「ねぇ、有馬。」
「………なんだ?」
「もうちょっとしたらうんと大きいデモを起こそうと思うんだ。具体的には―――――って感じでさ。」
「………面白い。案内してくれ。」
「えっ、彼の所に?今から?」
「今は駄目なのか?」
「いや、全然!むしろ君はそう来なくちゃね。」
★★★★★
場所は嘉納の研究所。
薄暗いその場所に一人の喰種と二人の半人間がいた。
「俺に話があるらしいね、旧多二福君。」
喰種――トナリは、対面に座っている相手――旧多にそう言った。
「要件を伝える前に――有馬さん、一旦そのクインケ下ろしません?話し合いに集中できないですけど。いや、割とマジで。」
「………あぁ。」
「……あのー、有馬さん今返事しましたよね?どうしてクインケをまだ僕の方に向けてるんですか?」
「………あぁ。」
「もしもーし?有馬さーん、聞こえてますか?クインケ下ろして欲しいんですけど?」
「………あぁ。」
「ダメだこりゃ。」
こうなった有馬はてこでも動かない。だから素直に旧多は「どうにかしてくださいよ、この人。」とトナリに助けを求めた。
「有馬。クインケを下げてもいい。見た感じ旧多は武器を持っていない。彼は俺の脅威じゃない。」
「分かった。」
有馬はそれまでの態度が嘘だったかのようにあっさりとクインケを下ろした。
旧多は「なら最初からそうしろよ」と思ったが声には出さなかった。同じ白日庭出身の物として、彼のマイペース振りは昔から知っていたからだ。水が上から下へと滴り落ちるように、やはり有馬は
「それにしても流石ですね、トナリさん。あのCCGの死神をまるでSPのように扱うだなんて。やっぱりあれほどの大規模なデモを計画している人は一味も二味も違いますよ。」
「本当はエトを連れて来たかったんだけれど、丁度今取り込み中だったからね。代役を探してたら彼が行きたいって立候補したのさ。」
「……トナリに今死んでもらっては困るからな。」
有馬はいつもの仏頂面でポツリと言った。
しかし、それにしても意外だった。
旧多は彼らが行うデモについて既に把握していることをさらりと話した。勿論これはトナリの動揺を誘うためだ。旧多は分家とはいえ和修側の人間の為、当然トナリの敵である。彼からしたら敵に内情を知られているのは避けたい筈。にも拘らず彼はなんてことが無いような反応だった。それが示すことは一つ。彼もまた旧多の内情を掌握しているということだ。差し詰め今回の取引の内容についても感づいているのだろう。
「話がそれたね。それで、俺に伝えたい要件って何かな?」
けれど彼が既に知っていようがいまいが、今から話す内容は変わらない。
「僕とリゼが自由にそして平穏に生きられるように手配してくれません?僕達を和修のしがらみから解放してほしいんです。」
☆☆☆
近々デモが起こることになる。ピエロとして活動する中でその情報を掴んだ旧多の心中は一つ。それは喜びだった。
デモが成功すると十中八九和修は解体されるだろう。和修の呪縛から逃れたい旧多にとってこれは願ったり叶ったりであった。
また、人間と喰種が共存を果たすと飛躍的に喰種に対する研究が進む。もしかすれば半人間特有の短命に対する何か、普通の人間と同等の寿命とは言わなくても延命くらいの成果が得られるかもしれない。普通の人間のような生活に憧れる旧多にとってはこれも望外の僥倖だった。
このように旧多にとってこのデモというのは正に渡りに船であり、旧多が和修からトナリ達の方に鞍替えするのはもはや必然だった。
けれど、旧多は厄介な問題を抱えていた。それは彼自身がピエロに属していることである。
ピエロは既にデモを妨害する計画を立てていた。具体的にはデモを実行する彼らに混ざって民間人を虐殺するのだ。十中八九
当時はピエロに属することで旧多に利があるため、組織に入る決断をした。事実そうすることで和修の立場では得られない様々な情報を得ることが出来た。しかしながら、現在ではその事情は大きく変わった。トナリ達に与するかピエロのままでいるか。それぞれの利を天秤にかけた時、前者に大きく傾く―――いや、天秤にかけるまでもないかもしれない。人間と喰種との共存が果たされた場合、ピエロとして活動して情報を得るなんてことは全く必要がなくなるのだから。
☆☆☆
「それにしても、意外だった。」
旧多の要件―――つまりピエロからトナリ達の陣営に鞍替えしたい旨を聞いた有馬は、しかしその言葉とは裏腹にいつもの無表情を張り付けたままそう言った。
「なにがです?」
「旧多。お前がピエロに与していることだ。お前は和修に対して極めて従順に見えた。」
「そりゃあ、今まで
旧多は皮肉っぽく笑った。
「それに意外なのはこちらの方ですよ。CCGの最高戦力であり、皆の憧れの的であるあの"有馬貴将"がまさか喰種のデモなどに加担しているだなんてね。あなたが裏切っていることを知ったらCCGの捜査官達は皆ひっくり返りますよ。」
