脳の破壊された上司と爆散するワンコ女の話   作:ここに文字を入カ

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(結)過去編エピローグ回


|第32話|三食添い寝おやつ付き

 

 

 その後の話をしよう。

 

 まず、大量の偽札の行方。

 

 大半は爆破とともに損傷、だが無事なものや櫛井メアリらが回収した分があった。

 

「偽金は連邦生徒会が処理してくれるそうだ。といっても、事件の証拠品でもあるから処分ではなく保管。流出した際の重大性から場所は秘匿され、詳細な場所は私もわからない」

「連邦生徒会の秘密金庫ですか……」

 

 黄金色の狐は紅茶を味わいながら「どこもへそくりの隠し場所くらい用意してるものさ」と言う。

 

 次に、トリニティの情勢について。

 

「さて、捜査委員会から中間報告が届いた。さすがに私も驚かずにはいられない。パテル、フィリウス、サンクトゥスにシスターフッド、ほかにも挙げたらキリがない」

「トリニティは変わりますか?」

「変わらざるをえない。ゲヘナへの姿勢も転換を迫られる」

「外からはどう見えているのでしょうね」

「政治スキャンダルが起きている……で終わるだろう。なにせ私たちはかろじて一端を知っているが、キヴォトスはいまだ何があったかわかっていない」

「隠ぺいを?」

「いいや、規模が大きすぎてまだ誰も把握できないのさ。()()()()()()()()()()()()()といっただろう?……トリニティだけじゃない」

 

 資料を眺める目はまるで忌々しいものを見るようだった。

 

「いじめと言えばトリニティ、不良と言えばゲヘナ……そんなイメージが広がっているが、どちらもあらゆる学校が患っている普遍的な病だ。報告によれば、組織は病に罹患した学校を狙い、規模を拡大していったそうだ」

「同様の事案が他の学校でも存在していた訳ですか?」

「偽物の生産から流通までの規模を考えてもトリニティで収まりきらないのは明白だろう。報告いわく、組織とはトリニティの秘密結社ではなく、キヴォトスに張り巡らされた犯罪ネットワークであるそうだ。これを見るといい」

 

 セイアが渡したのは名簿もとい容疑者リストと、組織の拠点が塗られた地図。どちらにも共通するのはあらゆる学園の名前があること。超規模学園も零細学校も関係なし。ありとあらゆる学園の名前が載っている。

 

「我々は地下茎を掘り当て、引き抜いた。キヴォトス中に巡っていた長く汚れた根を引き抜いた。第一人者によると転校生、編入生は他の生徒と比べて確率が高いらしい」

「公表できない情報ですね……転校生への迫害を引き起こしかねません」

「それと、捜査委員会や連邦生徒会から櫛井メアリに捜査援助の要請が来ている。どう返答しておこう?」

「進級のための勉学と試験、庶務による多忙につき拒否でどうでしょう?」

「”雇用主が拒否”でなくていいのかい?」

「緊急措置であってあくまで一時的なものですから……」

 

 茶化すように笑うセイア。

 

「ところで、メアリの容態は?」

 

 

 

 /01

 

 

 

 目が覚めたつもりになった。

 

 どれだけ寝たのかわからない。

 

 頭が痛い。のどが痛い。寒い。節々が痛い。

 

 ボーっとして集中できない。思考が次々霧散していく。

 

 心の冷えている感覚は恐怖に似ている。

 

 夢のなかでも、現実でも、意識があるうちはいつも恐ろしい怪物から逃げているような恐怖がある。

 

──―カチャン

 

 扉が開く音がした。

 

 入り込んでいた風はかぐわしい。

 

「起きておられましたか」

 

 鈴のような声が空気を揺らす。

 

「消化に良いものを用意しました。食べられる分だけでも召し上がってください」

 

 温かな蒸気が顔に触れると、かすかな塩気と煮込まれた野菜の甘い香りが鼻腔をくすぐった。スプーンを探していると、暖かいものが触れて、金属を渡された。柄に暖かいところ残っている。スプーンと器があたる音、すくう音が耳に届く。

 

 こぼさないように慎重にスープを口に含むと、鶏肉のほろほろとした食感が舌に触れ、続いてトマト風味の爽やかな酸味のあるスープが喉を通り過ぎていく。優しい塩味とじんわり広がる旨味が、まるで冷えた体を内側から溶かしていくかのように温かさを与えてくれる。

 

「おいしい」

 

 無意識に言葉が出た。

 

「それはなによりです」

 

 優しい声が返ってくる。

 

 美味しかったからさらさらとそのまま食べきれた。

 

 額に手が触れる。

 

「熱はまだありますね……ゆっくり休んでいてください」

 

 手が離れる。

 

 離れかけた手を抑える。

 

「……メアリさん?」

 

 邪魔にならないように耳をどける。もうわかるでしょ?

