一般農民になりたいのに最強達がそれを許してくれません 作:ワンカン
いい香りがするお茶に口付けながら、息をつくとすぐさま用意されていたパンを食べ始める。しかし、それを食べるには道具が必要だった。ナイフで切り、フォークを突き立てる。ふわふわしているそのパンの名前は、どうやら都でいま流行している、パンケーキというものらしい。クリームというケーキにもコーティングされていた、個体と液体の中間みたいな甘いものとバターが上にのっており、それにはちみつがかかっている。一見、甘くてとても何枚も食べることができない代物だが、これがまた抜群に相性がいい。ふわっとした食感に、絶妙な甘さが口に広がる。別皿に乗っているさくらんぼを一緒に頬張ると、果物特有の酸味とはちみつなどの甘さが丁度よくまざり、すぐにナイフとフォークを手に持ってしまうほどだ。この食べ物の魅力に、都の人々は病みつきになってしまったのだろう。
田舎暮らしの僕にとって、都というのはいつも遠い場所であり、どのような食べ物がはやっているか、どのような遊びがあるのかなどといった情報は入ってこない。たまに、アカネに聞くくらいで、それ以外は全くと言っていいほど皆無だ。
「おいしいね」
あまりの美味しさについ言葉を呟いてしまう。
僕は誰に話しかけることもなく、呟いたつもりだったが、それに反応するものが目の前にいた。僕の目をじっと見つめながら、無表情のまま一礼する。
「マスターの頼みなら、いくらでもご用意してきます。この身にかけて」
一発目から重たい発言するのはやめてほしい。こっちもびっくりするから。
ミカサは赤い瞳でこちらをじっと見ながら真剣な表情でたたずんでいる。
僕がいつもここに来ると、彼女は僕を迎え入れて、このようにお菓子とお茶を用意し、僕をもてなしてくれる。オールドマスター。彼女は僕と会った当初からそのような呼び方で僕と接している。マスターになる器でもなければ、力もない僕にどうして、そう呼ぶのかはいまだ謎のままだ。
彼女は表向きは家から一歩も外に出たことのないニート貴族として有名で、兄である、イルクもその父親も、そんな彼女にはどこか諦めているらしい。
ちなみに、彼女が僕をマスターと慕っていることをイルクは知らない。知っているのはこの家だとアカネくらいだ。
「マスター呼びはやめてほしい」
「いえ、マスターではありません。オールドマスターです」
何が違うのかさっぱりわからない。どこを切り取れば、マスターとして僕がなるのかしっかり説明してほしいものだ。
「そういう言えば、聞いているかな?僕が都の学校に行かされることになったこと」
「はい、見ておりましたので」
「みてた?」
「はい、一から十までを見ておりました」
彼女は平然とすっごいことを言ったが、彼女のスキルを理解している僕にとって、彼女の発言は納得してしまう。
彼女のスキルは透明化。自身の身体を透明にすることができる。一見、それぐらいのスキルであるなら、なんともないが、彼女を見くびってはいけない。彼女の身体能力はカズキ並みであり、さらに魔法も多少使えるという特典付き。もう最強と言っていいほどの実力の持ち主だ。
僕はお茶を一口飲むと、彼女を見る。僕と目が合うと、彼女はすぐさま片膝をつき、深く頭を下げる。いや、農民に頭を下げる貴族もいかがなものだと思うけど……。
「いま、精鋭部隊を組んでいる最中ですので、試験には間に合うかと」
そういうことじゃない。ていうかなんだそれ。
「身体能力、頭脳、能力等が優秀な者を集めていますので、マスターが心配なさることはありません」
だからそういうことじゃないんだって。いや、それも聞きたいけど。
「それにこの私も行きますので、ご安心なさって___」
「情報過多になって死ぬわ!!」
どこから突っ込んでいいのかわからん!!まず、精鋭部隊ってなんだ!!聞いたことないわ!!
