脳の破壊された上司と爆散するワンコ女の話 作:ここに文字を入カ
幕引き回
意識を取り戻すと薄暗い病室にいた。
病院独特の静けさに無機質な白い壁と機械の音が響き、そのせいかカーテン越しに揺れる淡い光は殊更に優しく感じる。
身体中に鈍い痛みを感じながらもゆっくりとベッドから起き上がり、手すりを頼りに部屋を出る。
廊下は静寂に包まれていた。冷たい床を踏みしめ、よろよろと、だが何かに導かれるように迷いなく進む。
階段を一段一段上るたびに心臓の鼓動が少しずつ速くなる。身体は重く、呼吸も乱れていたが、足は止まらなかった。
そうしてたどり着いたのは屋上への扉。
重い扉を押し開けると、風が髪を揺らし、ひんやりとした外気が顔に触れた。
そして扉の先に見つける。蒼穹の下に立つ桐藤ナギサを。
/01
「メアリさん……よかった。お気づきになられたんですね」
「ナギサ様……」
「意識のない私を守ってくれていたとお聞きしました」
私を見つけると、ナギサ様はひどく安堵した顔をした。しかし、フラフラと歩き、左目に包帯の巻かれた様を見て顔はスグに曇ってしまう。
「……ごめんなさい」
そうして出てきたのは、もうあまり聞きたくない言葉。
「やめてくださいよ。間違ったことしたみたいじゃないですか」
「しかし……」
「ユスティナ聖徒会は得体がしれない、アリウスはヘイローを壊す爆弾なんて物まで作って、躊躇なく命を奪おうとしてくる……」
言いたいことがあるならば言ってみろとばかりに首を傾ける。
「だから必死に守りました。何かおかしいですか?」
それでもナギサ様は申し訳なさそうに俯いていた。少し腹がたつ。
「“警備が甘かった、情報が間違っていた“とお責めになるなら仕方ない。身代わりになるために私はいるんですから」
「そんなはずないでしょう……」
「違うなら褒めてください。ありがとう、助かったって」
不満がそのまま、少し尖った声音として反映される。
「仲の良い尊敬する人から謝罪されたって、いたたまれなくて気分が悪いだけです」
「いいですよね?」と緩慢な動作で近づいて、柔らかく抱きつく。避けられるように、振り払えるように。すると、背に腕が回され、小さな声が聞こえた。
今ならあの時のイチカの言ったことがよく分かる。謝られる側というも嫌なものだ。何度もとなれば更に。
何より、傷ついて打ちのめされた折れかけの人は、マリオネットのように操れてしまう。
思い通りに、簡単に手中に収めてしまえる気がしてしまう。そんな危うさが、恐ろしさがある。
「それでも、私はメアリさんにどうしても謝らなければならない事があるのです……聞いてくれませんか」
遠慮がちに話すナギサ様に、私は頷くことで了承を示した。
/02
「アリウスの狙いは先生でした」
非常に幸運なことに、先生にミサイルによる怪我はなかった。しかし、スクワッドを中心とした大量のアリウス生と聖徒会が先生に襲いかかった。
だが、一緒にいたツルギさんとハスミさん、シスターフッドのヒナタさんが敵の足止めをし、ある人に先生の護衛を任せて逃がした。
「駆けつけたヒナさんが先生の護衛をしたそうです」
「風紀委員長の空崎ヒナさんですか……?」
「はい、そのヒナさんです」
そのある人こそ空崎ヒナだった。正義実現委員会とシスターフッドから風紀委員会へと先生は任され、火と灰の中を突き抜けて撤退する。
だけれど、先生はアリウスの銃撃によって重傷を負って意識を失ってしまう。
ヘイローのない、外の人間である先生は1発の弾丸ですら致命傷になるのだ。適切処置がされなければ死に至ってしまう。
するとそこへ救急車が突貫。
ゲヘナ救急医学部の咄嗟の判断によって先生は古聖堂脱出し、救急車はトリニティの自警団による交通整理のもと救護騎士団へ搬送された。
「正義実現委員会、シスターフッド、自警団、救護騎士団、風紀委員会、救急医学部……ゲヘナとトリニティが垣根を越えて互いを信じ、生まれた協力によって先生の命が救われたそうです。」
「……美談ですね」
なるほど。そんな素晴らしく美しいエデン条約のような話があったと。いがみ合う2つの学園が、先生を中心として手を取り合ったと。
「ですがその頃、学園は大混乱に陥っていました」
先生は助かったとはいえ、俯瞰した盤面は最悪である。
過激派によるクーデターで学園は麻痺、司令と情報のない正義実現委員会は統制不能、シスターフッドの手網をとったハナコはクーデターの一味による粛清に巻き込まれる。