 

 ジッと待っていると頭頂をすべる。指先が髪を梳くたびに、心がふわっと軽くなるような気がした。指が髪をそっと滑り、耳のあたりでくすぐったい感触がした。「すみません」と声がするけれど、私はただ首を横に振る。もっと撫でてほしいから。

 

 撫でる動きはゆっくりとしたリズムで、波の中に漂っているようだった。手が動くたびに、心の中のわずかな不安がどこかへ吸い込まれていく。いつの間にか目が熱っぽくなってきて、まぶたが重たくなっていく。

 

 

 

 /02

 

 

 

 

「メアリちゃんは?」

「眠ってしまいました」

「そっか」

 

 ミカは扉の先を、メアリの部屋を見つめる。

 

「ずっと寝てるよね」

「はい」

「あんまりよくならないね」

「えぇ」

 

 あの日の後、メアリは体調を崩した。

 始まりは軽い体調不良のようなものだった。しかし、そこからドンドンと症状は悪化し、今では眠っている時間のほうが長い。

 

 病院でもらった処方箋もキチンと服用しているがいっこうに治る様子もなく、時間だけが過ぎている。

 

「あ、そういえばさ」

 

 重くなった空気を振り払うためか、ミカは殊更明るい声を出して話題を変える。

 

「この前変なもの見つけたんだ」

「変なもの?」

「ナギちゃん好きそうと思って買ってみたんだよね」

「……少し解せませんが、ありがとうございます」

 

 ミカがヒョイと取りだしたのは金型のようであった。さすがに鉄塊なだけあってそこそこの重さがある。中には魚拓のように魚がいて、溝になっている。

 

「これは……」

「たしか、たい焼き器って書いてあったよ」

「なるほど、たい焼きですか。以前百鬼夜行の屋台で頂いたことがあります」

「食べたことあるんだ」

「たしかホットケーキミックスが余っていますし、作ってみましょうか」

「え、今から?」

「?」

「……ま、いっか。今日泊まってってもいいよね?」

「もちろん」

 

 最初からそうだと思って準備していたのだけれども。メアリもミカに懐いているし、喜んでくれるだろう。

 

 なにより頼れる人間が近くいてくれるということが非常にありがたい。

 

「ところで、ナギちゃん来年からどうするの?寮戻るの?このまま秘密基地にいるの?」

「1年生のうちは寮ですね。メアリさんを連れて」

「え、でも、メアリちゃん3年生じゃん」

「約束なら取りつけてあります。試験の結果を鑑みて最適な措置をとる……皆さんはどれだけ遅れてるかを気にしていて、進んでいるなんて想定していなかったようですが」

「要求全部飲ませたってこと……?」

「学園に悪意があったとは思いませんが、今さらまた中等部へと考えるのは、頭が硬すぎると感じましたから。結果から察するにメアリさんにもそんな気は一切なかったようです」

 

 よくあんな体調でテストを受けに行き、こうも100を並べたものだ。全学年分作っておけと裏工作をした甲斐が有る。

 

 当日は心配で気が気でなかったが。

 

「じゃあ、あとは元気になるだけじゃん」

 

 その通りだ。

 

 しかし、そればかりは自分にどうにもできない。祈るか、食事を用意するくらいかできない。

 

 

 

 /03

 

 

 

「変わらないけどスグに変わるな……ブラックマーケット(ココ)は」

「トリニティのほうでも今じゃキャスパリーグってやつが最強だーって言われるッスね。しかも最近はウザワレーザーってやつが挑戦状叩きつけて片っ端から不良刈ってるらしいッスよ」

「ただの喧嘩が文化に発展してる」

 

 タイマンから真剣になって、とうとう事前アポイントか。

 

「にしても美味いッスね、このたい焼き」

「ナギサさまお手製だからな」

「道理で。姐さんの特効薬と噂の」

「なんでかナギサさまの作ったの食べると元気になるんだよな」

 