このミカサという人物は、僕のことになると、なにかしらと施してくれる。僕が何か言うわけでもなく、彼女なりの考えのもとで、行動してくれるのだが、有難迷惑とでもいうのか、その行動で僕が救われたことはあまりない。
僕のためにというのだったら、入学させない方向で動いてほしい。
僕はパンケーキにはちみつをかけながら、彼女について考える。ミカサは、アカネの姉である立場だが、ミーナと妹であるアカネに対してはどこか嫌悪している節がある。いや、むしろ人間に対して嫌悪を抱いているといっていい。以前僕が街で万引きにあったところを助けてもらったことがあるが、その時も、人間風情が……とかなんとか言ってた。元魔王であるミーナと僕以外の人間にはこのような思いを抱いている。
そんな彼女が最強達と魔王とタッグを組んでいる。
これはどういうことか。そこが疑問である。
「ミカサは僕の誕生日会をみていたってことでいい?」
「はい、ケーキに喜ばれるマスターの姿に目がやられました」
うん、素直でいい子だ。危ない発言は控えてほしい。
「精鋭部隊って何?それにミカサも行くっていうのはどういうこと?」
「精鋭部隊とはエリートを集めた部隊のことです」
そういうことじゃない。言葉の意味が知りたいわけではないんだなぁ。ミカサもミーナと一緒で頭が弱い子なのかな?
「オールドマスターがついに表舞台でご活躍されるということなので、私も表舞台に上がる決意でいます」
ええ……。僕は自分で進路を決めたわけではないし、そもそも、僕には最強達がいるから、そんな精鋭部隊を組まれても意味がないと思う。しかも、ミカサが来るなら、なおさらそんなものに頼らなくてもいいのではないだろうか。もしかして、タッグを組んでいるわけではないのか。
「そんなものに頼らなくても、僕にはアカネたちがいるわけで___」
「あ、かね?」
ミカサは初めて聞いた単語のようにその名を呟く。嘘やろ、こいつ自分の妹の名前忘れちゃってるよ。頭が弱いからかな?それとも記憶障害かな?
「自分の妹だよ」
「……ああ、スキルを使ってマスターの口から妻とか言わせたクソゴミのことですか」
「……自分の妹にクソゴミはよくないよ」
いやー、ここまで来たら病気かもしれないな。頭が弱いというより、頭おかしい子だよ。マスターちょっと心配になってきた。こういう感じのところは、ミーナに似てるよね。
「いえ、マスターの口を奪ったクソゴミです」
「言い方考えよっか?その言い方だとキスしたみたいになってるよ」
「いずれにせよ、あのゴミ人間にマスターの身を任せるわけにはいきません」
「ゴミって……あの子たちも最強だし__」
「ゴミです。マスターの身は私にお任せください。それともなんですか?私が最強ではないと?」
やめて、手をポキポキ鳴らさないで。マスター泣いちゃうよ?君が慕っているマスターがここでおしょんしょん漏らすことになるよ。パンツとズボンだけ大雨ふった日みたいになっちゃうよ。
「そ、そういうわけじゃない。君も最強だ」
「でしたら、私にお任せください。きっとマスターの要望通り、その慈悲深い心とその力を国中に、いえ、世界に知れ渡らせてみせます」
「ちょっと待って」
頭が追い付かない。え、僕の名が世界に知れ渡るの?まじで?たかが、一般農民の名前が国だけじゃなくて世界にまで知れ渡るの?世界が違う意味で驚くよ。なんだこいつってなるよ。袋叩きになるよ。
やばい、この子の暴走を止めないともっとやばいことになる。
「ミカサ、そもそも僕は意図して学校に行きたいわけではない」
「……?」
おっとぉ?本格的にミーナちゃんと似てきたぞ。頭が弱いところとか、察しが悪い部分とか瓜二つだね。ていうか、誕生日会見ていたのなら、わかるはずだろう。なんで、そんな首を少し傾げてるのかマスター気になるな。少しかわいいから許すけど。
「あの誕生日会を見ていたのなら、わかるよね?僕が学校行きたくないっていうのも……」
「……そ、それはどういうことですか?」
ミカサは、自分の間違いに気づいたのか、少し声を震わせながら、子犬のような目でこちらを見つめる。
「僕は普通の農民として暮らしたかったんだ。だから、学校にいきたくない。というか、そもそも魔法とかも使えないし」
「し、しかし、マスターの口から都に行きたいと仰っていたではないですか!!」
「あれはアカネのスキルかミーナの魔法で言わされていたんだよ」
「その前です!!」
「その前?ああ、あれか。あれは、ケーキが美味しかったからつい口が滑っただけだ」
