明しようか。君達アオギリの樹は喰種が当たり前に生きられる世界を目指している。そして、その方法としてCCGを暴力で打ち倒すことを進めていた。しかし今回、その目標達成のためにより良い方法を俺から提案をさせてもらった。して、それが採用されて今こうしてここに立っているってわけだ。」
彼の心地の良い、しかし不思議と冴えわたる声が部屋中を満たした。
「そして、その提案というのが先ほどエトが言っていたように、喰種と人間の共存だ。」
そうして、彼は説明していった。
エトが隻眼の梟であること。
彼女の赫子を喰種が取り込むと再生能力が大幅に向上すること。
それを使用することで、一度死んでも復活することが出来るような方法があること。
残機が増えた喰種達で大規模なデモを行うこと。
駆け付けたCCGに無抵抗に殺されること。
それを何度も繰り返していき、世論を喰種側へと傾けていくこと。
そうすれば喰種に対する研究が進み、やがては人工的に人肉を生産することが可能かもしれないこと。
―――話の序盤。
喰種達は疑心暗鬼だった。
本当に人間と共存なんて可能なのかと。
これまでずっと争ってきたのだ。
今更和解するなんて出来るはずがない。
ほとんどの喰種は彼の話を絵空事だと、そう感じていた。
―――中盤。
少しずつ、喰種達は思い始める。
ともすれば、可能なのかもしれない、と。
思わず彼らがそう期待してしまうほど、そこには確かなビジョンとそれに裏付けられた説得力があった。
彼が言葉を紡ぐたび、喰種達の期待の喧噪の波が部屋中に伝播していった。
―――後半。
既に場は熱気で包まれていた。
そこには彼の語る話を与太話などと捉える者は何処にもいなかった。
喰種のほとんどはその内容を近い将来確実に起こることと信じて疑わなかったと言っても過言ではなかった。
トナリが言葉を紡ぐたび、歓喜する悲鳴が聞こえた。期待の叫び声も。
彼らは元々、自由を求めて集まった者達だった。すぐそこにそんな理想郷が広がっていると知ってしまえば、この破裂した風船のような興奮も無理はなかった。
そしてそれはアヤトも同じだった。
ぱっと見はいつもの仏頂面だったが、よく見ると口角が上がっていた。気持ちが抑えきれずに顔に出てしまったのだ。彼もまた、トナリが語るそれに大きな期待を抱いていた。
トナリは壇上で大きく手を広げた。そして色めき立っている彼らに向かって力強く声を上げる。
「そう、我々は求めている!我々の自由を勝ち取るためにこの世界と戦う勇敢な者を!確かにそれは簡単なことではないかもしれない。そこには文字通りの『死』が待っている。何度も何度も苦しい思いを経験するだろう。けれど、それが何だ………?我々が普段虐げられてきた苦しみに比べれば、そんなもの恐るるに足りないのではないか?」
会場のボルテージが上がっていく。そこには際限なんてものは存在しない。
「我々は暴力などに頼らざるを得ない程弱い存在ではない!全て人間の土俵の上で戦い、その上で犠牲なしの完全勝利を勝ち取ってやろうじゃないか!」
熱気が最高潮に達したとき―――彼は高らかに宣言した。
「我々は、このどうしようもなく歪んだ鳥籠を正すために―――不条理な世界との全面戦争を開始する!」
初手に投稿したRTAパートと現在書いている小説パートが結構乖離してきてます。
可能な限りRTAパートの方を修正しますが、どうしても無理な時はそのままの状態で話を進めていく可能性があります。ご了承ください。