 久々にブラックマーケットを闊歩する。しかし、微妙な違和感がある。歩きづらい。たぶん私は今のブラックマーケットに適応しきれていない。忘れてしまった、忘れられてしまったから。

 

「そこの緑のアンタ、野犬じゃないか?1億と学生証賭けの喧嘩師だろ?」

 

 いや、存外覚えられていたらしい。

 

「……もうやめたよ」

「負けたのか!?」

「そ。」

「誰に!?」

「ひみつ」

 

 通りすがりを放って歩く。

 

「昔だったら一発いってたんじゃないッスか?」

「そんな短気じゃなかったろ」

「いや、仕事ないとすぐ喧嘩売って買って節操なかったッスよ」

「……少なくとも今は気分じゃない」

 

 最近はムシャクシャしたらミカさんやツルギさんに捻ってもらってるし、なにより体力がない。力はでないし、打たれ弱い。

 

「そもそも今日は君らの合格祝いだ。サッサと金おろしてD.U.行くぞ」

 

 

 

 /04

 

 

 

 亡霊を見た。

 

 黄昏のなか、とっくに死んだはずの女性が笑っている。

 

 亡霊は一瞬で消えた。

 

 亡霊は幼い中学生だった。

 

「お久しぶりです」

 

 彼女と同じチャコールグレーの尻尾を振って駆け寄って、少女が口を開く。ただし彼女のような気安い言葉ではなく、敬語で。

 

「……お元気そうですね、メアリさん」

「はい、なんとか。半年前までは天地が回ってそのまま倒れていましたが、今はこのとおりです」

 

 予測ではこの子のヘイローもとっくに崩壊しているはずだった。

 

 なのに変形して、クラックの入った緑のヘイローは円環を保っている。キズの再生を始めている。

 

「この後お時間は?」

「ちょうど解散したところです」

 

 お互いに話したいことがある。まずは場所を移そう。

 

 適当に見つけた雰囲気のよさそうな喫茶店に入る。

 

 深煎りのコーヒーを二杯。

 

「スオウ先輩は?」

「ハイランダー鉄道学園へ行くそうです」

「あぁ、そうなんですね。よかった」

「連絡はとっておられないのですか?」

「なにせ別れ方が別れ方なので。それに渡世人やゴロツキなんてそんなもんです」

「不器用な方たちだ」

 

 胸をなでおろす姿を見て、ついついそのまま口にしてしまう。

 

 カップから立ち上るかぐしき香り、心地よい苦味。懐かしくなって昔のように注文してしまった。

 

 子どもには少し苦すぎたか?

 

「連絡といえば、何もお伝えできずすみませんでした。あれ以来、トリニティではカイザーは蛇ににらまれた蛙のように動けなくなていたものでして」

「私も療養してましたし。ブラックマーケットも今日ようやく顔を出しましたくらいでしたから気にしないでください」

「そうだ。薬の離脱症状はありませんでしたか?」

「わかりません。熱にうなされていたので」

 

 首を傾げた少女。

 

 そんな随分前のことなど忘れてしまったとでも言うように。

 

 それより気になるのは病のことだ。運がよかったのか、奇跡なのか。あの天使の力が想像を超えていたのか。

 

 黒いコーヒーが透けて磁器の白い底が見える。

 

 さて、そろそろ終わりだ。清算に入ろう。

 

「遅くなりましたが、実験は終了。専属契約も終了です。報酬は口座に振り込んでおけばよろしいでしょうか?」

「あー、ありましたね。テキトーにそっちで運用しといてください」

「そのまま無くなってもしまうかもしれませんよ?」

「あぶく銭がなくなったところで別に。カークさんの遺してくれた分があれば十分です」

「わかりました。もし、必要になればご連絡ください。お好きなだけ用意いたしましょう」

 

 それもそうだ。金に窮して堕ちたわけでない。

 

「あ、でもそうだ。少し聞いてもいいですか?」

「いくらでもどうぞ。もっとも私が答えられることも限られていますが」

「カークさんが死んだとき、どう思いました?」

 

 急に……古い話だ。

 