古聖堂におけるゲヘナとトリニティの戦闘は膠着し、双方撤退が進められるものの、アリウスとユスティナ聖徒会の跳梁跋扈は止まらない。
八方塞がり、悪化するばかり。
だが、夜、状況が変わる。クーデターが頓挫した。
「クーデターの目的はミカさんをホストとし、ゲヘナへ宣戦布告を行うことでした。ですが、ミカさんはそれを拒否しました」
「……まぁ、そうでしょうね」
ミカ様はゲヘナが嫌いだ。嫌いだから避ける。それはピーマンが嫌いだから食べないというような食べ物の好き嫌いに似ていて、ピーマン畑を焼き払いにいくような嫌悪の仕方ではない。
何より、そんなことやる気分ではないだろう。
「……どうなりました?」
「コハルさんと、意識を取り戻した先生が止めました」
「……。」
何があったかは、ナギサ様の表情が語っていた。
「先生の活躍はそれからでした」
先生が現れたことで過激派は大人しくなり、先生の登場によって各組織が統制を取り戻す。トリニティの混乱を収めた先生は、ゲヘナへと飛ぶ。
「そして明朝、古聖堂に再び現れたスクワッドと交戦していたアズサさんのもとへ、ヒフミさんたちが駆けつけます」
友人のため、最悪な結末に立ち向かう者たちがいた。それは補習授業部。
アリウスに向かってヒフミが叫ぶと、曇天を切り裂いて日が差し、青空が開かれる。
古聖堂がそんな神話のごとき様を呈したときだった。
「先生がある宣言をしました」
“私たちが、新しいエデン条約機構”
トリニティ、ゲヘナ、さらにはアビドスまでが先生という旗の元へ集った連合。その名前はエデン条約機構。
エデン条約機構はアリウスに打ち勝ち、突如出現した怪物をも退け、戦闘後は学園の垣根を越えた協力のもと古聖堂で救助を行った。
先生が頼み、信じ、動いて僅か一晩。
キヴォトスに来て1年にも満たない先生が見事に証明してみせた。
楽園は存在したのだ。
ただしそこに桐藤ナギサはいないけれど。
/03
「私は一体何をしていたのでしょうね」
トリニティとゲヘナの融和を願って、何をしてきたのだっただろうか。
連邦生徒会長がエデン条約を打ち出す前、打ち出した後の東奔西走の日々は塵芥。
ホストの座を託された。ティーパーティーの権威に泥を塗った。
裏切り者から守ろうとした。しかし守ろうとした者こそ黒幕。幼馴染は獄中で終わりを待っている。
「私は、なにもできなかったんです。」
「……そんなことありませんよ」
結果として、彼女に何が残っただろうか。
「なにより……あの時、思ってしまったんです。目が覚めたら別人になっていればいいのにと。目が覚めて、どうして私は生きているのだろうと思ってしまったのです」
あなたは美しく、強い人だ。
「メアリさんがその身を犠牲にして守ってくれたというのに。そう思っていたんです。だから謝らせてください、ごめんなさい」
しかし、恐怖に晒されて、血を流して、何度も打ちのめされた。自分のできなかったことをまざまざと見せつけられ、その輪に入ることもできなかった。
「挽回する気概もなく、逃げようとしました。怖くて、怖くて仕方がなくて、学校に……行きたくなくて」
だから、強いあなたの心が折れても仕方がない。仕方ないはずだ。
「ですが、こうしてメアリさんと話していたら、また、思ってしまったんです」
ナギサ様は夢やぶれ、折れてしまったはずなのだ。
しかし、ナギサの声は震えることなく真っ直ぐと通る。足に力をこめ、自分の力で立っていた。
「思いあがった願いだと、メアリさんにまだ負担を強いるような事だと分かっています」
顔を上げたナギサの顔に日が覗く。強い輝きは無い、でもそこに影はない。
「それでも……メアリさんのように私もミカさんを助けたい」
「臆病な私ひとりでは足がすくんでしまいます。ですが、メアリさんがいてくれれば、前へ進めます」
「だからもう一度、一緒に来てはくれませんか?」
「いやです。」
「もう嫌です。」
貯水塔の影。屋上にできた影。生きる場所が違うとばかりに、ナギサ様と隔てるような影の中に私は居た。
「去年セイア様がいなくなったからずっと、苦しむあなたを見てきました。だけどそんなの、もうたくさんです」
胸の内に焦りと拒絶反応がある。
「なんでつらい道を行くんですか?怖いなら逃げましょうよ。疲れたならやめてしまいましょうよ」