「……そうか。確かにな。謀反している点ではお互い様か。」
有馬はほんの少し、口角を上げて微笑んだ。まるで草原を揺らす、ささやかなそよ風みたいに。
「ふむ、君の話は大体理解した。」
考えがまとまったのだろう。先ほどまで口に手を当てて考えていたトナリがここで口を開いた。
「まぁそうだね……結論から言うと、君と
「ちなみにだが」と彼は補足する。
「もしも協力してもらえなければ喰種達がデモを起こそうとしていることを和修に伝えるなんてくだらない脅しはやめておいた方がいいぜ?その場合お前は死神の鎌の脅威を思い知ることになる。その後は、良くて土の中、そうでなければ誰かの腹の中だろうね。」
「まぁこんなこと、言うまでもないだろうけども。」とトナリはにっこりと人好きのする笑顔を浮かべながら、しかしさもそれが当たり前のように旧多を脅した。
「勿論、まさかここに来てそんな馬鹿な事言わないですよ。」
旧多はやれやれと肩をすくめた。
「あなた方が僕の望みを叶えてくれるならば、僕もあなた達の敵―――即ちピエロのメンバーの素性を教えることを約束します。」
「いやぁ、かつての仲間を裏切るなんて心が痛みますけどねぇ」と旧多は軽薄に如何にも喰種みたいに醜悪に、目の前の喰種に向けて笑った。
「分かった、いいぜ。その話乗ったよ。」
トナリは1秒も考えることなくそう言い放った。
「僕が言っちゃなんですが、随分あっさりと了承するんですね。僕が嘘の情報を教えるかもしれないのに。」
「それが極めて悪手であることは少し考えれば誰でも分かる。ピエロかどうかなんて本人に確かめれば一秒で分かることだし、そんな稚拙な嘘をついて俺を敵に回す意義も理由も見当たらない。」
トナリの発言は確かに、恐ろしいまでの正論であった。
もしこれで旧多が即時的な要求、例えば何か金品等を取引としてトナリに要求していれば話は違っただろう。旧多がトナリに提示する情報、即ちピエロについての密告。それの正誤の精査をせずにトナリが取引を飲んでいれば、旧多が嘘の情報を吐いたとしても見返りの金品を受け取るだけ受け取って、そのまま逃げることできる。そうなってしまえばトナリが嘘の情報を掴まされたと気づいても、もはや後の祭りとなる。
しかし、今回の旧多の要求は言うなれば遅効的であった。というのも旧多がトナリに要求したのがピエロからトナリ達へ鞍替えする許可と和修からのしがらみの解放だけである。そのためもしもトナリに嘘の情報を渡したとしてもトナリが失うものは何もないために、彼はすぐに条件を飲んだのだ。
「そして、それを言うならば逆に俺が途中で契約を反故にする可能性の方が考えられるが―――それを防ぐために君はこの会話を録音してる、と。」
「……流石、目聡いですね。」
旧多はおもむろにポケットからボイスレコーダーを取り出し、コトリとテーブルにそれを置いた。
「これは推測になるけれども、もし俺が裏切った場合、君は喰種達にそのことを広めるつもりなんじゃないか?それを使ってさ。そうやって、喰種達からの俺の信用を落として統率を乱す。どうだ、合ってるか?」
「推測になる」や「合ってるか?」なんて言いながらも、しかし彼の表情は確信に満ちていた。つまり、それは確認をするだけのただの答え合わせにすぎなかった。
旧多はエスパーのようにこちらの思惑を当てるトナリに内心少し呆れながらも事実なので頷いた。
それから、旧多はピエロのメンバーを話していった。とは言っても旧多も何十、何百といる全員の素性を知っているわけではない。しかし特に精力的に活動している、言わば中心メンバーなら心得ている。それら情報を丸ごとトナリに(ついでに有馬にも)話していった。
話がまとまって解散となり、旧多が部屋から出ようとした時だった。ふと、背中越しに有馬に声を掛けられた。
「頑張れよ。」
相も変わらずに有馬は言葉足らずだった。何についての頑張れなのか旧多は平子じゃないので勿論分からなかった。けれどふと、有馬が―――和修の最高傑作とも称される彼がこれまでよりも身近に感じた。
だから、旧多は言う。
「えぇ、お互いに頑張りましょう。お互いがお互いの足を引っ張らないようにね。」
★★★
「ウタ、お前も知ってると思うが近々大規模なデモが行われる。俺も参加するつもりだ。」
「うん。」
「もしもそれが成功して平和な世界になって、それで、それでひと段落したら、」
「うん。」
「俺と一緒に遊ぼう。あの頃みたいに。イトリも連れて。」
「本当に?」
「ああ。と言っても流石に昔みたいに毎日するってわけにもいかないが。」
「………いや、それで十分。じゃあその"デモ"とやらにぼくも参加しようかな。君と思い切り遊べるように。」