「残念に思いました」

「どうなふうに?愛犬が亡くなったような?便利な道具が壊れたような?それとも実験が失敗したような?」

「少なくともそれらすべてを包含しています」

「へぇ、意外。俺、あなたは研究と解明以外のことどうだっていいと考えているかと思ってました」

「それも間違いではありません」

「誤魔化さないんですね。社会人なのに」

 

 緑の瞳が目を覗いてきた。

 

 ”俺は病気で死ぬんじゃなく、お前の実験に死ぬ”

 

「多分あの人、あなたのこと好きでしたよ」

 

 同じ声が聞こえた。

 

「教会の手伝いをやめてカイザーに行って、楽しそうでした。病室で寝たきりになってもあなたが来ると嬉しそうでした。私のおもりをして、病気で死ぬのを待つ人生を変えたのは、あなただったと思います」

「随分キツい呪いだ」

「今のいままで何の連絡もなかったから、忘れられたんじゃないかと心配で」

「そんなことはありませんよ」

 

 私のミスだった。己の研究成果を過信した失敗。

 私は逃げただけだ。

 それなのに、また犯した己の失敗は成功を生んでしてしまった。その生きた成功例をこうして見せつけられる。なんという因果応報だ。

 

「そうですね、お返しにふたつ助言をしましょう」

「ふたつですか」

「まず、髑髏と薔薇に覚えは?」

「いいえ」

 

 なるほど、彼女はメアリに教えていないらしい。

 

「では、事件の首謀者のような方たちに注意してください」

「あんな倒錯した連中がまだいるんですか……」

「ふたつ目は、無理をしないこと」

「場合によりけりでは?」

「それでも。下手をすれば奇跡のツケを支払うはめにになる」

 

 クラック、表面状態の悪化、変形。メアリは回復しつつあるが、櫛井カーク*1のヘイローはそのまま崩壊した。

 ただでさえ一年の試薬の過剰摂取、元来の神秘強度以上の極めて強い力の行使により、メアリのヘイローは疲労し非常にもろくなっている。

 

「以上です」

「はぁ。まぁ覚えてるうちは気をつけます」

 

 空になったカップは冷え、底はうっすら乾いている。

 

 店の外。

 

 開花を待つ花たちを揺らす風は身を正させるように冷たく、懐かしい緊張を呼び起こす。

 

 ”さよなら”

 

 何度もどこかで聞いたような文言、呼び起こされて思い出して、犬耳に告げた。

 

「少し早いですが、入学おめでとうございます」

 

 

 

 /05

 

 

 

 鏡の前で、そっとセーラー服の襟を整えた。真新しくて少し硬い手触りだ。肩にかかる布地の感触は厚く重みがあり、動くたびにほのかに新品の特有の香りがただよう。

 

 スカーフを首元できゅっと結び、鏡に映る自分の姿を確認する。憧れていたあの制服を自分がこんなに制服を着ていると思うと、なんだか胸が高鳴った。

 

「お似合いですよ」

「……ありがとうございます」

 

 ナギサさんだ。なんでもない言葉なのに照れくさくて、うれしい。

 

「しかし、まさか生徒会を志望されるとは思いませんでした……」

「正義実現委員会とも迷いましたが、でもナギサさ……様の近くにいたかったので」

「……ありがとうございます」

 

 え、照れた。

 

 さん呼びから様呼びになったのもあるのかな。

 

 生徒会の護衛部隊。学園のためなんてまっぴら御免だが、それでもナギサ様の近くにいれて、同じ制服を着れる護衛は魅力的だった。

 

 よく見るとナギサさんはなにか小さな箱を持っていた。

 

「どうぞ。僭越ながら用意させていただきました」

 

 丁寧に封された包紙を開けると、品のあるかわいらしい箱が現れた。

 

 中はティーカップだった。それも私の

 

「完全に元通りとはいきませんでしたが、それでもできる限りのことさせていただきました」

 

 光に透かせばヒビが見えるなんてナギサ様は言うけれど、割れたカップが割れていない。そのことがひたすら驚きで、記憶の中にしかもうなかったはずのものが手の中にあって。

 

 胸がいっぱいで、感情が抑えられなくて、目が熱くて、零れていくものをとめられなかった。

 

 そっと抱かれ、頭が撫でられた。

 

「行きましょう、入学式が始まります」

 

 やさしい声がささやいた。あたたかい手が掴んでくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「改めて、ようこそトリニティ総合学園へ」

 

 

*1
櫛井メアリの保護者

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