僕はお茶を飲みながら、理由を話す。ミカサ自身が暴走していただけに過ぎないこと、最強達と元魔王様が勝手に仕組んだこと等を詳しく丁寧に話す。勘違いから、精鋭部隊まで組むとかそれこそ有難迷惑でしかない。それをやるくらいなら、君もこちら側に来て、僕を学校に行かせことに専念してほしい。
僕がある程度話し終えると、彼女は膝から崩れ落ち、そ、そんな……という言葉を呟いた。
「で、では私の勘違いであったと?」
「そう、君の勘違いだ」
僕は空になったカップに再度お茶を入れる。
この様子を見るに、なんとかわかってもらえたようだ。しかもこの時点で分かったが、どうやら、あの最強達とミカサはタッグを組んでいない。この反応からしてそうに違いない。
君があの最強達と違うところは、そういう聞き分けのいいところかもしれない。そこは重点的に伸ばした方がいい。僕のためになるし、僕の手助けもしてくれるだろう。こ
「つまり僕は__」
「いえ、みなまで言わなくても理解できます」
ミカサは顔を上げて、僕を見つめる。うるんだ瞳が何だか子犬のように見え、僕は思わず視線を外した。そんな目で見るな。なんだか罪悪感が芽生えて来る。
彼女は一度深呼吸をした後、涙を拭い、今度は決意のこもった目で、こちらを見つめた。
「マスターは、裏から国を支配し、世界を牛耳りたかったと仰りたいわけですね?」
「全然違うよ!?」
このニート貴族、頭悪すぎない?僕の丁寧な話を聞いて、どうしたらその答えにたどり着いたんだ?どうしたらそうなるのか説明してくれ。ベクトルぶっ飛びすぎていて理解が追いつかない。しかもこの子、自分の中で確信したものがあると人の話きかないんだよなぁ。
ミカサは立ち上がり、僕のそばまでやってくると、手をぎゅっと握りしめる。覚悟の決めたような表情のためか、眼前に彼女の顔が広がると一層、彼女に対しての怖さが増してくる。
「マスター……私はてっきり表舞台で活躍されるものとばかり考えてきました」
「い、いや、だから__」
「しかし!!マスターは裏から支配されることを望んでいた……それに気づかなかったのは、このどんくさい人間の身体に生まれてきてしまったことによるもの……。しかし、安心してください。マスターは私にとって、いえ、我々にとって道そのものであり、希望そのものであります。マスター、私は夢を見ておりました。我々を導き、世界の王として君臨する貴方様の姿を……」
「…………」
ミカサの目が今度は尊敬の目に変わり、キラキラとこちらを見つめる。情緒不安定すぎて怖い。あと、手を握る力を弱めてほしい。痛くてボキボキ音鳴ってるから。
「安心してください!!私が、いえ、我々がマスターを以前のように王として君臨させて見せましょう!!」
「…………あい」
もう何言っているのか意味わかんない。マスター、自暴自棄になっちゃった。変な返事しちゃった。以前のようなとかなに?我々とかなに?誰か説明してくれ。
ミカサは僕のあいまいな返事を聞き、嬉しそうに笑みを浮かべた。
「ありがとうございます!!このご慈悲を無駄にすることなく、必ず王の座を持って帰ることを約束いたします!!」
「……わかったから手を離して」
ミカサは申し訳ございませんと言い、自身がした行動に顔を赤らめ、すぐに先ほどのように片膝をついた。いや、かわいらしいけど怖いが勝ってるから。
僕は気を紛らわせようと、お茶を一気に飲み干すと、彼女は何かを思い出したかのように立ち上がり、自身の机を開け始めた。
「マスター、そういえば、私からの誕生日プレゼントがまだでしたね」
ああ、そうだったね。いらないけど。
「誕生日プレゼントにこの身を捧げてもよかったのですが、人間であるこの身体ではマスターに申し訳ないと思い、これを調達してきました」
さらっととんでもない発言をしたミカサは僕に箱を手渡す。きれいに包装されており、いかにもプレゼントといったところだ。
「なにかな?あけていい?」
「どうぞ、これを私だと思い大切にしていただければと」
ミカサの許可をもらい、包装を開ける。興味と怖さが混ざった得体の緊張感が身体を支配したのは言うまでもない。
箱を開けると、綺麗な心臓型の宝石のようなものが入っていた。赤い輝きを放つその宝石に思わず感嘆の声が漏れそうになった。すごい。こんな宝石を見たのは初めてだ。形はともかく、輝きと、この色合いが素晴らしい。村ではそうそうお目にかかれない代物だ。ニートでも、さすがは貴族といったところだ。
「ありがとう、大切にするよ」
あの最強達とは違い、かなりの代物だ。馬の次くらいには嬉しい。
「滅相もないございません。しかし、そのように言っていただけると、心臓を抉って宝石にした甲斐がありました」
「___は?」
「……どうされました?」
いや、首傾げないで。僕がそれしたいから。心臓抉って宝石に変えた?どういうこと?