傍にいると誓ったのに、何故こんな言葉が出てくるのか。その理由は結構単純な話で、逆なのだ。
「十分頑張ったじゃないですか。だけど、エデン条約がこんな終わり方を迎えて、誰かあなたを慰めましたか?労いましたか?」
心が折れているのは私だ。
「この結末があなたの青春の物語そのものです。いつも貧乏くじばかりだ。いろんなことを任され、託されたのに1つだって報いはない。誰もあなたを愛さない」
だって仕方ないじゃないか。気をつけて、手を回して、考えを巡らせ続けたのにこんなことになって。
「失墜したあなたを連れて逃げてしまおうと思っていたのに……なんで挫けていないんですか、なんでもう立ち直れるんですか、また徒労になるとは思わないんですか!?」
好きな人が傷ついて血まみれになる有様をまだ見せられるというのだから。やだろ。そんなの。
一連の、私の発露してしまった感情を聞き遂げると、ナギサ様が言葉をこぼした。
「……立ち直れてなどいませんよ。」
視線は逸れ、下を向いていた。
「そうですね、確かにエデン条約という青春の物語は終わってしまいました。でも、無駄になってしまうのはどうしようもないことです」
だが再び私に向いた時、そこには強い意志ではなく、柔らかな光であった。
「
ナギサ様が告げたのは、アリウスが幾度となく口にした言葉。だが、伝えたい意味は違った。
「ですが、そうやって始まるあの書には、たとえ実を付けるか分からなくとも種を撒けと……そして、心にかなう道へ行けと記されています」
全ては空しい。だから空しさの中でどうしたらよいか。
「風を追うように空しいかもしれません。でも、これが私の道なんです。そのせいで裁きを受けても仕方ありません」
同じ言葉なのにアリウスの泥のような怨念はなく、清涼な風のように響く。
「それだけで……立ち上がれるんですか?」
もう分かっている。桐藤ナギサは桐藤ナギサであった。それだけだ。
「いいえ、そんなことありませんでした。実際、私はここから飛んで、トリニティの外へ逃げようかと思っていましたから」
うそだ。きっともうナギサ様は大丈夫だ。きっと私などいなくても立ち直ってしまう。
ナギサの手が伸びて、メアリの頬を触る。
「でも、メアリさんが来てくれた」
運命だったとでも言うような口ぶりで、ナギサは語る。
「そしたら不思議なことに、まだ終わりたくないと思ったんです。だって私がここで折れてしまったら、絶対にハッピーエンドにはならないじゃないですか」
きっと私などいなくても、この人はミカ様やヒフミために立ち上がるんだ。
「だから話を聞いてくれるだけでいいんです。一緒にいてくれませんか?」
首を横に振る。
「……自信がありません」
しかし、それでも私を必要としてくれるなら。
「でも、ナギサ様が願ったとき、私はトリニティを破壊してでもあなたを連れ出します。約束できるのはそれくらいです」
私は私にできることをして、あなたと共にいます。
私の言葉を聞いて、ナギサ様は少し身をかがめながら笑う。
「十分過ぎますよ。でも、そうですね。もしそうなったら一緒に旅に出ましょう」
/04
「────!────―!────―!!!」
救護騎士の声が聞こえる。何か探しているようだ。もっとも、十中八九、私たちのことだろう。
「戻りましょうか」
そう言って、差し伸べられた手を取る。
「最後に……伝えさせてください。」
きっとこれは、誰かが伝えなければならない。
「あなたは頑張りましたよ。精一杯。ずっと私は見ていましたから。だから、お疲れ様でした」
「……そう言ってもらえると……救われます」
そうして、少女たちは手を繋ぎ、歩き始める。
涼やかな風がふたりの背中を押し、屋上から去っていく。
ただ、屋上の水たまりに写ったエメラルドのヘイロー。そこには──
──ヒビが入っていた。
/05
次章予告
話をしよう。
あれは今から1年……いや、半年前だったか……
まぁいい。
ティーパーティーは3つからできていると、三位一体になぞらえた揶揄をされたことがあった。
ミカという力、私という知恵、そして勇気。
無理やり当てはめたように君は思うだろうか?
だが、私は彼女の本質を捉えていると感じたよ。
まぁ私に言えることは、ナギサがいてくれてよかったということさ。
鍛造メンタル上司と爆薬を集めるワンコ女
※予告は脳内プロットのものです