「心臓抉ったの?」
「はい、心臓を抉りまして、魔法で宝石にしました。何かおかしな点でもございましたか……あ、若干痛かったですが、すぐに再生魔法で復活させたので、何もございません。心配してくださり、ありがとうございます」
もうわっかんね。このニートわっかんね。
僕がその行為に怯えていると、僕の下に魔法陣が出てきた。僕たちが下を向いたと同時に、我が妹であるミーナがいつもの無表情の顔で現れる。
会いたかったよ、ミーナ。お兄ちゃんもうエイリアスに帰りたい。
「迎えに来た」
「そうか……じゃあね、ミカサ」
「……魔王」
不意に、ミカサはミーナに向かってそんな言葉を呟いた。
ミーナもその言葉に反応して、彼女のほうを向く。ミーナは普通の顔だが、ミカサは怒りに満ちた顔をしていた。あ、やばい。この二人、仲悪いの忘れていた。
止めようにも止めるすべがない僕は終始見守ることにした。
「我々が、今度こそ貴様を倒す!!マスターはすでにこちらの味方だ!!」
「それ、いま、関係ない」
「我々が表舞台で君臨したとき、貴様がこの世からいなくなる時だ!!」
「……いま、やる?」
何かに腹がたったのか、ミーナの無表情がより一層無になった。黒いオーラとともに、手からは黒炎を纏わせる。ミカサのほうも赤いオーラを身に纏い、どこからだしたのか、赤い剣が握られていた。二人の空気により、地震のように自然と建物が揺れ、
この時、僕には世界の終わりが見えた。ビッグバンはこの二人の衝突からできましたとか言われても納得するレベルだ。やはり自分は農民がいい。
「あ、あのぉ……お兄ちゃん帰りたいんだけど」
いかにも農民らしい弱々しい声で魔王にそう言うと、魔王はすぐにオーラを引っ込め、ミーナちゃんとなった。その姿を見て、ミカサもオーラを引っ込め、剣が消える。二人ともすっごく強いのは理解できました。
ミーナは僕の袖を掴み、魔法陣を形成させていく。ああ、愛しの村にやっと帰れる。久々にイルクと会ったのに、こんなことになるとは思ってもみなかった。胃からパンケーキとクッキーのミックスジュースが出てきそう……お茶の匂い付きで。
「覚悟しておけ!!今からでも墓場を探すんだな!!」
やめて、そんなこと言わないで。
「おまえ、よわい、きらい」
ミーナちゃん、そんなこと言ったら、またビッグバンの前触れになっちゃうから。
スッと魔法陣の光が強くなり、思わず目をつむる。光が弱くなると同時に目を開けると、いつもと変わらない村の風景が広がっていた。僕はあの地獄を回避できたことにホッとし、真っ先に我が家に向かった。お茶を飲みすぎたせいか、それとも恐怖したせいか、おしょんおしょんがもれそうだった。
ニートお姉ちゃんの正体は後に解ります。
お気に入りが増えて嬉しい。目指せ百件!!
評価と感想も貰えるように頑張ります。